第5話 クラスメイト 4月13日
町田ユウカの名前が後の登場人物とかぶっていたので変更しました。
4月13日(火)表
「ホマ君ー。いつまで寝てるの~。ホマ起きろー!」
微睡みから覚める間もなく腹に重量物が乗っている感覚に身もだえる。
いや大して重くはなかったが場所が悪くて飛び起きる。
「……おはよう姉さん。何してんだ」
寝ぼけ眼を擦ると至近距離に姉、紬の顔があった。
布団の上から乗られていたようだ。
時計をみると午前7時前……自転車通学で学校まで15分の俺が叩き起こされる時間ではない。
「ホマ君おはー。やたら早くに目が覚めたから朝ご飯に一品作ったの。冷める前に食べてよー」
なんて自分勝手な理屈だ。
あと大学生になる姉が高校生の弟に、がに股で乗っかるのはどうなのか。
「ぐぅ」
「あっこら! ねるなーおきろー!」
俺が寝たふりをすると姉は体重をかけて揺すったり引っ張ったりと大騒ぎだ。
とても二度寝などできないので諦めて体を起こす。
「よしよし、すぐに顔を洗ってリビングに……ってホマぁ!」
姉がまた声を張り上げる。
今度はなんだと視線を追うと股間が自分でもびっくりするほど盛り上がっている。
「朝なんだから仕方ないだろ……」
裏の方で死にかけてから表で起きると大抵こうなっている。
死の危険で生殖本能が高まるのか、裏での危機が大きかったほどこっちも大きくなる。
特に昨日は晴香のような美少女とハグした上に欲求不満のまま寝たからかな。
だが紬の解釈は別だった。
「お姉ちゃんが乗ったから興奮してるの!? ホマのアホ! スケベ変態! おかあさーん!」
紬は俺にローキックを決めてから部屋を飛び出す。
軽量級なのに遠慮がないから地味に痛い。
「母さんはやめろ! あと何作ったんだ?」
「サラダ!」
なら冷めねえよ、と心の中で突っ込んで部屋を出る。
すると隣の部屋から目を擦りながら出てきた弟の新と鉢合わせる。
「おはよう。新も起きたのか」
「あれだけ騒げば起きるっての。家中響き渡ってたぞ」
新はブツブツと不機嫌そうに言った後、姉と同じ場所に視線を移す。
「……でっけえ」
人より少しだけ大きめなんだよ。
再度俺達を呼ぶ姉の声を聞きながらカレンダーを見た。
俺は一日を二回繰り返す。
表の『今日』寝れば裏の『今日』裏で寝れば表の『明日』に目が覚める。
どうしてなのかは分からない。
行きたくないと願っても寝れば必ず世界が変わる。
明日になれと祈りながら居眠りしても一日が終わらなければ世界は変わらない。
同じ境遇の奴がいるかも分からず、少なくとも出会ったことはない。
始まったのは忘れもしない去年の4月2日。
俺が中学三年生になった春だ。
いつも通りの一日を終えて目が覚めたらまた4月2日だった。
なんだこれはと慌てふためき、頭がおかしくなったのじゃないかと混乱した。
だがそんな悠長なことをしていられたのは起きてしばらくだけだった。
二度目の4月2日はたちまち地獄となって世界が壊れた。
俺に何が起きているのかなんて微塵も考える余裕がなかった。
永遠にも感じる4月2日、押し寄せた悲嘆と混乱と恐怖と絶望……泣き叫びながら駆け抜けて気絶するように眠り、目が覚めると何事もないいつも通りの4月3日だった。
酷い悪夢を見たのだと母に甘え、姉に抱きつき、弟を撫で回して眠り、裏の4月3日が始まって夢ではないと覚悟した。
未知の伝染病、異星人の侵略、彗星からの落下物、神の怒り……パニックの中で科学的、宗教的、オカルトまであらゆる原因が叫ばれたがどれにも根拠はなく、それを見つける前に世界が崩壊してしまった。
