第44話 地獄の行進② 5月11日【裏】
5月11日(火)【裏】
言霊という概念がある。
言葉そのものに力がこもり『いける』『だめだ』と口に出せば環境も引っ張られて変化する。
「朝起きたら案外丸く収まっていた」
ボソリと呟いてみる。
「ごめん誉君、聞こえない」
シズリが震えながら聞き返す。
そうだよな。
呻き声と足音が部屋の中まで響いているもんな。
「言霊ぐらいでどうにもならないよなぁ」
部屋を見回す。
団子のように固まって寝たのは俺を含めて八人。
シズリ、カオリ、ソフィア、アオイ、そしてミツネさん達女性3人だ。
全員が目の下にクマをつくり一睡もできなかったようだ。
俺は目立たない黒い棒切れを取り出し、スマホを粘着テープで括りつける。
「全員声を潜めてくれ。息も静かに」
注意してから録画ボタンを押し、ほんのわずかに開いた窓からナメクジのような速度でゆっくりと棒を外に出していく。
近くで見ていても人が操作していると気づかれないようにゆっくりゆっくり、10分程かけ角度と方角を変えながら動かしてから室内に戻した。
慌てて窓を閉めようとするシズリを捕まえ、やはりナメクジが這うような速度で音もなく閉めてから撮影した動画を再生する。
「さて……おおう」
「ひどい……」
「こんなの……どうするの」
屋外の様子は本当にとんでもなかった。
まず道が見えない。
全てゾンビで埋まっているからだ。
マンション前の駐車場や中庭もない。
同じくゾンビで埋まっているからだ。
平屋や二階建ての住居は潰れるか、屋上までゾンビが登って蠢いている。
近場にあったここより高い6階建てのマンションの屋上にすらゾンビが蠢き、苦し紛れに焚いたのであろう火がボヤとなって煙を立ち上らせていた。
360度囲まれているという表現でも不足だ。
周囲の住宅地全体が呑まれている。
「に、逃げられる?」
カオリの質問に思わず笑ってしまう。
絨毯みたいに地面が全部ゾンビなのにどうしようもない。
方法とかそういう問題ではない。
「まあ少なくともここは無事だった。それが飛び切りの良いニュースだな」
ゾンビはここにいる俺達に気付かず、マンションはゾンビ波に直撃されなかった。
回避不能の即ゲームオーバーは避けられたのだ。
ただ俺は悪いニュースの方はあえて口に出さなかった。
地面を埋め尽くす数と言っても当然ながら有限だ。
どの方向にでも移動し続けているなら三日や四日か、あるいは1週間か2週間か耐えればやがて解放されるだろう。
だが動画を見る限りゾンビ共の足は止まり、ただ小さく蠢いているのみだ。
つまりいつまで待っても状況は変わらないということだ。
あらゆる希望的観測を動員しても現状は絶望的だ。
今の俺達にできるのは絶対に見つからないよう息を潜めつつ、状況の変化を待つことだけだ。
「あの……お料理は……」
ソフィアに向けて首を振る。
「缶詰で耐えた方が良いだろうな。光の出ることはやめておいた方がいい」
もちろん屋上に出て運動などあり得ない。
「……おトイレは」
桶にして部屋の浴槽にためておくしかないだろうな。
どの窓からも排泄物を捨てることができないから。
「つらくなりそう……」
シズリが俺に抱きつく。
「今は機を待つしかないな。気晴らしに面白い話でもしよう。声が漏れないように布団被ってさ」
俺は全員を集めて掛布団を被せる。
「これは昨日……いや中学の時の話なんだけどな」
俺は陽助とやった馬鹿話を始める。
こっちの世界では起こっていないことだが嘘も方便、どうせバレる心配もない。
修学旅行の夜のようにバカ話をして声を潜めて笑い、外の地獄を忘れる――つもりだったのだが。
「ぐす……ぐす……でね、家に帰ったら旦那が夫婦のベッドで会社の後輩と浮気してたの……それで私が掴みかかったら「若い娘みたいにうるせえ。お前とは一か月もセックスしてないんだから察しとけよ」って突き飛ばされて……」
