第63話 誉の会「清」 5月21日
5月21日(金)朝 自宅
「うっし」
『裏』の今日はきつくなるだろう。
足を折った女性を支えながら新都を進まねばならない。
1人で夜を過ごしたアオイも限界だろうからこれ以上時間もかけられない。
「やれるさ」
自分に言い聞かせて俺はベッドから跳ね起きる。
「ホマ君、新ぁー朝ごはんできたよー。目玉焼きとスクランブルエッグの合いの子みたいなの食べてー」
台所から紬の声が聞こえる。
「……卵焼きとじゃなくてか?」
母親が紬を叱る声が聞こえてくるのが一層不安だ。
朝から食欲なくなる外見してないだろうな。
「おーい新、朝飯だぞ」
新の部屋をノックするも反応がない。
寝てるのだろうかとドアノブに手をかけると鍵がかかっている。
「まだやってるのか? タオル置いとくか?」
「してねえよ!! 気まずいから居留守使ってるんだよ! 兄ちゃんみたいにタオルいるほど出せねえよ!」
ドアが開いて新が飛び出す。
ついでに俺が昨日渡したエロ本が投げ返された。
「兄弟なんだから気にするなって」
「兄弟だからに決まってるだろ! 兄ちゃん姉ちゃんに見られるなんて悪夢じゃねえか!」
騒ぐ新の声に混じって一階から紬の声が聞こえてくる。
「ねえ母さん。新って体調悪いのかなぁ? 昨日も様子が変でさ、机に座って変な声だしながら両手で」
「アホ紬やめろぉぉぉぉ!!」
ものすごい勢いで階段を駆け下りていく新。
落ちて足とか折るなよー。
俺は新の部屋に踏み込んで窓を全開にしておいてやる。
そう言えば俺の部屋も奈津美の匂いが充満している。
母さんが気づく前に換気しておこう。
「紬の部屋からも変な匂いがするなぁ」
紬の部屋に入ってみると脱ぎ散らかされた服と散らばった本……いつもながらきったねえなぁ。
どう着替えたらブラがカーテンレールにひっかかるんだ。
そもそもあんなちっこいサイズならつけなくてもいいんじゃないのか。
「原因発見」
匂いの原因は食いかけのチョコバーだ。
4分の1ほどのサイズになったまま放置され、溶けて机に張り付いている。
傍にはタブレットと同じく飲みかけのコーラ。
行動をトレースしてみよう。
深夜机に座りチョコバーを齧りながらコーラを飲んでタブレットをいじる。
そしてそのまま寝落ち、コーラは机に零れてチョコバーは溶けた。
「簡単すぎて推理にもならない。歯を磨いてから寝ろって言ったのに食いながら寝てるじゃないか」
俺は脱ぎ散らされた紬の服を漁る。
もちろん変態行為が目的ではない。
「やっぱりついてた。床についたらまたくるぞ」
チョコが付着した寝間着のTシャツと短パンはさっさと回収して洗濯機に入れないといけない。
こんなだから紬の部屋だけしょっちゅう虫イベントを起こすんだ。
「ふふふ……今日だね」
台所に行くと何故か紬がニヤニヤした顔でこちらを見ているので鼻を摘まんでやる。
学校 教室 朝HR前
「おっはー☆ 陽助!」
「ホマちーおはおはー☆」
なんだこいつ朝から気持ち悪いな。
距離を取ろう。
「お前が始めたんだろうが!」
陽助に首を絞められながら席に着く。
「男2人でなにしてんだし」
鼻を鳴らしながらやってきたのは陽花里だ。
「おはー☆」
「まだやるのかよ」
どうせなので陽花里にも継続してみる。
「ばっかじゃねーの」
バカにされて顔に息を吹きかけられた。
ちょっと反撃してみよう。
「うっ……くさ……」
手で鼻を覆いながら顔を背けると陽花里の顔が強張る。
「うっそ、ちゃんとチェックしたのに!? 朝はサラダだけで……昨日の夜なんだったっけ」
慌てて自分の手に息を吐いて確かめる陽花里にこっそり近づく。
「隙あり」
「ひゃん!」
俺は陽花里の右耳に息を吹きかけ、続いて慌てて振り向く陽花里の動きをよみきって左側の首筋に強く息を吹きかけた。
「んあっ!」
陽花里の喉から耳の時よりも大きくて音程の低い声が漏れる。
「え、今のなに?」
「誰の声? 熟女の喘ぎ声みたいな……」
「誰だよー教室でエロ動画暴発させたやつーははは」
俺は無言で蹴りまくって来る陽花里に謝りながら陽助に貰った飴を差し出しておく。
「ったく。次こんなことやったら……こうだから」
陽花里は大きく舌を出して飴を一舐めしてから俺の口へ放り込む。
俺が親指を立てると陽花里はデコピン一つして席に戻っていった。
さてと。
