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第70話 わるい娘2人 5月24日

5月24日(月)昼休み


「おはよう陽助君。頼んでいたものはできているかな?」


「昼休みに何がおはようだ。張り倒すぞ」


 陽助は不機嫌な口調でノートを投げつけてくる。

やはり朝の3時に叩き起こしてノートを頼んだのは悪かったか。


「まあ肉を食わせれば機嫌も直るだろう」

 

「わざと口に出すあたり余計に腹が立つなぁ。というか歯医者で午前丸々休みってテスト前なのに度胸があるのかアホなのか……並の奴でないことはわかる」


 陽助はいつものように飴を差し出そうとしてやめる。


「俺が虫歯なら普通に放課後行くっての。姉の付き添いだよ」


「その方がおかしいだろ……」


 よく考えたらそうだった。


 しかし紬を一人で行かせたらエスケイプの可能性がある。

怖くて泣いてしまうかもしれないから心配だし。


「誉って家族にメチャクチャ優しいよな。俺達の年頃だと喧嘩しまくるのが普通じゃないか」


「まあなー」


 適当に誤魔化しながら席に着く。


 そして何気なく周囲を見渡して違和感に気付いた。


「なんか空気が変じゃないか?」


 誰かが喧嘩でもしたのだろうか?

軽くヨシオを見ると空気にあてられて静かにはなっているがアイツじゃなさそうだ。


「今日から停学あけたみたいでさ。ほらあいつら」  


 陽助が相手に気づかれないよう軽く目で差す。


 視線の先には俯いて一言も発さない女子が2人。


「ああ、なるほど」


 奈津美の偽りの友達、万引きを強要した悪い奴ら、俺が悪者グループごとぶっ壊して長期停学になっていた2人だ。


 停学が終わって今日から登校だったか。


「中間テスト受けられなかったらほぼ留年確定だろ? だから温情で解いてくれたんだろうけど……無理っぽいな」


 耳を澄ませると周囲のヒソヒソ話が聞こえてくる。


「マジで登校してるし。無期停学って実質学校やめろってことじゃないの?」


「校外のやばい奴らとつるんで万引き常習だったんだろ? なんで退学ならなかったんだろ……」


「B組の三藤虐めてた動画見たか。タチ悪すぎだろ……逮捕されてないとおかしいって」


 まあこうなるな。

最後の動画は俺の捏造品も含まれるだろうが、それを差し引いても彼女達の悪行は相当なものだ。

針のむしろなのは仕方ない。


「朝からずっとこんな感じだからな。まあ俺達がかばってやる道理も義理もないけど」


 陽助の話を聞きながら俺は2人を観察する。

正直2人セットで奈津美の敵ぐらいの認識だったから名前も曖昧だ。

確認しておこう。


 二人の名前はそれぞれ『キョウコ』と『ユウカ』だ。


 キョウコの方はやや背が高く日焼けして金髪、短気で乱暴そうなわかりやすいDQN系だ。


 ユウカの方は背が低く色白で黒髪、真面目そうに見えるが性格がとても悪いネチネチと誰かの悪口を言ったり仲間外れにして笑うようなタイプだ。


 どちらも俺の好みではない。



 俺が分析している間もヒソヒソ話は続いている。


「どうせまた何かやらかすでしょ。キョウコとか見た目もしゃべり方もヤカラじゃん」


「ユウカも嫌味で性根曲がってるもんね。大人しい子に万引きさせて裏で笑うとかほんとイメージ通り」


 音量的に本人達に聞こえてるよな。


「一緒に居た男とか強盗で逮捕されたんでしょ? あいつらも絶対余罪だらけだって」


「金遣いも荒かったしさ。普通に売春とかやってたんじゃねーの?」


 そこで椅子を蹴り飛ばしてキョウコが立ち上がる。


「ウリなんかやってねーよ! 聞こえてんだよお前ら!!」


 教室は一瞬静まりかえったがキョウコが椅子を直して座ると再びボソボソと始まる。


「こっわ。今度は暴力事件とか起こすんじゃね?」


 キョウコはユウカと何事か囁き合い、また俯いてしまった。



「ふむ……」


 俺は二人の様子を見て少し首を傾げる。


「どうした? 今更罪悪感でも感じてんのか?」


「いや全然。ただ気の毒だとは思う」

 

