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第49話 アオイの運命 5月13日【裏】

5月13日 【裏】(木)


 体に感じる痛みで目を覚ます。


 まず背中が痛い。

マンションで使っていた使い古した布団が高級ベッドに思えるほどフロアタイルの床は硬い。

上着と空のザックを敷いてみたが焼け石に水だ。


 足も痛い。

入口とベランダから視線の通らないカウンターの裏で小さくなるように眠っているからだ。

このショットバーは以前のマンションと違って安全性がまったく確保されていない。

一応出入口の扉はロープで縛っているが外から蹴り上げれば一人でも壊せるだろう。

隣の店舗スペースとベランダで繋がっているし、上階から落ちて来た怪物が引っかかる可能性もある。

堂々と真ん中で大の字になることはできないのだ。


 最後に腕が痛い。

隣で寝るアオイがうなされながら必死に抱き抱えているからだ。


「……」


 手をアオイの首筋へ伸ばしてみる。

やたら早いが脈はあり荒い息もはっきりと聞こえる。

熱はまだ非常に高いようで意識は朦朧としている。


「なんとか持ちこたえてくれている。しかし凄い量の汗だ……これじゃ脱水になってしまう」


 俺が水の準備をしようと体を放した途端、アオイがガタガタと震え出した。


「……寒い……寒いよぉ」

 

 差し出した水よりも温かさを求めて俺に引っ付こうとする。


「こんなに汗をかいてしまったら仕方ないか」


 アオイは自分の発汗で水を被ったような状態になっていた。

お洒落な長袖も湿っているどころか絞れるほどだ。


 ここまで服が濡れてしまっては汗をふいてやったところで意味はない。

体が冷えないよう包んでやれる毛布もなく、あるのはカウンターにかけられていたペラペラの布一枚きり。もちろん火なんて起こせない。


「おいでアオイ」


 俺はアオイの服を脱がせ、自分も上半身だけ裸になる。


「あったかい……」


 アオイは細い手で俺の胸板を探り、温かさを感じたのか全身をぴったりひっつけてきた。

肌が密着した瞬間は汗のせいか冷たさを感じたが、すぐに高すぎる体温が伝わってくる。


 『表』ならアオイぐらいの子が意識朦朧となるほどの熱を出せば即病院、下手をすれば救急車だろう。

だが『裏』では何もない。何もしてやれない。

ただ水を飲ませ、ペラペラの布を被りながら体温で温めてやることしかできない。

 

