20日目.魔王のやきもち
「いいですね、形になっていますよ」
その日も私は午前中に魔力操作の練習をして、午後からはダンスレッスンに励んだ。
所作や立ち振る舞いも意識する。
ルーク様と結婚するのだという自覚が出てからは、レッスンへの気持ちの入り方が変わった。
正式な婚約者として相応しい女性になるためにも、頑張らなければ。
そんな思いで身を入れて練習し、少し休憩を取っていた時だった。
「失礼します」
レッスン部屋に誰かが入ってきたのでそちらを向くと、そこにはラステリーの姿。
「これはこれは、ラステリー様。いかがされましたか?」
「フラッフィーナ様のご様子を見に来たのですが、少し見学しても?」
「え?」
さっきまで一緒にいたのだ。様子も何もないと思うんだけど……。
「どうぞどうぞ、かなり上達されていますよ」
けれど先生はにこやかに彼を受け入れた。
「……私に何かご用ですか?」
「いいえ、本当に見学しに来ただけです。いけませんでしたか?」
「……」
いけなくはないですけど……。
魔道士団長って、忙しいんじゃないの?
「ダンスには魔力は関係ないですからね?」
「わかっていますよ。貴女は私を気にせず、練習してください。お披露目会も近いのですから」
「では、ラステリー様、よかったらフラッフィーナ様のお相手をして差し上げてはいかがですか?」
「えっ?」
「おお、それはいい。是非」
先生がにこやかにそんなことを言うと、ラステリーは私に歩み寄ってきた。
「たまには違う男性と踊るのも練習のうちですよ」
「私では不服ですか?」
「いえ……そういうわけでは……」
突然の展開についていけていないだけ。
先生とラステリーに押され、私は彼の手を取った。
先生とはまた違う、しなやかな動きと少し強めのリード。
以前ルーク様と踊った時ともまた違う。
私はまだまだ経験不足だけど、相手によって違うのだということはわかった。
同時にルーク様はリードが上手だったけど、私にも合わせてくれていたのだということに気がつく。
「……確かに、始めて間もないという割にセンスがいいですね」
「講師が良いので……」
「これならルークアルト様も恥をかかずに済みそうですね」
「……」
笑顔で放たれたその言葉は素直に褒め言葉として受け取っていいのよね?
それにしても、この男はお披露目会で私とルーク様が踊っても恥をかかないかどうか見極めに来たのだろうか。
そういう役回りには見えないんだけど……。
「そういえば、明日はルークアルト様と貴女の故郷へご挨拶に行かれるのだとか」
「はい、なので明日は練習できないのですが」
「ええ、ルークアルト様に聞いておりますよ。ではいよいよ本当にご婚約されるのですね」
「そうです」
「おめでとうございます」
「ありがとう……ございます」
わざわざそれを言いに来たのかな?
彼の目的を探るようにじっと見上げれば、切れ長の瞳と視線がかち合った。
「そんなに熱い視線を送られては困りますね。ルークアルト様にまた怒られてしまう」
「えっ?!」
すると窺うような私の視線に、ラステリーは口元に笑みを浮かべて言った。
っていうか、またってなに? あの優しいルーク様に怒られたの?
そんなことを考えていたら、突如としてまた部屋のドアが開いた。
「フィーナ! 手が空いたからダンスのレッスンに……ラステリー?!」
「ルーク様!」
嬉々として入ってきたのはルーク様だった。けれど私の背中に手を回しているラステリーの姿に、顔を顰めた。
「これはルークアルト様、ご機嫌麗しゅう」
「……ラステリー、君は一体こんなところで何をしているんだ?」
「いえ、フラッフィーナ様にお伝えし忘れたことがありましたので」
嘘。さっきは様子を見に来たって言ってた。
ルーク様の訪問に、先生はリズムを取っていた手拍子を止めた。
私たちも踊るのをやめて手を離し、ルーク様に向き直る。
「……ふぅん。用件が済んだのなら仕事に戻っていいぞ」
「かしこまりました、では私はこれにて」
不機嫌そうなルーク様にお辞儀をし、ラステリーは颯爽と部屋を出ていった。
「今日は来客が多いですな。しかしルークアルト様が来てくださったのならば是非ご一緒に」
先生はこの空気の重さを何も気にとめず、にこやかに声を張る。
「ああ、是非そうさせてもらおうか」
そしてルーク様は少し早歩きで私の元まで来ると、すぐに腰に手を回してきた。
それを見て先生がリズムを取ってくれたので、私たちはステップを踏む。
「ルーク様……、」
「フィーナ、ラステリーに何もされていない?」
「当たり前じゃないですか! ただ練習のお相手になっていただいただけです!」
「そう……ならいいんだ」
少し切なげに問われたので、すぐに否定する。
いくらなんでも魔王様の婚約者に何かするはずがないではないかと本気で思いつつも、不安そうな瞳に少しだけ胸が疼く。
もしかしてルーク様、妬いてる……?
可愛い……。なんて思ってキュンとしてしまったけど、ルーク様の悲しげな顔は見たくない。
「ルーク様、私を見てください」
「……ん?」
真っ直ぐに、愛おしい目の前のお方を見つめ、にこりと微笑む。
私の心は貴方にありますと、伝えるように。
「フィーナ……」
「……っ、」
その気持ちが伝わったのか、ルーク様は熱い瞳で見つめ返してくれると、くっと腰を引き寄せてきた。
彼と身体が触れ合う。
一瞬バランスを崩しそうになったけれど、上手く立て直すことができた。
腰に添えられている手が熱い。
すぐ目の前にあるルーク様の綺麗な顔に、ドキドキと鼓動が高鳴った。
先生はにこやかに微笑みながらリズムを取り続けてくれていた。