「ひっどい最悪」
「浮気しといて開き直るとかカスの中のゴミじゃん」
ミツネさん拠点の女性が語り、皆が憤る。
そして全員がチラリとこちらを見る。
「……年下の彼が5百万あればデビューできるって言うから借金してまで用立てたのよ。そしたら次の日には連絡とれなくなって家も引っ越してて……お金取られたより今までの思い出が嘘だったって言うのが悲しくてもう……」
「そうそこ! 詐欺より恋が嘘だった方がつらいよね!」
「男なんてそうなのよ……女の胸とアソコとお金にしか興味ないんだから」
もう一人の女性が語り、複数人が共感して頷く。
そしてまたチラリとこちらを見る。
「気まずいんだが……」
バカ話で笑う予定がいつの間にか女性達の最低男語り大会になってしまった。
まあ女性達の気は紛れているようだからいいんだけどな。
俺はアオイを抱き寄せて肩を組む。
「男二人、寄り添って耐えようぜ」
「ひわっ!? え、でも僕……」
アオイが何か言おうとしたが少し音量が大きくなったので口を手で塞いで嗜める。
「カオリちゃんも何かあるでしょ。ほら遠慮せずに」
ミツネさんが促すとカオリは俺をチラ見してから躊躇いがちに話し始める。
なんでだよ。
「私中学で陸上やってたんだけど明らかに盗撮してる人とか居たかな。しかも大会の最中なのに……それだけじゃなくて後でお尻ばっかりアップした動画が投稿サイトにあがっててさ」
「ね、男ってそんなもんよ」
「下半身でしかモノ考えてないから」
「俺達の味方はお互いだけだなぁ」
「はうぅ……」
苦笑しながらアオイを撫で回しているとなんだか体温が上がってきた。
次はソフィアか。
「アイドルやっていた時にファンの人から『お疲れ様です!これ飲んで頑張ってください!』って書かれた栄養剤ドリンクを貰ったんです。でも臭いがおかしくて確かめたら男の人の体液が満タン……」
「キモイキモイキモイ!! 蕁麻疹出そう!」
「きっとブサイク男が豚みたいな声だしながら出してたのよ!」
「毎日毎日、瓶に溜めてるところ想像すると……悪寒がすごいわ」
だからこっちを見ないでほしい。
そんな変態と一緒にされるのは心外だ。
だいたい栄養剤って100mlぐらいの瓶だろ。
そんなの俺なら毎日どころか一回であふれる。
「「えっ」」
女性2人が驚きの声をあげる。
しまった口に出していた。
「誉君はそうね」
「多分、栄養剤の瓶じゃ無理です」
「冗談みたいな量だったよね」
シズリとソフィアとミツネさんが頷き、同拠点の女性2人がミツネさんを見る。
「成り行きで……色々凄かったよ」
「マジで? そんなに?」
「性欲強そうな子だなとは思ってたけど……」
女性2人が完全に食いついた。
これは男サゲ祭りから嬉しいスケベ方向に流れを持っていく好機だ。
「見てみますか? 男と女が1対6ですから襲うなんてこともありませんよ」
雰囲気が変わっていく。
カオリの健康的な息が湿っぽくなり、ソフィアの可愛らしい顔がメスの雰囲気を帯びる。
シズリの視線が発情した獣のように俺を舐め、気温は高くないのにミツネさんの体に汗が浮いた。
「え? え?」
アオイだけが俺の隣で困惑した声をあげている。
皆の息が荒くなりながら揃っていく。
響き渡っているはずのゾンビ共の呻き声が意識の外に消えていく。
「声にだけ気をつけましょう」
俺達は互いの引力に引かれるように一つの布団に集まっていった。
朝日が天頂へと登り、やがて色付く西日となった頃、一段落ついた俺達は並んで布団に横たわる。
「あー喉カラカラ。すごい汗かいちゃった」
シズリが一糸纏わぬ胸元を手であおぎながら言う。
「ふにゅー。お腹空きました……」
布団にうつ伏せになったソフィアが白くて張りの良い小尻を晒しながら言う。
「窓開けちゃダメ? 匂いがすごいから……」
カオリが主張するも首を振る。