 2人がこうなったのは当然の報いだし、仮に時間が巻き戻っても俺は躊躇なく同じことをするだろう。

その上で気の毒だとも思う。


 そこで2人が目配せして席を立った。

ヒソヒソ声に追いかけられるように教室から出て行く。


「ちょっと行ってくる」


 俺もなるべく目立たないように席を立った。


  

 2人が向かったのは人気のない屋上への階段だ。

便所とかでなくて良かった。


 キョウコが壁をトンと蹴る。


「うぜえなあいつら! ウチらが停学なる前はビクビクしてたくせに! 何もできないと思ってよぉ!」


 キョウコはイメージ通りのDQNっぷりだ。

反対にユウカのテンションは非常に低い。


「てかキョウコ怒鳴ったりしないでよ……また浮いちゃったじゃん」


 ユウカは半泣きになっている。


「……マジつらい。みんなにバカにされるし先生連中の辞めろオーラもやばいし……アタシもう学校きたくない」 


「でもここで学校までやめたらウチ親に捨てられるわ……」


 キョウコも肩を落としてしゃがみ込む。


「勉強もまるでついてけないし……ノート見せてもらうとかも無理っしょ」


「これで留年なんてなったらもう人生終わりじゃん……しにたい」


 2人はもう半分泣いている。


「逆上して奈津美に何かするメンタルじゃないな。それは良かった」


 そうなったら完全に排除しないといけないと思っていたので安心した。


「さてどうしよう」


 すすり泣く女の子を見て心が痛まないはずがない。


「自業自得だし好みでもないけどちょっとぐらいはフォローするか。秋那さんに言われたこともある」


 俺は頷いてその場を離れた。



 そして5時間目の休み時間。


「よ」


 俺は相変わらず無言で机に突っ伏しているキョウコ、ユウカ2人の隣に座って声をかける。

椅子の主たる柔道部員は青い顔で便所に駆け込んでいたので休み時間中は戻ってこないだろう。


 周囲のヒソヒソ話は唐突に止まったが肝心の2人が反応してくれない。


「おうい」


 重ねて言いながら2人の脇腹をちょちょいとつつく。


「ひょん!」

「ふぎっ!?」


 2人は過剰すぎる反応で俺に意識を向けた。

意識的に周囲の声をシャットアウトしていたのだろう。


「今の声はちょっとムラっと来たぞ。お菓子食うか?」


 聞きはしたが返事は待たず机にチョコポッキーを並べる。

ちなみにこのお菓子は歯の治療を終えた直後に購入するという暴挙を犯した紬から没収したものだ。


 2人は目を丸くして動かないので口に一本押し込んでやる。


 遠くからではわからなかったが、どことなくやつれて目の下のクマも化粧で隠せていない。

かなり憔悴しているのがわかる。


「お前……双見……?」

「あんたって確か奈津美の……」


 さて2人は俺がやったことにどこまで気付いているのかな。

一応どれならしゃべっても良くて、どれはダメなのか頭の中で整理しておく。

改造スマホ系は色々グレーなのでダメだな。


「お前らとも初めてじゃないぞ。便所に行きまくっておでん食ってたの実は俺だからな」


「なっ!? じゃあてめぇが――」


 キョウコが激昂して俺に掴みかかろうとする。

もし彼女達を排除したいなら大人しく倒されて頭でも打てば完璧だが今回はそんなつもりではない。


 俺は振り上げようとするキョウコの腕を体の前で掴み、力を込めてゆっくりと、何事も無かったかのように机の上に戻す。

いかにキョウコが乱暴でも男女の力の差がある上、予期もしていたので簡単だ。


「もうちょっと考えろよ。停学あけに喧嘩とか退学一直線だろうが……」


 言いながらお菓子をキョウコの口に入れる。


「……ウチらこんなになってんの双見のせいなの?」


 ユウカは手こそあげないものの、俺をじっと睨みつけてくる。


「1割ぐらいはそうかもな。残る9割は自業自得だ。冷静に思い出してみろ」


 ほれとユウカにもお菓子を差し出すが振り払われた。

これも予期していたので宙に舞った菓子を反対の手で掴む。 


「俺は奈津美を助けただけだからな。今さらお前達になにかしようとも思わない。孤立して辛いなら話相手ぐらいにはなるぞ」