 アオイの体力を削り続ける高熱だがこれがあるうちは生きているのだから、ただ下がれとも思い辛い。


「寒い……怖い……」


 弱りきったアオイが俺は胸板にぴったり抱きついてまた汗をかきはじめる。


 その姿が小さい頃に風邪をひいて抱きついてきた新と重なり、ぎゅっと強めに抱き締める。

あの時の風邪は新を騙して冷水風呂に入れた俺のせいなのだけれども。


「パパ……ママ……」


 俺の腕の中でうわ言を言うアオイの目から涙が流れる。

その声に答えてやることはできなかった。


「おにいちゃん……」

「ああ、ここにいるぞ」 


 つい答えてしまった。

それっきり何も言わなくなったアオイが静かな寝息を立て始める。

体温は心持ち下がったように感じる。


 密着した状態でアオイが怪物化してしまったら対処不能だぞと理性が訴える。

それを構うものかと感情で押し返す。


「大丈夫だ。きっとよくなるよ」


 口に出すと安い気休めに聞こえるセリフだが何故か確信があった。

全力を尽くせばアオイは必ず助かると。



 ふと腹が鳴る。

そういえば一昨日の夜にここに来てから何も食べていない。


 脱出前に用意していたパサパサのオニギリが目につく。


「二日ぐらいどうってことない」


 アオイが回復したら何か食べたがるだろう。

このバーをひっくり返して探しても出てくるのはせいぜい乾きもの、病み上がりではつらいだろう。


 再びクウと腹が鳴る。

眠っているはずのアオイが少し笑顔になる。


「笑うなって」


 お前のために我慢しているのにと俺も笑い、空腹を忘れる為に目を閉じる。




 眠るでも起きているでもないボンヤリとした感覚が続き、太陽が傾き始めた頃に覚醒する。


「――!」


 反射的に跳ね起きる。

腕の中にアオイを抱いている感触はある。


 なのにこちらまで汗をかくほどだった熱が消えていた。



 俺が飛び起きると同時にアオイも半身を起こしゆっくりと手を伸ばしてくる。


「う……あ……」


 その動きはとても鈍重で口から出るのは掠れた音、頭はふらふらと揺れて目の焦点があっていない。


 アオイは立ち尽くす俺に組み付いて口を開き、そして――。



「……おしっこしたい」


 俺はゆっくりと下を向いて長く息を吐き、声を潜めつつ笑う。


「笑ってる場合じゃないですよぉ……」


 アオイのふらつきは止まり、目の焦点が俺に合う。

高熱で二日も寝込めばふらつくのは当然だった。

水を飲ませるとかすれ声もいつものアオイの声に戻る。


「水飲んだらもっときちゃった……もう漏れちゃうよぉ」


 バタつくアオイの目を覗き込み額に手を当てる。


 ゾンビの曇ったものとは全く違う綺麗な黒の瞳だ。

熱も平常に戻っている。


「良かった。本当に良かった」


 俺はアオイの髪から顔までを滅茶苦茶に撫で回す。

力加減が出来なくて痛かったかもしれないが、アオイは抵抗せずされるがままに撫でられてくれた。


 アオイは俺を見上げてふにゃりと笑い……容赦なく突き飛ばして両手で股間を押さえて足踏みする。


「お礼は後でいくらでも言うから今はおしっこ! もう出ちゃうぅ!!」


 俺はすまんすまんと謝り、カウンターから適当な酒瓶を持ってくる。


「ほら」

「ふえ?」


 アオイは信じられないといった顔で俺を見る。


「これにして窓から捨てちまうのが一番安全だ」


 トイレはバーの外にしかないのでわざわざ出て行くのは論外。

床にするのは不衛生だし臭いも出るので危険だ。


 酒瓶に入れて瓶ごと窓から投げ捨ててしまうのが一番いい。

落ちた時に音は出るが一戸建ての住宅と違ってここは8階だ。

下にゾンビが集まってもそれほどの危険はない。

    

「む、無理ぃ! そんなのできないぃ!」


 非常に情けない見た目になるが安全の方がずっと大事だ。


「口の広い瓶を選んだからこぼれないって。ちっちゃいソーセージなら簡単に入るだろ」


 むしろ俺の方が問題だ。

大きめだからどんな瓶にも絶対入らない。


「ソーセージなんてないよぉ!」


「なんだと! まさか食い千切られたのか!?」


 だとすれば一大事、怪物化をおいても重大すぎる負傷だ。


 だがアオイは股間と何故か胸を手で隠しながら俺の足を蹴って来る。


「もともとそんなのついてない! ボク女の子だもん!」


 俺は二度瞬き、窓の外と天井、そして酒瓶と順にみてからアオイに目をやる。


「あれぇ?」

「もうだめー!!」


 とりあえず限界を迎えたアオイをなんとかしなければ。


 

 

 アオイはボロ布に包まり、俺に背を向けて座っている。


「ごめんよアオイ。本気で男の子だと思ってたんだ」

「なお悪いです! 一緒に生活してたのにどうして気付かないんですか!」


 アオイはふぐのようにプクーと頬を膨らませて俺を責める。

ただ背を向けながらも俺の腕にピッタリとひっついているので本気で怒ってはいないと思いたい。


「それに女の子をすっぽんぽんにして抱き締めるなんて事案です! 逮捕ですよ!」


 アオイは膨らみながら真っ赤になって言う。

どんどん元気になるのが嬉しくてたまらない。


「まあまあ小学生なら男も女もないって。現に裸にしても気づかなかった――おいおい痛いぞー」


 振り返ったアオイが俺の腕をギューっと抓ってくる。

拍子に布がめくれて少し見えてしまったが、やっぱりこれでは気付けない。


 俺は正面からもう一度アオイを抱き締める。


「良く生き残ってくれた。ありがとう」


「あう……抱き締めていてくれたの感じてました……すごく温かかった。助かったのは双見さんのおかげだと思います……ありがとう、ございます」 

 

 アオイは俺の胸に顔を埋める。


「もし嫌じゃなかったら……おにいちゃんって呼んでもいいですか?」


「もちろん」と即答すべきところだったのにほんの僅か躊躇してしまう。


 大丈夫『表』に新はいる。

アイツを消してしまうことにはならない。


「もちろんいいよ」

「……本当にですか?」


 返事は1秒も遅れなかったのにアオイは鋭敏な子どもの感覚で何かを感じ取ってしまったようだ。


「ああ変な顔してたかな。アオイに「おにいちゃん」って呼ばれると何かムラムラきてしまってさ」


 誤魔化すように言う。


「わっ、変態さんにはならないで下さいね!」



 同時に笑ったところでアオイの腹がクゥと鳴った。


 腹が減るのは体調が戻った証拠だから良いことだ。


「待ってろ。今作ってやるから」


 俺はパサパサおにぎりを取り出す。

幸運なことに梅入りだ。


 バーの雰囲気を出す為に置いてあったのであろうキャンドルに火をつけ、金属製のタンブラーを炙って僅かな水を沸かしオニギリを入れる。

そのまま軽く煮込めば梅のおかゆが完成する。

粗末で量も少ないがとりあえず腹になにか入れておけば違うだろう。


「美味しそう……でもおにいちゃんの分が」


 アオイの腹は鳴り続けている。

病み上がりの体が必死に栄養を求めているだろうに優しい子だ。

 

「お前が寝ている間に一人で色々食べてたから大丈夫だ」

「……うん」


 嘘だとわかっている顔でアオイはおかゆに口をつける。


「美味しい……すごく美味しいよ、このおかゆ」

「そりゃ良かった」


 それだけ体が栄養を求めていたのだろう。


「美味しい……うまいおかゆ」

「ゆっくり食え。胃がびっくりする」


 早急に他の飯も探さないとな。 


「かゆ……うま……」

「それはやめろ!」



 アオイは助かった。

ぶち壊された自信が少し回復したような気がした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


同時刻 ???


