14日目.目覚めの口づけ
予定通り、朝食を済ませると私たちは馬車に乗って外出した。
「今日は湖の方へピクニックに行こうと思う」
あいかわらず馬車の中で隣に座りながら、ルーク様はバスケットを見せて言った。
お弁当を持ってきてくれたようだ。
中にはバケットやチーズが入っている。
「君の好きな紅茶もあるよ」
「本当ですか、ありがとうございます!」
「うん」
喜びに笑ってお礼を言うと、ルーク様も優しく微笑んでくれた。
馬車が到着したので外を見ると、海のように大きく、綺麗な湖が目前に広がっていた。
「わぁ……!」
「湖に来るのは初めて?」
「はい!」
前世では海で遊んだこともあったけど、転生してからは湖も初めてだ。
馬車から降りると、ルーク様は適当なところを選んでシートを広げた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
手を取って先に座らせてくれると、ルーク様も隣に腰を下ろしてバスケットを広げる。
そしてまずは魔力でお湯を沸かし、紅茶を入れてくれた。
「疲れただろう」
「ありがとうございます」
魔王様であるのに卒なくこなしていくその姿に見惚れてしまう。
紅茶の入ったカップを受け取り、一口味わう。
「美味しいです」
「よかった」
バケットも切り分けてくれて、チーズと一緒に手渡される。
ルーク様と一緒なら、普通のパンでもとても美味しくなる。こうして湖を眺めながら座ってお話をし、紅茶を飲んでいるだけでこんなに楽しい。
簡単にお昼を済ませたら、歩いて少し湖に近づいてみた。
海のように砂浜になっているそこを手を繋ぎながらゆっくり歩く。
とても穏やかで、平和な時間だった。
海のような波は立っていないけど、水を見ていたら思わず入りたくなってくる。でもそんなことしたら、はしたないかな?
と考えていると、そんな私を見つめていたルーク様がおもむろに靴を脱いでズボンの裾を捲りあげた。
「ルーク様……?」
「おいで」
もう一度手を差し伸べられ、疑問に思いながらも掴まると、ひょいと体を持ち上げられた。
「えっ!?」
「ふふ、掴まっていてね」
膝の裏と背中に手を回されて、姫抱きにされる。
驚いて思わずしがみつくようにくっついてしまったけれど、ルーク様の胸元が目の前にあって、ドキドキと鼓動が高鳴る。
そのまま湖に進んでいくルーク様。
バシャバシャと水音が鳴り、その音を聞くだけでも心地好い。だけど……
「ルーク様、濡れてしまっています……」
「これくらい平気だ。それに、気持ちいいぞ」
「……」
爽やかな笑顔が目の前にあって、思わず視線を外してしまう。
だけど自分の顔のすぐ傍にあるルーク様の胸からも、ドクドクと高い鼓動が聞こえて、私はそっとその顔を窺った。
ルーク様は真っ直ぐ前を見ているけれど、その頬は少し赤らんでいる。
……ルーク様も、緊張している……?
なんとなくそれが嬉しくて、でもその鼓動を聞いているのが心地好くて、私はルーク様の胸の中に大人しく身を預けた。
そのまま水辺を少し歩いてから馬車に戻り、王宮へ帰る。
今日も、とても楽しかった。
この気持ちを自覚して初めてのデートだったけど、本当に、うっとりするくらい素敵な時間だった。
この男性と、ずっと一緒にいたい。
隣にいるルーク様に、この想いを伝えようと思う。
「……ルーク様、」
「ん?」
そう決心したけど、どうしても緊張して、体が少し震えた。
「どうしたの?」
そんな様子を感じ取ってルーク様は優しく問いかけてくれる。
「……あの、お話があります」
「うん?」
そう言いながらも一向に話し始めない私を、ルーク様は優しく微笑みながら待ってくれる。
「あの……私は、」
「……」
顔が熱くなっていくのがわかる。
さすがに私のそんな様子に何かを感じ取ったのか、ルーク様の表情から笑みが消えた。
「私は、ルーク様のことを……!」
「待って」
「……っ」
けれど、思い切って言おうとした言葉は彼の声によって阻まれる。
どうして?
