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第91話 爆走調達 6月1日【裏】

6月1日【裏】

アラモタワー前 朝6:30


「よし、行くぞ」


 松野の号令で俺達5人――本人と俺、ヒデキとミドリそしてスミレは一斉に飛び出す。


 同時に周囲の怪物の目が一斉に俺達を捉え、呻き声と共にユラユラと揺れながら向かって来る。


「うわっうわっ! 見つかった! こっち来る!」


「クソゾンビなんて街中に溢れてんだから当たり前だろうが。てめぇ調達何回目なんだよ」


 松野がうんざりした様子でヒデキの頭を軽く叩く。

ミドリとスミレも声こそあげないが顔は引きつっている。


 慣れっことはいえ千切れた腕を突き出し、内臓引きずって歩くゾンビを見て平気な女の子はいないから仕方ない。


「今更だが本当に目的地はあそこでいいんだな? どう考えても飯のあるような場所じゃねえぞ」


「確実とは言えないけれど当たればでかい。この人数で民家をコツコツやってもらちが明かないしな」  


 タワーの人口を考えれば俺達全員がザックに満タン持ち帰っても1日2日分にしかならない。

俺の存在をはっきり認識させるためにもインパクトのある大物が必要だ。


「とは言えやっぱあんな場所……右!!」


「うわっ!?」


 松野の声に反応したヒデキは飛び退き、配送トラックの影から飛び出した怪物の腕をギリギリ避けたが、不自然な避け方をしたせいですっ転ぶ。


「だ――」


『誰か!』と叫ばせる間もなく俺は鉄の槍――鉄パイプを途中で折って尖らせただけ――を怪物の眼球深くへ突きこみ、刺さったパイプを掴んだまま体ごと大きく振って地面に引き倒す。

頭を固定されながら転倒した怪物の首は圧し折れ、四肢が同時に跳ね上がった。


「仕留めたか?」

「さあ? 追ってこれなきゃそれでいい」


 ちなみに鉄パイプの槍は使い捨てだ。


 俺はヒデキを引き起こして集団の真ん中に入るように言う。  


「サ、サンキュ……。でも怪我してねえし気を使ってくれなくてもいいぜ」


 気など使っていない。

注意力散漫なヒデキは見張りに向かないので外周に置くとそっちの見張りが怪しくなると判断しただけだ。身体能力はそれなりに高いので走ったり運んだりでは優秀ではあるが結構な弱点だぞ。 



