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第40話 油断 5月9日【裏】

5月9日(日)【裏】


「今日も少ないな」


 俺はマンションの屋上から双眼鏡を覗きながら言う。


「え? メチャクチャ出たよ?」


 シズリのおかげで朝から腰が軽いがそっちじゃない。


「作戦で減ったのはわかるけどちょっと怪物が減りすぎだ。何百も倒したとは思えないのに」


 双眼鏡で周りを見回しても見つけるのが難しいぐらいの数しかゾンビがいない。

むしろ出歩ている生存者サバイバーの方が多いぐらいに思ってしまう。


「少ないのはありがたいけど……」


 軽いランニングを終えたカオリも双眼鏡を覗いて微妙そうな顔をする。



 ちなみに今の俺達は全員で屋上に出て運動中だ。


 マンションの屋上は広く、軽く走ったり筋トレするぐらいのスペースは十分にあるし日光も降り注いで健康的な時間を過ごせる。

ほとんどの生存者が狭く暗い空間に身を潜めている中、このアドバンテージは本当に大きい。


「お日様の下で動けるのは気持ちいいですよねー」


 ソフィアはTシャツ短パンの恰好で柔軟体操をしながら言う。

ぺったり開脚できるのすごいな。


「えへへ、一応アイドルやっていましたから。色々ポーズ取らないといけませんし」


 ソフィアはポーズを変えて体の軟らかさをアピールする。

寝転んで足を抱え、その場でブリッジ、横向きに寝て足を思い切りの開脚。


 身長150㎝少しと長身とは言えないソフィアだがスタイルは抜群だ。

まだ未熟で肉付きの薄いスラリとした脚が動き、ハーフ故の綺麗な金髪が揺れる。

各ポーズを取る時に小さく漏れる声は体を重ねた瞬間の声のようで色っぽい。


「短パンだとちょっと絵にならないか」

「ですよね。脱いじゃいます」


 ソフィアが下着姿になろうとしたところで二人揃ってカオリに叩かれる。


「アオイ君もいるのに際どいことしない!」


 見れば猛烈に汗を飛ばしながら筋トレしているタイゾーの横でアオイが真っ赤になっていた。

子どもの前でやりすぎた。


「それにちょっと気が抜けすぎでしょ。ここ外なんだよ」


「まあな。気をつけるよ」


 とはいえ声をあげて騒いだり、あえて視線が通る端の方に行かなければ下にいる奴らに見つかることはまずない。

それに今は双眼鏡を使っても奴らは数えるほどしか見つからない。

多少騒いだところで一体二体が寄って来る程度で済みそうだ。


「これは想像に過ぎないのだけどね」


 トレーニングを終えたタイゾウが大汗をかきながら寄って来る。


「三脚は普通の怪物を襲う。あれは捕食行動じゃないだろうか」


「捕食……か」


 一掃するまでの数日間、この周辺には三脚が三体も密集していた。

奴らがゾンビ共を喰いまくって作戦の前にそもそも数が減っていたと考えれば辻褄はあう。


 一瞬利用できないか考えてみたが、周辺にゾンビが百体いるより三脚が一体居た方が脅威なので現実的ではないと思考を放棄する。


「それで食わせまくったら卵でも産むのかそれともゲームみたいに進化……あー」


 嫌なことに思い当ってしまった。

タイゾウも同じなのか複雑な顔で胸筋をピクピクさせる。


「ま、まあ全部退治したんだから大丈夫! また出た時に考えればいいって!」


 カオリのフォローに乗って頷く。

確かに今考えても仕方ないことだ、但し頭の片隅には置いておこう。


「それより奴らの少ないうちにみんな総出でガンガン調達しとくべきじゃない? いつ周りから集まって来るかもわからないボーナスタイムみたいなものなんだし」


 シズリの言うことはもっともなんだが、俺は素直に首を振らない。


「同じ考えで他の生存者が動き回ってるのがなぁ」


 生存者同士の遭遇イベントは基本バッド寄りのイベントだ。


「ましてシズリもソフィアもカオリも普通に可愛いからどんな変態を引き寄せるか」


「変態さん……ですか」


 ソフィアが露骨に嫌そうな顔をする。


 生存者が多く出歩くうちは俺とタイゾウで調達に出た方が良いだろうな。



 屋上での運動を終えて皆が階下に戻っていく中、タイゾウが俺を呼び止めた。


「どうした?」


「う、うん……実は相談があるんだよ」


 タイゾウは巨体に似合わずモジモジと言いにくそうに身をよじる。

愛の告白なんかされたら事故を装ってどうにかするしかない。


「……今日明日でなくても良い話なのだが、新都の方に行く予定はないだろうか」


「ない」


 俺ははっきりと言い切る。


 タイゾウが不満そうな顔で俺を見るが、俺も堂々と見つめ返す。

考えを変える気はない、見当の余地もない。


「あそこは地獄だ」


 俺達が暮らす旧市街と新都は別世界だ。

もしこの世界がゲームとすれば設定で難易度を最高に変えたぐらいの違いがある。 



 まず一番違うのが怪物の数だ。

 

