第86話 家のない少女③
「ただいま」
俺は玄関を入っていつものように言った。
「おかえり誉」
リビングから母親が現れる。
パジャマ姿で濡れた髪にはタオルを巻いてもう寝るところのようだ。
無理もない既に23時に近い時間だ。
「誉、あなたテストが終わって気が抜けているのはわかるけど、まだ高校生なんだからもっと早く帰りなさいね」
「ごめん母さん。次から気をつけるよ」
俺が素直に頭を下げると母親はその頭を軽く撫でて夫婦の寝室に入っていった。
もし俺が紬だったなら普段の素行もあってここから説教コースなんだろうなと苦笑する。
「さて」
俺は靴を整えるふりをしながら音を立てずに玄関を開き、待っていた雨野アヤメの手を引いて室内に招き入れる。
「なんでこんな泥棒みたいなことしなくちゃいけないんですか……」
「こんな夜中に中学生連れ込めるか。親にも迷惑がかかる」
そもそも俺の両親は至極まっとうな人間だからアヤメの親に連絡しようとするだろう。
残念ながら今回はそれは悪手となってしまう。
俺は晴香の家でやった潜入モノのゲームを思い出しながら壁に張り付いて進む。
「そんな迷惑ならウチのことなんてほっとけば――」
「しっ伏せろ!」
俺の真剣な言い方にアヤメは思わず四つん這いになって床に張り付く。
別に見つかりそうになったわけではない。
「お前のお尻可愛いな。テニスしてただけあって引き締まってぷりぷりしてる」
「キモ――ムグムグ!!」
俺は怒鳴ろうとするアヤメの口を塞いで抱えあげる。
このまま部屋に入ってしまえばバレることもない――と思ったのだが、密着したことであることに気付いてしまう。
「お前、どれぐらい風呂入ってない?」
「……1週間ぐらいかも。たまに夜の公園とかで体拭いてましたけど」
道理で臭いはずだ。
落ち着いて見てみると服も思った以上に汚れている。
「ここはリスクを冒してでも成果を得るべきだ。そうだな大佐」
「なに一人で納得してんですか。てかなんですその目? 何の準備して……え、嘘でしょキモすぎあり得ない!!」
10分後、俺とアヤメは一緒に風呂に入っていた。
「ば、バレないようにとか言いながらお風呂とかありえない! 頭おかしいんじゃないですか!」
アヤメはバスタオルで胸と股間をしっかり隠しながら俺の脛を蹴って来る。
「俺が風呂入る分にはいつも通りでバレるも何もないからな。一緒に入れば問題ないだろ。服も洗濯機で回しといて風呂出る時に回収すれば問題ない」
俺はアヤメの前に椅子を置いて座るように促す。
「あるに決まってるでしょ!! てかタオル外そうとしないで下さいよ! エロキモ馬鹿!」
「タオルつけてたら体洗えないだろ」
適温のシャワーをかけてやるとアヤメは恨めしそうに唸る。
年頃の女の子が風呂に入れないのは辛いに決まっている。
久しぶりのシャワーを思う存分浴びたいに違いない。
「なのにどうして遠慮するんだよ」
「裸の男が至近距離にいるからに決まってるじゃないですか!」
アヤメがフーと威嚇するので俺は適当に体を洗い、湯船につかって壁を向く。
「見たら大声出しますから。マジでバレるとか関係なく出しますから」
そう言ってアヤメは頭を洗い始める。
俺は振り返って彼女の体を観察する。
改めて見るまでもないが全体的にミニサイズ、特に肩から腹、股へのラインはまだ子どもの体型だ。小学生と並べても区別がつかないだろう。食事が十分でないのか痩せてアバラが見えているのも良くない。
反対に太ももからお尻へのラインは年相応の発育を見せてきており、十分に男をその気にさせる魅力を持っている。胸も発育途上ながらしっかりとした膨らみを確認できる。
他の特徴といえば、ずっと外をうろついているせいか日焼けしており、素肌部分がかなりの色白なこともあってホットパンツのラインがはっきり見えることか。
そして笑ってしまうのはポッコリと出たお腹だ。
痩せて贅肉が無い分「ネオミラノ」で食べた分の膨らみがはっきり見えてしまう。
「まだ未熟だけどパーツはどれもいいな。もう少し成長したら美味しそうな美少女になりそうだ」
頷きながら鑑賞していると頭を洗い終わったアヤメと目があう。
