表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/112

第69話 真の悲しき過去 5月23日【裏】

5月23日(日)【裏】


「私の拠点を詳しく知りたい?」


 俺は頷き、残り少ない水をタイコさんに飲ませる。


 俺の筋肉痛は概ね治っていた。

反対にタイコさんは骨折したまま動いたせいか微熱が続いている。

決して良い状態ではなく安静にしないといけないが話ぐらいはいいだろう。


「両河ニューアラモレジデンス。25階建て161戸、エレベーター3基の中規模タワーマンションで竣工は4年前。屋上には高出力のソーラーパネル有り。俺が知ってるのはこれぐらいです」


「わ、私より詳しそうだけど……」


 マンションの情報は『表』でネットを使えばすぐわかるから問題ない。


 だから聞きたいのはガワよりも中身の情報だ。

どんな奴が居てどんな社会になっているのか。


「……雰囲気はあんまりよくないかな。私が新参だからかもしれないけど、古参の人の態度が大きいと言うか、新しく入った人にはなにをしてもいいと思っていると言うか……言い方は悪いけど奴隷みたいに思っているのかも」


「あるある。本当によくある」


 昔のことを思い出して腹が立って来たがここで怒っても仕方ないので我慢する。


「ひどいね……でもそんなことしたら中で喧嘩になっちゃわない?」


 アオイがひょっこり顔を出して聞く。

頬を撫でるとフワッと笑ってくれた。


 タイコさんは困った顔で俺を見る。

生々しい話をアオイに聞かせても大丈夫か、と言う意味だろう。

俺が頷くとタイコさんは話を続ける。


「古参の人達もそれはわかっているから新規の人は少しずつしか入れないの。基本的には調達なんかで欠員が出たら入れてやる……みたいな感じだね。人数が違うし見たと思うけどクロスボウなんかも持ってたりするから、喧嘩なんてしたらすぐに追い出されちゃうよ」


「追い出すって……こんな場所でそんなこと……」


 居住者タワーズの『追い出す』はほぼ処刑と同じ意味だ。

実際にぶっ殺して放り出す場合もあるようだが、結果はほとんど変わらない。


 アオイの手前言わなかったのだろうが、付け加えるなら新参同士が親密になる前に数が減り、別の新参がはいって人間関係やり直し、団結できない仕様になっているのだろう。


「上層部圧政型だな。まあまだマシかな」


 感情だけで動く劇場型だったり、神様的な謎の一体感に包まれた拠点だったらアオイの安全確保という目的を果たせない。こういうタイプは結構な確率で総崩れをやらかすから。


 上層部や古参が他を押さえつけるタイプは扱いにこそ腹が立つものの、考え方がわかりやすいので対処のしようがある。


「人数はどれぐらいです? できれば古参と新参に分けて教えて貰えると助かります」


「古参の人が30人。新参が10……私を抜いたらもう6人かな」


 なるほど。


「物資は潤沢ですか?」


「ううん。食料と水が不足気味だから毎日のように調達に出ないといけなかったの。まあ行かされるのは新参の人ばかりなんだけど。古参の人で外に出るのは隊長の松野さんぐらいかな」


 頭の中で計算する。

30人分の食料水を維持するために調達に出るのが6人……安定して物資を得れる場所を知っていると考えてもギリギリのラインだ。


 道が見えてきたな。

血塗れになりそうだが。


「ちなみに拠点の防御はどんな感じですか?」    


「ずっと前にゾンビ――怪物が折り重なって窓から侵入されたことがあったらしくて、それ以来バルコニーは5階まで全部封鎖されて階段も破壊済み。居住部分には地下駐車場から入ってエレベーターで行く感じ。ソーラーと蓄電池が生きているからまだ動くの」