「陽助。変な誤解はするなよ」
「誤解の余地がねえんだよなぁ」
「江崎君ー誉ーおはー☆」
そこで教室の扉が開いて晴香が入って来た。
やっぱりこの挨拶は女子高生専用なようだ。
もうHRまで時間がないが何か用事があるのかな。
ふと周りをうかがうと教室の男共が髪を整え直し、飛び出したシャツを直し、エロ話が歌や映画、ファッションの会話に切り替わる。
「いつもながら晴香が来ると教室の空気変わるよな」
「そりゃそうだ。毎日見て慣れてるかもしれんけど那瀬川の顔とスタイルってぶっ飛んでるからな?」
陽助がスマホで美人女優の画像を出す。
「ん、なに?」
目の前まで来た晴香と並べてみる。
誇張なく晴香が勝ってるよなぁ。
しかも晴香はまだ15歳でこれからもっと綺麗になる。
次に陽助はマンガ雑誌の巻頭グラビアを開き、これも晴香と並べてみる。
「胸はグラドルの勝ちかな?」
「いや晴香は制服でちょっと胸潰してるから水着になったら互角か勝つぞ。足の長さと腰のくびれ具合は圧勝――」
「うぉい!」
晴香は見比べられていたマンガ雑誌を奪い、俺と陽助の頭を一度ずつはたいた。
そしてムスっとした顔で雑誌を見ながら言う。
「私の方が5cm以上大きいから」
「「「「「マジかよ」」」」」
教室中から同時に同じ声が聞こえた。
みんなして聞き耳を立ててたのか。
斉藤グループの水谷がすごい舌打ちしてたぞ。
「だいたいこの体型でウェスト58なんてあり得ない……って今はその話じゃなくて」
晴香がひょいと顔を寄せてくる。
「今日、誉の家に行っていいよね」
また教室の雰囲気が変わった。
陽花里の雑談の声も止まる。
「ああ。XLどれぐらい残ってたか――ぐえ」
晴香にチョップを見舞われる。
「今日は違うっての! 奈津美と苺子も一緒だから!」
「ならXLはどっさり――ぐえ」
強めのチョップを見舞われる。
「江崎君もいるっての。今日の放課後……誉を慰める会を開催します!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
放課後 自宅
「ではこれより『誉を慰める会』――この浮ついたエロ男のどこを慰めるのか全然わからないけれど――を開催します。乾杯」
「「「乾杯」」」
「……おい」
悪意しか感じない風里の挨拶と共に5つのグラスが合わせられる。
男は俺と陽助、女は晴香と奈津美と風里だ。
「わざわざ俺の部屋でやらなくてもカラオケとかじゃだめだったのか」
「あははいいじゃん。一度誉の部屋見てみたかったんだー」
「私は自分の部屋以外ならどこでも良かったのだけれどね」
風里も興味無いように言いながら積極的に部屋を歩き回る。
クローゼットの上からベッドの下、ピンポイントで隠しそうな場所ばかり見て回るのはやめてくれ。
「ふむふむ……誉もこの漫画持ってたのかー。ゲームはこういうのが好きで……雑誌は……」
晴香も同じことをしているが本棚や戸棚など真っ当な場所なのでまだマシだ。
奈津美は俺のベッドにちょこんと座り、恥ずかしそうにしている。
そしてシーツに薄っすら残ったシミに気付いてたちまち真っ赤になった。
慰める会と銘打っているが要は皆で俺の部屋に来るのが目的だったのだろう。
「しかしこれはまた……」
大して広くもない俺の部屋に制服姿の女子高生が3人もいるのだ。
誰かが動く度にスカートがはためき、生足が輝き、髪が舞って香しい匂いが漂う。
本棚の上を確かめようと背伸びした風里の白い脇腹が覗く。
押し入れに体を突っ込んだ晴香の大きな尻が揺れる。
寝具を直すふりをしながら枕の匂いを嗅ぐ奈津美の柔らか巨乳が目覚ましに当たって形を変える。
「若い体が躍動してたまらんなぁ」
「おっさんかよ……」
陽助は勝手知ったるとばかりに本棚からマンガの最新刊を取り出す。
「今日は家の人誰もいないのか。奥さんまでいないの珍しいな」
「人の母親を奥さんとか呼ぶな」
言い慣れてそうな口調で非常に気持ち悪い。
「まあちょっとした策略でな……」
俺が言葉を濁したところで風里がテーブルに何かをそっと置いた。
「遂にネタがあがったわよ」
「うわっエッチな本だ!」
「ひぇっ」
晴香が興味津々とばかりに駆け寄り、奈津美も両手で顔を隠しながら近寄って来る。
「マジで探してたのか。女の子3人いるのに鬼みたいなことするよな……」
