13日目.聖女の覚悟
トリアルに出現した装甲蛇虫を討伐し、ルーク様を始めとした騎士たちのおかげで一人の怪我人も出すことなく、私たちは王宮に戻ってきた。
装甲蛇虫の硬い皮膚も防具などの素材として活用されるようだ。
「今回はルークアルト様がご一緒だったからよかったですが、討伐についていくなんて危険なんですよ?」
私の髪をセットしながら、アリエラは言った。
「うん、心配かけてごめんね。でもルークアルト様や騎士団の方たちの討伐を見れて良かったと思ってるの」
「そうですか。……ルークアルト様、かっこよかったですか?」
「な、何言ってるのよ……!」
ニマニマと、口元をにやけさせながら聞いてくるアリエラに、私は素直に頬を染めて答えた。
「……それは、もう。あんなにスマートに倒しちゃうなんて、びっくりした」
「フラッフィーナ様は初めてですもんね、ルークアルト様が戦っているところを見るのは」
「うん、いつも穏やかに笑っているけど、やっぱり強いのね、ルーク様って」
「それはそうですよ! 私たちの主、ルークアルト様ですから!!」
アリエラは誇らしげに言った。
それをきっかけとして、私が聖女の力に目覚めることは残念ながらなかったけど、本当にいい経験にはなった。
平和に暮らしていた私は王宮騎士団やルーク様が戦っているところをこの目で見たのは初めてだったし、大切な町を守ってもらったのだ。
覚悟が、できた。
ルークアルト・クロヴェリア――この国の魔王と、結婚する覚悟が。
聖女と預言が降りた私はその男と結婚する運命にある。
勝手に決められた好きでもない相手、しかも魔王とだなんて、絶対に嫌。
最初はそう思っていたけれど、彼を知っていくうちに私はどんどん彼に惹かれていってしまった。
優しく紳士的で、思いやりがある。
文句の付け所がない完璧なルックスで、強く賢い。
預言に従うのは絶対とはいえ、堅物であるらしい彼がどうして私なんかを簡単に婚約者として受け入れてくれたのか少し謎。
この男は絶対チャラい。女慣れしているに違いないと思ってしまうほど、私に甘く、優しく接してくれるのだ。
けれどそんな態度を取るのは、幼なじみで側近のフェリオン曰く、私だけにらしい。
信じられない思いだけど、ルーク様を見ていれば嘘ではないと信じられる。
となれば、この結婚に不満など一つもないのだ。
むしろ、大変望ましいことである。
私は未だ聖女としての力には目覚めていないけど、早くそれに目覚めて国の役に立ちたいと、今では強く思っている。
この想いはルーク様に伝えるべきだろうか。
返事をもらったら改めて両親に挨拶すると言っていたけれど、よく考えたら私は預言者に告げられて迎えに来られ、ジェラルド等従者に魔王と結婚すると言われただけで、ルーク様本人から直接プロポーズされたわけではないのだ。
じゃあ、なんて言えばいいんだろう。
〝私、貴方と結婚します!〟
とか?
ちょっと唐突すぎるよね。
じゃあ、
〝好きになりました。私と結婚してください!〟
これじゃあまるで逆プロポーズね……。
うーん。
困った。前世でも、もちろん今世でも、私は男性に告白したことがないのだ。
経験値不足である。
どうしたものかと頭を悩ませている間にも髪の毛のセットが終わり、私はルーク様との朝食へ向かった。
*
「フィーナ、明日は休みをもらえそうか?」
食後に紅茶を飲んでいると、ふとルーク様が問いかけてきた。
昨日は装甲蛇虫の討伐について行ったせいでレッスンを休んでしまったのだ。
アリエラに伝えてもらってはいたけれど、帰ってきて講師たちに直接謝りに行った。
けれど彼らは討伐に行くのも良い実践授業であると言い、私はまったく怒られなかった。
それに、私の進行状況も思ったより順調であるらしく、この調子ならひと月と待たずして予定のカリキュラムをクリアしそうだとのこと。
約束の一ヶ月が過ぎた後も、勉強はしようと思えばできるし、お披露目会のために最低限を身につければ良いとのことだった。
「はい、予定通りお休みです」
「そうか。では良ければ、私に時間を作ってくれないか?」
それはもう、全然大丈夫。
作らなくても時間はある。勉強やレッスン以外、私には特に予定なんてないのだから。
「はい、喜んで」
「そうか、ありがとう。では明日も朝食を済ませたら出かけようか」
「はい」
私の返事に、ルーク様はとても嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔に胸がキュンとする。
ああ……可愛い。
私、ルーク様のことが好きだ。
一度認めてしまえばもう気持ちは止まらない。
素直にこの感情を受け入れ、その美しいお顔をじっと見つめた。
「では、今日もお互い励もう」
「は、はい!」
じっと見つめていたせいで目が合うと、ルーク様はクスッと笑いを零して席を立った。
今日もしっかり勉強しなくては。
結婚の覚悟が決まった今は、私もいち早く聖女の力に目覚めなければと思うばかりである。
そのきっかけを掴むヒントになるものはないかと、今日も先生にお願いして図書室へ向かった。