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第61話 タワーズ② 綱渡りの脱出劇 5月20日【裏】

5月20日(木)【裏】


「颯爽と飛び込んで彼女を助けるヒーロー……といきたいが」


 正面は怪物だらけで論外、裏口からも数体入っていくのが見えたのでダメ。

あのビルは周辺で一番高いので屋上をつたうのは不可能。


 俺は目的地隣の雑居ビルのボロイ外階段を駆け上がる。

室内からは明らかに複数の呻き声が聞こえるが中には入らないので問題ない。


 そのまま屋上まで上り、貯水塔にロープを括りつけて反対側は腰に巻く。


「ここからだと6階の窓ぐらいか……」


 バラエティ番組で焦らす芸人の気持ちがわかった。

紬と見ながら早く跳べチキン野郎と悪態吐いていたのを少し反省する。


 しかし怖がっている時間はない。

裏口からも怪物が入った以上、女性が守るバリケードはもう無力だ。


 助走をつけて跳躍した俺は狙い通り、目標ビル六階窓に向かって飛び込んでいく。


「大怪我しませんように!」


 顔の前で腕をクロスさせながら、俺はガラス窓に突っ込み……弾かれた。


「どわぁ!」


 慌てて窓枠にしがみ付き、バールで窓を叩き割ってからよじ登る。


「……恰好つかないなぁ」


 誰か見てなかっただろうかと振り返ると対面のビル内にいた怪物と目が合った。

怪物は俺に向かって手を伸ばしながら歩き始め、割れた窓から落下して潰れた。

これで目撃者はいなくなったな。


 ふと遠くのビルの屋上で何かが光る。

目を凝らしたが遠すぎて見えないし、双眼鏡で確かめている時間もない。


 俺は腰のロープを外して窓際の配管に括りつけ、もう一度光った何かを睨みつけてから階段を探す。




「松野さん! ミコ! ねえ誰かこっちに来て! もう限界、破られてしまうわ!」


 一階のバリケードでは未だに女性が奮戦している。


 机や椅子、ロッカーなどを組み合わせた急造も急造のバリケードには数十体の怪物が押し寄せ、今にも丸ごと倒れてしまいそうだ。


 どれほど激しく戦ったのか足元には折れ曲がったバールが2本も転がり、女性は机の足と思われる棒で怪物を殴りつけて持ち堪えている。


 この状況で良く10分も持ち堪えたものだ。

大したものだがその努力は全くの無意味だった。


「どけ」


 俺は叫ぶなりバリケードに向かって走る。


「やっと来て――君だれ!?」


 女性を突き飛ばすように押し退け、勢いをつけたままバリケードを内側から蹴り倒す。

積み上げられた諸々が外に向かって崩れ落ち、巻き込まれた怪物たちはドミノ倒しとなった。

ほんの十秒ほどだが時間は稼げただろう。


「なんてことするのよ! バリケードを壊したら奴らが――」


 叫ぶ女性を立たせながら更にでかい声を被せる。


「バリケードなんてもうどうでもいい! 残っているのはアンタ一人だし開けっ放しの裏口からもう入って来てる。理解したか?」


 返答を待たずに女性の手を引く。


「痛っ!? でも裏口は松野さん達が守ってて、私にはここを守れって」


「さっき五人並んで裏口から逃げてったよ。……よりによって脚か」


 女性の立ち上がり方がおかしい。

良く見ると右足が完全に折れていた。


 不快に思われるのを承知で舌打ちしてしまう。


 俺は女性が一緒に走ってくれる前提で脱出を考えていた。

肩を支えるぐらいは問題ないが完全に折ってしまっていると話が変わってくる。


 とりあえず俺は転がっていた消火器を入口に向けて噴射する。

怪物を阻止する効果はまったくないが目くらましにはなる。

 

