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1日目.初対面

 そして翌日。


 約束通り、ジェラルド騎士団長が馬車を連れて私を迎えに来た。

 母にはうちで一番質の良い洋服を着せられて、再び集まった顔見知りのご近所さんに見送られ、私は憂鬱な気持ちで馬車に乗り込んだ。


 父と母には別れ際、


「フィーナが、聖女様……っ立派にな!!」

「しっかりやるのよ!」


 と、涙ながらに言われたけど、娘と離れて寂しいのか、はたまた嬉し涙なのか、わからなかった。



 そもそもこの国の魔王様って、どんな方なのだろう……。


 こんな小さな町にわざわざ魔王様が来ることもないので、私は魔王に会ったことがない。似顔絵や写真を見たこともない。


 前世での魔王のイメージは悪役で、まるで人とは違う姿をしたモンスターのボスだけど、この世界の魔人はほとんどの者が人と変わらない見た目をし、人と同じように生活している。


 種族によっては特徴的な耳や尻尾や角を持つ者もいるけれど、普段はそれを収納できる者が多い。


 魔王に会ったことはないけれど、この国で育ってきた知識としてあるのは、魔王様はとても聡明で民思いの、ハンサムな方だということ。

 ……悪いイメージはない。

 けれど、遠い世界の方のように思って生きてきた。


 それに、この国の長い歴史を思うと、今の魔王に代替わりしてまだ年数は浅いはずだ。


 こうなったら直接魔王に言って、結婚はなしにしてもらうしかない!


 魔王といえど、魔人にも心があるのだ。

 きっとこんな、見ず知らずの女と結婚なんて本当は乗り気じゃないに決まっている!!

 やっぱり私が聖女というのも信じ難いし。


 そんな一縷の望みを持って私は大人しく馬車に揺られた。




 *




「到着しました」


 馬車に揺られること数時間。

 とうとう着いてしまった。


 王宮……うう、大きい。


 こんなところで暮らすなんて、なんか面倒くさそう。


 魔物の世界の王って、その妻になる聖女って、一体何をするんだろう。

 のんびり暮らしていけるのかな?

 いや、いけるわけないよね……。


 私には一生関わり合いのない相手だと思っていたのに。

 私はただ穏やかに、平和に生きていたいだけなのに。


 馬車を降り、案内されるままに王城の中を進む。


「まずはこちらでお支度を整えください」

「……はぁ」


 ジェラルド団長に案内された部屋に入ると、そこにはメイド服を着た女官の方たちがずらっと整列して待っていた。


 なになに、私はこれからどうなっちゃうの……?


「それでは早速支度を始めさせていただきますね」

「……」


 気合いの入った女官に微笑まれ、私は苦笑いで応える。


 室内に設置されたバスルームで体を洗われ(丁重にお断りして自分で洗ったけど)毛先をカットされて髪を整えられ、丁寧にブローしてからセットされる。

 それからメイクも施され、コルセットを付けさせられると華やかなドレスに身を包んだ。


 何なのこれ~!!

 今日結婚式を挙げるわけでもないだろうに、こんなお姫様みたいな格好させられるなんて……!


「さぁ、フラッフィーナ様。ご覧くださいませ」

「……わぁ」


 けれど、鏡に映った自分を見て思わず高い声が出た。


 誰、これ? と言いたくなるような、美人がそこにいた。

 そういえばちゃんと鏡を見たのはいつぶりだろうか。


「とてもお美しいですよ!」

「……ありがとうございます」


 この人たち、私に魔法でもかけた?


 自分で言うのもなんだけど、こんな美人なら魔王も奥さんにしちゃうんじゃないだろうか……。

 そう思ってしまうほどだ。


「ルークアルト様がお待ちです。ご案内しますね」

「はぁ、」


 緊張する。

 もしかしたら夫になるかもしれない相手との、初対面だ。


 でもこれで嫌われたら、もしかしたら向こうからお断りされるかもしれない……!


 粗相のひとつでもしてみようか。

 ……って、そんな度胸、私にはないんだけど。


 そんなことを考えながら長い廊下を歩いた。


「失礼します。ルークアルト様、フラッフィーナ・アリアコール様をお連れしました」


 ジェラルド団長は一つの部屋の前で立ち止まるとそう声をかけ、立派な扉を開いた。


 窓際に立っていた、一際目を引くオーラを纏った男がこちらを振り向く。


「……――」

「よくぞお越しくださいました。ルークアルト・クロヴェリアです」


 落ち着きのある声でそう挨拶してくれた彼が、魔王ということか――。


 艶のある綺麗なミルクティー色の髪は耳が少し見えるくらいの長さで、宝石のようなイエローベージュの瞳に、スラリとした長身の体躯。


 そしてとても整った、綺麗な顔立ち。


 予想以上の美しい姿に、私は思わず息を飲んだ。


「……フラッフィーナ様、」

「あっ、はじめまして、トリアルから来ました、フラッフィーナ・アリアコールです」


 ここまでついてきてくれた女官に小声で呼ばれ、慌てて頭を下げて挨拶する。


 ヤバい、ちょっと見蕩れちゃった……。

 だってこの魔王様、私がイメージしていた魔王と全然違うんだもん……魔王というより、王子様。

 この方が、本当に魔王なの……?