 旧市街には一戸建てが並び、ところどころにマンションなど集合住宅が建っている。

一戸建てがずらり百軒並ぶ場所でもそこにいる住民は400人程度、これはそこにいるゾンビの最大数でもある。


 一方で新都に並ぶのは大型商業施設やタワーマンション、高層のオフィスだ。

旧市街と同じ面積を切り取れば、そこにいる人間は十倍できくかどうか。

もちろんゾンビの数も十倍になる。



 更に地形もまずい。


 旧市街では家の屋根に登ったり庭を突っ切ったりあるいは見つからないように路地を迂回したりと色々工夫のしようがある。


 だが綺麗に整備された新都には大きくまっすぐな道路がズドンと通り、両脇は密集したビル群だ。

遮蔽物と言えばせいぜい放置された自動車ぐらいしかなく、周囲のゾンビにたちまち見つかってしまう。


 こうなると太い道を走って逃げるしかないが前後から大群が迫って来ればそこで終わり。

あるいは電源が落ちて真っ暗な中に何百体のゾンビが潜んでいるかわからないビルに飛び込むか……だ。


居住者タワーズは――」


 タイゾウの言葉に被せる。


「奴らみたいに何百、何千の怪物が集まってもビクともしない要塞みたいな拠点があれば平気だけれど」


 なにも言えなくなってしまったタイゾウを見て俺は頭をかく。

タイゾウには何度も助けられたのに、ちょっと嫌な態度だったか。


「あんたもこれぐらいは知ってるだろ。それなのにどうして行きたいんだ?」


 タイゾウは巨大な体を小さく……なってないな、やはり大きいままで俯いて話し始める。


「妹がね……向こうにいるようなんだよ」


 俺は一瞬ギョッとなったが表情に出さないよう押さえ込む。


「タワーズ?」


 そして声の震えがばれないよう最小限の単語だけで問う。


 俺の問いにタイゾウは首を横に振った。


「否定じゃない。わからないんだ。ただ新都に居たことしか」


「なら」


 残念ながら望みはない。

あの日、旧市街にいた者の9割が死んだが、新都にいた者は9割9分死んだはずだ。


「でも妹が死んだところは見ていない。なら兄として確かめにいかないといけないと……思うんだ」


 俺達はしばし無言になる。


「私一人で行っても辿り着けないだろう。よしんば辿り着けてもどう探して良いかわからない。でも君ならば、一人であれだけのことをした双見君ならあるいは」


「妹がいるかもしれないなら行きたいよな」


 俺は是でも否でもない的外れな答えを返す。


「双見君のご家族は……すまない」


 俺はタイゾウの巨体を押し退けて階下に降りる。


「考えるがすぐには無理だ。考えた末に無理かもしれない」 


「……すまない」


 タイゾウは巨体を小さく――やはりできずにデカいまま二度謝る。


 俺は気まずさを誤魔化す意味も込めて目線を遠くにやった。

 

 珍しくもない黒煙が立ち上っている。

だがいつもと違うのは煙が別のマンションの屋上から立ち上っていることだ。


「屋上で物を焼いてるのか……」


 普段であれば絶対にしないことだ。


 目を凝らすと窓を開け放ち、室内の灯りを丸出しにしたまま換気をしている者もいた。


 物資調達に出歩く者達が肉眼でも複数見える。

震えながら怯えながらではなく堂々と和やかさすら感じる足取りで無駄口を叩きながら。  


 一軒の家が襲撃されている。

だが集まったゾンビはほんの5体ほどでバリケードを乗り越えたり破壊するには至らず、若い男がレンガを投げ落としてゾンビの頭部をかち割って笑っている。


「余裕だなぁ」


 キンと耳の奥が小さく音を立てる。

俺は二階まで降りて各窓の防護を確認し、溜息混じりに首を振ってから皆の待つ四階の部屋へと戻った。



 部屋に入るとアオイがテーブルの上に妙な物を並べている。


「カードゲーム?」


「持って来てたみたい」


 アオイはこんな最悪の世界で両親まで亡くしている。

遊ぶ気になるまで心が回復したのは良いことだ。

  