「背中に乗れ」


「待って怪我人が2人いるのよ! 小野君が逃げ込む時に噛まれて――」


 椅子に座り込んで動かない若い男の足元には巨大な血だまりが出来ていた。

生存できる量の出血じゃない。


「三木さんも……」


 中年男性が壁にもたれかかるように座っている。

目と口は開きっぱなし、押さえていたと思われる腹からは内臓が零れ出ていた。


「もういない」


 女性は察したのかそれっきり何も言わずに俺の背に乗る。


「ぐふ」


 予想外の重量感に呻いてしまった。

重い、半端なく重い、多分晴香より重い。

背負ってみて分かったが、この女性は引き締まっているどころか筋肉が盛り上がるほど鍛えている。


 なるほど怪物相手にあれだけ戦えたわけだが、今は完全に枷だ。

俺の力で彼女を背負いながら6階まで上がるのは容易なことではない。


「……ねえ。無理そうなら」

「うるさい。黙っててくれ」


 何か言おうとした女性をキツイ言葉で止める。


 簡単に置いていくなら最初なら来ない。

これで逃げたら惨劇を近くで見に来ただけになるだろうが。



 歯を食いしばりながらなんとか六階まで登ったところで俺は足を止める。

ロープを張った6階の廊下に怪物が入り込んでいたからだ。


「音に反応して裏口のやつが来やがったか」


 階段で遭遇しなくてラッキーなんて考えていたがそんなに甘くなかったようだ。


「……やっぱり君一人で」


「黙って少し座ってろ」


 俺はザックにひっかけていたナタを右手に持つ。


 複数の怪物がいる狭い廊下を女性を背負って通らねばならない。

しかもその後はロープ渡りが待っている。


 脚を潰すだけでは足りない。

這って足にでも食いつかれたらそこまでだ。


 全員戦闘不能……つまり殺しきってしまう必要があった。


 今までの戦闘経験は一旦置いておく。

複数の怪物相手に積極的に殺す戦い方はしてこなかったからだ。


 参考になるのは――圧倒的だったあの女性の動きだ。

そこに技量と力の不足を鑑みてアレンジを加えるしかない。


 やれるかどうかではない。

やらないと切り抜けられない。

やれなければこの女性も捨てるしかなくなる。



 大きく息を吸い込んで止め、目を見開く。


 廊下にいる怪物は4体。

一体はあらぬ場所の部屋に入っていったのでまず3体か。


 一番近い位置にいる作業員ゾンビに向かって飛び込む。

左右からは老人ゾンビと学生ゾンビが迫るので手早くやらないといけない。


 俺を掴もうと突き出す作業員の手を上からナタで叩く。

その際あえて刃を立てずに叩いて前のめりに姿勢を崩させる。

さあ斬ってくれとばかりに差し出された首を半回転しながら全体重を乗せた一撃で切断して完成だ。


 怪物を殺すには手への攻撃でリーチを奪い、同時に重心も崩して首を狙う。

その際に突進の力か回転の力を加えて一撃で両断するのがあの女性がやっていた基本の動きだ。


 次に距離の近い学生ではなく脆そうな老婆に向かう。

慣れ親しんだバールでの膝砕きでひっくり返し、顔面を蹴りつけて両目を潰し放置。

状況的に仕留めきれない時は一旦目を潰しておくのもあの女性がやっていた。


 身を翻して学生の突き出す手を肘の下からナタで切り落とし、反対側の手はバールであらぬ方向に圧し折る。学生は噛みついてこようとするが、両手が潰れているので俺を抱え込むことができない。

学生の目に適当なゴミをねじり込んでから後ろへ回り込み、両手で足を抱え上げてそのまま窓から放り落とす。これは俺のアレンジだ。


「これで3体片付いた」

 

