第90話 叱る意味 6月1日
6月1日(火) 朝 アヤメの民泊部屋前
俺はアヤメの頭を軽く撫でて言う。
「今日のテストもぼちぼち頑張れよ」
「それだけ言う為に来るとかキモですねー」
そうは言っても朝10分ほど早く起きただけだからどうってこともない。
「テスト諦めてるウチなんかより新先輩を気遣った方がいいんじゃないですか?」
「新には今の10倍はたっぷり気遣ったさ。……なのにうるさいって言われたんだ」
新には朝から猛烈なエールを送った。
部屋前、リビング、トイレの扉越し、玄関前、最後に登校する背中へ声をかけたところで怒鳴られた。
「でもアヤの様子、わざわざ見に来てくれたんだ」
「何か言ったか?」
聞き返すも『何でもないキモい』と言われたので、もう一度アヤメの頭を撫でて学校に向かう。
ふと気配を感じて振り返るとアヤメは何故か足を止めて俺を見ており、目が合うと気まずそうにそっぽを向いてカバンで顔を隠す……なんだそりゃ。
「学校、絶対いけよ」
アヤメはフンとそっぽを向いて学校へと向かって行く。
中学生女子は接点無さすぎて感情が上手く理解できないな。
『裏』のソフィアとはかなり親しかったが、あっちの世界+元アイドルだとあまり参考にならないしな。
――休み時間
「乱暴で生意気だけど寂しい思いをし続けて心が弱っている中学生女子の気持ちを理解したい?」
「声に出すと馬鹿みたいな質問だなぁ」
俺は晴香の復唱を聞きながらつい笑ってしまう。
正直晴香とアヤメの共通点は多くないように思う。
特に胸と尻は別種族かってぐらいのサイズ差がある。
「……視線が胸からお尻に流れて太ももで止まってるけどこれ真面目に答えた方が良い質問なの?」
「もちろん大事なことだから頼む」
俺は首を1つ振り、全てを無かったことにして微笑む。
「……正直、乱暴とか生意気とかの部分はまったく分からないけど、寂しいの部分だけはわかるかも。私も家で基本一人だから」
「乱暴の部分は割と……ごめん続けて」
両手を広げる晴香の威嚇を流す。
「本当に寂しい時はさ、信頼できる人が近くに居るだけでいいんだ。話し続けてなくてもいいし一緒に何かしてなくてもいい。隣でテレビ見ててもスマホ見ててもいいからその人の気配を感じ続けたいの」
晴香はやや照れながら言い、上目使いで俺を見る。
なるほど、だとすると民泊で1人にしたのは良くなかったか。
しかし俺の部屋に泊め続けるのも不可能だからな。
せめて朝と夕方は欠かさず寄ってやろう。
「という訳で明日遊びに行こうよ。細かいことは今夜トークで送るね」
俺が承諾の返事を返すと晴香は嬉しそうに去っていく。
俺が晴香の意見をかみ砕きながらぼーっと廊下を見ていると奈津美がポテポテ歩いてきた。
本当にポテポテって足音が一番しっくりくるんだよな。
「よ、奈津美」
「ふえっ誉さん!? えっと……あっと……なんでしょう!?」
奈津美は俺の顔を見るなり困ったような顔になる。
不思議に思ったがまぁそういう時もあるか。
さてちっこい以外は胸のサイズから性格まで対極にあるように見えるアヤメと奈津美だがどうだろう。
晴香と同じように質問すると奈津美は何故かモジモジしながら落ち着かなげな様子で答えてくれる。
「……私だったら心が弱っている時はとにかくギュッてして貰いたい……って思います」
「ふむ」
俺が奈津美の手を取るとモジモジして赤くなる。
「手を繋いでもらってハグしてもらって……なにも解決してなくてもそれだけで心が落ち着くんです」
「なるほど」
俺は空き教室に奈津美を引っ張り込んでハグしてみる。
途端に奈津美の体温が急上昇し始めた。
息は荒く全身からしっとりと発汗し、体は小刻みに震える様はまるで発情しているような……。
「いくらなんでもおかしいだろ。体調悪いのか?」
言ってから奈津美の視線を追って納得する。
「ごめん。トイレいくとこだったんだな」
「あぅぅー!」
ハグした時より真っ赤になってトイレに向かう奈津美。