さすがに人間の嗅覚で4Fから漏れる匂いを探知できるとは思えないが、窓を開く行為そのものが大変なリスクだ。
「カオリちゃん足元に気をつけてね。そこXLが散乱してるから。あ、踏んだ」
ミツネさんに注意されたカオリが奇妙なダンスを踊りながら布団に戻って来る。
そしてミツネさん同居の二人は仰向けに並び、呆然と天井を見上げている。
「凄かった……男と寝るのなんて久しぶりだから思い出せないけど、あんなサイズ感だったっけ?」
「いやいや特大でしょ。一発で栄養ドリンクも嘘じゃなかったし……これで15歳……マジか」
俺は真っ赤になって硬直しているアオイの頭を撫でながら横になる。
皆はそれぞれトイレに行ったり缶詰を開けたり水を飲んだりと自由に動いている。
外から伝わる絶え間ない呻き声を一時的にでも忘れることができているようで、精神を病んでいる様子の者もいない。
もちろん外の状況は変わらない。
調達どころか、排泄物を捨てたりマンションの他の部屋に動くことすらままならない最悪の状況だ。
「唯一の希望は新都への脱出計画の準備があることだが」
一応タイゾウの頼みを受けて計画を立て、最低限の準備もしてみた。
しかしただでさえ危険すぎて断念すると決めた計画だし、今の状況では脱出もへったくれもない。
「ゾンビが絨毯になってる時点でなぁ」
独語しながら体を大の字に伸ばす。
「ふ、服ぐらい着ましょうよぉ。丸見えですよぉ」
アオイが声量を気にしてか耳元で囁く。
「部屋中ムワッと暖かいからいいじゃないか。アオイ君も脱いじまえ」
冗談半分で笑って目を閉じる。
他の女性達も思い思いの場所で横になって目を閉じる。
枕に隠れていたXLに顔を乗せてしまったらしいカオリの罵り声を最後に無言となる。
ゾンビの呻き声の中、俺の意識は落ちて――。
腹に響く重い音で目を覚ます。
立ち込める湿った匂いでまだ『裏』のままだと察する。
再びの轟音……雷だろうか。
『表』の深夜に雷なんて鳴っていただろうかと急覚醒の不完全な思考で考える。
そこに同じ重い音がもう一度鳴った。
雷鳴ではない。
「全員起きろ」
俺は全員を揺り起こし、起きなかったシズリは口を塞いで太ももを抓る。
そこで再び重い音……今度は3回連続で響いてきた。
窓が震えてビリビリと耳障りな音が鳴る。
「な、何の音? まさか怪物が建物を……」
俺が恐れているのも、まさにシズリの想像していることだった。
息を殺して聞き耳を立てる。
「……どうやら違うな」
音はマンションの側面や下方からではなく、かなり遠くで鳴っている。
それでいて胸に響くような音量だ。
「山の手の方か?」
俺は窓にかけられた毛布を避けて外を見る。
夜なので灯りをつけなければ外から視認されることはない。
音は鳴り続ける。
何かが破裂する音……? この大きさと重さなら爆発音と呼んだ方がいいかもしれない。
『表』の方なら似たような音を聞いた覚えがある。
「……花火大会」
その時、山の手の方向に小さな火の玉が現れる。
火の玉は連続していくつも現れ、輝きながらゆっくり落ちていく。
相当な距離があるのに心配になるほどの明るさだ。
「照明弾だ」
シズリの持って来た双眼鏡を除く。
もちろん暗すぎてほとんど何も見えはしないが……。
再び音がした瞬間、山肌が僅かに光った。
焦点を合わせると同じ場所に小さな炎が見える。
窓をあけて聞き耳を立てる。
爆発の音に比べると小さいながらリズミカルで軽快な破裂音が鳴り続けている。
「大砲とライフル……自衛隊……か?」
生存者の集団の中にもどこから持って来たのか銃の類を持っているのは少数居たが、今聞こえているような激しい連射の出来る銃ではないし、なにより大砲や照明弾をぶっ放せるわけがない。
「自衛隊って山の高速に陣取ってるあいつらよね?」
ミツネの問いに頷く。
その口調は決して好意的ではない。
