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第72話 鬼の一夜漬け① 5月25日

5月25日(火)『表』

朝 教室


「もうダメだろこれ」


 俺は席に着くなり頭を抱える。

とうとうテストが明日に迫ってしまった。


「今日は昼までだから一日がっつり勉強できるだろうけど、それでも足りないか?」


 陽助がテスト範囲を確認しながら言う。


「そんなレベルの問題じゃねえ。お前が見てるプリントでテスト範囲把握したぐらいヤバい」

 

 もっと具体的に言うと左側の眉毛が麻呂のまま大学にいってしまった紬ぐらいヤバい。


『起きたら何故かお口すっきり歯も綺麗! 怖かったけど歯医者さん行くと違うねっ!』


 なんて嬉しそうに笑うものだから言い出せなかった。

一応トークに謝罪コメントを3つも送ったので許されるだろう。


「ちなみにお前らの勉強状況は?」


「風里によると那瀬川はゲームし過ぎでやばい、三藤は元々あんまり成績が良くなくてやばい、今日ラストスパートだとさ。俺は普通かなヤバくはない」


 女の子達も厳しいとなれば頼って足を引っ張る訳にはいかない。

何しろ俺はほとんど何もやっていないレベルだから教え合うなんて状況にないのだ。


「もう一夜漬けしかないか。他のクラスのノートをコピーさせて貰わないと……Bは奈津美、Cは晴香として……出来ればD組とE組のノートも欲しいな。陽助知り合い居ないか?」


「お前の一夜漬けはやり方おかしいんだよなぁ。まあ放課後までに頼んどくよ」


 そんな会話をしている俺達へ、教室の端からどんよりとした雰囲気が伝わって来る。

 

「向こうの悪女共もお前並にダメみたいだな」


「ふむ……」


 俺は頭の中で軽く計算して席を立つ。



「キョウコ、中間テストどう?」

「聞くまでもないでしょ……停学で親と揉めまくっててそれどころじゃなかったし。ユウカもでしょ?」  


 どんよりと沈む2人。


「ウチの親公務員じゃん? あの事件の動画、職場でも知られてたみたいでガチ切れされてさ。この上、留年なんかなったらマジで家追い出される……」


「アタシも似たようなもんだし……どうしよ」


 ちなみに両河高校の赤点は平均点の半分だ。

平均点が50~60らしいので概ね30前後ぐらいがラインになるそうだ。

そして年間で3回赤点とったら留年になる。


「最悪死ぬ気で追試やればいける――」

「わけねえだろ」


 俺はキョウコの言葉を遮って会話に割り込んだ。

 

 両河高校には3回以上赤点をとっても追試に合格すればセーフという救済措置がある。

ただし追試の合格基準は一定ではなく学校や教師の一存でどうにでもなってしまうのだ。


「学校からお前らへの心証は地獄みたいなもんだぞ。追試になったらほぼ落とされると思っとけ」


「「そんな……」」


 俺は再び2人の言葉を遮る。


「で、ここからが話なんだが」





 テスト期間中の短縮授業が終わった昼過ぎ、俺達は新都の端に来た。


「えっと、ここのビルの3階……」


 『俺達』はいつもとは違って俺とキョウコとユウカだ。

もちろん遊びに来たわけじゃない。目的は勉強だ。


「でも、あんまそういう部屋じゃないって言うか……ぶっちゃけ他の部屋でやった方が……」


「泊まり込みでやるのにお前らの家には行けないだろ。んでもって俺の部屋にお前ら入れたくない」


「ひでぇ……」

 