 良い場所じゃないか。

万が一拠点が怪物に囲まれても出入口が地下ならこっそり抜けることも不可能ではない。

下手を打って入口まで怪物を引き連れて戻ってしまってもエレベーターをあげてしまえば危険はない。


「あとは……ああ。マンション内にクリニックが入ってて基本的な医薬品が全部――」


「素晴らしい。決まりだ」


 医薬品の調達難度は間違いなくSSだ。


 家庭薬程度なら民家からでも見つかるが医療機関で処方されるような薬は薬局か病院にしかなく、言うまでもなく取り尽くされてしまっている。

食あたりや傷の化膿からでも即座に死が見えてくる『裏』の世界で薬の存在はあまりに尊い。


 多少の難がある拠点でも向かう価値があるし、あるいは多少ならざる汚い手を使う価値もある。


 満足そうに言う俺へタイコさんは困ったような目を向けた。


「……紹介してあげたいんだけど、さっき言った通り私も新参者だから古参の人は聞いてくれないと思うの。それどころか怪我をして動けないんじゃ私が帰っても入れてくれるかどうか。役に立てなくてごめんね」


「ん?」


 俺は申し訳なさそうにいうタイコさんに向かって首を傾げる。


 最初からタイコさんの紹介で入れるとは思っていなかった。

彼女が隊長とかそういう立場なら一応頼んでみるかもしれないが。


「圧政型の居住者タワーズ相手にお願いして入れてもらえるなんて期待していませんよ。強引に入れさせます」


 拠点の場所、人数構成、物資の枯渇状況、タイコさんに聞けば他の情報も出るだろう。

これだけの情報が揃っているならなんとでもやりようがある。


「アオイ。ちょっと喉が渇いたから綺麗な水をもってきてくれないか?」


「うん! わかった」 


 アオイは頼られたのが嬉しいのか、足取り軽くバケツに向かい、溜めた水の上澄みを丁寧にすくい始めた。


「タイコさん」


 アオイを遠ざけたのに気づいたのかタイコさんが僅かに緊張する。


「貴方達がよく調達に出る場所を教えてください。それから調達班の中で敵対的か邪魔だった人物……いや『死んでほしくない人物』が居るならそいつの特徴を教えてください」


 タイコさんの全身が強張ったのがわかる。

所詮自分を捨てて逃げた奴らなんだから戸惑わなくて良いさ。

全部俺が俺の責任でやるから。







 タイコさんが教えてくれた特徴をもう一度確認して目を閉じる。

よし完全に覚え込んだ。


「ねえ双見君……」


「教えませんよ。機密事項ですから」


 作戦は俺の中でほぼ完成した。

別にタイコさんに教えたところでなにも問題はないが教えれば彼女も知っていたことになる。


 彼女は『表』でも『裏』でも善人だ。

無駄に思い悩むことはない。


 ここは一つ話を逸らそう。


「お兄さん――タイゾウさんを探しているんですよね?」


 かなり無理やりだがスルーはできない内容だろう。


 タイゾウの名を出した途端にタイコさんの雰囲気は一変して決意の籠った声色となった。


「ええ、危険な新都に飛び込んできたのはその為なの」


 俺とアオイを見て頷く。


「私は兄が必要だし兄も私が必要だと思うの。たった二人きりの家族……必ず見つけ出す。絶対に、なにをしてでも」


 絶望的な状況で輝く家族愛に心打たれたいところなのに『表』で大変なモノをこぼしながら懸垂していたタイゾウの醜態が邪魔をする。


「兄は少し独善的だったこともあったけれど、決して折れない強い心の持ち主だから」

「うん、きっとそうだね。そうだといいね」


 ひん曲がってとんでもない方向にいってしまうことはあっても折れてはいないとしておこう。

そうしよう。


「だからきっとマチさんのことも立ち直ってくれるはず」

  

「マチ?」


 タイコさんは軽く首を振って続ける。


「兄の婚約者さん。結婚も決まっていたんだけど」

「お笑い芸人に……」


 タイコさんが首を傾げる。なんでもない。


「私と兄とマチさんの3人でいた時にアレが起きて目の前で……ね。兄は狂乱してゾンビの真ん中に突っ込んで行って、私はもうどうしようもなくて盛蔵さんと一緒に逃げるしかなくて……兄とはそれっきりなの」