それから一年、俺の一日は今も二回ある。
「ホマ遅いー!」
姉が階段を駆け上ってくる音で我に返る。
廊下の途中でボーっとしていた。
「ごめん今行く。それで姉さんどんなサラダを作ったんだ?」
姉は満面の笑みで言う。
「パスタサラダのマヨネーズ和え。ツナ缶たっぷり使ってるから美味いぞー」
思わずゾンビのような声が出てしまった。
「はぁー」
「朝からでっかい溜息だなぁ」
ぐったりしたまま登校すると駐輪場で陽助と遭遇する。
「昨日は本当に大変で疲れたんだよ……しかも朝食で追い打ちがな……」
まさか『裏』と同じ物を食わされるとは思わなかった。
しかも悲しいことに姉が作ったサラダパスタの方がまずかった。
どうして食えればいいで作った物よりまずくなるのか。
「昨日? お前、放課後は那瀬川と……あーそういうことか。なるほど、そうか」
「違うっての」
昨日知り合って即日そうなるとかどれだけ手が早いんだ。
俺が尻を蹴るふりをすると陽助は大げさに後ろに逃げ、変な構えを取ってふざける。
朝っぱらから周囲の目が気になるだろうが。
「というか俺の送った動画にまだ既読ついてないぞ。いい加減見てくれよー」
スマホを確認するとみんな使っている超メジャーアプリに陽助から通知が来ている。
時間は……俺が寝る直前、昨日の0時前だ。
わざわざ確認するからには大事な用件だったのだろうかとひらいてみる。
『14回目で成功』のメッセージに続いて陽助が尻間に挟んだ割り箸をケツ圧でへし折る動画が添付されていた。
「クソみたいな動画送ってくんな!」
今度は本当に蹴りを入れる。
尻が鍛えられている上に、シミ一つなく綺麗なのが余計に腹立たしい。
「やってみたらなかなか難しくてよ。遂に成功したから誰かに見て欲しかったんだよ」
昨夜これを見てから寝ていたら精神を消耗して、裏の方でミスして死んだかもしれない。
本当に見なくて良かった。
表と裏の世界では肉体は別々でもう片方に影響はない。
『表』で怪我しても『裏』には影響がないし『裏』でかかった病気を『表』で治すこともできない。
片方で暴食して寝ても片方は空腹のまま、必死に筋トレしても鍛えられるのは片方だけだ。
逆に意識や記憶は共通だ。
『表』で得た知識は『裏』でも覚えている。
そのおかげで『表』から安全に『裏』で物資調達に向かう場所を下見したりも出来る。
一方で精神的なダメージや心の疲れなども持ち越してしまう。
世界の厳しさが違いすぎるので9割9分『裏』でダメージを受けて『表』に引きずる形だが。
「というか晴香からも来てるな。同じく昨日の0時前か」
『家まで送ってくれてありがとう。今日は本当に楽しかったよ。これからも宜しくお願いね! ちなみに誉はいつも何時ぐらいに登校するの? 良ければ時間を合わせて――』
その30分程後にも。
『もう寝ちゃったかな? 深夜にごめんね。また明日学校で!』
「あぁ……見ていればな」
陽助が送ってきたクソ動画はどうでもいいが、こっちを見逃したのは痛い。
これに答えていたら一緒に登校の流れになっていたのではないか。
「今更だが既読もついたし無視したら悪いな……さて」
俺は『すまん寝てた。今気づいた』とタップする。
「アホかお前は」
何故か陽助に頭をはたかれた。
「それ面倒臭いから返信しなかった時のテンプレ文だろ。ドキドキしながら初めて送った誘いにそんなん返ってきたら凹むぞ」
「ふむ」
なら少しおどけた感じにするか。
校舎をバックに自転車も入れ、死ぬほど眠そうな顔を作って写真を撮る。
トークの文面は同じだが語尾に「笑」をつけておこう。
「……んなことしたら普通に怒ってくるだろ」
