green
俺は胸の痛みを隠そうとしてまた刺々しい言葉を重ねる。
「おい、もうすぐ休憩時間終わるぞ。さっさとメシを食え。お前がグズグズしてると俺にも迷惑かかんのわかってんの?」
蘇芳の横に手付かずで置いてある昼飯であろう袋に目線を投げながらまくし立てた。
「あ…すみません…早く食べます…」
昼飯の袋をガサガサと開けた蘇芳の手が止まり俺を見上げる。
「あの…先輩も食べませんか…?全部食べる時間なさそうなので…」
そう言っておずおずと俺にサンドイッチを差し出す。
「……仕方ねーな。ホントいつまで経ってもどんくさいよなお前。」
上目遣いの顔に一瞬見惚れ、誤魔化そうと差し出されたサンドイッチを怒ったように奪い取り蘇芳の横にドカッと腰を下ろしてムシャムシャとかぶりついた。
蘇芳こいつの横でメシを食う事ももう無いだろうな、とぼんやり考えながらささやかな幸せとサンドイッチを噛みしめているとフワッと花のような香りが漂ってきた。
横を見ると魔法瓶から注いだお茶を飲む蘇芳と目が合った。
「……飲みます…?」
と飲みかけのカップを差し出した。
薔薇の様な香りのするカップを無言で受け取りそのまま一気に飲み干す。
「熱ッ…!」
思ったより熱く渋みがあるお茶だったのと何より蘇芳が口を付けたカップだった事を思い出して顔がぶわっと熱くなった。
「…すみません…熱かったですか…?…しかも飲みかけだったし…すみません…」
オドオドしながら謝る蘇芳に空のカップを突き返しながら
「うるさい!お前ちょっとだまれ!」
と赤くなった顔を背けながら呟く。
こんな態度しかとれない自分に腹を立てながら残りのサンドイッチを口に押し込んでいると「ときわー!」と俺を呼ぶ声がした。
声の方に目を向けると同期で営業の山吹が駆け寄ってきた。
「聞いたぜー!お前異動になるんだってなー!寂しくなるよー!」
見た目も言葉も軽薄な山吹はそう言いながら冗談めかして俺の両手を握りブンブン振ったかと思えば大袈裟に抱きついて背中をバシバシと叩く。
「いやー、でもさー異動っても昇進だろー!?ホント羨ましいぜー。今度絶対何か奢れよなー!!お、すおー!元気してるかー?お前も先輩が居なくなってせいせい…じゃなくて寂しくなるよなー。…おっともう行かねーと。じゃーなー!」
一方的にまくし立て、サンドイッチを頬張り何も言えない俺に一言を発する暇も与えず風のように駆けて行った。
「…全く何しに来たんだ…元々部署が違うんだから今さら寂しくなるも何もないだろーが。…それに何で俺が奢らなきゃいけないんだよ…」
叩かれた背中がジンジンするのを堪えながらやっとの事でサンドイッチを飲み込み嵐の様に去って行った山吹の後ろ姿を睨みつけながら呟いていると横から弱々しい声がした。
「…先輩…異動するんですか…?」
そうだった。
この話をしに俺はここに来たってのに何一つ言えないうちに山吹にばらされてしまった。
蘇芳は俺が居なくなるのを知ってどんな顔してるんだろうかと顔を見そうになったがぐっと堪える。
たぶんホッとした顔してるんだろう。
そんな顔見たらやっぱわかっててもへこむ。
「あー、来週からな。急な異動で色々面倒だけどまぁ一応昇進だし、これでグズな後輩のお守りからも解放されるし万々歳だぜ」
俺は山吹の走り去った方に顔を向けたままいつもの嫌みを口にした。
「………」
蘇芳は何も言わない。
「おい、メシが済んだらさっさと戻れよな」
沈黙に耐えかねて口を開いてもこんな言葉しかでてこない。
ホント何やってんだろうな俺は。
自己嫌悪で顔がひきつるのがわかったが今更どうしようもない。
蘇芳が立ち上がる気配がしたがこのまま二人で一緒に戻るのも気まずく俺は誰も居ない空中を無言でじっと見つめ続けた。
放っておけば勝手に1人で戻るだろうと思っていたら蘇芳が目の前に立ち俺の両手を掴んだ。
「は!?お前何すんだよ!」
驚いて咄嗟に手を振り払い顔を上げる。
「え…山吹さんと常磐先輩がさっきこうしてたので…。僕とじゃイヤでしたか…?」
今までに見たことのない甘えたような顔と声に理性が壊れそうになる。
『ーいやいや、そうじゃないだろ。山吹とは付き合いが長いしあいつの軽さやスキンシップには慣れてるけど、お前とはスキンシップなんて1度もしたことないし、だいたい好きなヤツに急に触られたらびっくりするだろが!!』
と頭の中でグルグル考えるが“イヤでしたか”と聞かれると答えはもちろん“NO”だ。
「……別にイヤじゃねーよ」
散々考えて、でも理性も張り付いた自分の殻も壊せない俺はぶっきらぼうに一言呟く事しか出来なかった。
「イヤじゃなくてよかったです」
蘇芳はニッコリと笑いもう一度俺の手を取って振りそして抱きついて俺の背中を叩く。
もう二度と自分の気持ちに気付かれないように嫌な奴を演じてきたのにこれは何だ?!
夢か!?
白昼夢なのか!?
パニックで訳がわからないまま『夢でも現実でも、どうにでもなれ!!』と自棄になって所在なさげに彷徨っていた自分の両手を蘇芳の背中に回しゆっくりと優しく抱き締めた。
蘇芳の暖かい体温が体全体から伝わってくる。
すると俺の背中を叩いていた手が止まりぎゅっと締め付ける。
ビクッとした俺の耳元に口を近付け蘇芳は「先輩ってホント優しいですよね」と甘く囁いた。
もしかしたら自分を偽っていたのは俺だけじゃないのかもしれない。
そう思いながらも俺は抱き締める手を離す事も出来ないまま真っ青な空を見上げた。