 それに紬が眉毛とか色々なことで騒いで多分勉強にならないだろうしな。



 キョウコに案内された部屋のカギを開ける。


「ふむ」


 平凡なワンルームには安っぽいソファとテーブルそしてベッド、家電は小さな冷蔵庫が一つだけ。

テーブルには酒の缶が散らばり、ベッドにはシワだらけでシミのついたシーツ。


「えっと別の人の名義で借りてる部屋で契約が今月末まで残ってて……秘密基地……みたいな?」


「嘘つけ、ヤリ部屋だろうが」 


 キョウコがきゅうんと変な声を出す。


「ま、勉強するにも役に立つからいいけどな」


 俺はテーブル上の空き缶を払い除け、素早く参考書とノートを広げる。


「本当に勉強教えてくれるんだ」

「ぶっちゃけ半分ぐらい騙されて襲われるかと思ってた」


 俺は余計なことを言わずにさっさと座れと促す。



 こいつらと勉強する理由は3つある。


 一つはこのまま捨てるのは可哀そうだという純粋な善意。


 一つは女が傍に居た方が捗るので、俺の勉強にも利用したいという利己心。

こいつらなら強引に付き合わせても罪悪感が湧かないしな。


 最後の一つは恩を売って懐かせれば近いうちにまとめて食えそうだという下心だ。


「まず基本確認。今は13時、この部屋を出るのは明日の7時だから……」


「へ? 泊りがけで勉強すんの? 夜までかと……」


 俺はキョウコの鼻を指で弾く。


「逆に3時間ちょっと勉強して赤点回避できると思ってるのか?」


 黙ってしまうキョウコ、よろしい続きだ。


「タイムリミットは18時間。そのうち5時間は寝るから実際に使える時間は13時間だ」


「ここまでやんのに徹夜しないんだ?」


 ユウカの質問には合理性があるので鼻は摘ままず答えてやる。


「明日で全部決まるなら徹夜でもいいんだけどお前らどうせ全教科やばいだろ。人間が寝ないで思考力を維持できるのは気を張って24時間だ。だから眠らないと仕方ない」


「えーまさか金曜までずっと勉強すんの!? いってぇ!」


 やっぱりユウカの鼻も思い切り摘まんでやる。


 さて話を戻そう。


「使えるのは13時間。明日のテストは日本史、英語、科学、古文の4教科。当然だが今更普通に勉強してたら絶対に間に合わない。ヤマ張って暗記するしかない」


 俺はテーブルにノートのコピーを広げる。

持っていたやつから小テストもコピーさせてもらった。


「これ同じようなこと書いてあるけど?」


「同じ授業のノートをAからEクラスまで集めてきたんだから当たり前だ。分析するから30分待て」


 俺はコーヒーを飲みながら無言でノートを見比べる。


「えと、勉強しないの?」


 ユウカが不安げに言うが集中しているので返事はしない。


「……コンビニで飯でも買って来ようか」


「俺はパスタ弁当で。あとどっちかは残れ。女子が近くに居た方が匂いとか色々あって集中できるから」


「あ、はい」


 必要最小限の返事はする。


 

 そして30分後、俺はノートにダッと赤い丸をつけていく。

概ねこんなところだろ。


「ヤマ張るのにそんな時間かけなくても」


「ただでさえ時間ないとか言ってるのに」  


「いいから丸つけた場所を全部覚えろっての」


 ヤマを張るにも精度がある。

単にあてずっぽうでは外れたら全員そろって赤点だ。


 貴重な30分を使って俺がやったのは同じ授業ごとの各クラスの比較だ。


 各クラスごとの授業ノートを見比べてブレのある部分を排除し、教師が重きを置いている部分を割り出していく。例え一クラスでも扱いの軽いものがあればその部分は優先度を下げる。


 教師の思考をトレースして『出題したがっている』場所を割り出すのだ。

いくつか見抜いてパターンがわかれば、より手掛かりの少ない部分でもあたりがついてくる。

相手の出方を読むと言う意味では勉強というより麻雀や将棋に近いやり方だ。


 ちなみに麻雀で風里を押し込んだ時も同じようなことをした。

奈津美のハチャメチャプレイに粉砕されたけどな。


「ノートではこっちの方に重要のマークついてるけど覚えなくていいの?」 


 俺はユウカの指摘した場所を見て頷く。


「授業での密度と小テストから判断して、その教師は思想が結構偏ってるんだよ。だから教科的には重要な部分だけど多分テストには出して来ない。今はスルーでいい」


 キョウコが複雑そうな顔をする。


「そんな勉強法でいいのかよ……まともにやって来なかったウチが言うのもなんなんだけど」


「ええいうるさいアホ共。いいから丸つけたとこだけ覚えろ。全部覚えてから文句言え」


 2人に悪態を吐きながら両親に『知り合いと泊まり込みで猛勉強する』と伝えておく。


 というか紬からの激怒トークが来ないな。

まだ気付いてないのか……いやいやまさか、もう夕方近いぞ。




――その日の『裏』


『表』とは対照的に何も進展せず、されど危機も起きずにつつがなく過ぎた。

気になったのは眠る間際に聞こえた気がする会話だけ。


「手とか口でもいいから……今日も僕に向けないように我慢して可哀そうだよ。」


「経験ないから踏ん切りが……というかアオイ君なんでそういうの知ってるの?」


「前の拠点じゃ女の子と普通にシてたから……僕の前でも」


「こいつ……」


 夢と区別がつかないがどっちだったのだろうか。





翌日『表』


「では始め」


 教師の言葉と同時にテストが始まる。


 クラス中が同時にプリントを裏返す。

次の瞬間、キョウコとユウカが目を丸くして俺の方を見た。

カンニングを疑われるから前向いてさっさと解けと睨みつける。


 そして心の中で少しだけガッツポーズをする。


 ヤマは見事にクリーンヒット。

問題の9割が見込み通りだ。


 暗記抜けやケアレスミスを考えても俺はこのうちの9割、あいつらも6割は正答するだろうから完全に安全圏だ。

 