本音を言えば奈津美の余裕のない顔をもう少し見ていたかったが変な扉が開きそうな上に決壊したら可哀そうなので自重しておこう。隙あらば密着するっと……また一つ手掛かりを得た。
――昼休み 昼食後
「誉じゃん。昼食べ終わったの? 少し話そうよ」
廊下で遭遇した陽花里が俺の袖を引き、非常階段へと引っ張っていく。
ちょうどいい、彼女にも聞いておこう。
晴香や奈津美よりは共通点も多そうだ。
「陽花里が追い込まれたら同じような感じになりそうだ」
「は? なに意味わかんないし」
文句を言いながらも陽花里は俺より数個上の階段に腰かける。
短いスカートから覗く赤い下着を見ながら三度説明――。
「あー生意気な感じの子ねー。わかるわーあたしもそんな感じになったことあったしー」
「だよねーメッチャわかるぅー」
しゃべり方を合わせたら睨まれた。
すまん続けてくれ。
「今度なんか奢ってもらうし。自分もとか言った後で恥ずかしいんだけどさー。やたら生意気な態度とる子って心のどこかで叱って欲しがってるのかもね。ほら叱る時ってこっちだけみるじゃん? 私をもっと見てーってこと」
なるほど、そう考えるとやたらに生意気な態度だったのもうなずける。
女の子のこういう所は本当に可愛いよな。
「ちなみにキョウコとかああいうのは単にガラ悪いだけだから違うけど……最近良く話してんじゃん。なんなのあれ」
話題が一気に飛んで詰められる。
女の子のこういう所が怖いんだよな。
「後で詳しく聞くし。で、話の続きだけど……下手に優しくするより叱るとか強引に引っ張るみたいな方が嬉しい時もあるから――ってこれ誰の話よ」
そこで陽花里のスマホが音を立てた。
画面を覗くと『彼氏 タカ君』と表示されている。
彼氏からの電話をスルーする訳にもいかず、陽花里は通話ボタンを押した。
『――』
そして電話口からタカ君の声が流れ出る。
どうやら今日のデートについて一方的に話しているようだが、陽花里は適当に相槌を打ちながら何故か俺に近づいてくる。
「声出したらバレるよ」
陽花里は囁くような小声で言ってから、俺の口へ唇を押し当てた。
彼氏の声がスマホから流れ続ける中、陽花里の舌はズルリと俺の口内に入って来る。
尚も一方的に話し続ける「タカ君」の声を聞きながら陽花里と俺の舌が絡まる。
温かい唾液を送り込み合いながら以前と陽花里のキスの仕方が変わっていることに気付く。
陽花里は彼氏持ちでキスもセックスも日常的にしているだろうから当然と言えば当然だ。
なのに何故か体の奥底から黒いものがこみ上げる。
「にゅむ!?」
俺は陽花里の後頭部を押さえて舌を深く捻じり込む。
舌を絡め合って楽しむキスではなく、口内を蹂躙するような激しいキスだ。
『陽花里ー? 今言った通りでいいのかー? 返事ぐらいしろよー?」
「んぶ……。そ、それでいいよ。別に何もないから返事しなかっただけだし」
彼氏が不審がったので一瞬だけ陽花里を解放し、返事が終わると同時にまた唇を奪う。
今度は後頭部だけではなく短いスカートに包まれた腰を抱き寄せ体全体を密着させる。
服の上から肩や背中、腰、太ももを豪快にまさぐる。
陽花里は目を丸くして俺の腕を掴んだものの引き離そうとする動きはない。
ただ自分の体を撫で回す腕に手を添えているだけだ。
舌同士が口内で一層激しく絡まり合い、時折勢い余って外に飛び出し湿った音を立てる。
その度に陽花里は咳払いで誤魔化す。
やがて蹂躙に耐えかねた陽花里の舌は力を無くしてしまい、緩んだ口元から垂れ落ちる唾液が着崩した制服の胸元を汚した。
『また無言じゃん てか何か音するけどなに食ってんの? 一緒に昼飯食ったばっかなのに食欲ヤバくね?』
再び返事の為に陽花里を解放する。
「ち、ちょっとお菓子食べてただけだっての! 急ぎの用事できたから一旦切るし! また放課後ね」
そう言って陽花里は通話を切った。
「やりすぎ……」
陽花里はスマホを適当に放り投げて俺の胸に飛び込んでくる。
抱き締め返すと鼻から抜けるような色っぽい女の声が漏れた。
