XX.魔王の事情3
西の森に装甲蛇虫が出たという情報が入ってきたのは昼過ぎのことだった。
西の森はフィーナの故郷の近くだ。
北の森でのような失態は二度と御免だ。
俺は自らで出向くことを決め、騎士団長ジェラルドを城の守りに残していくことにした。
町に被害が出る前に。
そう思いすぐに準備を始め、数名の騎士とフェリオンを連れ西の森へ向かう手筈を整えていると、息を切らしながらフィーナがやって来て自分も一緒に行くと言った。
彼女を危険な目に合わせるつもりは毛頭ない。
しかし、その力強い目を見て覚悟を感じ取った俺はフィーナの同行を許可した。
何かを強く守りたいと願う気持ちは、聖女の力を目覚めさせるきっかけになるかもしれないのだ。
フェリオンも同じことを考えたようで、フィーナの覚悟を悟り、頷いた。
ただし、たとえ目覚めなかったとしても彼女を焦らせる気はない。
ほんの少しの間だけでも、それは彼女が故郷の両親に会える理由にもなるのだ。
フィーナのことは俺が守る。だから大丈夫だ。
そう思い、彼女と共にトリアルの町へ向かった。
準備が整い城を出発したのが夕方になったため、町に着く前に日が暮れてきたので野営を組むことにした。
本当は一刻でも早く町に向かいたい気持ちはあったが、フィーナや騎士たちを連れて危険を犯すわけにはいかない。
かなり町には近づいているはずだ。夜が明けたらまたすぐに出発することにする。
騎士たちが組んでくれたテントの一つをフィーナに使わせるため、彼女を呼んだ。こんなところで寝かせるのは抵抗があるが、それも致し方ない。
「ごめんね、少し寝心地が悪いかもしれないが」
「いいえ、私は全然大丈夫です! それより、皆さんがあんなに狭いところで寝ているのに、私一人でテントを使うことなんてできません!」
しかし、フィーナは俺の心配を他所にそんなことを口走った。
そうか、彼女が気にするのはそちらか。
とは思うが、女性はフィーナだけだ。どこで寝ようと、結局は一人で使うことになってしまうのだ。
だから気にしないようにと伝えたが、それならば自分は寝ないのでそのテントを提供すると言い出した。
そういうわけにはいかない。
そう言ったのだが、彼女も引く気がなさそうだった。騎士たちを本当に労わってくれているのだろう。
彼女の意思は尊重してやりたいが、本当に寝床を与えないわけにもいかない。
どうしたものかと考えていると、フェリオンが言った。
「貴女の気持ちはよくわかった。では俺たちのテントを共に使おう」
――と。
元々俺とフェリオンが同じテントを使う予定だったところに、彼女も寝かすというのだ。
同じテントで寝るなど、ありえない……!
そう思ったのだが、フィーナはその提案に頷いてしまった。
ならば俺たちのテントを提供しようと言いそうになったところを、フェリオンが先に止めに入った。
確かにそれでは振り出しに戻るだけである。
しかしフェリオンの奴はその意味がわかっているのだろうかと、フィーナに聞こえないようフェリオンを呼びつけ小声で問いかける。
「お前、正気か!?」
「この状況であればそれが一番の得策だろう」
「しかし、彼女は女性だぞ!?」
「もちろん。では他の騎士たちと共にテントを使わせるか? それか本当に一晩中見張りをさせるのか。彼女は一人でテントを使う気などないぞ」
「……っ」
他の男と同じテントなどは、もっとありえない。
止むを得ず、俺はそれを飲むことにした。
しかし本当に大丈夫だろうか。馬車で隣に座っているだけでも彼女を抱きしめたいと手が伸びそうになるのに、隣で寝られて、俺は理性を保てるのだろうか。
フィーナが俺を好きになってくれるまでは手を出さないと決めている。
フェリオンは俺と違って昔から女と器用に付き合ってきていた。
だからこんな状況でも動じないのか。
まさかフィーナに手を出すつもりはないだろうが、フェリオンであろうと他の男を彼女の隣に寝かすわけにはいかないので、俺が真ん中……つまりフィーナの隣で寝ることにした。
なんとか平静を保って笑顔を作り「おやすみ」とだけフィーナに告げ、体を横にする。
できるだけ何も考えないよう目を瞑り、眠る努力をしたが、隣でフィーナが動く度、呼吸をする度、俺はその存在を認めて胸を熱くさせた。
好きな女性が横で寝ているのだ。
これほどの拷問があるだろうか。
悪いが今日は眠れそうにない。
そう思いながらも目を閉じて体を休めるよう努めた。
やがてフィーナが規則的な寝息を立て始めたので、ついそちらに目を向けてしまう。
彼女の寝顔はとても愛らしかった。
装甲蛇虫は心配だが、この寝顔を見ていると心が和む。
早く、彼女を自分の婚約者にしたい。
そっと手を伸ばし、触れてしまいそうになったのをすんでのところで思い止まった。
いけない……。少しでも触れてしまえば、どうなるかわからない。
「…………っ」
少しだけ惜しい気持ちを抱えながら、俺は彼女に背を向けるように寝返りを打った。
いつかこの手で彼女を抱くことが許される日を夢見ながら。