3日目.魔王との甘い日常
「おはよう、フラッフィーナ」
「おはようございます、ルークアルト様」
翌日から、約束通り私は身支度を整えると魔王と食事を共にするために用意された部屋を訪れた。
テーブルには二人分の朝食が運ばれた。
昨日も思ったけど、トリアルの町とは比べ物にならないほど、料理が美味しい。
食材もいいものを使っているのだろう。
さすが、王宮。
魔王と向かい合い、食事を始める。
フォークとナイフで朝食なんて、正直肩が凝る。
「……」
「口に合わないか?」
「あ、いえ、そんなことありません」
「……」
浮かない顔をしてしまった。
それに気がついた魔王が不安そうに私を見たので、笑顔で否定する。
「あ……っ」
けれど、ソテーされた白身魚をナイフで切っていたら、お皿がキィッという嫌な音を立ててしまった。
「……」
「すみませんっ」
魔王の視線に恥ずかしくなり、ナイフを置いて俯く。
うう……魚なんて、箸で食べたいのに……。
これから毎日こうやって気を遣いながら魔王と食事を取らなきゃいけないのかと思うと憂鬱だ。
けれど、
「……えっ?」
魔王もナイフを置くと、フォークで魚を一口サイズに押し切り、グサリと刺して口へ運んで見せた。
「うん、こっちの方が美味いな」
「……ルークアルト様?」
続けて、一口では食べきれない大きさのニンジンのソテーにもフォークを刺し、一口かじる。
そのフォークにはまだニンジンが刺さっているのだ。
「今は私たち二人だけなんだ。君も気楽に食べるといい」
「……はい」
魔王様のそんな様子に、思わず笑みが零れ、肩の力が抜けた。
私のために、合わせてくれたんだ。
そんなことはわかっている。
けれどその優しさが、胸に染みてしまった。
ああっ、ダメダメ!!
騙されないわよっ!
本当にこの魔王は女ったらしね。
自分にそう言い聞かせつつも、笑顔で話しかけてくれる魔王に、私も楽しい時間を過ごせたのだった。
*
楽しい朝食をあっという間に終えると、今日も厳しいレッスンが始まる。
午前中の学科をなんとか居眠りせずに終え、昼食では食事マナーを学ばされた。
そして休まる暇もなく午後は王宮にある図書室へと案内された。
「うわぁ……」
そこには壁一面に並べられたたくさんの本。
前世から読書は好きだった。
特に物語が好きなんだけど、今日は勉強のために訪れたから、ここで魔法書を読む時間が設けられた。
それでも私が住んでいた町にはなかった本がたくさんあって、とても楽しかったし、素直に勉強になった。
つい夢中で読みふけ、予定の時間を過ぎてしまったので、明日また時間を見つけて読みに来ようと思う。
……時間あるかな?
それからはダンスレッスンとマナー講座を受け、今日のレッスンは終了となる。
「ふぅー」
まだ二日目だけど、今日は読書の時間が長かったからか、昨日よりは疲労が少ない。
それに、今夜から夕食も魔王様と一緒だ。
そう思うと、少しだけ胸が弾んでしまった。
いやいやいや、何楽しみにしてるのよ、私。
やっぱりタラシは違うわね。女をうきうきさせてしまうんだから。
騙されないわよ!
そう気を引き締めながら、レッスンでかいた汗を流した。
*
「こんばんは、フラッフィーナ」
「こんばんは、ルークアルト様」
夜なのに相変わらず眩しい笑顔を向けられて、つい胸が高鳴る。
また先に来ていた魔王は、立ち上がると紳士的に私の椅子を引き、にこりと微笑んで座らせてくれる。
こんなこと、前世でやってもらった記憶はない。
けれど、タラシ男にはこんなこと常識なのかもしれない。
「ありがとうございます」
「いいえ」
同じ部屋であるはずなのに、夜だからか室内の雰囲気が朝と違う。
「レッスンはどう?」
「ええと、まだまだですし、やっぱり疲れます」
向かいに座る魔王に話しかけられ、素直に答える。
私にはこんなこと向いてないです。
そう付け足したいところだけど、それは飲み込むことにした。
「うん、まだ最初だからね。きっとすぐに慣れるよ」
「……そうでしょうか」
確かに、二日で音をあげるのは悔しい。だけど、一ヶ月経っても慣れませんでした。そう言ってやるのだ。
鶏肉のソテーをナイフで切り分けながら、パクリと口に運んでその美味しさに頬を緩める。
「……」
「あの、なにか……」
そうしていれば魔王からの視線を感じて少し恥ずかしくなってしまった私。
「いや、すまない。君があまりにも美味しそうに食べるから、可愛いなって」
「……」
この魔王は、また――。
よく恥ずかしげもなくそんなことが言えたものだ。
イケメンは自分に自信があるんだな、きっとそうだ。
すべての女性がそんな甘い言葉でコロッといくと思ったら、大間違いだぞ!!
