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第48話 エッチなお姉さん奪取作戦③結末 5月13日

5月12日【裏】


 なるだけ綺麗なタオルを選んでアオイの顔を拭いてやるも1分も経たずに汗まみれに戻ってしまう。

熱と発汗が尋常ではなく震えも激しい。


 簡易に手当てしただけの腕の傷が変色して血が流れだしていた。


 これがなんであるかは知っている。

多分生存者サバイバーなら誰でも知っているだろう。


「あいつらに噛まれたら死んじゃうんだよね……それから同じようになっちゃうんだよね?」


「大丈夫、運の悪い奴だけだ」


 泣きながら言うアオイへ、なるべく冷静に悪夢を見た子どもをあやすように言う。


 怪物に噛まれた人間は高確率でアオイと同じような状態になる。

原因は知らない。

奴らの唾液からウイルスに感染するとか、体内になんらかの有害物質が入るからだとか、悪魔の呪いを貰うからだとか色々言っている奴はいるものの、研究機関なんて残ってないからわからない。


 わかっているのは奴らに噛まれた人間は高確率で、素手で格闘したり血飛沫を浴びた人間は低確率でコレを発症することだ。


 発症後はしばらく高熱を発した後、全身を痙攣させながら死ぬ……いや息と鼓動が止まる。

そしてむっくりと起き上がり、後は誰であろうが怪物と全く同じだ。


 体の損傷が激しければ、つまり頭がまともについていなかったり四肢がバラバラだったり、中身がなくなっていたりすればそのまま死ぬ。

完全に怪物になった後なら死なない程度の損傷であってもそのまま動かなくなる。

だからゾンビに群がられて食われた人間はほぼほぼ起き上がっては来ない。


 俺は壁に立てかけたバールに向いた視線を強引に戻す。


 あり得ない選択だ。

リスク計算はしなくていい。

『裏』でも『表』でもこれ以上切り捨てたら俺はもう立っていられないだろう。


「苦しいよ……死にたくないよ……」

「死なないさ」


 俺はアオイに再び水を飲ませてからその隣に横になる。


 嘘は言っていない。

この状態になっても確実に怪物になる訳ではない。


 高熱から回復する者もいたし、あるいは怪我もないのにそのまま死んで起き上がらない奴もいた。

条件も原因も何もかもわからないが。


 確率は7と2と1ぐらいだろう。

もちろん悪い方から順にだ。


 それでも確率は0ではない。

この場にはアオイ以外に守らなければいけない者はいない。

なら最後まで粘るべきだ。


「僕怪物になっちゃう……噛み付いちゃうよ……」


「構わないよ。これで少しは温かくなったろ、大人しく寝とけ」 


 俺は水分を補給したせいか、先程までより更に汗をかくアオイを腕の中に抱き締める。


「どうしてここまでしてくれるの……? 僕……なにも……」


 アオイは舌足らずになった口調で言う。

意識が曖昧になっているのは高熱のせいだと思うことにする。


「弟を守れなかった分かな」


 アオイは焦点の定まらない目で俺を見た。


「おとう……ちが……僕……おん……」


 そして意識を失い、静かに寝息を立て始める。


「水はもう少しあるな。飯は……どうせ食えないか」


 高熱発汗は相変わらずだが、震えだけは止まったので良しとしよう。


 俺は眠るまでずっとアオイを抱き続けた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


5月13日(木)『表』 放課後


 学校が終わった俺は一人で秋那さんのマンションに来ていた。

今日は陽助を頼る必要はないからだ。


「ほーい、いらっしゃい。おー黒髪に戻ってる。やっぱ君はそっちのがいいね」


 秋那さんがTシャツにパンツだけのラフどころじゃない恰好で出迎えてくれる。


 呆れた顔をする俺に向けて秋那さんは突然前屈みになる。

当然俺は顔を近づけて胸元を覗き込む。

上は本当にシャツだけだぞこの人。


 次いで秋那さんがふいと後ろを向き、当然俺は床に這うようにして下から覗く。