 お笑い芸人どころじゃなかった。


「2人はいつも結婚したらいっぱい子どもが欲しいって話していたんだ。きっとアオイ君を大事にしていたのも……」


 寝取られエンドはトゥルーエンド、最悪のバッドエンドが控えていた。

まあ『裏』が『表』より良いことなんてほぼないのだが。


 そう考えるとぶっ壊れて下ネタマッチョになった表のタイゾウにも救いが……見えてこないか。


 どちらの世界でも善人のタイコさんと比べてタイゾウは扱いに困るな。

もう性格の違う双子と思って別々に処理しよう。

  

「でもあと一歩のところまで来た。絶対に生きて兄に会う!」


 タイコさんの気迫が伝わってくる。

この調子なら足もすぐ良くなるだろう。


 俺の方も気合いを入れないといけない。


 次の作戦、難しさだけなら今までよりマシだが精神的負荷がでかくなりそうだ。


 目を閉じ、タイコさんを見捨てて逃げた奴らのイメージを反復する。

奴らは彼女を捨てて逃げたクズ共、最低の奴らでどうなっても仕方ないと自分に言い聞かせる。


 邪悪なイメトレを繰り返しながら俺の意識は眠りへと落ちて行った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ホマ君ーホマおきてー。痛いよぉ……痛いよぉ……」


 体を揺すられて目を覚ます。


 意識を覚醒させた瞬間に感じたのは強烈な眠気だった。

時計を確認すると午前2時……眠いはずだ。


「どうしたんだよ姉さん……こんな時間に」


 ふらつく頭を支えながら半身を起こすと、紬が俺の腹にまたがっていた。


「歯が痛いの」

  

「お休み……」


 俺が横になると今度は顔面にまたがって来る。


「あーもう。夜中にバリバリお菓子食うからだろ。あんだけ歯磨きしろって言ったのに」


「次から気をつけるから! 今は本当に痛くて眠れないんだよぉ! なんとかしてよホマぁ」


 頬を押さえて涙を浮かべる紬。


「仕方ないなぁもう」

 

 俺は紬に鎮痛剤を飲ませ、氷嚢を顎に当て、ジュースを飲もうとした後頭部を叩く。


「朝一で歯医者行けよ。そんな調子じゃ大学行っても講義どころじゃないだろ」

 

「怖いからホマ君もついてきて」


 ひっくり返りそうになった。

なんで大学生の姉の歯医者に付き添わないといけないんだ。


「母さんに言ったら一人で行けって怒られるし……新は絶対バカにしてくるし……ホマ君お願い」


 朝一と言っても歯医者が開くのは9時半か10時頃だ。

予約もしていないと考えれば午前は丸々潰れる。


 午前の授業は確か数学と科学と英語だったか。


「テスト直前の授業なんだが……」

「ホマぁ……お願い」


 俺はまったく進んでいないテスト勉強と目の前で目をウルウルさせている紬を見比べる。


 結局俺は陽助をスタンプの連打とワン切り電話で起こし、焼肉奢りと引き換えに明日のノートを頼んだのだった。


『表』

主人公 双見誉 市立両河高校一年生 

人間関係

家族 父母 紬「虫歯」新「爆笑」

友人 那瀬川 晴香#21「勉強」三藤 奈津美#5「勉強」風里 苺子「勉強」江崎陽助「怒」高野 陽花里#1「彼氏と勉強」上月 秋那#14「エッチなお姉さん」

中立 元村ヨシオ「マンガ」北枝「トレーナー」タイゾウ「変態マッチョ」 

敵対 キョウコ ユウカ「復帰」タカ君「陽花里彼氏」

経験値107


【裏】

主人公 双見誉 放浪者サバイバー

拠点 新都雑居ビル8F 3人 

環境  

人間関係

同居

アオイ「お世話」タイコ「安静」

中立

風里2尉「観察」

備蓄

食料14日 水1日 電池バッテリー0日分 燃料0日分

経験値95+X



最近は淡々とした話ばっかりなのでそろそろ派手に動きたいところです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新が早くて嬉しいです ありがとうございます
[一言] 風里姉はまだ観察してるのね……いつ接触するのかなぁ?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