というかこれは新のために用意した本じゃないか。
「よしよし誉の性癖チェックを――あれ? このページ開かないよ」
「袋とじかしら三藤さんそこの定規を持って来てくれる?」
「ひぇぇ」
楽しそうだな、おい。
奈津美もひぇひぇ言いながら普段より素早いぞ。
しかし俺も良く見てはいないが袋とじなんかあったかな、あの本。
「いいのか?」
気の毒そうな顔で言う陽助。
はて……。
「うわっこれ袋とじじゃないよ! 糊みたいなのがついてガピガピになってたんだ」
「変な匂いのノリですね……あっ!」
「……わざとかしら双見君?」
奈津美は再び真っ赤になり、風里はウエットティッシュで手を拭きながら睨んでくる。
勝手に漁ったのは風里なのに理不尽じゃなかろうか。
新も汚した本をそのまま返したらダメじゃないか。
あとで注意しておこう。
そして熱に浮かされたような顔で指を舐めようとしている奈津美は後で真相がわかったらショックを受けそうだから止めておこう。
「では気を取り直してちょっと台所借りるねー」
エロ本をネタにしばし騒いだ女性陣は買い込んだ食材を持って台所に向かう。
「本当に手伝わなくていいのか?」
「うん。一応名目は誉を慰める会なんだからゆっくり待っててよ」
晴香がドッサリと言って良い量の野菜や肉などを見せる。
全然慰められてないどころか辱められた気までするが何も言うまい。
「えっと、サプライズも兼ねているので完成してから見て下さい」
奈津美がお洒落な高級スーパーでしか売っていなさそうな珍しい野菜をもって照れくさそうに言う。
まだちょっと指を気にしているけど舐めるなよ。
「まあ適当に待っていなさい。食べられるものは出すつもりだから」
風里の持っている食材は……ソレって料理のしようがあるのだろうか。
しばらく後――。
「はい召し上がれ!」
晴香がドーンと効果音がつきそうな料理をテーブルに並べる。
オムライスにハンバーグにシチューに唐揚げ……日常の食卓に上がりそうなものばかりだが、それだけに食欲をそそり、完成度も高くて思わず腹が鳴る。
「晴香さんすごいんです。手際が良くてたくさんのお料理がみるみる完成していくんです!」
奈津美が興奮気味に言うと晴香の大きな胸がグンと反る。
「普段から家事をしているだけあるわね。その外見でこの料理力……男はたまらないわね」
風里に褒められ晴香の胸が更に反る。
「だがまだ味を見ていない」
「くくく、見かけ倒しの可能性もある」
俺と陽助はあえて悪役風に言いながら晴香の料理に手をつけた。
それでも晴香の反り返った胸は揺れながらも揺るがない。
味にも確固たる自信があるのだろう。
そしてやはり美味い。
高級料亭のような味ではなく家庭の味としての逸品だ。
俺達の表情で勝利を確認した晴香はさあ褒めろとばかりにアピールしている。
俺と陽助は顔を見合わせ――。
「美味しいよママ」
「母ちゃんうまいよ」
「いきすぎてる! その手前で止まれ! 恋人か奥さんで止まって!」
一通り騒いで次は奈津美の料理だ。
「私は鈍臭いから晴香さんみたいにいっぱいは用意できなかったんですけれど……」
奈津美の料理はローストビーフとマリネサラダだ。
盛り付けまで丁寧に気を配ったレストランでも通用しそうな品は見るからに美味そうで高そうだ。
この野菜とか名前もわからないぞ。
「サラダ綺麗だよね。こんな丁寧な盛り付けと彩り……私にはとてもできないや」
晴香が褒めると奈津美は照れて小さくなる。
「ソースのかかり方までしっかり考えているわね。三藤さんらしい丁寧な仕事だわ」
風里が褒めると奈津美が更に小さくなる。
俺と陽助は一口ずつ口に運んでからグッと指を立てる。
少しだけ奈津美が大きくなった。
「で、風里は……どこまでも予想通りだった」
「まあ匂いでわかったしな」
「文句があるのかしら? 美味しさは保証されているわよ」
俺と陽助は風里が作った……いや焼いたスルメイカとホッケをつついて頷くのだった。
主人公 双見誉 市立両河高校一年生
人間関係
家族 父母 紬「帰宅を急ぐ」新「弟」
友人 那瀬川 晴香#21「家庭的」三藤 奈津美#5「繊細料理」風里 苺子「つまみ」江崎陽助「友人」高野 陽花里#1「クラスメイト」
中立 元村ヨシオ「クラスメイト」上月 秋那「不明」
敵対 キョウコ ユウカ「復帰間近」タカ君「浮気相手のの彼氏」
経験値82