「いやぁここまで反応良いと楽しくなってくるね」


 秋那さんは満足そうにケラケラ笑った。


「純情な高校生で遊ばないで下さいよ」


 しかし気付かれていないようで良かった。

駅のトイレで30分近く鏡とにらめっこした甲斐があったな。


 できるだけ『裏』でのことを引きずらないよう気をつけているのに、学校ではバレバレで晴香他の全員から心配されてしまったのだ。



「ともかく今日で仕上げです。スマホいいですか?」

「はいはい」


 秋那さんから今まで使っていたスマホを受け取る。

もちろん既に新しい物は渡している。


「移す連絡先これだけでいいんですか?」


「うん。店と監督と友達が1人。楽なもんでしょう?」


 逃げる時の基本で当たり前の方法だ。

スマホを変えて住所も変える。

案の定偽装したGPS追跡アプリも入っていたしな。


 だがこれはコウから逃げて隠れる為ではない。

日本全国どこでもいいなら逃げ切らせる自信はあったが、秋那さんは両河から出ないと言う。

少し粘ってみたが絶対に出ないとごねるのだ。


 市内限定ではどれだけ上手く隠れてもいずれみつかる。

下手をすれば飯屋やコンビニで顔を合わせる可能性だってあるだろう。


 だから隠れるのではなく見つけても手が出せないように考えた。

つまり――。

 

「私はキミから借りたお金を返せなくなって売られていくんだよね。それはもう地獄のような場所に」


 やばい奴から金を借りて返せなくなった秋那さんはスマホも住処も失ってやばい場所に売られていく。

そういうシナリオだ。

 

 これならもしコウがなんらかの手段で彼女を見つけたとしても接触できない。

なによりヒモがもう金づるにならないとなった相手に固執することはないだろう。


 この方法なら俺的には不本意ながら仕事をそのまま続けることもできるだろう。

まあ稼いだ金を全て自身の為に使えるだけでも改善と言えるし、いずれはもっと良い方向に誘導してやれば良いだろう。その過程でいやらしい関係にもなれるに違いない。


「じゃあ最後の助けを求める電話を――」


 言いかけた時、玄関のノブが突然回された。

もちろん鍵はかけていたが玄関はオートロックはずなのに。


「コウだ。アイツ合鍵持ってるから」


 秋那さんは困ったように、それでいて期待に満ちた目で玄関を見つめる。


 俺は唇を噛みしめた。

まさかこの期に及んで余計な男気を見せにきたのだろうか。


「……ともかく今は隠れて下さい」


 俺は秋那さんをクローゼットに押し込み、髪型を整え直して玄関を開く。


「秋――ってあんたなんでここに!?」


 俺は動揺を一切顔に出さず、威圧的な拍子で言う。


「引っ越しの準備ですよ。借金返せないのにこんないい場所住ませとく訳にいかんでしょう」


 言いながらコウの表情を伺う。

恨めしげな顔をしているが疑っている様子はない。


「それでその……秋那は?」


「こっちで押さえてます。それより彼氏さんは何のために? 建て替えなら間に合いますよ。大変なことになる前に」


 頼むから男気を見せてくれるなと思いつつ、もし見せたならその方が秋那さんにとっては幸せじゃないかとも思ってしまう。


 一昨日までの俺ならそんなことはなかった。

100%俺の方が秋那さんを良い方向に連れていけると確信していたから自信をもってこいつを排除できた。だが今となってはその自信が持てない。


「あーその話なんですけどね……」


 コウが媚びるような目を俺に向けてくる。


「金貸しさんが押さえてる中にアイツの貯金とかあると思うんすけど、そん中俺の金も入ってんすよぉ」


 心の中の迷いが吹き飛び空白が残る。


「確か50万ぐらいは俺の金だったはずなんで、それを返して貰いたいのと――」


 こいつはなにを言っているんだ。

  

「あとね、あいつが付けてたダイヤの指輪あったじゃないすか? あれって実は俺の持ち物なんで……ほら鑑定書も俺が持ってて所有権は俺にあるんすよ。アイツには貸してただけなんで勝手に処分されたら困るって言うか……」