 言いながら再びお菓子をユウカに差し出すと、今度はグロスで光る唇が小さく開いた。 


「……ウチらのこと憐れんでんの?」


「うん。ずばりそう」


 即答しつつ、また振り上げようとしたキョウコの手を押さえる。


「だから暴れるなって。まあ、どうしても話したくないって言うならもう関わらないけど」


 2人の動きが止まる。

どうやら即拒絶はできないようだ。

陽助から奪った飴でさらに懐柔しよう。


「あとお前に一つ言いたいことがあってな」


 真剣な調子で言うとキョウコの顔が強張る。

やはり強がってはいるが結構ビビりのタイプか。


 俺は真面目な顔のまま続ける。


「お前スカート短すぎだろ。普通に中身見えてるぞ」


 キョウコの肩がガクっと落ち、呆れか安堵か溜息が漏れる。


「……なんだよそれ。てか見てんじゃねえよ」


「俺は男だぞ。見えてる以上は見るに決まってんだろ」


 キョウコにアホだスケベだと言われながら笑っていると、ユウカが不安そうにこちらを見ている。


 なるほどユウカは自分が話に入れず孤立するのを怖がるタイプかな。

ならば今の状況はさぞ辛いだろう。


「お前は胸元開きすぎてるから近くに立って見下ろせばワンチャン先端が――」


「は、はぁ!? ばっかじゃないの。双見マジで最低のスケベじゃん」


 俺を罵倒しながらもホッとした顔を見せるユウカ。

見立てた通りでほぼ正解のようだ。


 そこで授業開始のチャイムが鳴り、俺はお菓子の残りを2人の口に押し込んで席に戻る。


「お前、むせるだろ!」

「女子の口にねじ込むとかマジあり得ない!」


 盛大に文句は言われたが今にも死にそうなどんよりした雰囲気はなくなっていた。

まあこんなもんかな。 

 


 そして放課後。

テスト直前だけに部活はない。

足早に帰宅する生徒もいるが、多くの生徒は教室に残ってテスト勉強の進展を確認し合ったり、一緒に勉強する仲間同士で合流したりしているようだ。


「双見ぃ……」

「よ、よっす」


 そんな中、キョウコとユウカが俺と陽助のところにやってくる。


「早速寂しくなったのかよ。早いなおい」


「ち、違うし!」

「調子のんな!」 


 二人は俺の席の前に立つ。

普段ならさりげなく椅子を貸してくれる陽助だが、この2人には思うところがあるようで座ったままだ。


「その……ウチら今日の数学とか勉強どころじゃなくてさ」

「できればノート……とか教えて貰ったりとか……」


 陽助がどうするんだと俺を見る。


「無理だな」


拒絶の言葉に2人が過剰な程にビクつく。

上げておとされるとか心を破壊にきてそうだがそうじゃないんだ。


「俺もわからん。なにしろ今日も午前丸々いなかったからな。歯医者行ってたんだ」


「「は?」」


 こいつらは自分のことでいっぱいいっぱいで俺が居ないなんて気づかなかっただろうが。


「歯医者って……なんで朝から歯医者……ウけるし!」

  

 紬が痛い痛いと騒ぐのだから仕方ない。


「しかも午前丸々とかサボりすぎ! どんだけゆったり構えてるんだっての」


 2人のことを良く思っていない陽助も改めて笑っている。


「ちなみにテスト明けにも歯垢除去の予約をしたんだ。受付と衛生士、先生まで全員巨乳の歯医者だぞ。信じられるか?」


 嘘ではない。

ヒイヒイ言いながら治療を受けていた紬の顔に先生と助手の胸がどっかり乗っていた。

もしあれが俺だったらと考えるだけでワクワクが止まらない。


「双見スケベ過ぎんでしょ……こんな奴だったの?」


「なんか身の危険感じるかも」


 俺は体を隠す不良娘2人に大丈夫だと仕草で示す。


「そこは安心してくれ。お前らはあんまり好みじゃないから」


「「はあー!?」」


 騒ぐ声に力が戻って来たようだ。

まあこれぐらいのことはしてやってもいい。

同じクラスの縁があるし何より女子だからな。

本当に全然好みじゃないけど。



 ふと周りの視線と囁きが聞こえてくる。


「なにあれあいつら仲良いの? 仲間とか?」


「いや……双見達とあいつらが話してるのなんか初めて見たぞ」


「双見って三藤さんと仲良いんでしょ? それがなんであの2人と……なんか裏があるのかな?」


 