「右のビル屋上に影が見えたよ!」


 ミドリが叫ぶのとほとんど同時に屋上から黒いモノが降って来る。

鈍い音と共に黒い血飛沫がアスファルトに飛び散る。


「あっ路地からも!」


 落下地点から必要以上に逃げたミドリが次の脅威に気付いてバックステップで逃げようとする。


「車の下に足の潰れたのがいる! 後ろじゃなくて右に避けろ!」


 俺がそう指示した途端、ここまで賢明な判断をしていたミドリの視線が揺らぐ。


「下……右……いや……ひぃぃ!」


 ミドリは数歩後ずさった後、俺達が向かおうとしていた方向へなんと全力で走り始めた。


「ちっ!」

「俺がいく」


 舌打ちする松野をおいて俺も駆け出し、後ろからミドリの肩を掴む。


「は、早くゾンビのいないところに……!!」


 そしてヒステリックに叫ぼうとするミドリの頬を平手で打つ。


「落ち着け、もう大丈夫だ。ゆっくり息をしながら駆け足だ。いいな?」

「う、うん」


 ミドリの身体能力は並の女性よりやや上かつ警戒心観察力も高い。

ただ状況が切羽詰まると冷静さを失うところがあるようだ。


「クソ虫が死んどけ!!」


 後ろでは松野が這う怪物の頭を踏み潰し、路地裏から迫る1体をバールで叩き割ってこちらに追い付いてきた。


「ミドリてめぇまた……」


 俺はすごもうとする松野とミドリの間に入る。


「後で俺がお仕置きしておく。ミドリは俺の女だろ」


「どぎつくやっとけよ。これで3回目なんだ」


 俺は冷酷な顔でミドリを睨み付け、松野の視線が外れたところで微笑んでおく。


「後は……」


 隊列が乱れたことで最後尾になったスミレ――彼女の能力については何も知らない。


 スミレは俺達に追い付こうと走っているようだがこれが速い。

速度だけではなく途中の障害物も無理のない動きで難なく避けていく。


「その車の影に……」


 警告しようとした声が尻切れになる。

スミレは死角にいるはずの怪物に気付き、無駄に逃げることなく最小限の動きで避けたのだ。


 体力、警戒心、冷静さ、全て完璧だ。


「へぇ」


 スミレを見ながら松野も小さな声を漏らす。

こいつは使えるかもと思っているのだろう。


 スミレは俺と目が合うとフイと逸らし明後日の方向を見た。

そして驚いたように目を丸くしてから俺をまた見る。


「どうした?」

「あ……えと……」


 スミレは困ったようにボソボソ話すが聞こえない。


「……あれ、まずいと……思う」


 そして俺と目を合わせないようにしながら指を差す。

指の先をおいかけてみると自動車販売店だろうか、全面ガラス張りの店舗の内側に大量の怪物が――。

 

「早く言えよ!!」


 俺が怒鳴ってしまうと同時にガラスが崩壊して数十体のゾンビが真横からあふれ出る。

更にガラスが割れる音に反応して四方八方から呻き声があがった。


 スミレはあまりにコミュニケーション能力が無さすぎる。

メンバー全員が致命的な欠点を持ってるとかどうなってんだよ……。



 道中ハプニングもあったが、俺達はなんとか誰も欠けずに予定の場所に到着する。


「さて着いたぜ。お前がどうしてもと主張しやがるからお菓子の家でも立っているのかと思ったが、やっぱ俺の知ってる通りの場所だったな」


 俺が示した目的地は駐車場、正確にはビルの地下駐車場だ。


 出入り口のバーは外側に向けて折れ曲がったまま、大きな開口部から差し込む光だけが地下をぼんやりと照らす様はホラー映画の舞台のようだ。

現実の方がホラーよりずっと厳しいんだが。


「上のビルは服屋ばっかりで食い物屋はねえぜ。車上荒らしやってガムでも集めるってのか?」


 松野が皮肉を言う。

他の者達も同じ意見なのだろう説明しろとばかりに視線を向けて来る。

ミドリだけが心配そうに腕をさすってきた。


「みんなそう考えるよな。だからこんな場所誰も探さない」


 明らかに実入りがない上に、電気が消えた地下は暗く危険でハイリスクノーリターンの象徴みたいな場所だから。


 俺は灯りをつけて地下に侵入しながら説明する。


「ここの向かいにある食品スーパーは都市型で駐車場がないんだよ。搬入用のトラックを停めるスペースも一台分しかない」

 

 しかも店長が効率効率とうるさいおっさんで毎日売り場に聞こえる声で従業員や業者を怒鳴っている……と心の中で『表』で得た情報を付け加える。 


「……それが?」


 少し苛立った様子で松野が聞き返してきた。


「だからトラックの到着時間にすごくうるさい。10分遅れてもダメなのに早く着いても待つ場所はない。開店前の時間ぴったりつけないとクレーム出すんだよ」


 搬入の運転手が傍の飯屋から電話で仲間に愚痴っていた。


「そりゃ運ちゃんは鬱陶しかっただろうが俺は労基の役人でも中小企業の味方でもねえ。こんな暗くてあぶねえ場所をわざわざ……」


 俺は松野の言葉を遮り、大型の懐中電灯で地下を照らす。


「だとすると運転手は近くに来ておいて朝の搬入時間までスーパーの近くで待ちたいはずだ。まさか道に止める訳にもいかないとすれば、この周辺にトラックの高さで入れる駐車場は4つだけ」