送った瞬間に既読が付き1分で返信がきた。
『怒』の一文字に続いて頬を膨らませた晴香自身の写真が添付されている。
俺と陽助は顔を見合わせる。
「すげえな那瀬川」
呟く陽助に俺も続く。
「並の女優を超えてるよな。この写真そのままオーディションとか送ったら通るぞ」
本当にびっくりするほど美人だと画像を保存したところで脇腹をつつかれる。
「絶対やめてね。中学の時にそれやられて面倒くさいことになったんだから」
振り返ると僅かに息を切らせた晴香が俺の後ろに居た。
写真は教室なのにもうここまで降りて来たとは、やっぱり相当足速いな。
というか本当に通ったのか、通るだろうな。
「それじゃ写真を貰ったお礼に俺も面白いのを見せてやる」
そう言って俺は晴香の前でさっきの動画を再生する。
『14回目行くぜ! ぬぉぉぉ……うりゃっ! ふぅぅ……おらぁ! 割れたか? 割れたな!? うぉぉぉ! 成し遂げたぜ! みたかすげぇ! イヒャッハー!』
動画が終わり静寂――。
「……バカじゃないの」
晴香はチベットスナギツネのような目で陽助を見て言う。
「誉くぅん……女子に見せるのは反則じゃない?」
陽助がフラフラと俺に寄りかかり、晴香は一歩後ずさる。
「ところで二人とも今日の昼休みなんだけど……」
晴香は俺に近寄ったり離れたり妙な動きをしながら切り出した。
四時間目の授業が終わり、クラス中が一斉にざわつき始める。
「時間的には昼休み十分前だけどな」
現代文の女性教師がペースをミスして時間が余ったのだ。
「気付いて慌てたのは可愛かったよな。「しまった」「どうしよう」「大丈夫かな」の流れがさ。……やばい勃ってきた」
四十代既婚教師を熱く語る陽助の話を聞き流しながらクラスの連中を眺めてみる。
後10分は暇だし無駄話でもしていようか。
「クラスにグループみたいなのができてるな」
「確かスクールカーストとか言うんだっけ?」
陽助が食いつき、俺と同じようにクラスを見回す。
「まず真ん中でワイワイやってるのが斉藤達だろ」
陽助の声に合わせて流し見て頷く。
大半の者は金曜の懇親会に参加していたので名前と顔は覚えている。
「そんな所にラーメン屋あったのか。なら今日の帰りに寄ってみようかな。一緒に来る奴いるかい?」
【斉藤 タクヤ】
懇親会にも居たクラスの中心的な奴だ。
身長体格は陽助と同じぐらいで整った顔立ちに明るい茶髪、同じぐらい明るい雰囲気とノリで誰にでも気さくに声をかけるクラスの人気者だな。
ちなみに両河高校の校則は割と緩く極端なもので無ければ染髪もアクセサリーも認められている。学力の方は高くもなく低くもない両河市立両河高校なる平凡な名前と同じぐらい特徴の無い学校だ。
斉藤の呼びかけに十人以上が手をあげる。
さすがクラスの中心だと見ているともう一人が間に入って来る。
「おいおーい、ちっこいラーメン屋なんだぜ。そんな大勢行ったら座れないっての。そもそも、お前ら別に俺達と仲良くないじゃん。来なくてもいいだろ? つか来んな、うざいわ」
【仲瀬 ヒロシ】
顔立ちはイケメンと言えなくもないが、毒のある言葉からも分かる性格の悪さが顔からにじみ出ているのが斉藤との大きな差だ。
全体的にも斉藤を一ランクスケールダウンしたイメージだな。
髪だけは心持ち斉藤より明るい。
気まずそうにする男子二人をさらに小馬鹿にして追い払い、逆に女子には馴れ馴れしく距離を詰めている。
「お、俺は一緒だよな? 俺と斉藤めっちゃ仲良いもんな! クラスで最初にID交換したの俺だもんな! いやー放課後ラーメン、マジめっちゃアがるよな! 俺ニンニクドカ盛するわ!」
