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第57話 背中を流す 5月18日【裏】

5月18日(火)【裏】午後

拠点 雑居ビル8F


 俺はボタンを全て外してアオイの長袖を脱がせる。


「バンザイして」

「うん全部見ていいよ。おにいちゃん」


 両手を上にあげさせて下着のキャミソールも脱がせる。


「立ったままするの?」


 それもそうかと目の前に椅子を置き、アオイに座るよう促す。 


「え? 椅子に座ったらできない……」


 何故か困惑しているアオイだが、水も温まったし始めよう。


「目を閉じるんだ」


 目の前に立ってそう言うと、アオイは赤面しながらも納得して目を閉じる。

そして口を目一杯開く。



「なにしてんだ? ふきにくいから閉じてろよー」


 俺はお湯にタオルを浸してアオイの顔をゴシゴシ拭く。

おおう真っ黒だ。薄暗い室内だから目立たなかったが相当汚れていたんだな。

脱出以来、顔すら洗えていないのだから当然か。


「ふぇっなに!?」


「なにってそりゃ」


 困惑するアオイの前でタオルを取り換え、首から肩、そして背中をこする。


「体を拭いてるんだよ。お互い様で気付かなかったけど俺達メチャクチャ臭いぞ」

「く、くさっ!?」


 ゾンビの追撃が早かった理由はこれだ。

アオイは高熱で、俺は毎度の調達でたっぷり汗をかきながら何日も体を洗っていないのだから臭くならない方がおかしい。


 ゴミ箱ゾンビが出て来た時も本来は尋常でない悪臭がするはずだ。

自分の体臭が酷すぎて鼻がバカになっていたのだ。


「今まではそれどころじゃなかったし、貴重な水で体を拭くなんてできなかったけれど」


 俺は真っ黒になったタオルを再び交換する。

小さなアオイの背中を拭いただけでこれだ。


「水も燃料も少し余裕ができたからな。前のマンションみたいにはいかないにしても最低限清潔にしておかないといけない」

 

 気分の問題だけじゃない。

汚れたままだと病気にもなるかもしれないし体臭が外まで漏れて嗅ぎつけられたら大変だ。


 俺はアオイの体前面も拭こうとする。


「そっちは自分でやるよぉ!」


 アオイが俺の手からタオルを奪い取る。

遠慮しなくてもきっちり隅々までやってやるのに。


「おにいちゃん見ないで!」


 アオイはクワッと俺を威嚇する。

怒られては仕方ない、俺はアオイに背を向けて大人しく追加のお湯を作る。


「最初は素直に脱いでくれたのに」


「あれはべつのこと考えてたの! おにいちゃんに汚いところふかせるなんて絶対嫌!」


 まるで反抗期の妹みたいだと笑ってしまう。


 新もこんな感じ……いやもっとだったな。

歳が一つしか違わないのと男同士なので本当に喧嘩ばっかだった。

もっと仲良くしていれば『裏』でもあるいは。


 俺が黙り込んだのに気づいたのか、アオイが俺の手をとって椅子に座らせる。 


「次は僕が拭いたげる」


 自分で出来る――とは答えなかった。


「ありがとうアオイ」


 俺が裸になるとアオイが一歩引く。


「やっぱ相当臭いよなぁ。無理しなくていいぞ」

   