 足と目を失って這いまわる老婆の頭をバールで砕いてから念のために踏み潰しておく。


 待たせている女性が息を飲むのが見えた。


「助けた後にスケベなお礼をしてくれたらすごく嬉しい」


「違う! 最後の奴!」


 女性の指摘と同時に最後の1体が扉をあけて……いや扉を突き破って出て来た。


「げっ」


 思わず声が漏れて足が後ろに下がる。


 一瞬、三脚に誤認したそいつはどうみても身長190cm以上、体重は150kgはある巨漢だ。

服装は血塗れの浴衣……。


「力士じゃねえか!」


 相撲中継で見た覚えのある顔だぞ。


 重い足音を立てて向かってくる力士から距離を取りながら考える。


 基本通りまず腕を――ダメだ。

あのぶっとい腕を両断できる自信がない。

刃が食い込んだらお終いだ。


 ならば足を――それもダメだ。

巨体相応にリーチも長い。

ナタが届く距離では向こうの腕も俺に届く。

掴まれたら食われる前に潰されてしまいそうだ。


 回り込んで蹴り飛ばし体勢を崩――崩れねえよなぁ。



「クソっ! ダメだ!」


 俺は目の前にある脱出ロープを睨みながら階段へ戻る。

アレを突破できるビジョンが見えない。


 俺は再び女性を背負って階段を上がる。

階下からは大挙して入って来たであろう怪物共の呻きが聞こえてきた。


「ここから逃げるんじゃないの!? どこに行くの?」


 俺は7階に上がり、ロープのある真上の窓を破った。


「簡潔に言うぞ。この真下にロープが張ってある。アンタを窓から放り投げるから落ちながらロープを掴め。俺も数秒置いて同じことをする。掴んだらロープを伝って向こうのビルまで向かう。OK?」


 女性は青い顔をしながら頷く。

リスクなんて考えるだけ無駄な作戦だがそれしか生き残る道がない。


「よしいけ!」

「ひっ!」


 俺は女性を抱え上げて窓から放り投げる。


 女性は軽く悲鳴をあげながらも落下、ロープを掴んで持ち堪えた。


 すぐに同じように俺も跳ぶ。


 落下しながらロープを掴む一瞬――ビルの下に業火が見えた。

そして俺を呪う声が全身にまとわりつくように。


「アホか!」


 俺が落ちたら足を折っている女性とアオイも終わりだ。

祟られている場合ではない。


 俺は一喝して振り払い、ロープをガッチリつかむ。


 一階分落下した衝撃は大きく腕の筋肉が嫌な音を立てた。


 自分で言ってなんだが女性にこんなことやらせるのは相当な無茶だった。

よく落ちずに持ち堪えてくれたもんだ。


「あとはこのまま向かいのビルまで行くだけだ。休みながらでいいからゆっくり――」

 

 話しかけたはずの女性がもういない。

見ればスルスルとすごい速さで移動している。


「……足関係ないもんな」


 あの女性ムキムキなだけあってすごい力だ。

途中で立ち往生したり落下したりする心配はしなくて良さそうだが。


「というか俺が追い付けない! ちょっと待ってくれ!」


 なんとか脱出には成功したが、まだ地獄の業火から逃げおおせただけで地獄の中にいるには違いない。

ここから足を折った彼女を支えて俺か彼女の拠点に移動しないといけないのだ。


「それも明日だけどな」


 夕陽が沈んでいくのが見える。

今日はあのビルの屋上で一夜を明かすしかない。  


 アオイは不安で眠れなくなっているだろう。

頼むから言いつけ通り大人しく拠点に居てくれよ。


主人公 双見誉 放浪者サバイバー

拠点 新都雑居ビル8F 2人 

環境  

人間関係

同居

アオイ「一人きり」

中立

風里2尉「!」むきむきの女性「足骨折」

備蓄

食料26・5日 水3・5日 電池バッテリー0日分 燃料4.5日分

経験値95+X


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― 新着の感想 ―
[一言] 作中のマッチョはみんな例のジムの関係者なのかな。 というかこのお姉さんはもしかしてヤツの妹さん? はたして、タイゾウを義兄と呼ぶ日はやって来るのでしょうか。
[一言] このタイトルだとどんな内容かすぐわからないので、新規さんがなかなか来ないのかなぁ_(:3 」∠)_
[良い点] 1度見ただけで、実戦出来るホマ君すごいな……
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