26日目.不安な夜
その日の夕方に、やっと王宮へ帰って来ることができた。
休憩もそこそこにほとんど移動時間だったから、さすがに少し疲れてしまった。
私たちを出迎えてくれたラステリーは、わくわくした様子で「いかがでしたか?」と聞いてきたので、負傷者をまとめて治療したあの力のことを話すと、
「なんと! そんなにすごい力を使われたのですか!? 私も見たかったです……!」
と、とても悔しがり「やはりついて行くべきでした……」と後悔していた。
*
「ふぅーー」
「お疲れ様でした」
まずはお風呂に入って自室のソファーにぐでっと倒れ込むように座ると、アリエラが紅茶を入れてくれた。
「ありがとう」
「少し休まれたらご夕食ですよ」
「うん、お腹も空いちゃった」
「間に合ったから良かったのですが、あと一日遅れていたら明後日のお披露目会は延期になるところだったんですよ?」
「うん、本当に間に合って良かった」
既に各地に招待状は手配済みである。
事情が事情とはいえ、延期になるとまた面倒なことになるところだったのだと、アリエラにチクチク言われてしまった。
「それから、今夜はお早くお戻りくださいね」
「え?」
「お食事が済んだらです。お披露目会が終われば正式に婚約者なのですから、いくらでもルークアルト様とイチャイチャしてくださって構いません。ですがフラッフィーナ様は明日一日準備で大忙しなのですよ?」
「は、はい……」
思うところはあるけれど、アリエラには色々と見られてしまっている手前何も言えない。
「今夜は早くお休みになっていただかなくては」
「わかった。お食事だけして、すぐ戻ってくるわ」
食後によく庭に出てお話をするけれど、今日は彼も忙しいだろうから、素直にアリエラの言うことを聞くことにした。
*
「それではまた明日、おやすみなさい、ルーク様」
「うん……おやすみ、フィーナ」
やっぱり食事だけしてすぐに離れてしまうのは少し寂しい。
特にここ数日は夜も一緒にいたから、余計かもしれない。
まさか、夜もルーク様と一緒にいたいだなんて口が裂けても言えないけれど、私はどんどん彼に落ちていってしまっている。
「でもお披露目会が終われば、もっと堂々と婚約者として振る舞えるのよね!」
そしたら、多少のわがままは言ってもいいだろうか……。もちろん、迷惑をかけない範囲でだけど。
とにかく今日は早く寝てしまおうと、夜着に着替えてベッドに潜り込もうとした時だった。
――コンコン、
「はい?」
部屋がノックされ、ドキリと胸が跳ねる。
……もしかして、ルーク様?
やっぱりルーク様も、私ともう少し話したかったのかな。
そう思うと嬉しくて、私はドキドキしながら扉に駆け寄り、そっと開いた。
「こんばんは」
「ラステリー!?」
けれど、そこに立っていたのはなんとラステリーだった。
こんな時間に、一体どうしたのだろうか。
「すみません、もうお休みになるところでしたか?」
「ええ、まぁ……」
わざわざ尋ねてくるなんて、余程のことだ。
ラステリーは私の格好を見て少し頬を染めたけど、そこからいなくなる気配は見せない。
「それで、どうしたんですか?」
「ええ……その、」
そのまま聞けば、ラステリーは少し言いづらそうに視線を逸らし、言葉を詰まらせた。
「……?」
「……貴女は、ルークアルト様のものになるのですよね」
そう言うと、ラステリーは酷く悲しそうに瞳を細めた。
「……どうしたの?」
その意味がわからず、問いかける。
「わかっているのですが……、ですが、私のこの気持ちはどうしたらよいのでしょう?」
「え?」
「貴女を想ってしまうのです。我が主の妻となる方だと知りながら」
え、え?
「ラステリー? 何を言っているのか……、」
「しかし貴女に手を出すことは主ルークアルト様への裏切り……! 私は反旗を翻すつもりはありません」
ええ?
一気に話し出したラステリーの言葉が、一瞬理解できない。意味がわからない。
私を想ってしまう……?
