27日目.前夜
翌朝、ルーク様はいつも通りの笑顔で私を迎えてくれた。
その笑顔に少しホッとして共に朝食を食べ終えると、ゆっくりお話をする暇もなく女官たちに「さぁ、お食事が済んだら行きますよ!」と急かされ、ルーク様とはすぐに引き離されてしまった。
「本日は明日のお披露目会に向けて、予定はびっしり埋まっておりますので、そのおつもりで」
「はい……」
アリエラが代表してそう言うと、私は言われるがままお城の中をぐるぐると回された。
ボディエステに、マッサージ。
これは最高だった。
そして美容室のような、ヘアケアに、爪のお手入れ。
新しいドレスの調整と、明日身につけるアクセサリーの確認。
それを行いながらも私は明日招待している国の重鎮たちや貴族たちの名前を覚えさせられ、流れを説明される。
でもこれは、この一ヶ月である程度は聞いていたから、大丈夫。
そしてダンスのおさらいにと、一度だけルーク様と踊った。
朝ぶりに顔を合わせたけれど、正面で私の手を握っている彼の顔はやはりどこか元気がないようにも思える。
「……」
でも、窺うように見つめればニコッと笑顔を見せてくれた。
私の考えすぎかな……?
一曲だけ踊り終えると、先生に「いいでしょう」と言われて、夕食まで少しだけ休むことが許された私は肩の力を抜いた。
「フィーナ、お疲れ様」
「ルーク様も、お疲れ様です」
話しかけてくれたルーク様に胸が弾んで微笑むと、すぐに女官の一人が私に言った。
「それではフラッフィーナ様は夕食まであまり時間がありませんので、こちらへ」
「あ……はい」
せっかくルーク様と少しはお話できると思ったのに……。
また引き離されてしまったので、悲しい気持ちで彼を見つめると、ルーク様は優しく微笑んでくれた。
「また後でね、フィーナ」
「はい……」
後で会えるし、今日は仕方ないのだ……。
優しいルーク様の笑顔に癒されて、私は引っ張られるように女官に連れられて行った。
*
なんとかすべての準備が整い、夕食の時間に間に合った。
いつもの部屋へ向かうと、そこにはルーク様と、両親がいた。
「お父さん……! お母さん!」
「フィーナ!」
「どうしたの? お披露目会は明日よ?」
日にちを間違えて来てしまったのだろうか。
両親に会えたのは嬉しいけれど、もしそうならば恥ずかしい……。
そう思って尋ねると、二人は嬉しそうにルーク様を見て言った。
「ルークアルト様から手紙をいただいてね。明日はゆっくりお前と話す時間がないだろうからって、前日に呼んでくださったのだよ」
「本当に、素敵なお方ね」
そうだったんだ……。ルーク様は、本当にお優しい。いつも私のことを考えてくださる。
「今夜は一緒に夕食をと思ってね」
「ありがとうございます、ルーク様。本当に……」
こんなに素敵な方を、私は昨夜一瞬でも不安な気持ちにさせてしまったのかと思うと本当に悔しい。
それでもこうして笑ってくれる彼は、とても心が広く、大人だ。
その日はルーク様と両親と四人で夕食を食べ、楽しくお話をした。
とても楽しい時間だった。
*
ルーク様は両親に部屋も用意してくれていたので、二人はお城に泊まっていくことになっていた。
「それじゃあ明日」
「ああ、楽しみにしているぞ」
「おやすみ、フィーナ」
両親とハグを交わし、女官に案内されていく二人を見送る。
日中頑張ったおかげで、少しだけルーク様とお話する時間をもらえた私たちはソファーに横並びに座った。
アリエラは「あまり遅くなりませんように」とだけ言うと部屋を出ていき、二人きりの空間になる。
やっと本当の意味で気が抜けて、ふぅ、と深く息を吐き出した。
「お疲れ様。今日は疲れただろう」
「すみません、でも明日が楽しみです」
そんな私を見て、ルーク様は労いの言葉をくれる。
ルーク様だってきっと忙しかったはずなのに。
「いよいよ明日私の婚約者として君を皆に紹介できるのが、とても嬉しい」
「私もです」
まだ婚約だけだというのに、こんなに幸せで満たされた気持ちになる。
「フィーナ……」
「……」
ルーク様からそっと手が伸びてきて、頬を支えられると唇が重ねられた。
ルーク様の口づけはとても優しくて、甘くて、大好き。
心地好くて、気持ちがいい。
甘い音を立てながら、角度を変えて何度も口づけてくるルーク様。
そうしながらも、ふと彼の手が腰に伸び、そこを撫でるように触れてくる。
なんだか、手付きがいつもと違う。
ゾワゾワと、身体を何かが突き抜けていく。
「……ルーク様、どうしたんですか?」
「……なにが?」
「なんか……いつもより」
「君のことが愛おしいから、触れたいんだ。ダメ?」
「……ダメではないですけど……」
唇が離れると、至近距離で甘く囁かれる。
……ダメではないけど、とても恥ずかしい。
やっぱりまだ、至近距離でルーク様のその美しすぎる顔に見つめられるのは慣れなくて、私は俯いてしまった。
「……ダメではないけど、嫌?」
「え?」
「これでは私もラステリーと一緒だね。君が困っているのに、止めることができないなんて」
ラステリー……。やっぱり、昨日のこと気にしてるんだ。そりゃ……嫌だったよね。もし立場が逆だったら、やっぱり凄く嫌だもの。
「私は、ラステリーのことは何とも思っていません……!」
「……わかってるよ」
「ルーク様……!」
言ってすぐ、ルーク様は私の耳に軽く噛み付くように唇を当てた。
……本当に、わかってますか?
その言葉は出てこない。
「…………男の嫉妬は醜いな」
私が身体に力を入れて固まっていると、ルーク様はふと体を離し、「すまない」と言っていつものように頭を撫でて笑ってくれた。
けれど、やっぱり少し悲しそう。
その表情に胸が締めつけられて、私は思い切ってルーク様にぎゅっと抱きついた。
「フィーナ……」
「私は、ルーク様だけのものです……」
ドキドキと心臓が大きく高鳴っているけれど、思い切って言った。
「ルーク様になら、触れられるのは嫌ではありません……! むしろ、嬉しいです。ただ、少し、恥ずかしいのです……」
もっと触れて欲しいとさえ思ってしまうのだ。だから、恥ずかしい。
「……ありがとう、フィーナ。嬉しいよ、とても」
頭上からそんな言葉が降りてきて、私はそっとルーク様の顔色を窺った。
今度こそ、彼は本当に嬉しそうに、ほんのりと頬を染めて微笑んでくれていた。
「ルーク様」
もう一度彼の両手で頬を支えられると、甘い口づけが送られる。
唇を割り、舌をねじ込ませてくるルーク様の口づけが、止まらない。
ルーク様のキスが、愛が――。
でも私は、すべて受け止める覚悟はできている。
「……は、ぁ」
「……早く君の心も身体もすべて、私のものにしてしまいたい」
切なげに呟かれた言葉に、大きく胸が跳ねた。
それって……つまり……。
「でもそれは、もう少し先だね。結婚式が来年なのは、すごく遠いよ」
「ルーク様……」
自嘲するように笑った彼の顔が切なくて、可愛くて、愛おしい。
もし、ルーク様が求めてくれるなら……。
私はいつでも貴方を受け入れる。
その言葉は自分の中でだけ呟いて、私たちは明日に備えて休むため、自室へ向かった。




