0日目.始まりの日
「おめでとうございます、貴女が魔王様の結婚相手に選ばれました」
王宮騎士団団長、ジェラルド・ハープと名乗った男は私の前で跪くと、耳を疑いたくなるようなセリフを吐いた。
この世界は魔物や亜人、魔法が存在する世界だ。
そしてこの国〝クロヴェリア〟は知能ある魔人や亜人が暮らす、魔物の国だ。
この世界の人間は魔法が使える者も多いのだが、その多くは魔物に力で及ばない。
しかし我が国の歴代のクロヴェリア王は、長い時をかけてこの国の存在を周辺諸国に認めさせていった。
力と知恵、そして秩序を持ってして、魔物の国クロヴェリアは栄えた。
今では人間の暮らす他国と変わらぬ、平和な町が築き上げられているのだ。
私の名前はフラッフィーナ・アリアコール。
魔法が使える亜人である。
見た目は人間と変わらない。
ただ少し、人間よりも丈夫で長命、そして生まれながらに魔力を持っている。
私が暮らす町は王都より西にある、穏やかなところだ。
この町で父と母と三人で、平和に暮らしてきた。
しかし数日前のある晩、本当に突然、私は前世の記憶を取り戻してしまった。
前世で私は社畜OLだった。サービス残業を強いられ、プライベートでは彼氏を作る暇もなく働いて、雨の日の夜、寝不足で運転していた車で単独事故を起こし、そのまま死んでしまったのだ。
思い出してしばらく絶句し、ショックを受けたけど、この町で過ごした記憶もちゃんとある私は、転生して生まれ育ったこの穏やかであたたかな町が大好きだった。
ここでは日々食べていけるだけの仕事をし、家族や近所の方たちと楽しく笑いながら毎日を送っていた。
この人生に、私はとても満足している。
前世の記憶を思い出して十分後には、このままスローライフを送るぞ! と開き直っていた。
――けれどその日、今度は突然王宮から使いの馬がやって来たのだ。
こんな町に何の用かと、物珍しさに近所の者たちが集まった。
父や母、そして私を前にして、ジェラルド団長は言った。
「フラッフィーナ・アリアコール様。貴女を迎えに参りました」
「うちのフィーナが、何か」
王宮からの使いに、父は何事かと慌てたように問うた。
「フラッフィーナ様が聖女であるとお告げが出たのです」
「「……は?」」
「おめでとうございます、貴女が魔王様の結婚相手に選ばれました」
「え~~!!?」
そして告げられた言葉に、私をはじめとした皆が声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってください、嘘ですよね!? だって私……聖女だなんて、そんな……」
「預言者の言葉は絶対です。間違いありません! ついに我らが王、ルークアルト様のお相手が決まったのです! 貴女に!!」
そんな……!
嬉しそうに語られたその言葉を前に、私から血の気が引いていく。
嘘、うそウソ!! 嘘でしょ、信じられない……!!
聖女とは、数百年に一度、この国に生まれるといわれている希少な存在である。
聖女が誕生し、その力に目覚めると国は栄え、豊かになる。
その時々の聖女によって力の大きさや可能なことは異なるといえ、聖女は凶悪な魔獣さえも祈りの力で浄化することができると言われており、聖女の子は強く賢く育つ。
そのため、聖女が誕生した際はこの魔物の国の王――今は〝ルークアルト・クロヴェリア〟という名前だが、つまりはその魔王と結婚することが決まっているのだ。
「なんと……!!」
驚愕する私の隣で、父が目を見開いた。
うん、可愛い娘が魔王の嫁に行くなんて、嫌よね? 反対して、お父さん……!!
「なんとめでたいのだ……! まさかこの子が、魔王様の妻に選ばれるなんて……!」
「え?」
「本当にねぇ、不出来な娘ですが、どうぞよろしくお願いします」
「ええっ!?」
父の隣で、母が涙ながらに言った。
「い、いや……でも、私なんかが魔王様の妻になんて……それに、聖女だなんて何かの間違いじゃないですか? 私は生活魔法くらいしか使えないし……」
「いいえ、預言者フレデニス様のお告げに間違いはありません。まだその力が開花されていないのでしょうが、必ずや目覚めさせてみせます」
ジェラルド団長は自信ありげに、とても力強く言った。
……なんて、頼もしいの……。
「ルークアルト様のお相手は、貴女以外おりません!」
「…………」
そこまではっきり宣言されては、返す言葉が出てこない。
集まっていた近所の方たちにも祝福されて、断ることなんてできない雰囲気になってしまった。
「明日、改めてもう一度お迎えに上がります」
「はい! 準備を整えてお待ちしております!!」
「……」
私を差し置いて答える父に言葉を失い、私はこの先の未来に絶句した。
今世ではこの町でのんびりとスローライフを楽しもうと思っていたのに!
魔王の妻で聖女だなんて……きっとこき使われて王宮社畜になるんだわ……。
私の第二の人生、終わった……。
甘々なお話をまったり始めました。
『28日目』で終わる予定です。
肩の力を抜いて楽な気持ちで読んでいただければ!
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