 俺は地面を転がったり汚い場所に頭突っ込んだりもしているし、腐乱死体と大差ないゾンビとやり合っている。単に汗臭いだけのアオイとはレベルが違うはずだ。


「ううん、そうじゃなくて臭いのは臭いんだけど……いいや、もう拭く!」


 アオイは何故か俺の首筋を一嗅ぎしてからタオルで背中をこする。

妹に風呂で背中を流してもらっているみたいでいいなこれ。


「んしょんしょ」


 懸命な声なのにこそばゆい程度の力しか入っていない。


 当然だ。『表』ならアオイはまだ小学生の女の子だ。

こんな世界で生き抜く力なんてあるはずがない。

誰かが守ってやらないとたちまち死んでしまう。


 かつては両親が、いなくなってからはタイゾウが、そして今それができるのは俺だけだ。


 また取りこぼすことは許されない。

命に代えても守り抜かねばいけないが、俺が命に代えてしまうとアオイは生きられない。

守り抜いた上で俺も倒れてはならないのだ。


 大きく息を吸い込み、全身に力を込める。


「わ、ムキッってなった」


 俺の体は年相応でさっきの女性のようにゾンビを薙ぎ払えるような力はない。

少しばかり賢しい自信はあるものの、環境の悪さに打ち勝てるほどでないことは証明済みだ。


「おにいちゃん。おっきいね」


 アオイが俺の背中を撫でる。


「まさか。普通の背中だよ」


 平凡な背中だ……そんな平凡な俺が一人気張ってもアオイを守り抜けない。

少なくともこんな、体一つふくにも苦労するような環境にいてはダメだ。


 避けたかったがこうなっては仕方ない。


「ううんおっきいよ。ペットボトルみたい」


「あん? なんの話をしてるんだ?」


 アオイは何故か腕を振り回しながらワタワタした後、再び背中をふき始める。

 

「ところでタイゾウ達大丈夫かな。浜の手の方に行っちゃったんだよね」


 本音を言えば『わからない』としか言えない。

だがアオイにそんなことを言っても仕方ない。


「きっと大丈夫さ。少なくとも俺達よりはいい生活していると思うぞ」


「えーそんなのずるいや」


 アオイが笑う。


 浜の手の方は港湾と倉庫群そして大型の工場が大きな面積を占めており、民家と言えば漁港のまわりに少しあるぐらいだ。

缶詰やペットボトルなどの調達には苦労するかもしれないががゾンビの数は住宅の並ぶ旧市街よりもずっと少ないだろう。


 だから何とも言えない。

ただ皆揃って生きていてくれと祈るしかない。


 

 体を拭き終えた俺達は頭も洗い、残ったお湯に服を漬け込む。

たちまち水が真っ黒になるところをみると服もドロドロだったようだ。 

 

 恥ずかしそうに体を隠すアオイに毛布を被せる。


「体が冷えてもいけないしな。今日はもう寝ようぜ」


 俺は横になるとアオイも隣に入ってくる。

そして細い手足を伸ばして全身で俺にしがみ付く。


「やっぱそれしないと寝れないか」


「うん。やっぱり僕おにいちゃんにひっついてないとダメなんだ」


 高熱から目覚めて以来、アオイは毎日俺に引っ付いて眠る。

夜中に俺が抜け出しでもすれば、たちまちうなされ始めてしまう。

例えトイレ程度の短い時間でも、だ。


 両親を失い自分も怪物になりかけて今の隣人はゾンビ共、そうならない方がおかしいか。


「でもすっぽんぽんはやっぱり恥ずかしい……」


「はは、なーんにも当たってないから大丈夫さ」

 

 怒ったアオイに毛布の中で蹴られながら仰向けになる。

この絵面『表』なら……いやアオイはまだ小さいしギリギリセーフかな。


「もう少ししたら安心できる場所に連れて行ってやるから」


 俺はアオイの肩を優しく撫で、胸に頭を乗せさせて目を閉じる。


「うん……でもおにいちゃんとならここでも僕平気だよ」


 あえて返事はしなかった。



 

 深夜~?


