『龍虎の契り』番外編//コッコちゃん part,1
バレンタイン企画なのにちっともバレンタインじゃな〜い!
コケコッコー!!
ニワトリはやはり朝はコケコッコと鳴くらしい。
例えそれがマンションのベランダであろうとも。
李仁がそれを再認識したのはつい最近のことだった。
「おい、棗!早く起きろ!起きてあの小さな恐竜に飯をくれてやれ!」
「んん?…もおっ、容赦ないんだからぁ〜、昨夜激しかったから、私、まだ眠いです…李仁さん、ふふっ…すき…」
暖かい布団の中で、裸の腕の中、棗がコロリと李仁の方へと甘えた声で寝返りをうった。
「お前、可愛すぎだ。朝からもう一戦交えたくなるじゃないか、うん?…棗…」
うっとりと抱き合いながら寄せられる唇。
「好きだよ。棗」
「李仁さん…愛してます…」
コケコッコー!コケコッコー!!コケコッコ〜!!!
朝食は恐竜の産んだ卵で目玉焼きだった。なのでうるさいなどと文句は言えない。結局あと一戦どころか甘いムードも興醒めで、あのまま起きてしまったのだった。寝覚はすこぶる悪かった。
「あの恐竜はいつまでうちに居るんだ?」
「え?いつまでって、コッコちゃんはずっとうちで飼うんですよ?」
「ええ?!そんなの聞いてないぞ!預かってるだけって言ってなかったか?」
「ふふふっ」
『ふふふ』?何の『ふふふ』だ?
棗は都合の悪い事は何でも『ふふふ』で許されると思っている節がある。実際李仁が許してしまうのだから自分が悪いとも言えるのだが、ニワトリを買うのを許した覚えは無い。
だが、既にもう遅かった。毎日毎日こうしてニワトリは卵を産んでは李仁が朝飯に食っているのだ。
怪獣ならぬ懐柔されてしまってからでは甚だ遅いと言うものだ。
「棗、オレのネクタイ締めてくれ」
「コッコちゃんのお家の掃除で手が離せません」
「棗、風呂沸かしてくれ」
「ごめんなさい!コッコちゃんの爪が割れて今お手入れしてます」
「棗…」
「コッコちゃんがベランダから落ちましたー!!」
この恐竜が藤城家に来てからずっとこんな調子だった。
二人は朝方萌えることが多かった。
夜は疲れてぐっすりだが、たっぷり眠って体力がばっちり回復した朝の方が一番具合が良い。
だがそれもあの恐竜めの鳴き声でムードもへったくれもあったものではなかった。
李仁は目玉焼きにフォークを突き刺しながら、ベランダを闊歩している忌々しい恐竜を睨んだ。
(それは私の卵…)
コッコちゃんは眼光も鋭く窓ガラス越しにムッとした様子で李人を睨み返していた。
「なあ、だいたいこのマンションは動物飼うの禁止じゃなかったか?」
「ハトの大きさまでなら良いんですって」
なんだ?なんだ?その無意味な学則のような条件は!
「ダメじゃん、もう大きさでアウトだろう?」
「平気です。管理人さんにはチャボだって言ってありますから」
「ふうん」
って、チャボは鳩よりデカいだろう!そこで何故許すか管理人!
要するに、李仁はコッコちゃんの飼育に反対なのである。
小学校の頃、李仁は学校の飼育員だった事がある。元々小動物が好きだったこともあり、動物の世話をするのは楽しかった。
そんな李仁の背後にある日黒い影が忍び寄った。
情緒教育の一環で、教育委員会から寄贈されて来た名古屋コーチンのピーちゃんだった。なぜ小学校なんかにそんなブランド鶏が寄贈されたのかは分からないが、つけられていた名前を想像するに、ヒヨコの時は可愛かったのだろう。
だが今は普通の鶏よりもがっしりとした体格の、茶色い羽毛に一際逆立った黒い尾っぽも逞しい雄鶏となっていた。
立派な赤い鶏冠に金色の鋭い嘴、見開かれた眼光で李仁を檻の中の侵入者だと思って飛びかかったのだ。
餌のカップを手にした李仁が嫌な視線に気づいて振り返った時には既にピーちゃんの勝利は決まっていた。
あとは何も言うまい。
そんな事があってから、李仁は鶏が怖くてしかたないのだった。
「そうだ、李仁さん。今日はお店お休みでしたよね?私ちよっと出かけて来て良いですか?」
「良いけど、どうした?買い物か?」
「おばあ様が少し体調を崩したみたいでお見舞いに行きたいんです」
彼女は血のつながらない祖母ではあったが、棗が唯一まともに愛情を注がれた唯一の家族だ。
具合が悪いと聞けば駆けつけるのは至極当然だ。
「ああ、良いよ。なんなら向こうに泊まってくると良い。お手伝いさんがいても君にきっといて欲しいと思うだろうから」
「ありがとうございます、李仁さん。じゃあ、お言葉に甘えようかな?」
そう言って棗は身支度を整えていた。いつもは棗の役目だが、こうして玄関まで送りに出ると言うのも良いものだと思いながら、せいぜい理解のある亭主のふりで行ってらっしゃいのキスをした。
「じゃあ、行ってきます。私が居ないからって浮気したら嫌ですよ?じゃ、留守の間コッコちゃんの面倒お願いします」
「…ん?」
そうしてドアは無常にも閉められた。そうだ、そうだったのだ!気前よく行って来いと言ったものの、あの怪獣のことを李仁はすっかり失念していたのだった。
「OH NO〜っ!!」
マンション中に李仁の叫び声が響き渡ったのは言うまでもなかった。