私が何を言おうとしているのか、きっと察してくれたはずなのに。
言ってはならないのだろうか……。
急に不安が襲ってきて、視線を落としてしまう私。
「……違うよ、フィーナ」
「え……?」
そんな私を見て、ルーク様は慌てて声をかけてくれる。その言葉に顔を上げた。
「まずは私に言わせてほしい」
「……」
そこには真剣な表情をした、ルーク様の姿。
「フラッフィーナ・アリアコール。貴女を心からお慕いしています。どうか私の妻となってください」
「……っ!」
真剣に、一途で真っ直ぐな瞳でそう告げると、ルーク様はそっと私の手を取りその甲に口づけを落とした。
最初に会った日のように、とても紳士的に。
思えば彼に直接求婚されたのも、想いを伝えてもらったのも初めてだ。
私たちは決められた結婚をするのだけど、やっぱり気持ちを伝えてもらうことほど嬉しいことはない。
「……返事を聞かせてくれる?」
胸がいっぱいになって言葉が出ない私に、ルーク様はいつもの笑顔でにこりと微笑んだ。
「は、はい……っ」
穏やかに微笑むルーク様の瞳を、私も真っ直ぐに見つめ返し、高鳴る鼓動を抑えて口を開いた。
「ルークアルト・クロヴェリア様……私も、貴方をお慕いしております。この結婚、謹んでお受けいたします」
「フィーナ……」
言った。言えた。
その途端、カーッと熱が昇り、顔が熱くなる。
もうルーク様の顔を見ていられない。と思ったけれど、彼はそれを許さないと言うように私の頬に手を伸ばした。
「フィーナ、顔を隠さないで?」
「……恥ずかしいです」
「可愛い」
ゆっくりと、ルーク様の顔が降りてくる。
私も上を向くようにと、頬に添えられている手に軽く力が入った。
素直に見上げれば、そっと下ろされるルーク様のまぶた。
「……――――、」
優しく重なり合う唇から、ルーク様の体温が伝わる。
とても緊張しているのに、どこか安心するぬくもりだ。
「……フィーナ」
「……ルーク様、」
唇が離れると優しく名を囁かれ、ちゅっと額に口づけられる。
そのままその胸の中に抱きしめられた私は、ルーク様の香りに包まれて心臓が壊れてしまうのではないかと思うほど身体を熱くさせた。
「可愛い……私のフィーナ」
「……ルーク様」
抱きしめながらとても愛しそうに頭を撫でられ、髪に何度も口づけられる。
まるで、ずっと前から想ってくれていたのではないかと錯覚してしまうほど、とても大切なものを扱うような触れ方だった。
ほわん、と熱くなっていた胸の中から、小さな光が溢れ出した。
比喩ではなく、現実に。
「え……?」
何事かと、肩に手を置いてその光を見つめるルーク様。
「フィーナ……これは?」
「……わかりません、なんだかとても、胸が熱くて……」
ふわりと浮き上がる小さな光の玉に、今まで感じたことのない力を感じた。
「もしかして、聖女の光……?」
呟くように告げられたルーク様の言葉に、それを思い出す。
何度も本を読んだから知っている。
聖女が放つ光は、万能の力を持つとされている。
傷を癒し、邪を滅ぼし、心を清める。
「でも、どうして今……」
不思議に思いその光を見つめると、やがて光は小さくなり、スン――、と消えてなくなった。
「……目覚めたのか?」
「……わかりません」
どうやったのかもわからない。なんの自覚もない。
今のが本当に聖女の光だったのかを確かめる術もない。
これは王宮に戻ってから検証してみる必要があるかもしれない。
そう思いながら、はやる気持ちを抑えて王宮への道を進んだ。
読んでいただきありがとうございます!
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