 と、疑いたくなってしまう。


「……私の顔に何かついているかな?」

「いえ……っ、あ……、すみません」


 つい、またじっくりとその綺麗な顔を観察してしまえば、困ったように微笑まれ、慌てて目を逸らす。


 ダメダメ、私はお断りするつもりで来たんだから!


「どうぞ」


 並べられたソファーにかけるよう促され、とりあえず魔王と向かい合う形で座った。


 あまり堅苦しい雰囲気ではないことにほっとする。

 それに、玉座に座っている魔王様に跪いて挨拶、ということもなかったので一安心。


「式は来年ですが、四週間後にお披露目会を執り行います。その場でお二人の婚約を正式に発表させていただきます」


 魔王の側近らしき方が言った。


「それまでフラッフィーナ様にはこの城での暮らしに慣れていただくわけですが――」


 話が進む中、魔王からの視線に気づいて目を合わせると、少し照れたような顔でにこりと微笑まれた。


 えっ……なに? この魔王(ひと)


 本当にこれが魔王?

 俄には信じられない。


 とても優しく穏やかな笑みに、ついポーっとしてしまう。

 前世の少女漫画で見た王子だ。これは。

 若いし、本当に人と変わらない。


 っていうかなんで初対面の町娘なんかにこんな甘い笑顔を向けてくれるの?

 いくら結婚相手と言われても、適応力良すぎないですか?

 女なら誰でもいいとか?

 もしかしてチャラ男?

 イケメンだし、囲ってる女がたくさんいるのだろうか。


 私なんて新しい女が増える、くらいにしか思われてないのかな……。


 そんなの嫌……!!


「――というわけです。聞いてますか? フラッフィーナ様」

「えっ、あ……はい!」


 ヤバ、全然聞いてなかった。


「では、何かわからないことがあればアリエラに聞いてください。貴女のお世話をします」

「アリエラ・べクリーです! よろしくお願いします!」

「……よろしくお願いします」


 ここまでついてきてくれた女官――アリエラが元気よく言った。気合いが入っている……。


「それでは本日は以上となります」


 え、もう終わり?

 私、魔王と全然話してないけど……。


 そう思いながら最後にもう一度正面に座っている魔王を見ると、またニコリ、と優しく微笑まれる。


 う……なんなの、この笑顔。眩しい。

 誰にでも見せてるのかな。


「それでは、参りましょう」

「はぁ、」


 アリエラに促され、私は部屋から出るためソファーから立ち上がった。


「フラッフィーナ――」


 けれど、魔王に名を呼ばれて立ち止まると、くいっと右手を取られた。


「お会いできて光栄です」

「…………っ!」


 片膝をついて紳士的に私の手の甲に口づける魔王に、ドキリと胸が跳ね上がる。


「…………」

「さぁ、参りましょうか」


 ポカンとして固まってしまった私を引っ張るようにアリエラに手を引かれ、私は呆然としたままその部屋を出た。




 *




 あの後、部屋に戻ってもぼーっとしてしまっていた私に、アリエラはこれからの日程を色々と教えてくれた。


 半分くらいしか頭に入ってこなかったけど、どうやら私はこれから王宮でのマナーなんかを学ばなければならないらしい。


 せっかく魔物の国に転生したのに、正直めんどくさい。

 とは思うけど、この国の魔人は人間と同じように生活しているのだから、王宮もそうなのだろう。そうやって築き上げてきた国だから、最低限学ぶのは仕方ないのかもしれない。


 それに、私は聖女としての力に目覚めなければいけないらしい。

 そのきっかけが何なのかは定かではないようなのだが、早く目覚めればそれだけこの国にとって有益なのだ。


 ……期待が重い。


 やっぱり私はトリアルの町で静かに平凡に穏やかに暮らしていたかったなぁ。


 改めてため息が出る。


 あの魔王は私が思っていたような怖い魔人ではなかった。

 本当に綺麗な顔立ちで、人間と変わらない見た目だったし。

 あれなら全然ありだ。

 むしろ、すごくタイプ。

 見た目だけならね。


 手にキスなんてされて、思わず胸がドキドキしたけれど、やっぱりあの魔王、相当ヤリ手だと思うのよね。

 だっていくら結婚相手とはいえ、初対面の相手にあれはないよ。

 あんなことがサラッとできちゃうのは、慣れているからに決まっている。

 他の女にもいつもやっているに違いない。


「……」


 それが一番嫌。

 結婚する相手には、妾とか、側室とか、浮気とか……そういうことはしないでもらいたい。


 だから一般人がいいのよ。


 思わず惚れてしまいそうになったけど、騙されてはダメ! と改めて自分に喝を入れた。

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