「おにいちゃん普通に寝ちゃった。女の子が裸でひっついてるのに……」


 ボソボソと耳元で何かが聞こえる。

意識が覚醒しかけるが、危険な異常ではないと判断して再び意識が落ちていく。


「甘えすぎて本当に妹扱いになっちゃった……失敗したなぁ」


 背中から腰をさすられる感触があった。

小刻みな息が早い調子であたる。


「僕がもう少し大きかったら今頃もう――――だったのに。おにいちゃんものすごい女好きだし。チュ」


 背中に一際温かく柔らかいものが触れる。


「今日もこれで我慢。早くおにいちゃんが暴走して僕を――――してしまいますように」


 意識が完全に沈む。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『表』 朝


 俺は全裸のままタオルを持って階段を駆け下り、浴室の扉を勢いよく開く。


 風呂には湯気が満ち、紬がボケーっとした顔でシャワーを浴びていた。


「んあーホマ君。お姉ちゃんが入ってるよー」


「ああ、昨日リビングで寝落ちしたから朝シャン浴びてるんだろ」


 外着のまま大股開きで寝ている紬を見て母親が頭を抱えていたからな。


「そうなのだー」


 俺は紬を椅子に座らせてボディソープをタオルにつける。


「流すだけじゃ汚れは落ちないよ。背中を流すから座ってくれ」


「ありがとホマ君ー」


 俺は半開きの目でホケーと笑う紬の背中を流す。


 適度に日焼けした肌は健康的で傷一つな……膝とか脛とか小学生みたいなところに傷作ってるな。


「気持ちいいか姉さん?」


「ん-最高ー」


「良かった。次は両手をあげて」


 俺は紬の脇や体の前まであらゆる場所を全て洗ってやる。

アオイとほぼほぼ同じ体型で既視感があってやりやすかったが、同時に少し悲しい。


 そこで再び浴室の扉が開いた。


「兄ちゃん達、朝から風呂で何やって……げっ!?」


 新は全裸の俺達を見て尻餅をついた。


「ちょうどいいから新も来い。3人で流しっこしよう」


「流しっこだぁー」


「いやおかしいだろ! この歳で3人で風呂とかどんな狂気……兄ちゃん脱がすなって!!」


 抵抗しながら全裸にされた新の背中を紬が流す。

その紬の背中を俺が流し、俺の背中は新が流す。


「いいなこれ」

「あはーだねー」

「なんだよこれ……なんだよこれ……」


 最後にシャワーで泡を流して3人で湯船に浸かる。


 もちろん俺の家の風呂は大きくもなんともないので3人入ればギュウギュウ詰めだ。


「そこを姉弟団欒の為に無理やり入る!!」 

「無理に決まってんだろ兄ちゃん! 狭っめぇー!」

「グエエーー潰れる! ……ハッ」


 俺と新にサンドイッチされた衝撃で紬の目に光が戻った。


「え? は? うえぇぇぇ!?」


 紬はスッポンとばかりに浴槽から飛び出して体を戦慄わななかせる。


「こ、こ、この……アホマ――!!」


 軽快な動きから繰り出される回し蹴りだが、来るのがわかっていたので軽く避ける。


「あっ」


 空振りした足の先には、へりに足をかけて浴槽から出ようとしていた新が居た。


 楽器のトライアングルみたいな音が鳴った気がする。




「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 股間を押さえてのた打ち回る新。


「ぶにゅってした」


 未知の生き物を踏んでしまったような顔で俺を見つめる紬。


「ただでさえ新のはちっこいのに潰れたら大変だ!」


「俺のはちっこくねぇ! 兄ちゃんがデカすぎるんだよ!! ほぼペットボトルじゃねえか!」


 新にとって譲れない所なのか息も絶え絶えに反論してからまた悶え始める。


「アンタたち毎日毎日いい加減にしないさ――ってどういう状況これ?」


 怒鳴りこんできた母親が首をひねる。


 大人しく退散するとしよう。 


主人公 双見誉 放浪者サバイバー

拠点 新都雑居ビル8F 2人 

環境 

人間関係

同居

アオイ「妹」

中立

風里2尉「捜索」

備蓄

食料29日 水7日 電池バッテリー0日分 燃料7日分

経験値92+X

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ペットボトルもいろいろサイズがありますが、350〜2リットルだとどれに当たりますか?
[一言] 自分にとって一番の癒やしは表での朝の姉弟三人のやり取りwww
[一言] うむむ。カレー臭のせいだと確信してたのに外しました 紬ってもしかして合法ロr……いえ、なんでもありません
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