スゥーと息を吸い込むアヤメを止めようとした時、脱衣所でごそごそと音がした。
「うえーい。お風呂お風呂ー」
紬の声だ。
もう服を脱いでいるから間違いなく入って来る。
俺とアヤメは顔を見合わせて慌てる。
「2人で居るのを見られたらアウトだぞ! 浴槽に隠れろ!」
「あ、あう! でもまだ体洗ってる途中で泡が……お湯汚れちゃう」
泡なんてどうでもいいのにアヤメは根っこが真面目なのか躊躇してしまった。
ダメだもう間に合わない。
「こうなったら俺が隠れる。紬にはホマだと言うんだ」
「えっなんでですか!? おかしいですよ!」
紬が浴室の扉を開くのと俺が湯船に沈むのは同時だった。
「んあー入ってたんだ。あれ……?」
「ホマだよっ」
アヤメが何故か裏声で言う。
「そっかーホマ君かー。今日は結局一日中寝ちゃったなぁー不毛な日だー」
紬は半開きの目でユラユラ揺れている。
確か朝飯食って昼まで寝てたよな。
そこからまた今まで寝てたのかよ。
「ホマ君シャワー貸してぇ」
「ほ、ホマだよっ。はい」
アヤメがシャワーを譲ると紬は頭から浴び、アヤメの差し出すボディソープで頭を洗い、シャンプーで体を洗って出て行った。
俺は紬が出たのを見て浴槽から顔を出す。
「紬さん大丈夫なんですか……?」
「そう思いたい」
アヤメが体を流しながら呆れた調子で言った時、ドタドタとすごい足音が戻って来る。
俺はアヤメを抱え上げ、タオルが外れて露わになった肢体をしっかり確認しながら浴槽に潜らせる。
「知らない女の子がいたよーーー!!」
紬がものすごい剣幕で飛び込んで叫んだ。
「なに言ってんだよ姉さん。さっきも俺がシャワー浴びてただろ。ホマって呼んでたじゃないか」
紬は体を洗っている俺を見て目をパチクリさせて首を捻る。
「そういえばホマと呼んだかも……でも確かに女の子だったはずだよ!」
俺はポンと手を打つ。
「さっきは股にアレを挟んで遊んでたからさ。それで女の子と見間違えたんだろ」
言いながらニュンと挟んでみる。
「なるほど……見間違えちゃったのか。ごめんねホマ君、お風呂中にうるさくして」
紬は納得したのか笑顔で去っていく。
そして風呂を出たところで母親に喧しいと叱られていた。
「……大丈夫なの?」
「そう……だといいな」
俺は頭を抱えながらさりげなく浴槽に入ろうとしてアヤメに突き飛ばされるのだった。
風呂から上がるともう時刻は日が変わる直前だ。
「一緒のベッドで寝ろとかキモすぎです!」
アヤメは寝ようと提案した俺に指を突き付けて言い放つ。
「そうは言っても俺だって床に転がるのは嫌だからなぁ。まさか布団持ってくる訳にもいかないし。一緒に風呂入った仲なんだからちょっと体が触れるぐらい良いだろ」
「そんなこと言って油断した隙にエロキモする気でしょ!」
俺は笑って首を振りながらベッドに腰かける。
「どうしても嫌なら床で寝るけど?」
目を見てそういうとアヤメは溜息をついて背を向ける。
どうやら入ってもOKのようだ。
俺はアヤメと背中合わせになるようにベッドに入って電気を消す。
「正直、警戒してくれて安心したよ」
「なんでですか?」
合わさった背中がもぞりと動く。
「『好きにしていい』ってのが自棄になっていただけだってわかったからな。アヤメは可愛いし、ロリコンに大受けする外見だから。やばい奴に言ってたらメチャクチャにされてたぞ」
もう言うなよと背中をトンと押してやる。
「……ん。でも家族のいる家にこっそりロリ連れ込むのも十分ヤバい奴だと思います」
俺が違いないと笑うとアヤメもつられて少しだけ笑った。
自分でもロリっぽい自覚あるんだな。
「こんなことするならホテルでも取ってくれたらよかったのに」
「バカ、中学生一人で泊めてくれるホテルなんかねえよ。それに金もない」
バイトしていない上に最近は散財が激しいのだ。
安価で有名なネオミラノを奢るのもドキドキだったぐらいだ。
「ダッサいですね。ついでにキモい」
「なにがどうなってもキモくなるんだな……」
まったく毒を感じない罵倒に笑いつつ、俺は腕を回してアヤメの背中をつっつく。
布団の中で蹴られるが痛くはない。
更にお返しに脇腹をつっつくとアヤメは体をよじって悶える。
