red
『こんな会社すぐに辞めてやる』
そう思いながらも世間体を気にして辞める事が出来ないまま1年が過ぎた頃、俺は大きなミスをした。
『常磐が居なくても俺だけで出来る』
不在だった常磐の確認を取らず進めた企画に最終段階でミスが見つかった。
ぎりぎりで大きな損害は免れたものの取引先にまで迷惑をかける事態になった。
『もう無理だ。辞めようー』
ミスがわかった時に思ったのはそれだけだった。
自分のミスを認めたくもなかったし、これ以上常磐から陰湿な言葉で責められる事にも耐えられなかった。
俺は逃げる事しか考えていなかった。
だがミスの発覚後常磐からは何の叱責もなかった。
もちろん取引先へのフォローなどやらなければいけない事が山のようにあったが、それでもいつもの何倍もの嫌みを浴びせられると思っていた俺は拍子抜けし「辞めます」の言葉を出す機会を見失ってしまった。
辞め損ねた俺は仕方なく常磐と後処理に奔走したが、その間も険しい顔をしているものの交わすのは最低限の言葉だけだった。
『もう俺には怒られる価値すらないのか』
常磐からの叱責を恐れていたはずなのに、いつの間にかこんな事を考えていた。
ーだが違った。
「俺は降格でも異動でも構いません。ただ、蘇芳には企画の仕事を続けさせて下さい…!」
俺の居ない所で常磐は上司に頭を下げていた。
この目で見て、聞いても信じられなかった。
俺の事が気にくわなくて、いつも些細な事で嫌みを言う常磐がー。
そんな事を思い出しながら本からまたそっと目線だけを上げると常磐が煙草を灰皿に押し込むところだった。