同時に陽花里の体全体から甘い匂いが立ち込めて非常階段全体に広がっていくような気がした。
「キス……上手すぎだっての」
陽花里は俺の腕の中で向きを変え、俺に尻を向けるようにして壁に手をついた。
なにを求めているのかは言うまでもない。
俺は陽花里の白い太ももを下から軽く撫でてから腰のくびれを両手で掴み――チャイムが鳴った。
そりゃそうだ。いつものように晴香達と昼飯を食った後なのだから。
俺達の長い溜息が揃う。
「……あたし完全に火ついてんだけど」
「同じクラスの俺達が揃って抜けたら確実に怪しまれる」
俺は陽花里の髪をかきあげ、うなじを軽く舐め上げてから体を離す。
「着火だけしてお預けとかマジあり得ないし。今日のデート速攻ホテルコースだわ。タカ君に抱かれまくってやろ」
「はは」
タカ君への嫉妬から結果的に塩を送る結果になってしまった。
まあ人の彼女に手を出している訳だからこれぐらいは仕方ないか。
「でも誉に点けられた火、タカ君でなんとかできるかなぁ……」
そう言われると男としてはとても嬉しい。
なんて得意げな顔をしていると脛を蹴られた。
「んで明日はあたしとデートだから。詳細は今夜トークで送るから」
そう言って陽花里は階段を降りていく。
少し内股なのを指摘すると激怒するだろうからやめておこう。
そして放課後。
「ちっこくて生意気な中学生で――」
「なに言ってんだお前」
勢い余って陽助にも話してしまった。
ここで話を切ったら余計に怪しいのでもう話せる部分は話してしまおう。
「お前いくらスケベでも中学生狙うのはダメだろ。まだ未熟すぎて赤ちゃんの亜種じゃねえか」
「ダメなのはともかく後半はおかしいだろ。お前はストライクゾーンが高すぎなんだよ」
陽助は呆れた顔をしながらも続ける。
「その感じなら相手はお前に男プラス父親的なのを求めてるんじゃないか?」
「せめて兄にしろよ」
アヤメの父親は母親を捨てて逃げたと聞いたが、それでも彼女から父親への文句はほとんど聞かないな。まあ現状が辛すぎてそれどころじゃないのかもしれないが。
「おいおいなんの話してんだよー! 中学生……まさか流行りのメスガキか!?」
そこに飛び込んで来たヨシオが空気の読めない一言を繰り出し、クラス中の視線と水谷の特大舌打ちに耐えかねて逃走していく。一瞬の出番だった。
陽助はやれやれと首を振ってからズイと顔を近づけてきた。
「ロリとかメスガキとかは俺には理解できないけどさ。中学生みたいな恰好した30代は素敵だよな。完全に無理している恰好なのが逆に――」
「俺にはそっちも理解できねえよ。参考画像出すなよってか古典の先生じゃねえか。授業中にフラッシュバックするから変なもん見せんな!」
陽助は異常性癖過ぎて参考にならなかった。
学校を出た俺は待ち合わせ場所のコンビニでソワソワしていたアヤメを回収して部屋まで送り届ける。
道すがら、一応部屋や隣人に問題がないか確認したがいずれも大丈夫のようだった。
「着きました……ね」
本当ならここでそれじゃあと別れるべきだ。
「少し寄っていきませんか? お茶ぐらい出すんで」
「ん……」
本当は行かない方がいい。
アヤメ一人でも怪しまれないように私服に着替えてから出入りしているぐらいだ。
俺までいけば無駄なリスクが増える。
だがそこで晴香の助言を思い出す。
『信頼できる人に近くに居て欲しい』
「あはは冗談ですって。もしかして本気にしちゃい――」
「それじゃあ少し入らせてもらうか」
俺が言った途端にアヤメの背筋がピンと伸びる。
俺の顔と部屋の鍵の間で視線を泳がせ、やがて鍵をギュッと握って俯く。
「これ……そういうこと?」
「なにがだよ?」
問いにも気づかないまま、アヤメはブツブツ言いながら俺を先導していく。
「……どうぞっす」
「おう」
部屋に入った俺は備え付けのテレビを付ける。
良くわからないバラエティ番組への興味が数秒でなくなったところでスマホが震える。
陽花里からだ。
『タカ君とホテルでセックス中ー』