顔が熱くなってしまったのを誤魔化そうと、心の中でそう自分に訴える。
「ねぇ、フラッフィーナ。食事が済んだら、少し庭を歩かない?」
「……庭を、ですか」
「うん、夜の散歩に。どうかな?」
「……いいですけど」
「よかった」
嬉しそうに微笑むその顔が素直に可愛くて、つい視線を逸らした。
なんか調子が狂うのよね、この魔王の笑顔……。
断ればよかった。内心でそう思いつつも、無邪気な魔王の笑顔に偽りなんて感じない。
そう思ってしまった。
*
食後に少しお話をしてから、散歩に出るため立ち上がると魔王は私に右手を差し出した。
え~? と、思いつつ、空気を読んで左手を重ねると、魔王は嬉しそうに微笑んで私の手を引いた。
「寒くないか?」
「……大丈夫です」
そのまま手を繋がれて、広い庭を歩く。
うう……むしろ、熱いよ。
繋がれた手をどうしても意識してしまって、ダメだ。
男性と、しかもこんなイケメンと手を繋いだ経験なんてない。
「見てごらん」
ドキドキしながら手を引かれて着いた先で、魔王は足を止めると空を仰いだ。同じように見上げると、そこには一面の星空が広がっていた。
「……きれい」
前世では忙しく働いていて、空なんて眺める余裕もなかった。
そもそもこんな綺麗な星空なんてそう見られるものじゃなかったのだ。
でもこの世界の星空は本当に綺麗。ずっと見ていられる。
「……」
「よかった」
「え?」
「なんだか君が、とても疲れているように見えたから。今も無理に誘ってしまったのではないかと心配していたんだ」
「……」
「でもそんなに夢中になって見てくれているなら、誘ってよかったみたいだね」
「……はい。とても綺麗で、癒されました。ありがとうございます」
つい、素直に感謝の言葉が口から出た。
しまった、と思って見上げると、彼はとても嬉しそうに微笑んでくれた。
その笑顔に、胸が鳴る。
……イケメンは、ずるい。
だって、いるだけで女性をドキドキさせてしまうでしょう?
仕方ないよ。こんなにかっこいい男に手を握られて、優しくされたら。
そりゃあ、落ちちゃうよ……。
一瞬ぐらついてしまった気持ちに、まぁ、私は落ちないけどね!! とすぐに言い聞かせて、私たちはもう少し話をしながら散歩を続けた。
「おやすみ、フラッフィーナ」
「おやすみなさい、ルークアルト様」
部屋まで送り届けてくれたけど、扉の前から去ろうとせずに熱い眼差しを向けてくる魔王に、どうしたのだろうかと首を傾げる。
「……ルークアルト様?」
「すまない、離れるのが少し名残惜しくて。また明日の朝会えるのにな」
「……」
少しだけ気恥しそうに、切なげな瞳を見せるその表情に嘘なんてやっぱり感じなくて。
本当に口が上手い。
そう思いながら「そうですよ、寝たら明日なんてすぐです」と笑って言ってみれば、魔王は「そうだな」と頷くと私の髪の毛をひと束手に取り、愛おしそうに口づけを落とした。
「おやすみ」
「……おやすみ、なさい」
にこり、と笑顔を残して背中を向ける魔王の後ろ姿を、しばらくぼんやりと見つめる。
角を曲がる前に振り向いた魔王と目が合って、私は慌てて部屋に飛び込んだ。
なに……、なんなの、この胸の高鳴りは……!!
ドクンドクンと速く脈打つ心臓に手を当て、その夜私はしばらく寝つくことができなかった。




