第60話 タワーズ① 期待の遭遇 5月20日【裏】
5月20日(木)【裏】
新都――某ショップ
「おおう……」
俺が今日の調達で狙いを定めていたのは、いかにも業務用レトルト使いまくっていそうなレストランだった。『表』のネットではスーパーのフードコート味と評判のお店だ。
だがその店に入ってみると既に誰かが入ったらしく何も残っていなかった。
仕方なく第二目標に設定していたスナックに入ってみると着物を着たママゾンビと綺麗な服を着た女の子ゾンビにスケベそうなおっさんゾンビの3体と鉢合わせ、転がるように逃げ出す羽目になった。
ここまで収穫はゼロで、危険を冒して街を歩いたのだからなんでもいいから欲しいと思って手近な店に入ってみたのだ。
「すごい店だな」
未成年立ち入り禁止と表示されたドアを開くと内装は派手を通り越して毒々しいピンク色。
店内には商品がドッサリ残っており荒らされてもいない。
「今になってこんなもん取っても仕方ないよなぁ」
店内に怪物の気配がないのを確認して山積みにされた商品を手に取る。
「ローション。なにか使い道は……ないか」
首を振って戻す。
「スイッチ押すと震えるちっこいの」
やはり首を振って戻す。
「シリコン製のケツ」
放り投げる。
「見覚えのある形の……ふ、俺の勝ちだ」
もちろん投げ捨てる。
なんでもいいと言っても限度がある。
「マッサージ機だけは使えそうだな」
無理やり収穫にはしたがほぼほぼスカだ。
「時間的にはもう一軒いける……いや止めておこう」
最初の店に到着するまでが修羅場、スナックからの脱出もまた修羅場だった。
体は疲労しているはずで坊主なのは癪だが今日はもう帰るべきだろう。
そう結論してすかすかのザックを背負い直した時、叫び声と悲鳴が聞こえた。
「外――」
俺は窓を目張りしていた布をナイフで切り裂き、ほんの僅かにあけて外を窺う。
「もっと早く走れ! 囲まれるぞ!」
「――が足をくじいているのよ! ――も泡を噴いて!」
怒号と叫び声、見捨てないでくれと泣き叫ぶ悲鳴が響いている。
だが以前見たシズリ一行とは違って装備も隊列も整っている。
つまり『慣れている奴ら』が叫びまくっているのだから相当な異常事態なのがわかる。
窓の隙間からでは全体が見えないものの、声の調子と内容から判断すると負傷者が居て奴らを十分に振り切れないまま囲まれつつあるのだとわかる。
弾くような短い音と湿った音が同時に聞こえる。
一人の男の手にクロスボウらしきものがあり、怪物に向かって発射したようだ。
「バカ、体に当ててどうすんだ! 頭を狙うんだよ!!」
「それより逃げるのよ! 一体倒せたって意味ないでしょ!」
叫びながら女が何かを投げた。
数秒置いてから爆発音が連続して響く……爆竹か。
10体以上の怪物が爆竹によっていくのが見えたが、同時に20体以上がそのまま追跡し続けるのも見えた。まさに焼け石に水だ。
「ギャアアアアアア!!!」
凄まじい断末魔と悲鳴が響く。
見えない角度だが一人やられたな。
俺は奴らを冷静に観察する。
人数は9……いやもう8人か。
全員が大型のザックを背負い、怪物の歯が通りにくい厚い革製のジャンパーと手袋をつけて顔はマスクで覆っている。
そしてバールやナタで武装、クロスボウを持っている奴まで居る。
「おらぁ!」
先頭を走る男が路地から飛び出した怪物を透明な盾で弾き飛ばした。
あの盾は機動隊とかが持ってるやつだよな。
この人数でこの装備、苦しみながらも連携のとれた動きは生存者や放浪者ではあり得ない。
「居住者の調達班だ。やっと見つけた」
俺は思わず笑ってしまいながら連中の進行方向を確認する。
「……まずい」
彼らが逃げる先に怪物が集まり始めていた。
連中の速度と怪物の速度をざっくり計算するとギリギリあの公園に逃げ込めるか……?