『学校終わってまだ30分じゃねえか マジで速攻ホテルかよ! あと最中にスマホいじってやるな』
俺がやられたら傷付くぞ。
『タカ君休憩中で暇だからさ』
時間的にホテル入ったばかりじゃないのか、どんだけ早いんだ。
『ちなみに良かった?』
『頑張ってくれてるのはわかる』
ダメだこりゃと笑ってしまいそうになるが、俺も秋那さん相手には同じようなことになるからな。
『ちなみに明日のデートなんだけど、普通にエッチも有りコースだから準備しといてよ! あータカ君復活してもっかいするってさ。夜にまた連絡するー』
トークが切れたところでアヤメがバスタオルで頭を拭きながら戻って来た。
おっと今度は晴香から写真付きで何かきたぞ。
『お洒落パフェ美味しい!』
晴香の自撮りらしい画像には高々とそびえる生クリームとフルーツの塔が映っている。
4~5人で食すことを想定されているであろうサイズのパフェを前にして満面の笑みを浮かべる晴香と肩を落とす風里の対比が面白い。
しかも晴香の前にはショートケーキまで置いてある。
「こんな食ってよくあの完璧なスタイル維持できるよな」
感心しつつ呆れて10分後、今度は晴香ではなく風里のアイコンから写真が送られてくる。
『貴方の子よ』
撮るなと抵抗している晴香の腹はそれはもうポッコリと突き出してヘソまで見えていた。
そりゃあのデカいパフェ食えば物理的にそうなる。
風里がいてもどうせ晴香が9割食べたのだろうし。
俺は笑いながらスマホから目を離す。
アヤメはベッドに腰かけてTVのチャンネルを変えつつチラチラとこちらをうかがっているようだ。
また通知、今度は奈津美か。
『クラスメイト達と喫茶店に行く流れになりました 行ってもいいでしょうか?』
同じことを陽助あたりが聞いてきたら知るかと張り倒すところだが奈津美だとそうもいかない。
『男も一緒なのか?』
『女の子だけです』
『なら行っておいで 但し途中参加で男が来たら親から連絡とか言って直ぐに帰れ』
嫉妬ではない。
いや少しだけそれもあるが、過剰なぐらいに気をつけないと奈津美はすぐに食われてしまうからだ。
俺が悪い男なら初対面でも押して騙して簡単にヤれる自信がある。
『あとは奢るな。ちゃんと自分の分だけ出すんだぞ』
特に親しくしている間柄でもなさそうだし、奢ったりしたら金づるにしか見られなくなる。
『了解しました ありがとうございます!』
「友達との付き合い方を俺に聞くようじゃいけないんだけどな……」
奈津美の自主性の無さは目を覆うばかりだ。
卒業まではまだ時間があるし少しずつ改善させていくしかないか。
「少し暑いっすねー」
ただでさえ薄着だったアヤメが独語しながら服を脱いでタンクトップとホットパンツ姿になる。
ウチの紬よりは出るとこ出ているのが悲しい。
紬は本当にペタンコだもんな……。
また通知、直感的に無視しようかと思ったが一応開く。
陽助からで写真付き、晴香達と同じく料理の写真ながら雰囲気は段違いだ。
ヨシオが山盛り残ったラーメンを前に俯き、店主がこちらを睨んでいる。
『ヨシオが調子乗って頼んだ鬼盛りラーメンっての半分も食えなくて店主が怒りだした。俺も自分の分で限界なんで援軍頼む』
「知るかよ!」
アヤメがびくっとしたので慌ててフォローしながらスマホを睨む。
一応店名でネット検索するとツブヤキのページがトップに来たので確認してみる。
『アホが鬼盛り注文して食えてない もう20分近く座ったままで店主切れそう』
『鬼は最初に食えるか確認されるだろ 無理なのに突っ込むのマジ迷惑だからやめろ』
『これ高校生だろ 調子乗って食材無駄にするとかほんと害悪』
『特定して8ch晒そうぜ』
あいつらリアルタイムで晒されてんじゃねえか。
「しかも炎上寸前だなおい」
さすがに援軍に行くしかないか。
しかし俺が行ってもこんな悪ふざけみたいな量のラーメン食うのは無理だから他の方法を考えて……。
そのトークに突然晴香が割り込んできた。
『そこ新都の盛盛らあめんだよね? ならスープ込みで2kgか……いける!』
