10日目.聖女の自覚
「大丈夫か?」
「えっ?」
翌朝、ルーク様と朝食を食べていると、彼の心配そうな声が私の耳についてその顔を見つめ返した。
「すまない、昨日私が浮かない顔をしてしまったせいで、君を巻き込んだ」
「いいえ! ルーク様のせいではありません!」
私が無知すぎた。
私が今まで平和に暮らせていたのは彼等の努力があってこそなのだ。
少し想像してみればわかることなのに、平和な町でのんびり過ごしたいだなんて言って、自分は何もせずに現実から目を背けていた。
「私がこうして贅沢で不自由のない生活ができるのは、この国の民のおかげだ」
「え……?」
「フィーナの故郷の者たちや、他の町の者たち。そしてその者たちの安全を守るのが騎士団の仕事で、それをサポートするのが魔道士団の仕事だ」
ルーク様は優しい瞳で私を見つめながらも、真剣に言葉を紡いだ。
「彼等の労働があるから、こうして食べることができている。だから彼等がより働きやすい環境を作ってやるのが、私の仕事だ」
「ルーク様……」
この魔王は、私利私欲にまみれて権力を振り翳すような王ではない。
「私は一刻も早く聖女の力に目覚められるよう頑張ってみますね!」
それなのに私は平和の裏にある努力を知りもせず、わがままを言っていたと思うと、自分が情けない。
今更それに気がついて胸を痛めてしまったけど、私がこんな顔をしていたらルーク様に余計な心配をかけてしまう。
だから明るく言って見せたのだけど、ルーク様は嬉しそうな、照れているような、複雑な表情を見せた。
「うん、でも無理はするな」
「はい」
その表情の意味を考えて、ハッとする。
そうか、もし私が聖女に目覚めれば、おそらくこの結婚を断ることはもう不可能になる。
それを自分から目覚めたいと言ったのだ。結婚に積極的なのと同じだ。
「……」
正直私が本当に聖女なのだろうかと、疑ってしまう気持ちはまだある。
けれど……。
私の個人的な気持ちなんかより、本当に聖女なのであればこの国のために戦ってくれている戦士たちのために役に立ちたい。
今の私は本気でそう思っている。
最初こそ元の生活に戻りたいと思っていたけれど、ここの方たちは皆とても良くしてくれているし、ルーク様が言うようにこうして私たちが不自由なく美味しい食事ができるのも、この国の民のおかげなのだ。
命を張って戦っている者がいて、私がそんな皆を助けることができるかもしれないのなら、どうしてすぐに喜んで協力しようと思わなかったのかと、今では後悔すら覚える。
あの惨事を見て知った今だからこそ、私にできることはやるべきだ。そう思った。
それに、結婚相手がルーク様であることに、なんの不満があるのだろうと、客観的に思ったりもする。
ルーク様に一度でも傷つけられたことがあっただろうか。
ないと、即答できる。
会ったばかりで好きでもない相手だと決めつけていたけれど、ルーク様に惹かれてしまうのに時間はかからなかった。
「……」
静かに食事を続けるルーク様の綺麗なそのお顔を見つめると、トキンと胸が鳴る。
認めるのが怖かっただけで、私はもう十分この男に惹かれてしまっているのだ――。
*
「どうすれば聖女の力に目覚められるのでしょうか」
その日の魔法学で、その道に詳しい私の講師、アルフィに思い切ってそんな質問をぶつけてみた。
聖女のことは初めに一通り教わったのだけど、それでは力の目覚め方がよくわからなかった。
つまりは解明されていないのかもしれないのだけれど、調べてもわからないことは聞いてみるに限るのである。
「ふむ……。前にも話したが、それは難しい質問だねぇ」
アルフィは年相応に蓄えた口髭を撫でながら言った。
「過去の聖女様についての文献はフラッフィーナ様も一通り目を通したと思いますが、聖女様それぞれによってそのタイミングは異なるのです」
やはり、どうしても答えはそれになってしまうようだ。
「では先生の経験上、もし私が聖女だとしたらどうすれば目覚められると思いますか?」
「それは面白い質問だ」
髭から手を離すと、アルフィは真剣味を帯びた瞳を私に向けた。
「私の個人的な見解にはなりますが、過去のデータや貴女の状況などを見るに、おそらくフラッフィーナ様はきっかけさえ掴めばその力を一気に開花されるのではないかと思っています」
「きっかけ……」
「喜びなのか、悲しみなのか、そもそも感情的なことなのか、年齢的なことなのか、場所なのか……やはりそこは難しいのですがね」
うーん。本当はそこが一番知りたいのだけど……こればっかりは目覚めてみなければわからないのかもしれない。
魔法については勉強中だけど、そもそも私は明かりや火をつけたりする生活魔法程度しか使ったことがないのだ。
回復魔法を覚えれば、もしかしたら役に立てるかもしれない。
そう思い、アルフィに頼んで回復薬の製作方法を教えてもらった。
けれど、残念ながら私が作った回復薬は栄養ドリンク程度の効果しかなかった。
そうなれば、やっぱり本当に私が聖女なのだろうかと不安になってしまう。
そういえば……
そもそも私を聖女だと占った者がいたはずだ。
この王宮に来てからまだ会っていないけど、その者に聞けば、何かわかるのではないだろうか。
なんならその方法を占ってもらえば良いのではないだろうか。
今夜、ルーク様に聞いてみよう。
そう決めて、私はその後のレッスンにも真剣に取り組んだ。