第78話 川遊び② 5月29日
「きゃあぁぁ……あう」
「そら、やると思った」
女の子の頭が石にぶつかる直前に俺の手が割り込む。
「ちょっとヒナ大丈夫だった!?」
「男子なにボーっと浸かってるのよー!」
他の女子が駆け寄り、男達も慌てて水からあがる。
「頭は打たなかったか?」
「あ、はい……」
俺はすっかりしおらしくなってしまったヒナを抱き起こす。
体に触れてみると細くて軽いのがわかる。
やはりまだ中学生、胸も紬より少しあるぐらいだ。
「ありゃ。膝を擦り剝いちゃってるな」
タイミングがギリギリだったので転倒までは阻止できなかった。
膝の皮が剥けてて血が滲み、傷口は泥だらけだ。
「川の水で洗った方がいいんじゃないか?」
「いや自然水はやめとけ」
近寄って来る男子を手で制止する。
他に水がないなら洗わないよりマシだが、こっちではいくらでも選択肢があるんだから。
俺はすっかり大人しくなった【ヒナ】をひょいと持ち上げて安定した場所まで運び、ペットボトルの水で傷口を洗って絆創膏を張っておく。
傷は浅いし治りが悪かったら医者にいけばいいんだからこれで十分だろう。
「それにしても良く間に合ったね。私も気づいたけど全然届かなかったよ」
「苔だらけの地面にサンダルだからな。いつかこうなるかと思って最初から構えてた」
晴香に笑って答えながら女の子を立たせる。
「わかったろ? あんまり調子乗って騒いだら危ないぞ」
「あ、ありがとうございます」
女の子は何度か振り返りながら戻っていく。
微笑んでやると顔を赤らめて小走りになる……また転ぶなよ。
「ふふ、誉は本当にたよりに――」
「――流れるようにスケベをするわね」
褒めてくれようとしたであろう晴香のセリフに風里が余計な言葉を被せる。
「なんでだよ。頭守って怪我の手当てまで完璧だったのにどこからバレたんだよ」
特に風里の視線には注意していたはずなのに。
「私の目は誤魔化せないわよ。抱き上げる時に脇腹で良かった手をあえて胸へ持って行ったこと。足の傷を手当てする時に視線が一瞬上がったこと……きっちりと見ていたわよ」
「誉……」
晴香までジト目になってきたじゃないか。
「カップはどれぐらいだった?」
「予想外の事態に俺も焦って手の位置――Bだな。まだ成長途中……」
脊髄が反射的に答えてしまう。
「下着はどんな?」
「今のは違うぞ。一刻も早く傷を見てやろうと必死で――ピンクと白の可愛い感じ……」
俺は言い訳を諦めて晴香に肩パンされながら肉を食う。
そこで悲鳴が聞こえる。
「またかよ」
顔をあげると別の女の子の帽子が風で飛んでそのまま川に流されたらしい。
男が泳いでおいかけているが流れがあるのに後ろから追っても厳しいだろう。
「……行ってくる」
俺は釣竿を持ち、川の流れを見ながら岸を歩く。
「この辺かなっと」
そして流れ的に帽子が近寄って来そうな場所で待ち構え、竿でちょいと帽子をすくい上げた。
「わっやべっ! 足つかねえ! 誰か!?」
ついでに帽子を追って流れて来た男もひっ捕まえて頭をはたいておく。
「やれやれ」
帽子と男子を中学生グループに返して肉に戻る。
そこでまたデカい声だ。
どうやら女子達が男子を責めているらしい。
「飲み物全部ぬるぬるになって飲めないじゃん!」
「なんで日向に放りだしてたわけ!?」
「しかもマット無くなってて!」
「い、いや確かに日影に置いたんだって!? なんで熱くなってるのか……」
「マットは多分風かなにかで……」
俺は溜息を吐きながら三度中学生達の方に向かう。
「こっちのはクーラーボックスで冷えてるからやるよ」