 他のところは管理人がしっかりしており、積み荷満載のトラックなんか入ってきたら文句を言いに出てくるだろう。

だがここの管理人はルーズでズボラ、待機室で競馬中継見ながら居眠りするほどだからその心配もない……と心の中で付け加える。


「もちろんトラックをこんな駐車場に入れるなんてルール違反も良いところだ。だから見咎められないよう奥まったところに……」


 懐中電灯の光が奥にひっそり……というにはあまりに図体のデカいトラックを照らし出す。


「世界がこうなったのはスーパーの搬入時間20分前、だからいると思ったんだ」


 表でしっかり確認したからな。


 松野は目を丸くしてトラックに取り付く。


「おいおい……まさかこのトラック一台丸ごと食料なのか……いやでも生鮮食品だったら腐り果ててどうにもならないんじゃねえか?」


「冷蔵車じゃないから少なくとも常温で腐るものじゃないさ。まあ詳細まではわからないからともかく開けて中を見よう」


 松野がブルリと震える。

食料を確保できた喜びというより自分の大手柄になるからだろうな。


「あとはもし運があるならトラックをそのまま……」


 俺の言葉はガチンと鳴った小さな音に遮られる。


 さっと懐中電灯を向けるとそこに居たのはゾンビではなくヒデキだった。

脅かすなと竦めた肩が硬直する。


 ヒデキのバールが見るからに高級なセダンのドアに当たっていたのだ。

『表』なら凹んだドアの損害賠償額に震えるところだがこっちでは違う、こういう高級なセダンにはほぼ例外なくアレがついている。



 耳をつんざくような盗難防止のサイレンが地下駐車場に響き渡った。



 声が響いたとかそんなレベルではない。

耳を押さえたくなるほどの音だ。


「来るぞ!!」


 松野が怒鳴り声をあげる。

もう声量を抑える意味はない。


「クソ!!」


 俺も小チンピラのような悪態をつきながら出入口に走る。

――ダメだ、既に何十では利かない数が群がっている。


「出口はもうダメだ! 非常階段!!」


 俺が指差す前に松野が階段へ走り込み、すぐに戻って来る。

もし階段が使えるなら奴はそのまま自分だけ逃げるだろうから結果は聞くまでもない。


「どうする!?」


 松野が怒鳴る。


 地下のどん詰まりに逃げ道も隠れる場所もない。

 

「車の下に隠れたら!?」

  