いやだめだ、途中の十字路に怪物の集団がいる。
足止めされたところを前後から挟まれてジ・エンドだ。
「爆竹が悪手になった。その場では逃げる助けになっても音で遠くの奴らを集めてしまう」
このまま通りを逃げたらバッドエンド確定だ。
だが既に追いすがられている状況では近場のビルに飛び込むこともしないだろう。
俺は周辺を確認し、更に店内を確認する。
「よし」
俺は店内に山積みされた震える系グッズを片っ端から開封して電源を入れ、窓から次々に投げ落とす。
落とした先は簡易なトタン屋根のついたバイク置場だ。
薄い金属の上に激しく振動する物が何十もあったらどうなるか。
「うっるせぇ」
自分でやりながらそう言いたくなるほどの騒音が巻き起こる。
こんな音を『表』で出したら1分で周り中から苦情が来そうだ。
しかも10秒経たずに燃え尽きてしまう爆竹と違って電池が切れるか下に滑り落ちるまで鳴り続ける。
「な、なんだこの音!?」
「あのビルの横から? すごい音量だ」
「なんでもいいが怪物の注意が逸れたぞ! ビルに入るんだ! バール持ってる奴は鍵こじ開けろ!」
8人は周囲の怪物が気を逸らした隙をつき、最寄りのビルに入り込むことに成功したようだ。
「一安心……でもないよな」
連中から逸れた怪物の注意がこっちに来ている。
騒音を止める方法はもう無い。
すぐにこのビルは蟻の巣に放り込まれた砂糖のようになるだろう。
俺は非常階段の扉を思い切り蹴り開ける。
勢いよく開いた扉は外に立っていた怪物にぶち当たり、よろめいた怪物は錆びた頼りない手すりを突き破って落下していった。
「……ラッキー」
俺は屋外の階段を屋上まで駆け上る。
隣のビルまでの距離は3mほどだが、こちらが9階で向こうは8階なので高低差を考えれば楽勝だ。
「落ちたら……いや二階から落ちて食われるよりいいか」
少なくとも絶望感を感じる暇はなさそうだ。
そして躊躇する時間もない。
俺は助走をつけて跳躍、2度転がって衝撃を殺す。
「これで当座は大丈夫っと」
連中が逃げ込んだビルの様子を窺ってみる。
彼らは入口で防戦しながらバリケードを築こうとしているようだ。
「守りに入ったかぁ」
大人グッズの騒音がかなりの数の怪物を引き付けているのでギリギリなんとかなっているが……俺がリーダーなら屋上から別の建物に逃げるか、火でも放って怪物を引き付けどっかの窓から逃げただろうな。
とは言え愚痴っても仕方ない。
籠城を選択したなら接触はしやすい。
そう接触だ。
普段の俺ならきっと彼らを助けなかった。
グループに女性がいるのは気になったが顔も見えない以上は他人に過ぎず、ミツネさんのような『助けないといけない人』ではない。
しかも今の俺は命を懸けて助けるなんて言える立場じゃない。
俺が死ねば他に頼れる者のいないアオイの命運も尽きる。冒険は避けないといけない。
そもそも色々あって俺は居住者が大嫌いなんだ。
悪いことばかり並べたのに助けに入ったのは、ずばり居住者との繋がりが必要だったから……矛盾しているかもしれないが、今の両河市で最も安全で生活環境が良いのは間違いなく居住者の拠点だ。
嫌なこと鬱陶しいこと忌々しいことを山盛り我慢してもアオイを安全な場所に置いてやらないといけないと思った。
それに今のバーに居ては、はぐれたシズリ達と合流しようも無い。
大規模な居住者の拠点ならば相応の情報も集まる。
「ともかく今はあいつらに生き残って貰わないと……おっと」
彼らが逃げ込んだビルの裏口から盾を持ったリーダーらしき男が脱出するのが見えた。
続いて1人、また1人と脱出して5人までが怪物に気付かれず逃げ出すことに成功したようだ。
視線を戻すとバリケードでの防戦はまだ続いている
「なるほどバリケードで戦って奴らの気を引きながら一人ずつ抜けていくか……上手いな」
今後の参考にしようと手際とタイミングを脳内にインプットしておく。
「あとは爆竹かなにかで気を逸らして最後のやつを脱出させる……か。ってこのまま逃げられたらせっかく助けた意味がない」
俺は慌てて行く手を追おうとして足を止める。
「……なんでまだ本気で防戦してるんだ?」
バリケードでの戦いが止まっていない。
先に逃げたやつとの時間差がもう3分近くになるのだからさっさと戦闘を畳むべき状況だ。
曲がりなりにもバリケードがあるならそのまま離脱してもいいし、走れない負傷者がいるなら適当な物を燃やすか爆発でもさせて少々の時間を稼げばいい。
「おいおい……まさか」
俺は双眼鏡でバリケードを見る。
女性が必死の形相で怪物の頭にクロスボウを撃ち込み、バリケードを突き破った手をナタで斬りつけている。戦っているのはこの女性一人しか見えない。
脱出しようという雰囲気じゃない。
時折後ろに向けて叫んでいるように見えるのは援護を求めているんじゃないのか?
つまり――。
「クソ野郎共。捨て駒にして逃げやがったのか……」
華麗な脱出劇なんかじゃなかった。
単に奮戦するあの女性を置いて他が逃げ出しただけだったのだ。
あの女性は今も他メンバーを守っているつもりで戦い続けているのに。
そうしているうちに裏口の方にも怪物が回り込んでいく。
これで脱出不能だ。
「だから居住者は嫌いなんだ」
俺は唇を噛みしめて視線を動かす。
居住者との繋がりを作る目的なら先に逃げた奴らを追うべきだ。
リーダー格の男がいた上に援護の難度も低い。
対して奮戦する女性の方は絶望的な状況だ。
切り捨てられたということは拠点での地位もきっと高くない。
俺は頭をかき、軽く叩き、一声唸る。
「あぁーもう。また計画がメチャクチャだ!」
俺はザックから取り出したロープを手に女性が籠るビルへと走った。
主人公 双見誉 放浪者
拠点 新都雑居ビル8F 2人
環境
人間関係
同居
アオイ「少女」
中立
風里2尉「観察」居住者女性「奮戦」
備蓄
食料27日 水4日 電池バッテリー0日分 燃料5日分
経験値95+X