「ですが貴女を想うことだけは許されるのでしょうか!?」
「ええっ!?」
強い口調でそう言うと、ラステリーは私の手を握って胸の前に持ち上げた。
嘘でしょう? 本気?
「ダ、ダメですよ、私はルーク様と結婚するんですよ……!? 浮気をする気はございません!」
「ですから、手は出さないので、想うことだけはお許しください!!」
え〜?! 何それ、無茶苦茶だよ……!
そう言いながらも既に握られている手にギュッと固く力が入る。
本当にこの人は熱くなると人が変わる……。
そう思いながら、なんと言って落ち着かせようか考えた。
「あの、その気持ちは嬉しいのですが、やはり応えることはできないので……」
若干引き気味で、彼を宥めるように笑って言ってみた。
興奮気味のラステリーは、グイグイと迫ってくるから、私の体は少しずつ部屋の中へ押されていく。
困ったなぁ。誰か呼んだ方がいいだろうか?
そう思った時だった。
「……!」
突然私からラステリーを引き剥がすように現れた人物に、グイッと抱きしめられた。
「ルークアルト様」
「……ラステリー、私の婚約者に何をしている」
頭の上で、ルーク様の低く、怒った声が聞こえた。
「…………、失礼しました!」
一瞬ぼんやりとしていたラステリーだけど、ハッとするとルーク様の前に跪いた。
「お前がフィーナに気があることには気づいていたが、こんな時間に女性の部屋に押しかけるとは、どういうつもりだ。しかもフィーナは断っていたようじゃないか」
「ハッ! はぁ……それが、私もこんな気持ちになるのは初めてでして……。自分でも我を失っていました」
申し訳ございません。そう言って跪いたまま深く頭を下げるラステリー。
私を抱きしめているルーク様が、とても怒っている。
それはその声と、隠されていないオーラで読み取れる。
「……まぁ、フィーナに惚れてしまう気持ちはよくわかる。それ自体を咎めるつもりはないが、彼女が嫌がることをするのは許さん」
「ハッ、肝に銘じます」
「お前はフィーナの指導役からしばらく外れてもらうぞ。いいな」
「仰せのままに」
跪き、頭を下げたままのラステリーを置いて、ルーク様は部屋のドアをバタンと閉めた。
「…………」
壁一枚隔たれるだけで、急に沈黙が重くのしかかってきた。
「あの……ありがとうございます」
「……ううん、私こそごめんね。ラステリーの気持ちには気づいたのに、そのまま君の指導役につけてしまっていた」
「いえ……」
ルーク様は無理矢理作ったのであろう笑顔を見せて、私の身体を放した。
というか、ルーク様、ラステリーの気持ちに気づいてたんだ……。
「……もう休むところだったんだね」
「はい、明日は忙しくなるだろうからと、」
「そうだね」
笑顔で頷いて私をベッドまで連れて行ってくれるけど、やっぱりその笑顔は少しいつもと違う。
「ルーク様は、どうされたのですか?」
「え?」
「いえ、何か用があったのかと」
お別れをした後に部屋を訪れてくるのは初めてではないだろうか。
そう思って尋ねてみたけれど、彼はまた少し切なそうな顔で微笑んだ。
「ううん、なんでもないよ」
「……」
やっぱり、ご機嫌ななめ?
隙があった私にも、怒ってるのかな……。
不安を抱えつつも、どう言えばいいのかわからず言葉が出ない私に、ルーク様は笑顔で
「おやすみ、フィーナ」
とだけ言うと扉の方へ足を進めていった。
「……おやすみなさい、ルーク様」
彼の背中にそう呟いたけど、いつものように額に口づけを落としてくれなかった。それに、出て行く時も振り向かずに、行ってしまった。
いつもは必ず振り返ってくれるのに……。
ああ、こういう時、男性に対する経験値が足りない自分が憎い……!
一体なんと声をかけるのが正解だったのだろうか。フェリオンに相談したいくらいだ。
「……」
明後日はお披露目会なのに。
ぐるぐると思考を巡らせながら、私はベッドに潜り込んだ。
残りあと3話ほどの予定です!!
この土日で完結目指します!!