「双見ぃ……」

「お前すげぇよ……」


 テスト終了後、2人が心底ホッとした顔で寄って来る。

悪女とはいえ悪い気はしないな。


「んじゃ上手くいったから息抜きにカラオケにでも」

「いいじゃん! パフェも食べようよ!」


 俺は2人の頭をはたいてからピアス付きの耳を引っ掴んで勉強部屋に連行した。



  

「明日の科目は『地理』『漢文』『生物』『OCオーラルコミュニケーション』だな。地理と生物は昨日と同じ方法でいく。漢文は教師の傾向からして半分はこのページから出るから1ページ丸ごと覚えろ。問題はOCだな……」


 英語の聞き取りはさすがに暗記ではなんとかできない。


「ところでオーラルって単語聞くとエロセンサーが反応してちょっとワクワクするよな」


「「へ?」」


 いかにもやりまくってそうな2人に本気で首を傾げられた。

なんでもない忘れろ。


「あーアタシ英語は普通に聞き取れるわ。前に外人の友達居てさ」


 ユウカが間延びした声で言う。


「そりゃラッキーだ……OCの先生は立場の弱い1年契約な上に今年結婚したばっかりだから学校の方針に忠実なはずだ。契約更新の決定権を握っている教頭は古いタイプの人間で教科書に沿って淡々とやるのを好むだろうから……ココとココだな。この例文も昔の英語教育受けた人間が好きそうな文章だ」


「その学問から離れたヤマの張り方はどうなのよ……」


 無駄口叩かずにさっさと暗記しろ。


「やばい……眠い……」


 ユウカが目を擦り始めたので鼻を摘まんで起こす。


「まだ夕方だろうが。眠いなら夕飯食べてから1時間仮眠しろ。その分夜の睡眠を1時間削るけどな」


 勉強のスケジュールは余裕がないどころか綱渡りだ。

寝落ちはもちろん、ボーっとする時間もない。


「うー、大丈夫だって双見も一緒にねよーよー」


 甘えた声を出しながら寄りかかってくるユウカ。

胸部が当たっているのもわざとだろう。


 俺は無言でユウカの胸をまさぐる。


「ふっ」

「笑うなし!!」


 怒るユウカを机に向かわせながらもう一度笑う。


 ユウカは奈津美より数センチ程度身長が大きいが胸の大きさは天と地の差だ。

小柄なことを差し引いてもかなりの貧乳と言えるだろう。


「奈津美と比べてんだろ! あんなでっかいのまずいないから!」


 怒るユウカを押さえて今度はキョウコが寄って来る。


「ならウチのはどうよ。結構あるでしょ」


 ニヤニヤしながら開かれた胸元を覗き込み、軽く撫でながらじっくり鑑賞する。


「全体的に肌きたねえなぁ……無理に日焼けしたのが良くないんじゃないか」


「ぐへっ!」

「ぷっ!」


 キョウコが仰け反り、ユウカが吹き出す。


「ほら遊ぶのは終わりだぞ。今日と明日で終わるんだからさっさと勉強しろ」


「「うぃー」」


 2人を押して元の席に戻す。

どさくさに紛れて尻を触ったがこの流れなら気付かれないはずだ。

ケツの形は割と俺好みだった。

 


 こうして2日目もなんとかノルマを達成した2人は崩れるように眠る。


「あとは6時半に起こして登校前の30分で暗記の確認……まあなんとかなるだろ」


 俺は強烈な眠気に耐えつつ軽くシャワーを浴びる。


 無駄な時間とも思えるけれど、シャワーできる環境があるとどうしても浴びたくなってしまう。

『裏』で我慢してる反動かもしれない。


「う……双見?」


 シャワーを終えたところで目を擦るキョウコと鉢合わせる。

トイレに起きたのだろうか、こいつらの秘密基地……という名目のヤリ部屋は風呂トイレが一緒だから仕方ない。


「もう終わったから使えよ」


 俺はタオルで頭を拭きながらキョウコの傍を足早に通り抜ける。


 だがキョウコは扉に手をかけたまま硬直して動かない。

なにやら下半身に視線を感じるが眠くてそれどころじゃない。


「お前もさっさと寝ろよー貴重な睡眠時間なんだから」


「は、はい。わかりました双見さん!」


 キョウコは何故か敬語で答えたのだった。

主人公 双見誉 市立両河高校一年生  

人間関係

家族 父母 紬「麻呂」新「爆笑」

友人 那瀬川 晴香#21「勉強 普」三藤 奈津美#5「勉強 普」風里 苺子「勉強 楽」江崎陽助「勉強 良」高野 陽花里#1「悶々」上月 秋那#14「暇」

中立 キョウコ ユウカ「鬼勉強」

経験値107



次回更新は明日夜予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 14っていつのまにそんなやってたのか笑
[気になる点] 紬ちゃんの反応よ(笑) 嵐の前の静けさか。
[一言] ツイートしなかったので気づきませんでした………快さんのせいですね……えぇ……はい……すみませんでしたぁ〜〜!
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