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第81話 新天地へ③ 5月29日【裏】


 眼前にそびえたつタワーマンション『両河ニューアラモレジデンス』長いのでもう『アラモタワー』でいいかな。


 25階建てのタワーマンションは高層ビルの立ち並ぶ新都中心にあって全てを見下ろすと言うほどではないが、小さな雑居ビルなどとは比べ物にならない広さと堅牢さを持っている。

更には竣工が4年前と比較的新しいこともあって設備も最新だ。

『表』で部屋を買えば億は下らないだろう。


 値段相応に豪華な入口だが……エントランスに大量のゾンビが入り込んでいるので、もちろんここは通れない。


 タイコさんに聞いていた通り駐車場用のエレベーターへと向かう。


「誰も侵入していないよ。大丈夫だ」


 駐車場を見張っていた老人が囁くような声で言い、すぐに目を丸くする。


「松野さん無事だったのかね? あぁ良かった」


「てめえとは違うからよ」

 

 老人は『良かった』と言いながらも複雑な表情を見せている。

まあこいつが好かれてるわけないよな。


「タイコさんも生きていたのかい!? いやぁダメかと思っていたよ! 良かった良かった!」


 そしてタイコさんを見て本気の喜びを示す。

これが人徳の差だ。


「無駄口叩いてねえでさっさとエレベーター呼べよジジイ。手前の仕事だろうが無駄飯喰らいが!」


 松野に言われて老人は慌ててマイクに向けてエレベーターを寄越すように言った。


「自分でボタンを押すだけじゃないんだな」


「バケモンに追われたまま地下に飛び込んでボタン押した奴が居てな。中で食われながら上層階まで登って大騒動だったんだ。それ以来このジジイが安全かどうか確認して上に要請してから降ろすようにしてる」


 その対応ではギリギリのタイミングの時には間に合わない。

しかし調達隊の命より全体の安全を優先するのは合理的な対応でもあるな。


 スピーカー越しに『了解』と声が聞こえ、エレベーターが降りて来る。


「新参は動いているエレベーターってのに目を輝かせるもんだが……お前はそうでもなさそうだな」


 大抵週末には新都で乗ってるからどうしてもな。

ただアオイが感動した顔をしているから嬉しそうな表情でも作っておこうか。 


 エレベーターに乗り込んだ瞬間、全員が同時に息を吐く。

ようやく安全圏に入った、ということなのだろう。


「双見……いや誉」


 松野が俺の肩に手を置いた。

『えっ名前で呼ばれるのヤダッ!』と女子高生風に返したかったところだが、今機嫌を損ねるのは良くないのと、先程の大暴れの反動で疲労が凄まじく口を開くのも億劫なので小さく頷く。


「ようこそ俺の城へ」


 俺は小さく笑い松野も声をあげて笑った。

意気投合して笑っているのではなく『どこまで傲慢なんだこいつは』の失笑なのだが、今にも倒れそうなので訂正はしなかった。



 さて、このまま居住者の集まる場所に案内され、歓迎されざる冷ややかな視線を受けて自己紹介かと心の準備を整えているとエレベーターが停止して扉が開く。


『おかえりなさい。そしてようこそ』


 俺達を迎えたのは歓迎の声でも冷ややかな視線でもなくスピーカー越しの無機質な声だけ、他にも何も無く誰もいない。


「変な顔しなくてもここは隔離用の階だ。怪物相手に戦闘やった俺達をそのまま居住区に入れる訳にはいかねえだろ。忌々しいが絶対の規則だ。こればっかりは俺も例外じゃねえ」


『全員 エレベーターから降りて下さい』


 スピーカー越しの声に急かされ、松野は忌々しげに言った。


 俺は納得し厳格な管理に少し安心もした。


 怪物に噛まれれば高確率で……というかほぼ確実にアオイのような死地を経験することになる。

だが噛まれていなくても奴らの唾液や血液などを浴びた者も低確率で同じ状態になる。

ゾンビの中を走り抜け至近距離で相対した俺達は低いながらもリスクがある存在なのだ。

 