「ルールわかる人いますか?」


 アオイが小さな声で聞いてくる。

高く綺麗な声に一瞬驚いたが声変わり前の歳だと納得する。


「見覚えはあるんだけどルールまではわからない」


 中学の頃に誰かがやっていたような気がする。


「私もクラスの男の子がやっているのを見たことはあるんだけど……」


 ソフィアもダメか。


「ごめん。それがなにかわかんない」


 バリバリ体育会系のカオリはそうだろうな。


 残るはシズリだけだ。


「……一応知ってる」


 少し意外だ。

カードゲームを楽しむようなタイプだとは思わなかった。


「大学でやってた奴らが居てさ……ノリで奪――借りて遊んだことあるから」


 意外さが消えて光景がばっちり思い浮かんだぞ。


「ひどい」

「最低」

「そうきたか」

「ビッチめ」


「ビッチは関係ないでしょ! てか言ったの誰よ!」


 やたら綺麗な声での罵りだった。


「まあいいや。わかるならやってみてくれ。人のやってるの見て覚えるのが一番早いし」


 ブツブツ言いながらシズリとアオイの対戦が始まる。

それはもうルールを知らなくとも雰囲気でわかるぐらい一方的だった。

アオイは悪党を成敗したとばかりにガッツポーズする。


「もう嫌。あたし寝る」


 そしてシズリはふてて寝た。


 俺は苦笑しながらシズリの尻を撫でて席に着く。


「悪女シズリの敵討ちといきますか」


 一回で終わったらアオイもつまらないだろうしな。



 まず一回目はシズリと同じように大敗する。


「もう一回するか?」


 アオイが頷く。



 二回目はなかなか良い勝負だったがまたも負けた。


「……強い」


「もっかいやるかい?」


 アオイは自分の頬を一度叩いて頷く。 



 三回目は激戦の末に俺が勝った。


「……もう一回やりたい」


「おう」


 アオイは眠いのかちょっと涙目になっている。



 四回目はシズリとの対戦を裏返しにしたぐらい圧勝した。


「結構複雑で面白いな」 


 頷きながら顔をあげてミスに気付く。

アオイが顔を真っ赤にして涙目になっていたのだ。


 十歳やそこらの子に本気で勝ちに行ってどうするよ。

結構面白かったのでつい普通にやってしまった。


「大人げないです」

「もうちょっとこう、手心と言うか」


「言わないでくれ……わかってる……」


 アオイはカードをそのままにしてタイゾウの背中で泣き出してしまった。

大事なものだろうし片付けておいてやろう。


「……絶対初めてじゃない。上手くなる速度がおかしい」


 半泣きのアオイに指差されて糾弾されてしまう。

本当に初めてなんだけどな。


「……引きもおかしい。肝心なところで良いやつばっかり引く」


「イカサマしたみたいに言わないでくれよ」

 

