Red
暑い。
あまりの暑さで茹で上がりそうだ。
滅多に人の通らない会社の裏の一角。
ここが俺のお気に入りの場所だ。
少し前まで同じ部署だった嫌な常磐から解放されるために見つけた場所だった。
今はもう常磐はいないしここに来る必要はないけどここが落ち着く場所に変わりはなかった。
少し離れた喫煙所に目向けるがそこに常磐の姿はない。
新しい部署に移って常磐は滅多にこの喫煙所に来なくなった。
昼飯も食べ終え暑さで本に集中も出来ず暇を持て余し空を見上げる。
容赦なく日差しが照りつける真っ青な空。
そういえばあの日見上げた時もこんな空だったな、とぼんやり思い出した。
一年前大きなミスをした俺は辞表を胸に部長の元を訪れた。
だが部屋からは人の話し声が聞こえてきた。
『誰だよタイミング悪いな』
来客の予定もなく、常磐も外出しているから辞表を出すのは今日と決めていたのに。
心の中で舌打ちをしてそっと中の様子を伺う。
「今回の件は本当に申し訳ありませんでした。責任は全て私にあります」
そこには外出したはずの常磐の姿があった。
全身は見えないが常磐が部長に深々と頭を下げている。
俺は呆気に取られた。
は?何で常磐が?アイツ何やってんだ…?
「…今回の件は蘇芳君が君に確認も取らずに企画を進めたからだろう。責任を取るべきなのは君じゃなく蘇芳君じゃないのか?」
普段は温和な部長の冷たい声に背筋がゾッとした。
ああ、俺は辞表を出す前にクビになるのかー。
「いえ。不在だったとはいえ企画を進めている事は知っていましたし、戻ってからすぐにチェックをする事も出来ました。それを怠ったのは私の責任です。それにー」
と少しいい淀む。
「ーそれに蘇芳が私に確認を取らなかったのも私のせいです。…私が蘇芳に対して普段から必要以上に厳しく接していたから俺…私に言い出す事が出来なかった。そんな状況を作ったのは私です。ですから蘇芳の責任ではなく全て私の責任です」
苦し気な常磐の言葉に俺の頭は真っ白になる。
「でも蘇芳君は入社当初からあまりやる気も見られないし、ミスだって多いじゃないですか。常磐君が厳しくするのも仕方のない事でしょう。そして普段ミスが多いのに確認も取らずに大事な企画を進めるなんて蘇芳君は本当に何を考えているのか…。面接の時はもっと賢い子だと思ってたんですけど期待外れでした。常磐君もとんだ貧乏くじを引いてしまいましたね。」
そう言って部長は嘲笑うかのようなわざとらしいため息を吐いた。
「俺は貧乏くじを引いたとは思っていません!!」
いつもとは違う常磐の大声に身体がビクッと震え、思わず辞表の入った上着の胸元をぎゅっと握り締める。
「…たしかに蘇芳はミスも多いしやる気に溢れているとは言えません。でもまだ1年です。それに今回の企画には今までになく真剣に取り組んでいましたし、これからだと思っています。…でも俺が蘇芳の芽を潰してしまっているのかもしれません。」
さっきの大声が嘘のように段々と声が小さくなり最後の方は消え入りそうな声になっていた。
「俺は降格でも異動でも構いません。ただ、蘇芳には企画の仕事を続けさせて下さい。」
常磐は下げた頭を一層低くし部長に懇願する。
「………常磐君がそう思っている事を蘇芳君には伝えましたか?」
長い沈黙の後、部長はいつもの穏やかな声でぽつりと問いかけた。
「…いいえ…」
こちらも少しの沈黙の後ぽつりと答える。
「常磐君はまぁ、普段から口は良くないですが蘇芳君に対しては更に言葉が厳しくになりますよね?きっと蘇芳君は野良犬が威嚇している様に見えるんでしょう」と言って、まぁ私からしてみれば可愛い仔犬が赤ん坊に纏わりついてキャンキャンと鳴いている様にしか見えませんがね、とボソッと付け加える。