「まあ経験で言えば血を流すほど噛まれたり引っかかれたりしてねえ奴に症状が出ることはほとんどねえ。むしろキズを隠して戻った奴の炙り出しがメインだな。外からの攻撃じゃビクともしねえ居住者タワーズが崩壊する一番の理由が中で変わりやがることだから」


 合理的で厳重なリスク管理だ。

厳しければ厳しいほどアオイの安全が保障されるのだから文句はない。


「ふぅ隔離期間はどれぐらい?」 


 俺はやれやれと溜息を吐いたふりをする。

実際には疲労が極に達して目がかすみ、大きく息をしないと膝をつきそうになっているのだが、松野の前で弱みや自分の限界を見せるのはまずい。


「アレになるやつは早ければ1時間、ほとんどの奴は半日以内に兆候が出る。逆に24時間を過ぎてから出るやつは1人もいなかった。だから――」


 24時間か。


『隔離期間は現時刻午後16時より36時間 明後日午前4時までです』


 松野の前にスピーカー越しの声が答えてくれる。

どうやらマイクでこちらの会話も拾っているらしい。 


 24が最大なのに36か。

リーダーの性格が見えて来た気がする。


「1つ言っておくが隔離が終わるまでの俺達は下のバケモノに準ずる扱いだ。騒げばクロスボウ持った奴らが降りて来て問答無用でぶっ殺されるぜ。お前がパニック起こして暴れるとは思わねえが変な真似は絶対すんな」


 言いながら松野はエレベーターフロアで服を脱ぎ始める。

見た目の印象通り筋肉質で毛深い松野の裸体が徐々に露わに……。


「疲れてる時に変なもん見たくないんだが」


「俺だって見せたくねえよバカ! 傷とか兆候を隠せないよう隔離中は全裸って決まってんだ。カメラで上の連中に見られながらな!」


『全員 帰還後マニュアルに従って服を脱いでください』


 松野は監視カメラに向けて指を立ててから下着まで脱ぎ捨てる。


「「……」」


 そしてタイコさんとJK……ミドリが嫌そうに顔を逸らすのを見て軽く笑った。


「なんで俺だけストリップしてんだよ。お前らもさっさと脱げ」


 タイコさんもミドリもここの人間だけあってか抵抗することもなく、ただ松野から体を隠すようにイソイソと服を脱ぎ始める。


「散々見てんのに今更隠しても仕方ねえだろうが」


 松野は鼻で笑ってミドリの尻を叩き、タイコさんは胸と前を手で隠しながらできるだけ松野から離れる。


 ここで女性の裸体凝視するのは紳士としてダメだな。

俺は理性を総動員して魅惑の裸体から目を逸らす。

 

 ちなみにミドリの胸はやや大きめ、食料の関係か体型は痩せ型だった。

右足太ももに小さな傷痕が残っており胸元に2つあるホクロがチャーミングだ。


「ヒデキもなに前隠してんだ。てめえのちっこいのなんて誰も見てねぇよ」


「ち、ちっこくはねえっすよ! 松野さんのがすごいだけで普通ですって、ははは……」


 女性達をチラチラと見ながら股間を隠していたチャラ男の名前は『ヒデキ』だったらしい。


「そう言えば自己紹介どころじゃなかったよな。日出って書いてヒデキだ。よろしくな。えっと」


「誉だ」


 俺はヒデキと一応握手しながら首をひねる。

日出だと『ヒデ』じゃないのだろうか。

疲れていて頭が回らないし別にチャラ男の名前なんてどうでもいい――というか股間隠していた手で握手されたじゃねえか!