 笑いながらカードを繰ってみる。

こういう勝負ごとの運はいいんだけどな。

肝心なところで悪い方に――。


「おっと」


 カードが一枚落ちてしまった。

汚れるといけないと慌てて拾う。


『崩壊の足音』


 嫌な名前のカードだな。

シズリとセックスして忘れよう。


「あ、あの。次でいいので私も……」


 もちろんだ。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


同時刻 山の手 とある夫婦


「戻ったよ! でかい猪が罠にかかっていたぞ!」

「まあ素敵、すごいご馳走ね!」 


 四十前程の男が豪快に笑い、彼より数歳若い女が手をうって喜ぶ。


 彼らは声を潜めない。

身を隠すこともなく拠点の外を堂々と歩く。


 それも当然だ。

彼らの拠点は山の手にあるキャンプ場から更に山奥へ分け入った場所に立つ山小屋だった。


 人里からは遥かに離れており、彼ら以外は誰もいない。

人もそして怪物も。


「町に居たら新鮮なお肉なんて食べられなかったわ。ここにきて正解ね」


「ははは、その代わり僕も君も原始人みたいな恰好だけどな」


 夫婦の笑い声に反して山奥の小屋暮らしは理想郷とは程遠い。

確かに怪物はほとんどおらず、町では手に入らない新鮮な肉も食べられる。

だが山奥の小屋から調達に出るのは不可能なので、食料は狩り水は雨に頼るしかなく飢えと渇きに耐えることは日常のことだった。


「お互いしか見ないのだからいいじゃない。飢えも乾きも怪物の呻き声に比べたらずっとマシだわ」


「最後に奴らを見たのは二ヵ月前だっけか? キャンプ場からこちらに迫って来て、山道を登り切れずに転がり落ちていったきりだ」


 そもそも近場に怪物がほとんどいないことに加え、キャンプ場などに僅かに残っている怪物も原生林に近い厳しい地形を小屋まで登ることはできない。


「なにより煩わしい人間関係がないのがいい。正直僕は怪物よりも人間の方が恐ろしくなったよ」

 

 男はナタで猪を解体しつつ嫌な記憶を追い出すように頭を振る。 


「もう新都でのことはいいじゃない、終わったことよ。それよりお腹いっぱいお肉を食べたら抱いて欲しいわ。お腹いっぱいの時じゃないと思い切りセックスできないもの」


「ははは望むところだよ! なんなら子どもを作ってこの場所で一家静かに暮らそう」


 暖炉の灯に照らされて男と女の影が重なる。



 そして夜も更けた頃、女が不意に体を起こす。


「ねえアナタ……なにか聞こえないかしら……」


 女に揺り起こされ、男は全裸のまま立ち上がる。


「怪物か!?」


 ナタを手に扉を開き、弱い月明かりを頼りに周囲を見回す。


「なにも来ている気配はないが……」


 怪物が小屋に来るならばキャンプ場からの道をあがって来る以外にない。

だがなにも見えずどんな音も聞こえなかった。

 

「でも何か聞こえるわ……」


 夫婦は無言で耳を澄ませる。


 そして二人は確かに聞いた。

地を這う呻き声のような音がキャンプ場とは反対側の山一面から響いていた。


「はは、なるほど」


 男は笑う。


「どうやら風が出てきているようだ。季節外れだけど嵐になるのかもしれないね。ほら、向こうの山の木があんなに揺れている」


 女も安心したように笑う。


「それは大変だわ。明日は板を作って窓を塞いでおかないと」


 夫婦の判断は当然だった。

彼らにとっての脅威とはキャンプ場の道を登って来る大抵1体、悪くすれば数体の怪物を指していた。

キャンプ場以外の方角にあるのは人のいない山なのでそこから怪物が湧くことなどあるはずがなかった。


 更に山全体が揺れているとすればそれは風で木々が揺れているに違いなく、まさか山の木ほどの数の怪物が蠢いているなど想像することもできなかった。



「窓だけならいいが風の強さによっては壁の方も怪しいぞ」


 男が火のついた薪でもって小屋の壁を照らす。


 照らし出されたのは隙間風の通るボロっちい壁と――――山全体を埋め尽くす怪物の大群だった。


「うおぉぉぉぉ!!!」


 男は叫びながら薪を放り投げ、扉を閉めて閂をかける。


「アナタ一体何が――!!」


 男は女を抱き寄せて叫ぶ。


「山の木じゃなかった! あれは全部……全部怪物……千や万じゃない! 山全部が……あの方向は東京から……まさかそんな……」


 そして山小屋全体が凄まじい勢いで叩かれ始める。


「おいで」

「ええ……アナタ」


 男は妻を抱き寄せる。

何もかも手遅れだとわかっていた。

山を埋め尽くす怪物の大群を前に粗末な山小屋が耐えられる訳がなかった。


 数秒の後、押し寄せる怪物の圧力で山小屋は倒壊する。


 夫婦は固く手を握り合い、互いの手首から先だけを残して全ての部分を食い千切られた。 


主人公 双見誉 生存者

拠点 

要塞化4F建てマンション 居住6人 

環境 !


人間関係

同居

シズリ#23「ビッチ」カオリ「同居人」ソフィア#8「同居人」タイゾウ「同居人」アオイ「半泣き」

中立 生存者

サラリーマンズ「――」女性三人「良好」

敵対

変態中年「――」


備蓄

食料2週間 水3週間 電池バッテリー5週間 ガス2か月分

経験値59+X



次回は表になります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごくおもしろい [気になる点] 面白すぎて夜更かししながら一気読みしてしまった [一言] これからも楽しんで読ませていただきます!
[気になる点] タイゾウさん、死亡フラグが立ちかけてるぞ~。
[一言] おかーさーん!ホマ君が死んじゃう!!
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