 ミドリが叫ぶもいくらなんでも車の下で2日3日は無理だ。

咳1つで終わるし糞尿垂れ流しの臭いでどうせバレる。


「通風孔があるぞ!」


 ヒデキが叫ぶ。

そりゃあるだろうがトラックが入れる天井は高さ4m、到底届かない。


「くっそトラックに鍵ついて……ねえよな!!」


 松野がトラックのドアを蹴って凹ませた。


 こうなればもう強行突破しかない。

俺は用意してきた鉄パイプの槍を構えて息を吸い込む。


 そこでスミレが俺の袖をクイと引いた。

彼女は視線を泳がせながら、いよいよ現れた怪物共の先頭を指す。


「ぷはっ!」


 スミレが指す先を見て俺はむせる。

振り返ってトラックに描かれたロゴを確認する。


 もう一度怪物共を見る。


 怪物の共の先頭にいる中年男の被っている帽子とトラックのロゴが同じだったのだ。

こんな幸運があっていいのか、いやその前の不運と相殺か。



 俺は言葉をひねり出す暇も惜しいと怪物に向けて突っ込む。


 そして先頭の運ちゃんゾンビの膝を一撃。


「なるほどそういうことかよ!!」


 膝をついたところで松野が頭部を叩き割り。


 相変わらず視線を泳がせながらスミレが痙攣するゾンビの服に手を突っ込む。


「……あった」 

「よし!」


 俺はスミレに渡された鍵を掴むなりトラックに向かって走り、サイドガラスを叩き割って車内に飛び込む。


 次いで松野がなりふり構わず頭から飛び込み、次にミドリとスミレ、最後に全員に罵られながらヒデキが車内に転がり込む。


「これがダメだったらゲームオーバーだ」


 鍵は上手く鍵穴に入り第1関門突破。


 目を閉じてゆっくりと鍵を回すと数度のかかり損ないの後、低く重い大型車の心臓が動き出す。

エンジンとバッテリーがまだ生きていたのだ。


「やった!! これで逃げられる!!」

「やっぱ俺達ついてるぜ!」

「ヒデキ、てめえは後で皮剥いでやるからな」


 皆は喜んでいるがまだ最後の関門がある。

積み荷満載のまま長く放置されたトラックが本当に動くのか、俺は祈るようにアクセルを踏み込む。


 ゆっくりと本当にゆっくりと……重さ10tのトラックは1年と2か月の眠りを経て動き出した。



 鳴り続けるサイレン音に引き寄せられた怪物の数は百に届き、地下を埋め尽くそうとしている。

だがもう何も恐れることはない。


「行くぞ」


 シフトレバーを操作してアクセルを踏み込む。


 エンジンがやや濁った唸りをあげ、積み荷を満載した10tトラックは怪物の群れに突っ込んだ。


 一方的な蹂躙劇……当たり前だ。

ゾンビだろうが怪物だろうが関係ない。

人間と同じ形、人間と同じ重量の生き物が何人いようとトラックの前では紙細工に等しい。

『表』ではありふれたトラックと言う乗り物はヒトサイズの生き物にとって超兵器だと実感する。


 圧倒的な重量が怪物を跳ね飛ばし、巨大なタイヤが引き潰す。

俺達のトラックは怪物を潰しながら地獄のようになった地下駐車場を脱出する。


「このまま安全圏まで突破する」


「楽しくなってきたな!」

「レッツゴー!」

「派手に行こうじゃねーか!」

 

 ヒデキとミドリはともかく松野までがやけにテンション高く叫んだ瞬間、助手席側の窓が砕け散り全員がガラス片をかぶった。


「「「ギャアアア!」」」

「すまん。壁に擦った」


 俺はガラス片を払いのけてハンドルを握り直す。

 

「気を取り直して離脱するぞ」


「ワクワクしてきたぜ!」

「ゴーゴー!」

「クソ共を踏み潰せ!」


 再びハイテンションな返事が帰って来た瞬間に車体が激しく上下し、全員が天井で頭を打つ。


「「「ウギャアアア」」」

「すまん。段差に乗り上げた」


 俺はうった頭を軽く撫でてハンドルを握り直す。


「このまま一気にタワーに向かう」


「……ドキドキして来たぜ」

「……控えめにいこー」

「……安全運転でいけや」 


 モリモリテンションの下がった返事が返って来たところで急停止、全員が前のめりに転がる。


「すまん。放置されてる車にぶつかりかけた」


 再度ハンドルを握り直す俺の腕を松野が鬼の形相で掴む。


「てめえ絶対トラック動かしたことねえだろ!」  


「高1の歳なんだから当たり前だろ。一応説明書は読んだから大丈夫だ」


「全然大丈夫じゃないって! 運転メチャクチャじゃん!」


「このままじゃ怪物関係なく事故で死んじまうぜ!」


 まあ正直俺も厳しいかなと思ってた。


「じゃあ松野さん代わってくれよ」


 この中だと当然そういう選択になる。

ミドリとヒデキは俺より2つ上で高3の歳だし車の運転経験なんてないはずだから。


 だが松野は何故か体を引く。


「俺はスポーツタイプの車ばっか乗ってたからよ。こんなデカい鈍亀はちょっと……な」


 なんだ誰も運転できないのかよ。


 このままだとエンジン音で奴らが集まって来るし、やはり俺がやるしかないか。


「……できる」


 ポソリと呟いたのはスミレだった。


 俺も含めて全員が疑いの目を向ける。

それだけスミレの印象とトラックの運転は繋がらない。

だが逆に考えれば彼女が出来もしないことで名乗り出るはずもない。


「じゃあ頼む」


 運転席を譲るとスミレは小さく頷き、ハンドルやシフトレバーなどを軽く確かめてからアクセルを踏み込んだ。トラックは轟音を立てて加速、集まってきていた怪物共を一気に置き去りにする。