「うぅ、おにいちゃん」


 俺が服で手を拭いているとアオイが消え入りそうな声を出す。

そりゃ知らない奴の前で脱ぐのは嫌だよな。


「なあ」


『例外はありません マニュアルに従わない場合 危険性有りと判断致します』


 つまり排除すると言うことだ。


 俺はアオイを庇うように立って優しく呼びかける。


「アオイはもう外に出ないんだからこれ一回だけでいい。俺が隠してやるからな」


 言いながら振り返るとヒデキは「絶対見ないよ」とばかりに目を逸らし、松野は興味が無さそうだ。

なんだかんだヒデキいいやつだよな。

役には立ちそうもないが。


 アオイは俺の服を掴んで頷く。 


「わかった……でもいつもみたいにおにいちゃんが脱がせて。そしたら安心するから」


 俺は再び振り返る。


 タイコさんは体を隠しながらじっとりした目で、ミドリはドン引きした目で俺を見る。


「違う。風呂のことだぞ」


「どうでもいいから早くしろ!!」


 松野に怒鳴られて俺はアオイを脱がせて背中に隠す。

これで完了か。


「いやお前もだ」


 そうだった。

まあ俺はアオイと違って見られて怖いわけでもない。

むしろタイコさんやミドリに見られるのは少し快感だったりも――。


 そこで俺は動きを止める。


「少し待ってくれないか?」

「なんでだ。早くしろ」


 松野の声が一瞬にして緊張する。

もちろん理解できる。

この状況で突然服を脱げないなんて言いだしたら俺でも武器を構えるだろう。


 でも今日は戦闘から回避まで修羅場の連続だったんだ。


「もう少し。5分でいいから……」

『すぐに服を脱ぎなさい 抵抗は危険性有とみなします!』


 スピーカーから聞こえる声も緊張感を帯びている。 


 そして最近の俺はアオイが傍に居ながら魅力的なタイコさんとも同居していた。


「最後の警告だ誉。今すぐ服を脱げ!」

『30秒以内に脱衣しない場合 貴方を排除します』


「しかもリミット外した後はすごいことに……ダメか」


 松野とスピーカーに責められて俺は仕方なく服を脱ぐ。


「ヒッ!」


 ミドリが息を呑みながら後ずさる。


「う、うわぁぁぁ!」


 チャラ男……ヒデキが逃げようとして転ぶ。


「まさか噛み跡が――うおぉっ!」


 俺の体を確かめようと掴みかかってきた松野が尻餅をつく。


 タイコさんは体を隠すのも忘れて両手で口を押さえて赤面する。


『うわぁ……おっきぃ……。コホン傷がないことを確認しました』


 無機質を貫いていたスピーカー越しの声まで感情出してきたぞ。


「少し大きめなんだよな」


 俺は呟き、何故かドヤ顔のアオイを抱えて移動するのだった。



 

 