「嘘だろおい……」
――15分後。
俺はなんとも言えない表情と気分でツブヤキを眺めていた。
『謎の美女が飛び込んできて鬼盛り全部食ったwwww しかも麺のびてて味分からなかったとかで追加頼んでるしwwww ぶちぎれてた店主ニコニコで餃子サービスしてて大草原』
ツブヤキには晴香がでっかい空どんぶりを掲げている画像が投稿されていた。
『この子美人過ぎだろ 男はもういいからこっちの画像あげろ』
『おっぱいでっけえぇぇぇ! あとよく見たら隣にいるのもかなりのイケメンだろこれ』
『さわやかイケメンすぎておじさんの直腸もビクビクですよ』
『↑汚い氏ね』
『てかお前の盗撮気付かれてピースされてんぞwww』
晴香登場で炎上しかけていた流れは全部吹き飛んだ。
ただイケメンを連呼される陽助にちょっとモヤモヤするな……。
こいつが尻で割り箸割ってる動画に手が伸びたが、これをツブヤキにあげないぐらいの理性はまだある。
「ほんとこいつらドタバタで見てて飽きな――」
「あの!!」
突然アヤメに呼びかけられて振り返る。
「……どした?」
アヤメは身軽にベッドから飛び降りて俺の前に立つ。
「わざわざ来ておいてなんでずっとスマホいじってるんすか。陰すぎてキモイです」
俺は転がったまま視線を上に向ける。
「ごめんな。お前の近くにいると妙に落ち着いてな。怒っちゃったか?」
そういうとアヤメも床に座る。
「そうじゃないですけど無視されてるみたいで……」
おっとそれは誤解だから解いておかないと。
「わっ!」
俺は体を起こしてアヤメを引き寄せ、足の間に座らせて肩から前に手を回す。
これなら無視されてるなどとは思わないはずだ。
やや強引なハグにも抵抗はない。
嫌がってはいなさそうだから続けよう。
俺はアヤメを足の間に置いたまま適当にチャンネルを変える。
騒がしいバラエティーはスルー、スポーツは俺もアヤメも興味ないか、アマゾンの野生動物……ここで見るもんじゃないか、おっとドラマがちょうど濡れ場なのでチャンネル固定だ。
「いや女の子の部屋でエッチシーン出たら普通気まずくて変えるでしょ! なんでそこで止めるんすか! 誉先輩どんだけスケベむき出しなんすか!」
「綺麗な女優さんだったからつい」
アヤメは俺の手からチャンネルを奪って適当に変えていく。
そして流行りのアイドルグループが出演している番組で手が止まる。
「ちなみになんですけど」
このグループは年齢が若いことで有名でほとんどのメンバーは中学生だとか。
アヤメは俺の視線と画面を見比べ、少しだけ躊躇してから続ける。
「先輩はちっこい系の女の子とか好きですか?」
「別に嫌いじゃないけどなぁ」
画面が切り替わり、マンガ雑誌の表紙でみた巨乳グラビアアイドルが映る。
「すごいなこの子、服が破裂しそうだ。Gはかたいよな」
「……キモ」
「ぐえ」
アヤメは一旦腰を浮かせてから思い切り落として来る。
軽量とは言え、いきなり来たせいで腹を押されて潰れたような汚い声をあげてしまった。
「奇襲するなって。潰れたらどうするんだよ」
「キモイすぎるんで懲らしめです!」
俺がもがくとアヤメは笑いながら更に体重をかけて暴れる。
腹筋に力を入れて耐えるが腹より下への衝撃はどうしようもない。
「ぐえっ! こらやめろっての! 大事な場所が潰れたらどうする。わざと下狙ってやるなって!」
「えー先輩結構ガタイいいのにちっこいウチの尻に乗っかられて苦しいんですか~? アハハ」
アヤメは楽しくなったのか笑いながらドスドス同じことを繰り返す。
確かに苦しくもあるのだが小ぶりながらスポーツで引き締まった臀部を何度も押し当てられては別の問題が出てきてしまう。
痩せていながらしっかり丸みのわかる感触、暴れて上がっていくアヤメの体温とうっすらと浮かび始めた汗、うっすらと香るソープの匂いと極々僅かに混じった女の匂い――。
「あれ? 先輩ズボンにスマホか何か入って――ひゃぁぁ!!?」