【元村 ヨシオ】
俺には目立つのが苦手なタイプに見えるのだが髪は金髪でギラギラしたアクセサリーを多くつけている。高校デビューでやり過ぎて珍妙な感じになってしまった印象を受けるな。
無理がみえみえのハイテンションとでかい声は正直耳障りで、斉藤が苦笑しながら合わせてくれるのでなんとかなっている感じだ。
「元村、普通の声でしゃべれっつの。こっちの話が聞こえない、そもそもうっさいし」
【水谷 リョウコ】
明るい茶髪と化粧が目立つややきつい感じの女子だ。
スレンダー体型でスタイルは良く、顔も十分以上に美人、全体的にきつめの雰囲気で男子にも女子にも当たりが強い女王様タイプ。
制服も既に着崩していて屈めば胸元伸びをすればヘソが見え、巻いて短くしたスカートのおかげでたまに下着も見える。
「ア、アハハ私はラーメンはちょっと重いかも……。う、ううん、リョウコの言う通りだよ」
【町田 ミサ】
黒髪でオドオドした感じの女子だ。
困ったように水谷の顔色を伺いながら小さい声で話している。
顔は美人なのだが、少しぽっちゃりした体型と前に出ない性格もあって派手系の水谷と並ぶと地味さが際立つ……あるいは水谷の方はそれを狙って傍に置いているのかもな。
以上五人のいるのが事実上クラスの中心グループに見える。
当然クラス内での影響力は強く、ラーメンの話でも見えたように彼らの決定がクラスの決定に近い。
ただグループ内でも力関係は明らかなようで中心の斉藤、一歩下がって水谷と仲瀬だ。
町田と元村は立場が弱く、特に元村の方は斉藤が庇うのをやめれば早々に弾き出されるだろう。
「あそこの奴らは人数多くて賑やかだよな」
陽助が視線を移す。
斉藤のところに入れなかった集団だ。中心集団にやや気後れしているが人数が多いのでクラスでの影響力は二番目だろうか。
「でかい声で野球の話してる奴ら」
運動部ガチ勢。
メインは部活だからクラスでは大人しいか飯食ってるか寝てる。
というか教室で集団筋トレするなよ、暑苦しい。
「漫画読んでる奴ら……あの漫画新刊出てたのか。帰りに本屋よってこうぜ」
オタク集団。
クラスでの影響力はほぼ無いものの結束力が強いのでずっと同じメンバーのままいきそうだ。
「同じく漫画読んでる女子達」
女オタク集団だ。男の方と同じ……何故俺と陽助を見ながらグフグフ笑っているのだろう。
「ずっと一人で居るのも何人かいるよな」
どこの世界でも一匹狼はいる。
一人はヤンキーっぽい、うちの緩い校則にもひっかかりそうな見た目だしそのうち一騒動起こすぞ。
陽助が妙な顔でこちらを見始めた。
「ついでに二番目のグループは近く喧嘩なりして二つに割れるよ」
明らかに相性の悪い女子二人がリーダー格と二番手なんて着火待った無しだろう。
ちなみにリーダー格と二番手の女子、どちらも性格に一癖ありそうだが中々に可愛い。
ズイッと陽助が覗き込んでくる。
「お前良く知ってるな。ずっと観察してたのか? 割とキモイぞ」
「そんな訳あるか。今見て知ったんだよ」
周りの状況を把握するのは昔より格段にうまくなった。
特に『裏』ではグループの人間関係は瞬時に把握しなければならない。
集団に溶け込む為ではなく、ぶっ壊れるであろう集団を見抜いて退避するためだ。
陽助は僅かに視線を伏せた後、バカっぽく笑って続ける。
「ちなみにカーストなんてものがあるとすりゃ俺達はどこにいるんだろうな」
ふむと少し考える。
「さわやか系イケメンと変態レベルの熟女好きの二人グループ……難しいな」
陽助が足を引っ張るだろう。
「誰が変態だ」
四十越えの人妻教師に興奮する高校生は相当だと思うぞ。