 隔離用の部屋に入った俺はふらつく足を引きずりながらベッドへ倒れ込む。


 誰が発症しても損害を最小にできるよう隔離は1人1部屋が原則らしい。

その例外となる子供のアオイは俺と同室を望んだが、俺の希望でタイコさんと同じ部屋になった。


「一番リスクが高いのは間違いなく俺だからな」


 ゾンビの群れに突っ込んで肉弾戦をやらかした。

奴らの手や足が体に触れることも多かったし、あるいは血飛沫など浴びているかもしれない。

低確率とはいえ俺がそうなった時にアオイを道連れにはできない。


「喉が渇いた……腹が減った……でも動きたくない」


 俺は仰向けになったままつぶやく。 

部屋には水と乾パンが置かれていたが手をつける元気もない。


 最後の戦闘では完全にリミッターが外れていた。

前回のように意識が落ちなかったのは歯を食いしばって耐えていたからだ。


 しかしもうその必要もない。

隔離は36時間らしいがそれぐらいぶっ通しで寝てしまいそうだ。


「ともあれお休み……」


 目を閉じたところでドアが遠慮がちにノックされる。

動きたくないので気付かなかったことにする。


 すると10秒ほどおいて再度強めにノックされる。


「クソったれが」


 心の底から汚い言葉が沸き上がる。


「や」


 松野かヒデキだったら悪態を吐き、アオイだったら頬っぺた引っ張ろうと思ってドアを開くと立っていたのはミドリだった。


「どうした?」


 俺は規則通り全裸のミドリの胸を見ながら聞く。

さすがにすっぱだかの女の子に悪態を吐くなんてできない。


「松野さんに言われてさ。一緒の部屋で寝ろって」


 ミドリは諦めたような顔で胸を隠しながら部屋に入って来た。 

そのままベッドに向かい、水を一口飲んでシーツに包まる。 


「俺もベッドで寝たいんだが」


「隣で寝ればいいじゃん。意味わかるでしょ」


 俺が隣に入るとミドリは胸板に手を乗せて来る。


「あんたはあいつの女だと思ってたけど」


「昨日まではね。今は別のお気に入りを部屋に呼んでお楽しみ中……あたしは用済みになったってわけ。これからはアンタに抱かれろってさ。相当気に入られてるみたいだね」


 松野とミドリの関係は予想していたので驚きはなかった。


 女をあてがうのは俺への飴であると同時に監視役、そしてタイコさんとの関係も切っておこうと言ったところだろう。松野の身体能力は予想以上に高かったが、頭の方はまあこんなものか。


「それに女って言っても無理やりよ。ここに来た当日に目をつけられて、初めてだったのに彼氏の前で何度も何度も……泣き叫びながらメチャクチャにされてさ」


 俺は胸に置かれたミドリの腕に軽く触れてみる。


「怖いならやめとけよ」


「やめられるわけないでしょ。松野さんに逆らったらマジで命が無いんだから……私の彼氏も最初の調達で帰ってこなかったし、絶対わざとよ」


 半分ヤケクソ気味に俺の上に乗っかるミドリの手を取って転がり、後ろから抱き締める。


「しないの?」

「今日は疲れすぎててさ。抱き枕になってくれればそれで十分」


 俺はミドリを腕の中に抱いたまま目を閉じる。


「見た目は怪獣なのに紳士なんだ」

「怪獣とはなんだ」

 

 俺とミドリは目を閉じ合ったまま笑う。


「松野が尻餅つくとこなんて初めて見たよ。しかもあの後恥ずかしそうに自分の隠してたし……いつもは「どうだー」みたいな感じで見せてくるのに」


 ミドリはクスクス笑いながら俺に尻を押し当ててくる。


「やめろ刺激するな。紳士なのに怪獣になるだろ」

「あはは双見ってもっと冷酷で怖い奴かと思ってたけど、案外面白いね」

    

 俺達はシーツの中で動く。


「アオイちゃんだっけ? 良く考えたらあんな子が慕ってるのに悪人なわけないよね。松野さんなんか子どもに好かれた試しないもん」


「当たり前だ。俺は優しい紳士だぞ」


 俺は悪戯するミドリを捕まえて動きを止めさせる。


「うん優しくて……乱暴なことしない……男の子だ」

「紳士だ紳士」


 ミドリが体を捻って俺の顔を見る。

そして首筋にキスをしてからそのまま胸板まで舐め下がっていく。


「俺は紳士……」

「男……オス……ペットボトル……」


 紳士でも無理だろこんなの。

心の中で叫びながら俺はミドリに覆いかぶさっていった。


主人公 双見誉 

拠点 両河ニューアラモレジデンス『アラモタワー』 隔離室

環境 不明 

人間関係

仲間

アオイ「熟睡」タイコ「熟睡」

中立

松野「お楽しみ」ヒデキ?「爆睡」ミドリ#6「同衾」


備蓄

食料?日 水?日 電池バッテリー?日分 燃料?日分 麻酔注射器三回分

経験値 130+X

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「まさか噛み跡が――うおぉっ!」 >俺の体を確かめようと掴みかかってきた松野が尻餅をつく。 だめだ、何回読み返してもフイてしまうw
[一言] ミドリちゃんが思ったより嫌な経験してた…… 松野は生き延びるためだけになら残酷になる性格だからそんな事しないと思ってたけど…… いや他の人なのかな?
[良い点] 6回は草
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