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声の方へ目を向けると営業の山吹さんが常磐の元へ走り寄ってきた。
「聞いたぜー!お前異動になるんだってなー!寂しくなるよー!」
言葉とは裏腹な満面の笑みで山吹さんは常磐の両手を握る。
それを見て冷たく重いドロッとした物が身体に流れ込んだ様な不快感がして眉間に皺が寄る。
そんな俺の態度には気付かず山吹さんは手を離すと今度は常磐に抱きいた。
ドロッとした物が身体の中で沸々と煮えたぎる。
山吹さんと常磐の襟首を掴んで引き剥がしたい衝動に駆られた。
「いやー、でもさー異動っても昇進だろー!?ホント羨ましいぜー。今度絶対何か奢れよなー!!お、すおー!元気してるかー?お前も先輩が居なくなってせいせい…じゃなくて寂しくなるよなー」
笑顔でまくし立てる山吹はそう言うと横に居る俺を見てギョッとした顔になる。
「…おっともう行かねーと。じゃーなー!」
また直ぐに笑顔に戻った山吹さんは常磐から体を離してあっという間に走り去って行った。
「…全く何しに来たんだ…元々部署が違うんだから今さら寂しくなるも何もないだろーが。…それに何で俺が奢らなきゃいけないんだよ…」
俺の中ではまだ冷たくて熱い何かがドロドロと渦巻いていて常磐の声も全く耳に入らなかった。
ー常磐が居なくなる。
これで常磐の小言や嫌みからも解放される。
山吹さんの言う通りせいせいするはずだ。
なのに何でこんなに身体が、心が重いんだろう。
『おめでとうございます』
『寂しくなります』
社会人として言うべき事はわかっている。
学生の頃からお世辞を言うのには慣れているはずなのにようやく出たのは思った以上に弱々しい言葉だった。
「…先輩…異動するんですか…?」
そんな事聞かなくったってわかりきってる。
なのにそんな言葉しか出て来なかった。