「大人女性好きさわやかボーイとドスケベ誉でいいだろ」
「ケツで箸割ってるやつにさわやか名乗らせるか」
そもそも誰がドスケベだ。
周りに女子もいるのに誤解を招くようなことを言うんじゃない。
「クラスの女子の胸、大きい順に十人あげよ」
「アホなことを」
反射的に視線が女子の間を――
「言うなっての」
No1からNo10まで駆け抜ける。
水谷と目があったが残念ながら10位までには入らない。
「流れるような動き。完璧に把握してるじゃねえか変態」
うるさいな、じゃあ間をとろう。
「ドスケベとケツ箸年増好き……?」
「二人組の変態じゃねえか。カーストランク外だ」
声が届いていたのか近くの女子が咎めるような目でこちらを見ている。
ジェスチャーで誤解だとアピールするも胸を隠してじっとりとした視線を送られる。
そういう目も嫌いじゃないから困ってしまう。
さて話を逸らそうと他のネタ探しに教室を見回す。
「――遅いじゃん。何やってたのよ」
「ご、ごめんなさい。でも授業がまだ……」
「ウチらが早く来てって言ってるのに授業とかいいじゃん。友達なんだからさぁ」
教室の入り口付近で三人の女子達が何やら話している。
二人はうちのクラスでもう一人は入学式で見た顔……1-Bの女子で巨乳だったはずだ。
「ま、許したげる友達だしさ。あと今日みんなで新都のモール行くから」
「え……今日は用事が……それに……えっと」
「みんな行く気だし断るとかあり得ないから。んで……今日もやるよ」
B組の女子の肩が跳ね上がる。見れば顔色も悪くなっている。
うちのクラスの二人は女子の中でもガラが悪い奴らだったが。
ずっと見ているとB組の女子と目が合う。
助けようかの意図を込めて見つめるもフイッと目を逸らされてしまう。
「ありゃ……」
本人が嫌なら勝手に関わっていくのもな、などと考えていると俺の机の上にドンと肘が置かれた。
「よう双見」
肘の持ち主は劣化斉藤、性格悪いマンの仲瀬だった。
「うん、なんだ?」
聞いてみたが威圧するように見下ろしてくるだけで何も言わない。
「用もないのに見つめに来たとか言わないでくれよ」
「そんな訳ないだろ。馬鹿なこと言うなよ」
真面目な顔で反論してくる、冗談に決まってるだろうが。
さっさと要件を言ってくれと手で促すと、それが癪に障ったのか口調が一段悪くなる。
「双見おまえさ、昨日のアレなによ」
「アレがナニとか聞かれても卑猥なことしか出てこないぞ」
一歩引いて成り行きを見守っていた陽助が噴いた。
「那瀬川に抱きついたことに決まってんだろ!」
なら最初からそう言えばいいのに。
今のやり取り丸々無駄じゃないか。
大きくなった声に教室の注目が集まり、仲瀬は気まずそうに声のトーンを落とす。
「新入早々から目立ち過ぎってことだよ。双見ってそんな前に出るタイプじゃねえだろ?」
お前に俺の何がわかると返したいが話が止まるのでやめておく。
「なのに教室でラブシーンとかクラスの奴らに「あいつマジ調子のってねー?」とか思われるかもしれないじゃん」
思いたければ好きに思えばいいと思うが、一々突っ込むと面倒そうなので続けさせる。
「高校生活始まったばかりでいきなりクラスで浮いちゃうとか悲しいだろうし? 一応警告しといてやろうみたいな感じ? 感謝してくれよ?」
はてどういうことかと首を捻る。
言葉通り感謝して欲しいわけでもないだろう。
「だーかーら、俺とか斉藤とか差し置いて目立ってると良くねえってことだよ!」
だーかーら何が言いたいのかわからん。
良くなかったら仲瀬ポイント減らされるのか。
「なあ仲瀬――」