痩せて贅肉がないせいで刺激には特に弱いらしい。
「こいつマジうざ!」
蹴りが効かないと見るやアヤメは俺と同じようにこちらの体を突いてくる。
しかし俺には男として最低限の筋肉もあるからダメージはない。
意地になって俺の全身を突きまくるアヤメと笑って耐える俺。
そんなやり取りが数分続いたところで俺はアヤメを両腕で包むように抱き締めた。
そして唐突に切り出す。
「母親のことをどう思ってる? どうしたい? 一言でいい」
雰囲気は壊れるだろう。
しかしこれを聞かずにこの先動けないのだ。
わちゃわちゃと動いていたアヤメの動きが止まった。
正面から抱きしめられているのに抵抗も罵倒もなく、ただ顔を伏せ、やがてボソボソと切り出す。
「ママは……ママだよ。昔は優しくて……ずっと一緒に居て……これからもずっと一緒に居たくて……でもママにとってアヤはもう――」
最後の言葉を言わせず、胸板に顔を埋めさせて言葉を遮る。
聞きたいことは聞けたし方針も決まったからもう十分だ。
たっぷり30秒ほど抱きしめてから力を緩め、さてキモキモ罵倒祭り開催かと思ったが意外にもアヤメは無言のままだった。それどころか俺の胸に顔を埋めたままだ。
「その気になっちゃったか? まあ男女が同じベッドに入ってるんだから仕方ない。避妊はするから安心して――」
俺は床に放り投げられたXLを拾い上げようとしてアヤメから聞こえる規則正しい寝息に気が付く。
「疲れてたんだな」
まともにベッドの上で寝るのも久しぶりだったのだろう。
疲れすぎた心と体が勝手に意識を切ったのだ。
俺は目に涙を浮かべたまま眠るアヤメを抱き締めながら目を閉じる。
「我ながら包容力のある男……といきたかったのに。もう少し恰好つけろよ」
俺は熱を増し始めた自分の下半身に文句を言ってみる。
しかし興奮は止まらない。
「いや無いぞ。さすがにこの流れで襲いかかるのは絶対無いってわかるぞ」
自分に言い聞かせるもアヤメの整った顔と小さな吐息、全身に感じる体温とふんわり漂う女の子の匂いがオスの本能を刺激してくる。
ジムで限界越えの筋トレをしたのもタイミングが悪かった。
酷使された体は栄養と休息と女体を求めてしまうものだから。
「やっぱ床で寝るか? いや下手に体を離す方がまずい。色っぽい寝相にでもなられたら襲うかもしれない」
かくなる上はこのまま抱き締め続けながら、脳内でアヤメを性の対象にならない女性、つまり紬だと思い込むしかない。
ちょうどアヤメが着ているのも紬のパジャマだ。
部屋を覗くとヘソ出して寝ていたのでこっそり拝借してきたのだ。
よく見ると裾や袖がたぼついている。
当然だ、紬は大学生なのだから。
だがもっと良く見ると胸の部分が苦しげだ。
涙が出そうになるな。
「パジャマのこの染みチョコレートだろ。まーたごろ寝しながら食ったな」
一人で馬鹿なことを考えているうちに瞼が垂れ、性欲を眠気が上回っていく。
いいぞ俺だって今日は相当疲れているんだからこのまま眠ってしまおう。
「新先輩……」
眠りに落ちる直前、アヤメが何か言った気がしたが活動を鈍らせた脳では理解できなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目が覚める。
眼前にはドアップになった女性の顔があった。
「――最低」
「そんなバカな。ちゃんと我慢しきったはずだ」
跳ね起きて目の前にいるのがアヤメではなくミドリだと気づく。
部屋も見慣れた自室ではなくベッドだけが置かれた無機質な空間だった。
うむ、残念ながら裏では我慢できなかったな。
これは仕方ない。
「……さいってい」
ミドリに睨まれながらもう一度言われ、俺は頭をかくのだった。
主人公 双見誉 市立両河高校一年生
人間関係
家族 父母 紬「寝ぼけ」新「気付かずに……」
友人 那瀬川 晴香#26「女友達」三藤 奈津美#5「庇護対象」風里 苺子「友人」江崎陽助「友人」高野 陽花里#1「クラスメイト浮」上月 秋那#14「エッチなお姉さん」キョウコ#2 ユウカ#2「クラスメイト」
中立 ヨシオ「暇」ヒナ「約束」
敵対 雨野アヤメ「同衾メスガキ」
経験値138