言いながら予備に持って来たマットも広げる。
「これも貸してやる。小さいけど座るぐらいできるだろ」
「「「…………」」」
女の子3人は顔を見合わせている。
さてこれで静かになるだろうか。
――30分後。
「ええー? お兄さん達両河高校だったんですね。ウチメッチャ近いんですよー」
「大学生かと思いましたー。すっごい頼りになるんですもん」
「バーベキューとか大人っぽいもんねー。あたし達もやろうとか言ってたんですけど男子達ダメダメで準備できなくてー」
女の子3人全員がこっちに来てしまった。
背中に置いてけぼりにされた男子3人からの圧を感じるが、猛烈な勢いで肉を焼く晴香からそれ以上の圧が発せられているので無視しよう。
「女子中学生釣ってどうするつもりなのかしらこの変態は」
風里がすかさず毒を吐く。
「お兄さんって恰好いいのに変態さんなんですかー?」
「確かにちょっとスケベそうな雰囲気はするかも」
「でも高校生が女子中学生狙うとか全然有りじゃないですかー? 年下好きの範囲内っていうか?」
しかし中学生はその毒まで肴にしてワイワイ盛り上がる。
騒ぎたい盛りだもんな。
「だよな? 普通に範囲内で健全だよな?」
どうせなので俺も乗っかると晴香が俺の皿に赤い肉を置いた。
「レバ刺し」
「嘘だ。パックにデカデカと加熱用って書いてある」
網に肉を戻していると女子達の興味が晴香に向いた。
「というかお姉さんってモデルさんとか芸能人……じゃないですよね?」
「ふへ?」
俺に圧をかけている中で意表をつかれたのか晴香が素っ頓狂な声を出す。
間の抜けた声がちょっと股間に響いたぞ。
ただでさえ女の子の匂いが立ち込める中で反応しかけた危ない危ない。
「だってスタイルヤバくないですか? 私と足の長さこんなに違うとか……」
「そりゃ私は結構身長があるから……」
完全に食いついた中学生達に晴香が押されていく。
「身長差あるのに、くびれのとこ私と大差ないし……胸から腰までのラインとんでもないですよ! こりゃ男子も前屈みで水入りますって」
「アハハ……一応運動してるからね。くびれは自然とできちゃうんだよ」
晴香の助けてサインをニヤニヤしながらスルーする。
あと男子共は普通に気づかれていたようだ。
俺もよくチョモランマするから明日は我が身と気をつけよう。
しかし女子中学生3人が晴香を囲んで盛り上がっているのは桃源郷みたいな光景だ。
妄想で全員を裸に剥いて俺を中心に配置してみようか。
「はい。焼けたわよ」
晴香から肉焼きを引き継いだ風里が俺の皿に肉を乗せる。
「微塵も焼けてねえんだよなぁ」
生焼けどころかそのまま置いたろ。
ふと女子中学生達が俺と風里、俺と晴香を交互に指差す。
「えっと、どっちが彼女さんだったりします?」
「最初は那瀬川さんと思ったんですけれど。風里さんも仲良いみたいだから分かんなくなっちゃって」
どう説明したらいいものか。
晴香の方が色々進展しているには違いないが恋人としてではなく女友達として……さて困ったぞ。
困ってしまった俺に変わって風里が口を開く。
正直まずいとわかっていたが止められない。
「両方よ」
「「「――は?」」」
女子中学生達が硬直する。
「ちょっと気を許した隙に肉体関係をもたれてしまったのよ。恋人にしてくれるように頼んでいるのだけれど友達……この場合はセフレと言うのかしらね。そのままで居ようと言われるだけなの」
「「「さ、最低――!!」」」
訂正したいが中学生達がギャンギャン騒ぐのでとても口を挟めるテンションじゃない。
俺は逃げるように取り残された中学生の男子達の方に気を向ける。