元々両河市の近くには中規模の自衛隊基地があった。
アレが起こって両河市が地獄と化してから2日ほど後、市民の救助か怪物の排除か目的は定かでないが、数百人規模の部隊が装甲車とトラックを連ねて市内に突入してきた。
そして瞬く間に壊滅した。
考えれば当然だ。
両河市の人口は40万人、楽観的に見てもその9割近く35万ほどが怪物になっていたのだ。
死を恐れず腕や足を吹き飛ばしても動き続ける暴徒35万を前に数百人で何ができると言うのか。
しかも部隊は最も人口密度の高い新都のど真ん中まで突入して一瞬で囲まれた。
その後、僅かな生き残りが血路を開いて離脱、東京との間に走る山間高速道路に陣取っているらしい。
見に行けないから『らしい』としか言えないが。
ただ彼らが居るのは間違いない。
というのも時折車両でやって来てはショッピングモールや大型総合スーパーなどゾンビの密度が濃すぎて生存者には危険すぎる場所に突入して物資をごっそり調達していく姿が目撃されているからだ。
ミツネが好意的でないのは、彼らは生存者を救助をしないばかりか、盛大なエンジン音と銃声でゾンビを集めるだけ集めて離脱するので近くの生存者が巻き添えを食らうことも多かったからだ。
最初の突入は無謀ながら市民を救おうとした行動だったのだから、その時に何かが変わってしまったのだろうと推測できる。
ともあれ今は『自衛隊』について論議をしている時ではない。
思考が研ぎ澄まされ自然と口元がほころぶ。
「来たぞ……来た……好機が来た!」
言いながら照明弾の灯りを頼りにマンション周辺を埋め尽くしているゾンビ達を観察する。
「やっぱり動き始めた」
これだけの音と光にゾンビが反応しない訳がない。
凄まじい数のゾンビ達が山の手の方向に向かって歩き始めている。
「全員服を着ろ。食料と水を最低限まとめろ」
言いながら俺も服を着る。
行動のリスクなど考える余地はない。
絶望的な現状で今以上の好機など望むべくもないからだ。
「助けを求めるんですか?」
「んな馬鹿な」
ソフィアの言葉を一瞬で否定する。
まず距離が遠すぎる。
双眼鏡を使ってようやく閃光が見える距離の相手に助けを求めることなどできない。
そして数が少なすぎる。
銃声は複数確認できたが十も無い。
ここにいる最低数万のゾンビをどうにかすることは絶対にできない。
彼らはすぐにでもゾンビに飲み込まれる。
「だが満点だ」
一帯を埋め尽くすゾンビの注意を引いてくれただけで彼らが神のように思えてくる。
「準備が出来たら全員屋上に来い」
俺は押し入れからタイゾウの作戦用に一応製作していたモノを手に取り、絶対に置いていけないものをポケットにねじ込んでから屋上へと登る。
「部屋の外に出たら見つかる――」
カオリに返事せず駆けあがる。
彼女の懸念通り、中庭のゾンビ数体と目が合う
奴らは俺に気付いて反転し手を伸ばすが、山の手へ向かう他のゾンビの波に押し流されていく。
地面を埋め尽くすゾンビ全体の流れが山の手に向かっている以上、数体が気付いてもこちらに来ることはできない。
あるいは仮に多数の注意を引いてしまっても、向こうがドンドンバンバン派手にやり続けているので僅かでも身を隠せば再び奴らは山に向かう。
屋上に出た俺は音も気にせず足元に灯油の詰まったタンクを置き、手にはいかにもジャンクで世紀末な自作の弓を持つ。
そしてこれまたジャンクな矢に巻いた布切れを灯油に浸して弓に番えた。
「作戦開始だ」
主人公 双見誉 生存者
拠点
要塞化4F建てマンション 居住人8人
環境
ゾンビの海 近隣で自衛隊?交戦中
人間関係
同居
シズリ#25「小動揺」カオリ#0.5「覚悟」ソフィア#10「追従」タイゾウ「行方不明」アオイ「恐怖」
ミツネ#2 他二人#2「困惑」
備蓄
食料1日 水1日 電池バッテリー3日分 ガス3日分
経験値91+X