アヤメはそれが何かに気付き一度震えてから跳ね起きて俺を睨む。
十秒ほどの沈黙がやたらに長く感じる。
「だからやめろって言ったのに」
「余裕あるふりしててもやっぱ超スケベですね!」
アヤメは気まずそうに部屋中視線を泳がせた後、ベッドを見て真っ赤になる。
「ところで誉先輩……その私は部屋に来た時からてっきり……」
「ま、それは後で語るとしてだ」
俺は笑ってごまかす。
アヤメを頂くのは全部解決してからと決めている。
「それよりも」
俺はズイとアヤメに近づいた。
「俺に言わないといけないことがあるだろ?」
「な、なんのことですか?」
俺はアヤメの制服をひょいと掴みあげる。
「学校サボっただろ。叱るからそこに正座しろ」
「……それは」
俺は言い訳しようとする口を指で塞ぐ。
「事情は分かってる。理解もしてる。その上で叱ってやる」
根が真面目なアヤメが面倒くさいなんて理由でテストをサボるはずがない。
だから相応の事情があるのはわかっている。
例えばテストの日に現れた厄介者を見るクラスメイトや教師の視線、アヤメの家庭環境へのあることないことの噂……それでも乗り越えられないと二度と学校に行けなくなる。
だから叱って背中を押してやる。
俺だけはお前をちゃんと見ているぞと教えてやる。
『心のどこかで叱って欲しがってる』
陽花里の言葉を思い出した。
「……横暴すね」
アヤメは嫌そうな不服そうな、そしてとても嬉しそうな顔で床に座り俺の説教を受けたのだった。
やがて俺が帰る時間となる。
「誉先輩、明日の朝は」
「来るよ。もうサボれないよう襟首掴んで学校まで連行するから寝坊するなよ」
アヤメは小さく「キモいす」と呟いてから俺を押し出すような仕草をし、俺はそれに押されるように別れの挨拶をして帰路につく。
こうして綺麗に別れたのだが、数分後に早速ケチがついた。
「スマホがない」
アヤメの部屋でポケットから落ちたのかな。
幸いまだ部屋からはいくらも離れていない。
「取りに戻るか」
俺は踵を返して部屋に戻った。
アヤメの部屋は秋那さんに頼んで借りて貰ったちょっと良い民泊なのでセキュリティも最新式で鍵ではなく暗号方式だ。
本来はチャイムを鳴らすのが筋だが今さっき別れたばっかりだし大丈夫だろうとコードを入力して玄関を開く。もちろんこっそり覗くつもりはないので玄関から声をかけるつもりだったのだが。
「誉先輩……」
俺はなんだ気付いていたのかと寝室の扉に手をかける。
「先輩……誉先輩……センパイ……もっと叱って……ウチを……アヤのこと見てっ!!」
俺は扉を開く寸前でノブから手を放す。
声の調子が俺を呼んでいるにしては明らかにおかしい……というかこれ1人でしてるだろ。
もう数瞬気付くのが遅れていたらドアを開け放つところだった。
「スマホ諦めるか」
どうせ明日の朝にはまた来る。
一晩ぐらいどってことはない。
性欲旺盛な女子中学生の願望をかなえてやれと言って来る本能を押さえつつ俺は足音を忍ばせてこっそりと部屋を出ていく。
「それにしても晴香達の助言は実に的確だったな」
特に陽花里の助言が無ければ、俺は学校をさぼったアヤメを叱らず慰めようとしていただろう。
「ん? 晴香と陽花里……」
何かが頭にひっかかりトークを開きたくなったが、もちろんスマホがないのでできない。
「明日考えればいいか」
俺は沈む夕日に負けないよう家路を急ぐのだった。
『表』
主人公 双見誉 市立両河高校一年生
人間関係
家族 父母 紬「姉」新「弟」
友人 那瀬川 晴香#26「約束」高野 陽花里#1「約束2」三藤 奈津美#5「被保護者」風里 苺子「胸やけ」江崎陽助「晒され良」上月 秋那#14「愛人」キョウコ#2 ユウカ#2「クラスメイト」
中立 雨野アヤメ「一人遊び」ヨシオ「晒され悪」ヒナ「テスト中」
敵対 雨野母「ネグレクト」不倫男「大企業管理職?」
経験値141
一月近く更新が止まってしまいましたが、なんとか再開です。
誤字脱字や話の矛盾点などお気づきになられましたらご指摘頂けると幸いです!