 秋那さんが酷い目に会っている時に、こいつはこんな書類を揃えてたのか。


 空白になっていた心に怒りとドロドロした負の感情が流れ込んでくる。


 突然動きを止めた俺をコウが不信そうにのぞき込む。


「あー金貸しさん? もしもし?」


 火の中に落ちていくミツネさんの表情、最後の恨みの声が蘇る。

俺は全力で考え、命がけで行動してそれでも守れず切り捨てたのに。


「双見さんだっけ? 髪黒くしたんすか……てか、あんたとどこかで会ってません?」


 ミツネさんと秋那さんの笑う顔が重なった。

あれだけ食い物にされていた秋那さんはそれでも期待の目を向けていたのに。

こいつの口から出たのは金と指輪の話だけだ。



「あっ!?」


 当然コウが俺の顔を指差す。


「お前あの時の高校生じゃねえか!? ってことは借金なんて全部嘘かよ――」


 俺が硬直したからバレてしまった。

作戦は失敗だ。


 だがもういい。もうこれでいい。

こいつ存在が秋那さんにとって障害だとわかった。


 俺は怒声をあげようとするコウの顔面を思い切り殴りつける。


「がふっ」


 鼻から血を噴き出しながら床を転がるコウ。


「こんなことして――」


 言い終わる前に脇腹を蹴り上げ、そのまま馬乗りになって握りこぶしを連続で頭部に叩きつける。 


「名前割れて――学校に――警察――やめっ!」


 喚くコウに対して俺は一切口を開かず、ただ攻撃を加え続ける。


 怒声や罵声はつまるところ威嚇だ。

『俺は強いぞ。しかも怒っているぞ』『これ以上こっちに来たら攻撃するぞ』と主張して戦わずに相手を退け、あるいは屈服させて戦闘を回避するためのものだ。


 今の俺に戦闘を回避するつもりはない。

まるでゾンビを破壊する時のように淡々と攻撃を加え続ける。


「た、たすけ……殺され……ぐげっ!」


 コウの抵抗が弱くなってくる。


 俺は周囲を観察し、荷造り用の大きなカッターナイフと台所の包丁を目にとめた。

どっちの方が――。



「もういいよ! もういいから!」


 クローゼットから飛び出した秋那さんが俺を羽交い絞めにした。

払いのけることなどできない俺は動きを止め、その隙にコウが転がるように逃げだした。


「お、覚えてろよ! 名前も学校もわかってんだからな! ただじゃすまさねぇ!」


 泣き声で捨て台詞を吐きながらコウが玄関から飛び出していく。


 俺は2度3度と深呼吸して冷静さを取り戻した。


「……やっちまったなぁ」

「本当にそうだねぇ」


 俺と秋那さんは顔を見合せて笑う。


 今回に関しては本当にどうしようもない。

借金取りの振りをして相手を騙し、ばれたら殺すような勢いで一方的に殴りまくったのだ。

どこをどう切り取っても俺が100%悪い。


 退学は確実で、確実に警察沙汰になるだろう。

何をやっているんだと自分に呆れるが不思議と後悔はなかった。


「おいで」


 今更どうすることもできないので秋那さんの誘いに応じてベッドに乗る。


「あそこまで食い物にされてると思ってなかったなぁ。助ける甲斐性なんて期待してなかったけど」


 秋那さんが俺を抱き締める。


「憐れむぐらいはしてくれると思ったなぁ……」


 俺は長い長い溜息を吐く秋那さんを抱き返す。


「あたしのために怒ってくれたんだよね」


 俺の肩に秋那さんの顔が乗る。


「あたしを本気で守ろうとしてくれたんだね」

 