「なんだよアイツら……俺達おいて楽しそうに。こっちは自腹で飲み物とか準備したのにさ」
「ウェーイって感じで混ぜてもらう? いや今更情けなすぎる……アンタら来なくていいとか言われたもんな」
女の子がいない男の語らいは葬式みたいな雰囲気だ。
「もう絶対誘わねえ……いやでもアイツらレベル高いんだよな……」
それは同意する。
中学生だけあって子供っぽさは抜けきらないがみんな可愛い子達だ。
あんな子3人と一緒に川遊びなんてテンションがあがっていただろうに哀れな、でもお前達に不手際多すぎたのが悪いんだぞ。
尚も男共の愚痴は続く。
「ヒナはクラスで一番顔いいじゃん。てか学校でも1、2だろ。胸は全然ないしバカだけどな」
「マリは体がいいよな。顔は微妙だから写メの顔隠しておかずにしてるわ」
「ルリはどっちも普通なんだけど……なんか雰囲気エロいんだよな。ヤりたいしすぐヤれそう」
どれも同意だ。
その上で俺は溜息をつき、男達の会話に割り込む。
「お前らなぁ。女の子の話で盛り上がるのはわかるけど」
クイッと指を差す。
俺の悪口で盛り上がっていた女子5人の会話が完全に止まっている。
「聞こえてるんだよ。バカたれが」
「最悪……」
「マジキモイ。来るんじゃなかった」
「お前らなんかに絶対やらせねー」
本気の嫌悪を向けられて肩を落とすやりたい盛りの男子達。
もうこの子達は挽回不可能だろうが、後々の為に少し優しさを見せておこう。
「女の子を褒める時はこう言うんだよ」
俺は『ヒナ』の肩に手を乗せる。
「最高に可愛い。一番美人だ」
「ひう」
次に『マリ』の手を取る。
「綺麗な体、君のスタイルが一番だ」
「あ……えへへ」
最後にルリの腰を抱く。
「中学生とは思えないぐらい……一番セクシーだよ」
「やば……これくる」
3人の顔が一気に赤くなる。
ほら反応が全然違うだろ。
「でも本音は?」
「抱けるならもう誰でも――っておい」
風里の突っ込みに思わず乗ってしまった。
ホワッとしていた女の子達の目が一気に吊り上がり、晴香に首を絞められる。
台無しじゃないか。
「聞いての通り、こいつは最悪のドスケベだから気をつけなさい。間違っても連絡先なんて交換したらたちまち食べられるから絶対にしないこと。いいわね」
「「「はーい」」」
風里のダメ押しに中学生達が元気よく返事する。
くそう……一人ぐらい交換できないかと思っていたのに。
全員にスケベ、スケベと言われる中『ヒナ』だけが声を止め、俺に向けて自分のスマホを掲げた。
「仕方ないだろ。男の本能なんだから隠しはするけど無くせない。隙あらば狙うに決まってる」
全員に向かって言いながらヒナに視線を送って確認する。
するとヒナはOKとばかりに小さく頷いたのだった。
その後、俺達はバーベキューと釣りを楽しみ、山近くということもあって日が傾く前に帰路につく。
「あのグループはもう終わりだろうな」
「最後、男女の雰囲気ひどかったもんね」
「下品な話を垂れ流したのだから当然よ」
グループデート失敗というやつだ。
中学生なんだからきっと次があるさ。
「男の子達、誉のことメッチャ睨んでたよ」
晴香がニヤニヤしながら言う。
無理もない。
向こうから見れば年上の男に連れて来た女の子をかすめ取られたのだから。
「俺だってお前と風里を大学生とかに取られたら嫉妬で狂うかもな」
「えっ? あう……」
晴香が赤面したところで風里が足を止める。
「悪いけれどちょっと用事を思い出したわ。急ぐからタクシーで帰るわね」
風里はそう言って大通りの方に移動してしまう。
「え? まだ早いしこれからウチで……」
「察しなさいバカ」