 スピードメーターは俺が運転していた時の倍まで上がったが、擦ったりぶつかったり乗り上げたりはまったくなく、乗り捨てられた車をすり抜けていく。


「おいおいマジかよ。何も使えねえ暗い女だと思ってたのに」


 松野が思わず呟く。


「すげえやスミレ……スミレさん! どこで運転覚えたんすか!」


 ヒデキが目を輝かせる。


「ほんと誉の地獄みたいな運転とは段違い……あっごめん。ごめんってば!」


 俺はがっくりと助手席シートに身を沈めた。

どうせヘタクソだよ。


 そこでトラックがゆっくりと減速する。

前の交差点に大量の怪物が群れていたのだ。

回避は不可能だろう。


 スミレの運転技術は確かだったがこれはまた別物だ。


「轢け」

 

 俺はスミレに言い放つ。


「あれはもう人じゃない。人の形をしたただの害獣だ。何も気にしなくていい」


 理屈ではこうだが、彼女の大人しい性格からして簡単にはいかないだろう。

騒音で怪物に囲まれる前になんとか説得しないといけないか。


「わかってる」

「ん?」

 

 スミレの口角が吊り上がりエンジンが一気に回転する。

スピードメーターが冗談のように駆け上がりトラックは密集する怪物のど真ん中へと突っ込んでいく。


 そしてトラックがボーリングのピンのように怪物を跳ね飛ばす瞬間、俺はスミレの満面の笑みを見た。


「……どうしようもないと思ってた奴も思わぬ特技があったのは良いが」


 松野が呟く。


「……とんでもない危険人物だった」

 

 俺が続けたところで遂にスミレは声をあげて笑い始めたのだった。


 

 

 数分後、俺達は予定よりずっと早くアラモタワー直近まで辿り着いた。


「だがここでもう一工夫いるぞ」


 まさかこのままタワーの隣に乗り付けてお疲れ様とできるはずがない。


「タワーは別に怪物が百来ようが千来ようが揺らがねえ。だがトラックが囲まれて物資が降ろせなきゃなんの意味もねえからな」


 松野の言う通りだ。

なんとかトラックを安全に積み下ろしできる環境におかねばならない。


 俺は少し考えて頷く。


「スミレ――――こういう風にできるか?」

「……できる」


 スミレは即答してハンドルを握り直し、タワー直前で思い切り切った。


 全員の悲鳴と共にトラックは歩道に乗り上げ、門と立ち木を跳ね飛ばし、最後は横倒しになってアラモタワーの出入り口、地下駐車場に栓をするように突っこむ。

同時に耳障りな騒音と共にエンジンが壊れて停止した。


「よし!」

「良くねえ!」


 松野に怒鳴られるがこれでいいんだ。


 俺達は天窓となった助手席のドアを蹴破り、めり込んだ天井との隙間を這うようにして駐車場内へと転がり込む。


「ゾンビ共はいくら群がっても入ってこれまい。まさかトラックを動かすほどの力はないからな」


 そしてトラックの積み荷も駐車場側にある。

後は人を集めてゆっくり回収すればいいだけだ。


「でもこれ出れなくね?」


 ヒデキの問いに笑って答える。 


「後で押すなり引くなりチマチマがんばればいいさ。何しろ当分外出する必要は……」

 

 俺はトラックの積み荷の扉を開く。


「ないからな」


 大量の米、缶詰、お菓子、ジュースや水など、凄まじい量の物資が転がり出るのだった。


 





『規則では多数の怪物に追われている場合タワーへの帰還を禁じています。また車両での帰還も厳禁。出入口の封鎖も判断は私の許可が必要でした。貴方達はそのすべてに違反しているのですよ!』


 俺と松野はスピーカー越しに市長の横須に怒鳴りつけられたが想定内だ。

 

『貴様が無茶をしたせいでタワーは数千の怪物に囲まれつつある! 未曽有の危機だ! 規則を破った者は食料配給を半分、タワーを危機に陥れた者は即追放――知っているな松野! 答えろ松野!!』


