第84話 家のない少女① 5月30日
悪ガキ少女は毒々しく色付き始めたネオンの下を歩いていく。
俺もその後ろ10mほどあけて尾行を続ける。
まず最初に立ち寄ったのはコンビニだ。
酒かタバコでも買うのだろうか、彼女の外見だと売ってくれそうもないが。
だが少女は10分ほど雑誌を立ち読みをしてからトイレに入った。
しばらくして出て来た少女は心なしか色艶が良くなっている。
「まさかド級の便秘が解消って訳でもなさそうだが」
その後、少女は何も買わずにコンビニを出て無意味に新都をジグザグに移動し始めた。
「遊ぶでも無し。男漁りでも無し。おっさんと待ち合わせって様子でもなさそうだな」
歩き続けた少女はふと立ち止まり、自分の体を軽く抱いたかと思うと地下街へ入っていく。
居酒屋や小料理屋が並ぶ、俺達の年代にとってはさして面白くも無い場所だ。
「酒を飲もうって感じでもなし。ここの地下街は飯屋しかないのに何がしたいんだ?」
考えながら俺は上着のボタンを外した。
地下で空気が籠る上に火を使う料理店が多いから暑いのだ。
「なるほど……暑いか」
ふと少女が足を止める。
視線の先には自販機があり、少女は取り出した財布と自販機を見比べて何も買わずに歩き去る。
「ふむふむ」
どうやら単に不良少女が新を虐めている展開ではなさそうだが、余計面倒くさいことになりそうだ。
「こりゃこのまま尾けても帰らないな。ちょっとつついてみるか」
俺が少女に声をかけようとした時、少女が前から歩いてきた中年男とぶつかった。
「いったーい……おっさんまさかわざと? ぶつかった勢いで触ろうとかマジヤバいんですけど! キモイしクサイし禿げてんじゃん! サイッテー!」
俺は心の中で舌打ちする。
バーガー屋の前の時は相手が普通のサラリーマンだったから彼女がデカい声をあげれば周囲の目を恐れて慌てて逃げた。
だがこいつは見るからにチンピラっぽいぞ。
若い奴なら調子に乗っているだけかもしれないが、中年でこの恰好は本格的におかしい奴だ。
「んだとこのガキィ!! てめえがぶつかって来たんだろうがよぉ!!」
「痛っ!」
男は少女の罵倒より数倍大きな怒鳴り声をあげ、挑発するように伸ばされていた細い腕を掴んだ。
少女はやばいと気付いて暴れるが相手が遠慮しなければ身長140cmに満たない小さな体で男相手になんの抵抗もできない。
「ちょっと変態! こいつ変態ですー! 悪戯されちゃうー!」
少女は顔を引きつらせながらも、未だ挑発的な口調で言う。
周囲の反応を引き出せば男が退散すると思っているのだろう。
「お、おい。君達こんな場所で騒ぐなんて――」
「あん!?」
その思惑に乗って若い男が声をかけてきたが中年男に凄まれると後ずさり、逃げるように去っていく。
そりゃそうだ。
見るからにヤバい、しかも酔っ払った男と揉めて殴られでもしたらたまらない。
男は少女の髪を掴んで引きあげ、顔とホットパンツから伸びる太ももを見てニヤリと笑った。
「ちょっと来いや。場所変えんぞ、そこのトイレとかよ」
「やだ……やだってば! やめろおっさん、やめろこのハゲ! 誰か助けろよ!!」
少女は声をあげながら周りを見るが誰も反応しない。
そのまま便所の方向に引きずられていく。
「おい誰か助けないのかよ」
「あの男絶対ヤバい奴じゃん。下手に関わったらなにするかわかんないぞ」
「女の子の方も変な感じだろ。同類で揉めてんだよ。ほっとけ」
周囲も気付いてはいるがアクションを起こそうとする者がいないのだ。
「さてどうするか」
追いかけて後ろから男に一撃というのが一番簡単なのだが握りしめた腕に力が入らない。
