12日目.魔王の力
夜が更け、辺りは静まり返っていた。
私はテントの右端に横になり、その隣にルーク様、左端にフェリオンという並びで就寝した。
私の隣で寝ることを最後まで躊躇っていたルーク様だけど、フェリオンが「では俺がフラッフィーナの隣で寝よう」と言うと、「私が隣で寝る」と即答した。
それでも最後にはいつもの優しい笑顔で「おやすみ」と言ってくれたから、私は心のどこかで安堵した。
やはり町の皆のことが心配で、不安だったのだ。だから今日は一人で寝るよりも、この方がよかった。
ルーク様の笑顔を見てそう思った。
それに、横になっても三人ならば少し余裕があった。
まぁ男性四人で使っていることを思うと、このテントは余裕があって当然なのだ。
それでも目を瞑ってもすぐに寝付くことができなかった。
チラリと隣を見れば、ルーク様の綺麗な寝顔。
本当に彼は整った顔立ちをしている。
魔王様の寝顔を見ちゃうなんて、貴重だよね。
こんな状況でもどうしても少しだけ胸が高鳴って、やっぱり私は目を閉じて一生懸命眠るよう努めた。
*
翌朝、朝日を感じて目を開けば既にテント内にルーク様の姿もフェリオンの姿もなかった。
寝坊してしまったのかと慌てて飛び起きれば、いい匂いが鼻をついた。
どうやら騎士たちが朝食の準備をしてくれているらしい。
「おはようございます、すみません私、寝過ごしちゃって」
「おはようフィーナ。よく眠れたか?」
「……はい、」
殿方と寝ていたのに、熟睡するなんて……恥ずかしい。
カッと顔を熱くしながらも素直に頷けばルーク様は嬉しそうに微笑んでくれた。
「もうすぐできあがると思うよ」
「はい、何か手伝ってきます!」
ルーク様とフェリオンにぺこりと頭を下げて、私は朝食の用意をしてくれている騎士たちの元へ駆け寄った。
*
朝食を済ませたら、早速馬車を走らせた。
トリアルへはもうすぐだと思う。
どうか町が無事でありますように。
心の中で何度もそう祈りながら、大人しく馬車に揺られて数時間、故郷の町が見えてきた。
町を離れてまだ二週間ほどだというのが信じられないくらい、もっと長い間王宮で過ごしていた気がする。
「フィーナ!」
「お父さん、お母さん!」
町の広場で装甲蛇虫の話を聞いていると、父と母が私の名を呼んで駆け寄ってきた。
町はまだ無事だったのだ。本当に良かった。
「フィーナ、お前少し見ないうちに……立派になったな」
「そう?」
「ええ、本当に。なんだか綺麗になったわ」
嬉しそうにそう言ってくれる両親に私も微笑んで答えていると、ふと私の隣にルーク様がやって来た。
「初めまして、ルークアルト・クロヴェリアです」
「ル、ルークアルト様……!」
そして片手を胸に当てて丁寧に挨拶をするルーク様に、両親は恐れ多そうにもっと深く頭を下げた。
「ご挨拶が遅くなり申し訳なく思います。こんな状況での無礼をお許しください」
「滅相もございません!!」
「ええ、忙しい魔王様自ら足を運んでくださるなんて……!」
「フィーナから良い返事をいただけたらまた改めてご挨拶に参ります」
ルーク様は、魔王なのにとても丁寧に両親にそう言ってくれた。
その姿に思わずほうっと見蕩れてしまう。
「え!? うちのフィーナはまだ返事をしていないのですか!?」
「まぁなんて失礼な子……! 申し訳ありません、ルークアルト様!」
「いいえ、私がそれでいいと言ったのです。私のことを好きになってくれたら返事がほしいと」
「まぁなんと贅沢な子……」
ルーク様の爽やかな笑顔に、母までも見蕩れたように頬を赤らめた。
わかってるよ、よーくわかってる。
こんなに完璧な魔王様と結婚できるなんて、世界一幸せでしょうね。
でも最初にああ言ってしまった手前、今更どう言えばいいのかわからないのだ。
最近はそれどころじゃなかったし、なあなあにしていたのは確かだ。
今回の討伐から帰ったら、きちんと考えようと思う。
「ではルークアルト様、参りましょう」
「ああ」
話が済んだフェリオンに声をかけられ、私たちは再び馬車に乗り込んで森へ向かうことになった。
両親は「お前も行くのか?」と少し心配そうにしていたけど、ここまで来て実家で待っているわけにはいかないのだ。
――その時だった。森へ繋がる方向から叫び声が聞こえ、皆一斉にそちらを向いた。
「出たぞー!!」
「装甲蛇虫だ!!」
「でかいぞ、逃げろー!!」
町の皆が各々に叫びながら走ってくる。
その後ろに姿を現したのは、大型のバスくらい大きな、装甲蛇虫。
その体は太い蛇のようだけど、顔が蛇とは違う。
まるで芋虫のようで……顔というか、口が……とにかく不気味で気持ち悪いのだ!