それで晴香も気づいたのか困ったような照れたような表情で俺の腕を掴む。
「ねえ苺子」
「その話はまた後日ね」
それだけ言って風里はタクシーを止めて乗り込んでしまう。
そして晴香は無言のまま取り上げたXLを返却してくるのだった。
――3時間後 自宅。
「ホマ君遅いよー」
「ごめんごめん」
俺は紬に謝りながら席に着き、家族みんなで母の作った特製ハンバーグを食べる。
食事は家ですると言った時の晴香の少し寂しそうな顔は心に来たが、持っていったXLを全部使い切る奮闘で満足してくれたようなので良しとしよう。
事後の写真をとって風里に送ったら通報されそうになったのもご愛敬だ。
晴香のご飯は美味しいし一緒に食べるととても楽しい。
だがそれと同じぐらい家族で取る晩御飯も俺にとっては大事だ。
「なんだよアイツら……まったく」
ふと新がしきりにスマホをいじっているのが見える。
「飯の時ぐらいいじるのやめとけよ。あの姉さんだってやってないだろ」
「姉ちゃんは飯食うのに必死で他のこと考えられなくなってるだけだろ……今部活の奴からトークが来たんだよ。テスト直前なのに川遊びだってさ。バカだよなぁ」
それは偶然だな。
ちなみに新の中学の中間テストは来週かららしい。
「それで一緒に行った女子が高校生に絡まれてうざすぎたとか文句言ってんだよ」
「へえ、女子中学生に絡むとか悪い高校生もいたもんだ。新も気をつけろよ」
新は身長が低く体格も細めで中性的な外見だから心配だ。
「男の俺が一体何に気をつけるんだよ……」
「そりゃスケベな悪い女子高生とかエッチなお姉さんとか色々あるだろ」
新の食事する手が止まり少し考えているようだ。
「スケベな女子高生に襲われるとか何の問題も無――兄ちゃん!」
「自分で言ったんだろうが!」
母と紬の冷たい視線を受けた新が俺に責任を擦り付ける。
「それに新の外見だとあるいは男でも可能性がある」
俺は脳内で新に女の子の服を着せてみる。
弟でなければ十分に……うんいける。
「やめろよ! 背筋に悪寒走ったぞ!!」
俺は冗談だと笑いながら新の背中を叩く。
そこでハンバーグをつついていた紬が顔をあげた。
「ねえ新、部活の友達と女の子が川に遊びに行ってたんだよね? 今知ったような感じだったけど新は誘われなかったの?」
新は机に倒れ込み、俺は新を抱き締めながら紬の頬っぺたを引っ張る。
こうして楽しい食事が終わったのだった。
「さて今日も楽しかった。最後まで良い人貫けたしな」
自室に戻った俺は頷いてからベッドに入り目を閉じた。
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5月29日(土)【裏】
田和デンタルクリニック
俺は目が覚めるなり跳ね起きて全ての窓から周囲の状況を確認する。
「異常なしか。出発するぞ。足を引っ張ったら即座に捨てていくからそのつもりでいろ」
俺は目を赤く腫らしているチャラ男と女子高生を睨んで言う。
新都を駆け抜ける中でフォローなんて出来ない。
こいつらがドジを踏んだら本当に迷い無く置いていくつもりだった。
こいつらは俺の守るべき仲間ではなく俺は善人ではないのだから。
俺は松野の嫌悪感すら感じる笑みを受けながらビルを出るのだった。
『表』
主人公 双見誉 市立両河高校一年生
人間関係
家族 父母 紬「直球」新「大泣」
友人 那瀬川 晴香#26「ぐったり」三藤 奈津美#5「熟睡」風里 苺子「友人」江崎陽助「友人」高野 陽花里#1「ムラムラ」上月 秋那#14「エッチなお姉さん」キョウコ#2 ユウカ#2「アホ」
中立 ヨシオ「暇」ヒナ「中学生」
経験値137