 頬同士が擦り合わされる。


「うん決めた。キミの女になろう」


 秋那さんは赤くなった目で宣言して俺の肩をポーンと押す。


「はい、男子高校生クンは現役の泡姫+AV女優を手に入れました。嬉しい?」


「メチャクチャ嬉しいです。ただアイツが警察に駆け込んだら高校生じゃなくなるかも」


 すると秋那さんは苦笑して俺の背中を叩く。


「まあまあ。あたしも高校中退だし気にしないって! なんなら家追い出されたら養ってあげる」


「速攻次のヒモ飼ってどうするんですか」


「素敵なヒモならいいのー! ま、もし警察とか来たらキミが有利になるように言ってあげるよ。それにコウのクズさは有名だしきっと大丈夫だから安心しなって」


 期待せずに覚悟はしておこう。


「さてと」


 秋那さんは俺の全身、特に下半身をじっくり見つめながら一つ頷く。


「気分的にはここでドロッドロのエッチしたいんだけど……心配なことがあるからなぁ。よし!」







 俺はタワーマンションの長いエレベーターを降りる。

結局セックスはせず『1週間後ぐらいに連絡するから待っててね』とにこやかに言われた。


「逃げるのかもな」


 俺は浮つく本能を押さえて冷静に考える。


 コウを殴りつけていた時の俺はどう見ても異常者だった。

関わり合いになりたくないと思っても仕方ない。


「まあその時はその時、それより……警察にどう言い訳したものか」


 通報はまず100%されるだろう。

なんとか陽助だけは騙すか脅して巻き込んだ方向にもっていかないと……。

 

 考えながらマンションを出ると目の前にパトカーが止まっていた。


「対応早いなおい」


 思わず感心してしまったがよく見ると救急車も止まっており、人だかりができて、その中から時折悲痛な声があがっている。


 どうやら俺を捕まえに来たのではなさそうだ。


「すみません。なにがあったんですか?」


 俺は派手な服を着た中年女性に聞いて見る。


 すると中年女性は聞かれるのを待っていたとばかりにすごい勢いで話し始めた。


「事故っ。交通事故っ! 道路に飛び出した男の人がトラックにバーンて轢かれたのよ! 怖いわぁ!」


 女性が指したのは秋那さんのマンションだ。

時間も合う。


「それは怖いですね。男の人は助かりそうなんですか?」


 俺は無表情を保ちつつ聞く。

トラックにもろに轢かれたならば。


 中年女性は虎柄のシャツを握りながら千切れそうなほど首を振る。

 

「それがダメみたいなのよっ! 私は怖いから見れなかったけど、もう全身グチャグチャなんだって! 怖いわぁぁ!!」


「そうですか。グチャグチャですか」


 あくまで無表情を保つ。

損傷がひどければ俺が殴った痕などわかるまい。


「トラックの運転手さんが警察と話しているのを聞いたんだけどね! 尋常でない様子で道路に飛び出してきたって言ってるのよ!! でも運転手さんお酒飲んでたみたいでね!! 怖いわぁぁぁぁ!!」

   

 尋常でない様子で道路に飛び出したと言う。

だが飲酒運転手の証言などまともに受け取られない。


 転がる靴、破れた服の切れ端――確定だ。


「被害者の身元割れたか?」

「携帯電話が見つからず財布の中にも証明書のようなものがなくて……」


 警察か救急か関係者の声が聞こえてくる。

スマホを持っていなかったなら俺のことを通報できてもいない。

 

 俺は怖い怖いと連呼する中年女性に礼を言って立ち去る。


 スマホを忘れたコウが飲酒運転のトラックに轢かれて即死する確率はどれぐらいだろうか。


「運は残ってる。アオイの10%ぐらい拾えるはずだ」 


『表』

主人公 双見誉 市立両河高校一年生

人間関係

家族 父母 紬「姉」新「弟」

友人 那瀬川 晴香#16「唐揚げ」三藤 奈津美「クッキー」風里 苺子「スルメ」江崎陽助「飴ちゃん」高野 陽花里「再燃」

中立 元村ヨシオ「クラスメイト」上月 秋那「準備?」

敵対 仲瀬ヒロシ「クラスメイト」キョウコ ユウカ「復帰間近」蛭のコウ「事故死」

経験値51


【裏】

主人公 双見誉 (憔悴) 放浪者キャンパー

拠点 新都雑居ビル8F 2人 

環境 

人間関係

同居

アオイ「発症」

備蓄

食料1日 水2日 電池バッテリー0日分 ガス0日分

経験値91+X

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― 新着の感想 ―
[良い点] 窮地に謎の幸運が働いたのをみると誰かを思い出しますね。 [気になる点] やはり裏の世界だと家族は既に・・・
[気になる点] アオイく…ん?いやアオイちゃん!?助かってほしい! [一言] トラック事故…蛭のコウ異世界転生編…開始!
[良い点] 読んでて今回どう始末付けるんかなと思ったらそう来たか 身バレに暴行、完全アウトだと思った
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