 俺達まで巻き込まれてしまったかなと思った時、教室に晴香と奈津美が連れ立って入って来る。

そして奈津美はキョウコとユウカの顔を見るなり凍りついたように固まった。


「おっと奈津美が怖がるからお前らもう帰ってくれ」

 

「なにそれ」

「アタシらなんだと思ってんの」


 俺はいいからと手を振る。


「お前らより奈津美の方が好みなんだよ。んじゃまた明日な」


「「「ひでぇ……」」」


 2人に加えて陽助まで同じことを言う。


「んだよクソ……せっかく話かけてやったのに」

「ぜってえ乳見て言ってるし……」


 ぶつくさ言いながら大人しく帰っていく2人。

きっと帰り道は俺の悪口で大盛り上がりのはずだ。

下を向いて無言で帰るよりずっといいだろう。


 周囲の声も続いている。


「……だってさ」


「つまり単に双見は三藤さん優先キープした上で、あいつらにも粉かけてるだけってこと?」


「さいてー」


「真面目そうな顔して双見のスケベ度やばいよな」 



 ははは、陰口の矛先がこっちにきた。

白刃取りしてやろうか。 



 その後、俺はおどおどしながら事情を聞いてくる奈津美の頬や髪に悪戯しながら華麗に話を逸らし、ウダウダの末にファミレスで軽く食べて帰ろうと決めて教室を後にする。


 先行する晴香と慌ててついていく奈津美、風里からは『私はもう家で勉強中よ。アホ共はさっさと帰って勉強しなさい』とキツイ言葉も頂いた。



 そこで陽助がさり気なく近寄ってくる。

咄嗟に尻を隠すと膝蹴りされた後、奈津美に聞こえないように囁いてきた。


「なに考えてんだ? 今の状況で助け舟だしたら全力で縋りついてくるなんてわかってたろ」


「かもな」


 簡単に答えると陽助は首をゆっくりと振る。


「誉は割り切り早いな。ぶっちゃけ俺はまだあいつらが三藤にやってたこと許せねえわ。話しかけてきても笑顔で応対する自信ねえぞ」


「別に親密になれとは言わねえよ。ただ総スカンの状態が収まるまで話し相手になってやるぐらい良いだろ」


 陽助はやれやれとばかりに肩を竦める。


「ああいうのは誉の好みじゃないと思ってたんだけどな」


「全然好みじゃねえよ?」


 顔も性格も全然タイプじゃなかった。


「でも食べられそうなら?」


「食べちゃう」


 思わずノってしまってから陽助の頭を叩く。


 ふと行為の後の微睡みの中で秋那さんに言われたことを思い出す。


『良い男になるのに必要なのは沢山の経験だよ。とにかくヤれそうな子は全部食べちゃいなさい』

 

 思い出しといてなんだがひっでぇアドバイスだな。


 呆れたように笑っていた陽助の顔が真剣になる。


「もしまたアイツらが三藤に何かしたらどうするんだよ」


「それをやったら終わりだ。潰す」


 当たり前のことを聞かれて即答すると陽助の顔が少し引きつった。

 

 キョウコとユウカに手を差し伸べた理由は『クラスメイトの縁』『あわよくば食べる』の他に実はもう一つある。


 俺はこれから『裏』でかなりひどいことをする。

だから『表』では偽善者っぽくとも寛容な優しい男でいたかった。


 これは誰にも言わないけどな。

主人公 双見誉 市立両河高校一年生 勉強(無) 

人間関係

家族 父母 紬「治療済」新「弟」

友人 那瀬川 晴香#21「勉強(普)」三藤 奈津美#5「勉強(不調)」風里 苺子「勉強(最良)」江崎陽助「勉強(良)」高野 陽花里#1「悶々」上月 秋那#14「アドバイス」

中立 キョウコ ユウカ「懐き」

敵対 タカ君「陽花里彼氏」

経験値107

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『良い男になるのに必要なのは沢山の経験だよ。とにかくヤれそうな子は全部食べちゃいなさい』 笑ってしまいました! お前が言うなと! せっかくのいい言葉なのに説得力ゼロじゃないですか! そ…
[良い点] これがエイギル因子か・・・
[一言] キョウコとユウカに限らず初対面の女の子には目を細めてニコニコしながら話してるイメージがww
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