昼間にした筋トレのせいで筋力が相当落ちているのだ。
これがあるから『裏』ではなかなか筋トレできないんだよな。
そして相手は変なやつな上に酔っている。
倒し損ねたらなにをするかわからないので一撃で無力化したいが『表』で大怪我させるような真似はできない。
「ちょっとこれ貸りますね」
俺は近場の居酒屋のテーブルから唐辛子粉を拝借する。
「すいません」
そして男の肩を軽く叩く。
「んだよ! 何か文句でもあんのか!?」
俺は振り返った男の眼前で握りしめた右手を振り上げる。
男は反射的に顔を守ろうと腕をあげてガードする。
「ほい隙あり」
そこで俺は左手に持った唐辛子粉を男の顔面にぶちまける。
「てめっ! うわっ目が! ゲホゲホゲホっゴホッ!」
粉は顔だけではなく叫んだ拍子に鼻と口からも大量に侵入したようだ。
男は叫びながら顔を押さえて床を転がり回る。
こうなったら酒が入ってようが薬中だろうが立てる訳がない。
怪我もしないだろうから平和的だ。
「香辛料バンザイ。ほら逃げるぞ」
俺は男に放り投げられてへたり込んでいた少女の手を掴み、早足で移動する。
「ちょ……ヤダ……」
少女は抵抗しようとしたがあえて無視する。
「早く移動しないと警察来るだろ。見つかったらお前も補導されるだろうが」
ヤバい奴が無抵抗になったら周りの奴も一斉に通報するだろう。
そんなものだ。
「あんたもウチに悪戯しようかと思ってるんじゃねえの……? いっとくけど助けてやったからーのノリでパ、パコろうとかしたら普通にケーサツ呼ぶから。手の握り方もキモイし……てか痛い。そんな思いきり握るなこのハゲ!」
「ふむ」
俺は少女の腕を引きながら考える。
させてくれるなら普通にしたいがそこじゃない。
一応通路の鏡で前髪も確認したがそこでもない。
「変な話し方だな」
「は? 何がよ!」
『ウチ』の言い方が特に妙だ。
他のところは普通だから訛りじゃなくて言い慣れていない。
下品な言い回しにも抵抗を感じるし、良く聞くと無理やり罵倒している感じが半端ない。
本当にガラ悪いアホのキョウコとユウカと比べれば違いは歴然だ。
この少女――雨野は本来不良ではない。無理やり不良っぽく見せているだけだ。
「そこの飯屋入ろうか」
安心と安定のファミレス『ネオミラノ』だ。
あそこなら雨野も変な心配はしないだろう。
「嫌だっての。さっさと離せよ」
拒絶しながらも雨野の視線はファミレスの中で楽しそうに食事する客に吸い寄せられている。
振り払おうとする手の動きもどんどん弱くなっていく。
「ネオミラノは暖かいおしぼり出してくれるぞ。コンビニの便所で顔洗うよりはずっといい」
雨野は目を見開いて顔をあげる。
「ドリンクバーのオレンジジュースも美味いぞ。俺の姉なんて腹パンパンになるまで飲んでたからな」
雨野の喉が鳴る。
自販機のオレンジジュースをがっつり見てたもんな。
「奢ってやるから腹いっぱい食えよ」
俺は上着を脱ぎ、雨野の汚れたパーカーの上からかけてやる。
「そうすりゃ寒くもなくなる」
雨野の抵抗は完全になくなり、手を引かれるままついてくるのだった。
主人公 双見誉 市立両河高校一年生 夜遊び
人間関係
家族 父母 紬「姉」新「弟」
友人 那瀬川 晴香#26「女友達」三藤 奈津美#5「庇護対象」風里 苺子「友人」江崎陽助「友人」高野 陽花里#1「クラスメイト浮」上月 秋那#14「エッチなお姉さん」キョウコ#2 ユウカ#2「クラスメイト」
中立 ヨシオ「暇」ヒナ「約束」
敵対 雨野「空腹メスガキ」
経験値138
今回は短くなってしまいました。
次回更新は明日20時頃予定です。