とうとう町まで来てしまったのか。
早く皆を避難させないと……!
「お父さんたちも逃げて!」
「ああ、お前は……」
「いいから早く!」
騎士たちは住民を誘導する者と、装甲蛇虫へ攻撃を仕掛ける者とに速やかに分かれた。
無駄のない動きは日頃の訓練の賜物なのだろうと感じる。
「でやーっ!!」
「クソッ、行け、行けー!」
しかし、騎士たちが剣で斬りかかっていくも、その体は鋼の皮膚に被われており、簡単に弾き返されてしまう。
更に、装甲蛇虫は気味の悪い口を大きく開けると炎を吐き出した。
避けるために騎士たちは逃げ惑う。
「わーん、お母さーん!」
けれど、装甲蛇虫のすぐ近くの家から男の子が泣きながら出てきた。
逃げ遅れていたのか……!
「ダメ! 危ない!!」
装甲蛇虫の前に出てきてしまったその子に、咄嗟に駆け寄ろうと体が動く。
「下がっていろ」
「でも……!!」
しかし、私の腕はフェリオンに掴まれそれを阻止された。
私はこの町が大好き。平和で、皆穏やかで優しくて、転生してからの日々を、この町の皆と楽しく生活してきた。
そんな大切なこの町を――住民を、誰一人として傷付けたくない。
そう思いつつも非力な自分に悔しさを感じていると、ルーク様がスッと前に出て落ち着いた様子で右手を前に突き出した。
「しっかり見てやってくれよ」
「え?」
フェリオンは余裕の笑みを浮かべて言った。
不安を抱きながらも言われた通り顔を向ける。
ルーク様が手に魔力を込めているのを感じ取れた。
そして魔力弾を作り出すと高く飛び上がり、こちらを警戒して火を吐こうと口を開いた装甲蛇虫の口内へ、それを押し込んだ。
華麗でとても綺麗な動きだったけど、その表情にいつもの笑みはない。
とても真剣で、冷酷にも見える鋭い表情だった。
「……ルーク様……」
魔力弾を喰らった装甲蛇虫は数秒苦しみのたうち回った後、地面にその巨体を倒してピクリとも動かなくなった。
その硬い皮膚に触れることなく、体の中から倒したのだ。
あまりに簡単に。
「すごい……」
ルーク様は息一つ乱していない。
「大丈夫か?」
「……うん、おにいちゃん、ありがとう」
それを目の当たりにした男の子はいつの間にか泣き止んでおり、差し出されたルーク様の手に掴まった。
圧倒的な強さだった。
後ろでは歓声が上がり、子供の母親と思われる者が泣きながらルーク様に何度もお礼を言って頭を下げた。
ルーク様はまるでなんでもないことをしたように笑って応えている。
ルーク様が戦っているところを、初めて見た。
普段はにこやかで、穏やかで、紳士的で、魔王であるということを忘れてしまいそうになっていたけれど、彼は間違いなく魔王なのだ。
この国の、王なのだ。
「フィーナも大丈夫だったか?」
「は、はい……!」
いつもの優しげな顔で問われ、その温かい眼差しに胸がキュンと疼く。
……かっこいい。
私はこの男の、妻になる。
それを思い、ドキドキと鼓動を高鳴らせた。