第36話 謎の女性X 5月7日
5月7日(金)『表』放課後
今日もつつがなく一日が過ぎた。
注意すべきなのは昼前から1時間ほど強めの雨が降ったことぐらいだ。
「雨か」
頭の中に浮かぶ嫌な映像を頭を振ってかき消す。
俺は居眠りしていた陽助を小突いて起こす。
高校生として金曜日の放課後はちょっとぐらい遊んで帰りたい。
しかし晴香は父親と外食、奈津美もGWを避けて家族と小旅行、風里は久しぶりに姉が家に帰って来るらしく誰も遊んでくれない。
陽花里はいつものグループに彼氏を交えたメンバーでカラオケに行くとか話している。
さすがにあの中に入り込む勇気はないのでこいつしかいない。
「新都に寄って帰ろうぜ」
「いいぞー」
帰り支度を整えて席を立った俺達にデカい声がぶつけられる。
「双見、江崎ー! そろそろ帰ろうぜー! 今日は例の店、よっていこうぜい!」
名前を呼ばれて何事かと振り返ると元村がこちらを見ている。
陽助に何か約束したのかと目で問うが知らないと首が横に振られる。
もちろん俺にも覚えがない。
「なんの話だよ?」
意味不明なのは気持ちが悪いのではっきりと聞いてみる。
「またまたー! だからあの店だってー! 昨日も言ってたじゃん!」
とにかくデカい声を耳から追い出しながら考える……やはり覚えが無いし昨日も言ってない。
「……言ってただろー。ほらあれだって」
俺は思考を止めて周囲を観察する。
斉藤達のグループが水谷を先頭に教室を出て行く。
斉藤自身は振り返りながら、仲瀬は俺……いや元村を見て笑いながらだ。
そしてクラスの他の連中もどこか小馬鹿にするような目を元村に向けていた。
ああ、そういうことか。
「ん。行くか」
クラスで孤立しているのが嫌なのか、孤立していると見られるのが嫌なのか。
「元村も面倒くさい生き方してるなぁ」
俺達は校門を出たところで元村を見る。
孤立しているのが恰好悪いと思っているだけならここで別れても良いはずだ。
「一緒にいっていい?」
俺は別に元村を嫌いではないので構わない。
あと教室出るとテンション下がって声も小さくなったがこっちが素なのだろうか。
うるさくなくていいな。
「おう来いよ」
「腹も減ったしまずなにか食うか」
陽助も特に異存はないらしく新都に向かって並んで歩く。
「ならお勧めのラーメン屋があってさ!」
またラーメンかと言いたいが毎日でも食えてしまうところが高校生だよな。
しかも俺は裏のせいで一日空けている感覚なので余裕だ。
俺達はラーメン、ゲーセン、ファミレスと絵に書いたような高校生の放課後を楽しみ、時刻が9時半を回ったところで帰宅の流れとなる。
完全に夜の姿となった新都を3人で歩く。
「しかし元村ゲーム普通に強いな。一人で通いまくってるだろ」
元村が喜んでいいのか複雑な顔で照れる。
「そして陽助は普通に弱い。ずっとニコニコの強キャラムーブで弱いのが意味不明だ。悔しそうにしろ」
「なんだよそれ。むしろ一番意味不明なのは誉だろ。どれやっても弱いのに二回目同じのやると異様に強くなってるとか手抜いてるんじゃないのか?」
単に慣れただけだ。
「あとメダルゲーム強すぎない? 適当に入れてるだけで万単位になるとか聞いたことないって」
元村も首を傾げる。
俺は基本運が良いんだ。
でも肝心のところで悪い方を引くから意味がない。
「ところでさ……その」
元村が何やらためらいがちに俺を見る。
教室でもそれぐらい静かだったらいいのに。
「今日はいないけどさ。2人って那瀬川さん、三藤さんとよく一緒に居るじゃん? もしかしてどっちかがどっちかと付き合ってたり……?」
静かなのはいいがモジモジするのは気持ち悪いからやめろ。
もっと可愛くて中性的だったらワンチャンあるが元村が身長こそ小さいが調子乗った感じの金髪男だからな。
「那瀬川は」
陽助の声に続いて俺が手をあげる。
晴香とは付き合ってこそいないが日常的にセックスもしているから主張しても良いだろう。
「や、やっぱそうなのか……んじゃ三藤さんは?」
元村の声に合わせて再び俺が手をあげる。
奈津美とはまだセックスこそしていないが時間の問題だし、それ以外の卑猥なことはさせているので主張しておく。
「じゃあ風里さんは?」
俺は三度手をあげる。
風里とはまだ何もないが狙っているという意味も込めて主張するべきだ。
「なんだよそれ!! 全員とかいかれてるだろ!!」
「いきなりデカい声出すなよ。そんなんだからウザがられるんだぞ」
「いや冷静に考えるとやっぱおかしいのは誉だと思うぞ」
全員と仲良くしたいんだから仕方ないじゃないか。
隠して裏切っている訳でもないのでセーフだ。