 内部管理の久岡が罰だなんだと吠えるがこれも想定内だ。


 危機と言っても知れている。

前のマンションならば怪物が数千も集まれば揉み潰されてしまっただろうが、タワーの外壁と高さは怪物を寄せ付けない。

あの程度の数で何十メートルも積み上がれる訳はないし分厚いコンクリートも破れない。


 そして責められながらの俺達の自信には根拠がある。


『一方で収容した物資はタワー全体の2か月分以上になります。素晴らしい成果です。――私としては不本意なのですが住民の過半数……というよりほぼ全員が貴方がたの規則違反を許容しました』

『チッ!!』


「くく、残念だったな久岡サン」


 久岡のでかい舌打ちを聞いて松野は声を出して笑う。


 不足していた食料が当分心配ないほど補充されたという成果の前では、規則違反や出入口の損壊など些細な問題に過ぎない。どうせタワー内は安全で大半の住民は外に出ないのだ。


『しかしながら規則に違反した貴方がたをそのままではおけません。よって市長権限で相応の期間の謹慎処分とします。但し隔離中であることから懲罰室への移動は行わず隔離室において――』


 こうして規則遵守の市長から懲罰は受けたものの住民の間に俺の名前は知れ渡った。


 


「くくく……聞いたか久岡サンの悔しそうな声をよぉ。これだけの成果をあげればもう俺達に文句を言える奴なんざいねえ。謹慎があけたらやりたい放題さ。本当にてめえは掘り出しもんだったぜ」


 松野が俺の肩を叩く。

オペレーターの木船さんからも住民の9割は今回の調達を称えていると聞いている。

謹慎が明けたら是非会いたいと言っている者も多いそうだ。

これで俺を追い出そうとする者もいなくなる。アオイの安全も保障される。


 ――そして調子に乗った松野と久岡の争いはますます激しくなるだろう。

全て想定内、素晴らしい結果だ。   


「さーて楽しい隔離と謹慎だ。お前もミドリとヤリまくるんだろ? たっぷり英気を養って次もでかいの頼むぜ」


 松野はエレベーターから降りて来た女性のスカートの中に乱暴に手を入れ、そのまま部屋へ消えて行った。



「唯一の問題は俺と松野が共犯みたいに思われることだよなぁ」


 スピーカーに拾われない程度の音量で呟きながら部屋に入ると待っていた女性が小さく手をあげる。

思わずミドリと呼びかけそうになったが違う。


「スミレ? どうした?」


 俺は半歩後ずさりながら聞く。

だって仕方ないだろう、満面の笑みでゾンビ撥ね飛ばす女とか怖いに決まってる。

例え規則に従って裸だったとしてもだ。


「……お願いが……あって」


 ボソボソと話し慣れていないスミレの口調に足の位置が戻る。


「私……死にたくない……だから君と……仲良くすれば……」


 スミレは体を隠していたタオルを取った。


「いやいや、俺は安全と引き換えに体を要求するような酷い男じゃないぞ」


 首を振り、断固として否定する。

俺は松野とは違う。これは俺の矜持だ。


「まあ話だけなら聞かせてもらう。話だけなら、話だけだ」


 俺はベッドに座り、隣にスミレを座らせ、彼女の身の上話を聞いたのだった。


【裏】

主人公 双見誉 

拠点 両河ニューアラモレジデンス『アラモタワー』 調達班 謹慎中

環境 出入口損壊 大量の怪物

人間関係

仲間

アオイ「保護」タイコ「保護」

中立

松野「調達班長 謹慎中」ミドリ#8「調達班 熟睡」スミレ#3「調達班 同室」ヒデキ「調達班 戦犯仕置き」

横須「市長」木船「オペレーター」


敵対

久岡「治安維持係」


備蓄

食料60日以上 水365日以上 電池バッテリー∞ 麻酔注射器三回分

経験値 144+X

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― 新着の感想 ―
[良い点] ついに最新話に追いついてしまいました! めちゃくちゃ面白いです! 続きを楽しみにしてます!
[一言] 話だけ(ボディランゲージ)
[良い点] 更新早い最高です [気になる点] 今更思ったのですが、誉の女になる条件は抱いたらなんですか? [一言] 離れてしまっているしずりとソフィアとかおりが気になって眠れません。その3人が生きてい…
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