「被害は甚大であります。第三小隊は装備諸共壊滅、山間駐屯地には多数の怪物が残留しており奪還は困難を極めるでしょう。放棄が現実的かと思われます」


 女性が淡々とした声で報告するも、その声色に隠し切れない動揺が滲み出ている。


「結構だ風里かざり2尉。予想の範囲内、むしろ最小限で済んだともいえる」 


 対して応える男の声には微塵の動揺もなかった。


「……お言葉ですが切り捨てるべきではなかったのではないでしょうか? ミステイクがあったとはいえ同じ部隊であります」


 女性――風里が呟くと男はわざとらしく仰け反る。


「なんと君らしくもない! 奴らの数を見ただろう? あの中から救い出すには隊の半分と弾薬のほとんどをすり潰す必要があった。私は彼らに事前警告していたよ。『大群が山の手方向から旧市街に向かう可能性があり』――と。にも関わらず彼らは離脱できなかった。見捨てられるに十分な無能達だ。次への教訓にする以外になにができるというのか?」


「過ぎた意見でした。黒羽くろばね3佐」


 黒羽は別に怒っていないとばかりにおどけてから苦笑いで地図を叩く。


「それで都心から奴らの群れを引っ張ってきたのはやはり……」


 風里は改めて険しい顔で俯く。


「はっ我々のヘリを追いかけた以外に説明がつきません。燃料節約を意識する余り、低く飛び過ぎたようであります」


「最近は粗ばかり目立ってしまうな……とりあえず大目的は達成されたから良しとするしかあるまい」



 黒羽はこの話はここまでとして机の上に写真を並べる。


「わかるかね風里2尉?」


「失礼致します――旧市街のドローン空撮でありますか。未だ多数の怪物が残留していますが……この区域の不自然な空白が気になります」


 黒羽は満足そうに頷く。


「やはり君は優秀だな。私も注目したのはそこだ。例の変異体が居て怪物を排除捕食しているのだろう。まぁそれ自体は大したことではないが、これだけ大量の怪物を自由気ままに捕食した変異体は一体どうなるのだろうか?」

 

「想像もつきません」


 黒羽は私もだよと肩を竦める。


「この地域は観察し続けねばなるまい。例のモノもあるとすれば旧市街だろうよ」 



 言い終わった黒羽の顔が不意に緩む。


「ここからは、おまけみたいな話なのだがね」


「おまけ、でありますか?」


 黒羽は写真を指でなぞる。


「大規模な火災が起きたようだが気にならないかね?」


「はっ怪物に攻撃された拠点から火が出るのは珍しいことでは――」


 言いかけて風里は写真に顔を近づける。


「偶発的に出火したにしては燃え方が……四か所を囮を考えれば、この回廊のような焼け跡が本命――」


「回廊の突き当りになにがある?」


 黒羽は嬉しそうに写真を叩きながら言い、風里は町の地図を写真に重ねる。


「新都へ続く地下排水路入り口……火災を脱出に使った者がいる!?」


 黒羽がニヤリと笑う。


「そうとも。あの地獄のような状況下で脱出を図った者がいる。街ごと焼き払う豪快さと、延焼まで計算する緻密さを持ち、恐らくは第三小隊の交戦まで利用してだ。そしてこの場所に見覚えがないかね?」


 風里は無言で驚き顔をあげる。


「君は元特殊作戦群、個人戦闘能力も極めて優秀だったね。我々はしばらく動けない。その間、君に一つ特別な任務を与えたいのだが……」


【裏】

主人公 双見誉 放浪者サバイバー

拠点 新都雑居ビル8F 2人 

環境 

人間関係

同居

アオイ「かゆうまい」

備蓄

食料0日 水1日 電池バッテリー0日分 ガス0日分

経験値91+X

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― 新着の感想 ―
[一言] かゆうまの元ネタの実験動物飼育員は犬の死骸(生)を食べてましたが 今、裏の世界の犬や猫やカラス等、動物たちはどうなってるんでしょうね サバイバーに残らず食い尽くされたかな? それともやつら…
[良い点] かゆ……うま…… アオイ「かゆうまい」 ※お粥が美味しい、それだけのはず! ゾンビゲーム史上に残る伝説の台詞を まさかここで見ることになるとは思わなだ。 [気になる点] 某ゲームのT-…
[良い点] 誉、気づいてなかったんかい!? アオイで、某村人姉弟の弟を思い出した。 あっちは男なんですがね。 [一言] おかゆ、うまい。
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