見かねて前に出ようとした陽助を手で止める。
意図が分からないまま置いておく方が気持ち悪い。
「ところでよ……お前那瀬川と付き合ってるとかそんな感じ?」
いいやと首を振ると仲瀬は嫌な感じにニヤつきながら続ける。
「ならちょっと紹介してくれよ。俺も中学のツレとか少なくて女友達もっと欲しいしさ」
「あん? ……ああなるほど!」
ようやく理解できた。
要は仲瀬は晴香と仲良くなりたいあわよくば自分の彼女にしたい。
だからクラスの真ん中で派手にやらかした俺が気に食わない。
なので俺にマウントとって晴香を差し出させたい。
こういう訳だな。
仲瀬についてかなり分かってきた。
やはり傍から見てるより話をした方が理解が早いな。
あの顔とスタイルは男なら欲しくなるよな。良くわかるぞ。
俺は笑顔で頷きながら答える。
「まどろっこしいことしてないで自分で聞きに行けよ。C組まで徒歩20秒だ」
仲瀬の嫌な笑みが消えた。
「……感じ悪くね」
「朗らかに笑ってるつもりなんだけど、笑えてないか?」
俺は晴香が気になる、他の男に靡いて欲しくない。
彼女の方から他の男と仲良くするなら仕方ないが自分から差し出すような真似をするはずがない。
お返しに煽ってやろう。
「俺も正直教室でまさかああなるとは思わなかったよ。けどあんな美人にハグされて振り払うなんてあり得ないから仕方ない。那瀬川のハグ、色々凄かったぞ。抱き締めたらあたるあたる……」
睨みつけてくるので笑顔で返す。
但し目は一切逸らさず瞬きもしない。
同じ女を狙った男が仲良くなれるはずがない。
最悪殴り合いになっても別にいい、どうせ死にはしない。
「誉はこうなったら引かないよな」
陽助がやれやれと言った顔で今度こそ割って入ろうとした時だった。
「失礼しまーす」
明るい声と共に扉が開かれ、軽快な足音と共に晴香が入って来る。
「A組もう授業終わってたのかぁ。私待ちだったみたいでごめんねー」
晴香は一直線に俺の机の一歩手前までやってきて仲瀬と俺を交互に見る。
きょとんと首を傾げる仕草にわざとらしさがない。
以前に綺麗すぎて可愛いが似合わないと思ったが訂正しないといけない。
晴香は可愛い上に綺麗だ。
「取り込み中?」
俺はなんでもないと笑う。
一方仲瀬は無理に笑顔を作って晴香に手を差し出す。
「あー那瀬川さんだよな。俺、仲瀬って言うんだ。クラスは違うけど宜しくな」
晴香は差し出された手を少し見つめた後、チラリと俺を見てから手を取らずに軽く笑った。
「仲瀬君ね、うん宜しく。……誉ー早くご飯行こうよ。お腹減っちゃった」
俺の机に両手を置いて跳ねる晴香……揺れる揺れる……わざとじゃないよな。
仲瀬は何とも言えない顔で俺の机を離れていく。
最後に俺を一睨みするのを忘れない見上げた性格の悪さだ。
「あ、江崎君は――」
陽助は申し訳なさそうな顔で手を合わせる。
「ごめん。朝言った通りちょっと用事あって付き合えないんだわ」
そう言って陽助は俺の肩を叩いて親指を立てる。
気を使ってくれたことはともかくその仕草にはちょっとイラっとする。
「それじゃあ行こー」
晴香が俺の腕を取って引っ張っていく。
その笑顔は文字通り教室中の視線を一人占めだ。
男は俺に厳しい視線を送り、女子はそんな男共の様子を見て晴香に嫌そうな視線を送る。
仲瀬は腹立ち紛れに元村に難癖つけていじめているようだった。
残念ながらクラスにちょっとした火種を残してしまったようだ。
まあ『表』の方なら多少敵を作っても知れているからいいか。
次回更新は10日 18時となります!
誤字脱字矛盾点などお気づきになりましたらご指摘頂けると嬉しいです。