「初めての後輩で気に入っているからこそ力が入るのもわかりますがあんまり自分を偽らない方が良いですよ。…お互いにね」
部長は小さい子を宥めるように言う。
「………」
その言葉に常磐は頭を下げたまま無言だ。
「それから処分の件ですが…」
と言いかけると常磐の体がぴくっとした。
「今週末に二人で地域ボランティアの清掃活動に行ってもらいます」
常磐はがばっと身を起こす。
「…それだけ…ですか…?」
「それだけ、とは何ですか。不満ですか?週末は暑くなるそうですしかなりの重労働ですよ。ふたりで力を合わせて清掃活動に励んで下さいね」
そう言ってニッコリ微笑んだ。
常磐ははっとしてもう一度頭を下げた。
「…ありがとうございます…!」
「いゃぁ、常磐君が入社した頃を思い出しますねぇ…。君はやる気だけはあるけど、本当にやる気しかなくて…あの頃は大変でしたねぇ…」
「イヤ、それはもうカンベンして下さい…ってか部長にはマジで俺がキャンキャン吠える仔犬に見えてるんスか…?」
まだふたりの会話は漏れ聞こえて来たが、俺はそっと部屋から離れる。
無意識にずっと胸元を握り締めていた手をようやく離すとスーツにはシワが寄り、辞表もグシャグシャに潰れていた。
頭はまだ混乱していたが『こんなシワの寄ったスーツでグシャグシャの辞表を出すなんてカッコ悪いよな?辞めようと思えばいつでも辞められるんだし別に今日じゃなくても…』と、誰に対してかわからない言い訳を考えながらいつの間にか俺はいつものお気に入りの場所に来ていた。
容赦なく日差しが照りつけじんわりと汗が滲む。
ああ、暑いな。
週末はもっと暑くなるのか。
こんな暑い中で常磐と清掃作業なんて笑えないよな。
そう思いながら自分が笑っているのに気付く。
ーホント笑えない。
汗と一緒に涙が滴り落ちる。
どうかしてるよ俺は。
汗も涙も拭わず、俺は真っ青な空を見上げながら微笑んでいた。
そんな事を思い出していたら久しぶりに喫煙所に常磐が現れた。
いつもの様に煙草を一本だけ吸い、そして俺の方へやってくる。
「おまえまだこんなとこで飯食ってんのか。暑くねえの?」
額に汗を光らせながらいつもとかわらない口調で話し掛けてきた。
「別にいいじゃないですか。ここが落ち着くんですよ」
俺は涼しい顔をして言った。
想い出の場所ですしね、と心の中で付け加えながら。
「わっかんねーな。お、もう昼終わるぞ。おまえもさっさと戻れよな」
常磐はそう言うと手の甲で汗を拭いながら踵を返す。
「今日の約束忘れてませんよね?柊梧さん」
俺が常磐の背中に声をかけるとピタッと足が止まった。
「おまっ…先輩って呼べって言ってるだろうが!!」
振り向いた顔が真っ赤なのは暑さのせいだけではないだろう。
そんな常磐の顔を見たら笑いが込み上げてきた。
クククッと笑う俺を見て常磐はさらに耳と首まで赤く染める。
「…いつか仕返ししてやるからな、覚えとけよ!」
常磐は真っ赤な顔で言い放った。
「もちろんいつでも受けて立ちますよ」
俺が挑発的に言うと常磐はムッとした顔をして戻ってきた。
そして辺りをキョロキョロと見渡すと俺の腕をぐいっと掴み頬にキスをした。
「約束忘れるわけねーだろ浅緋」
耳元でそう言うと俺が返事をする間もなく脱兎の如く走り去っていった。
「ホント何考えてるんだか」
頬に残る熱い感触の余韻を感じながら今日は早く仕事を終わらせようと俺は企画室へ急いだ。
私の中ではまだまだ常磐と蘇芳の話は続いてますがひとまず終了です。
本当は連載ラストの様なイチャイチャほのぼのBLを書きたかったのになんか違う感じになっちゃいましたが書いてて楽しかったです。
ご覧下さった皆様ありがとうございました。
※蘇芳目線のみを纏めて短編にしています。
ほんのちょっとだけ訂正有。
最終話も追加しました。