「晴香と奈津美にはちゃんと距離感保てよ。2人からお前が怖いとかどうしても嫌いとか聞いたら放り出すからな」
晴香のトラウマはかなり軽くなったが残っている。
奈津美はそもそも怖がりだから変なテンションで迫ったら本気で嫌がるだろう。
俺は別に元村を嫌いじゃないし、これからも一緒に遊んで良いと思うが、あくまで優先順位は晴香奈津美>元村だ。そこははっきりと言っておく。
「わかったよ……あーワンチャンもないかー」
肩を落としていた元村がふと足を止めた。
視線を追うと毒々しいネオンが煌めく風俗店だ。
「……元村お前」
俺と陽助は揃って呆れた声を出す。
初対面からほぼ分かっていたがはっきり確定させておこう。
元村は絶対にモテない。
「ち、違うって! 風俗に入る勇気とかねーよ! 俺が見てたのはその隣……」
誤解してしまったかと視線を微調整するとアダルト専門のDVD屋だった。
大差ねえよ。
「と、ともかく少しだけ待っててくれ! 新作だけチェックしてくるから」
「おい元村……服」
俺達の声に気付かず、元村は店の中に消えていく。
俺は溜息を吐きながら自販機でコーヒーを買って陽助にも投げる。
「サンキュー。誉も行かなくて良かったのか? 好きだろドスケベだし」
「誰がドスケベだよ。確かに大好きだけど制服のまま突っ込むほどアホじゃない。元村マジで気付いてなかったのか……」
何分で摘まみ出されるだろうかと考えながらコーヒーを飲んでいた時だった。
「いい加減にしろって言ってんでしょ!!」
女性の怒鳴り声に振り返る。
声の元は高校生が入れる雰囲気ではないバーの前、肩から背中まで丸出しのドレスを着たいかにも水商売風の女性だった。
「ギャアギャア言わずに金出しゃいいんだよ! お前が全然電話でねーからわざわざこんな場所まで来てんだろうが!」
怒鳴っている相手はホスト風の男だ。
金色にした髪の毛をまるでホウキのように立たせており、動く度に体中につけた金属のアクセサリーがジャラジャラ音を立てる。
やはり夜の新都、元村のイキリ方とは次元が違う。
ナンパなら助けようかと腰をあげる。
「こっちは客の相手してるのよ! 金せびるだけの電話に出れるわけないでしょ!」
「っせぇな! 客のおっさんより彼氏の電話優先しろってんだよ!」
腰をおろす。
激しいだけの痴話喧嘩のようなので首を突っ込むのはためらわれる。
「どうするよ」
「どうもできないなぁ」
陽助の声にそう答えるしかない。
他の通行人も迷惑そうな顔で二人の怒鳴り合いを避けて通っている。
「毎日他の男の上で腰振ってんだろが! 放置してる彼氏に金ぐらい出せねえのかよ!」
「あぁ!? あたしが稼いだ金でアンタ毎日パチ打ってんでしょうが! いつまでホスト崩れのヒモ飼ってればいいわけ!?」
生々しい怒鳴り合いに思わず顔をしかめた時、男が女の頬を打った。
「いく」
「おう」
俺は二人の間に飛び込み、もう一発殴ろうと振り上げられた男の腕を掴む。
「なんだお前――ガキじゃねえかよ!」
引き戻そうとする腕を押さえつけて力を計る。
体格は175cmとやや負けているが体重は同じぐらいで腕力は俺の方が上、そして強烈に酒臭い。
「なんとか言え――うわっ!」
酔っ払いに威嚇や説得は時間の無駄なので腕を取ったまま足を払う。
酒で平衡感覚が乱れていたのか、素人の大外刈りが綺麗に決まって男はひっくり返った。
「大丈夫ですか?」
俺は頬を打たれて座り込んでいる女性に声をかける。
こっちも酒の臭いすごいな。
「あー、うん」
気のない……いやそれを超えて面倒くさそうだ。
俺が教室での元村に向けるような視線と態度だった。
女性の身長は160と少し、髪はド派手な金髪のセミロング、かなり厚めの化粧……典型的な水商売の女性だ。
分厚い化粧とつけ睫毛のせいで定かではないが20代半ばぐらいに見える。
胸元どころか背中までがっつり開いた服がめくれ上がり、胸も派手な赤い下着も丸見えになっている。
起き上がろうとする男を陽助が押さえ込み、スマホをこちらに見せる。
いつでも通報できる構えだが。
「もういいから。警察はやめて」
女性は特に恥じらうでもなくドレスを整えながら立ち上がる。
俺達は警戒しながら男を拘束していた手を離す。
「顔張るとか頭おかしいんじゃないの? 次やったらマジで追い出すから」
女性は財布から万札の束を取り出しながら言い、男に向かって投げつける。
「ウェイ♪ 悪いな! んじゃ俺はダチと飯食って来るからまた家に行くよー!」
ホスト風の男は金を受け取るなり笑顔になって俺達を睨むこともなくスキップしながら去っていく。
「……どうせ他の女と遊び行くんだろうが」
女性は吐き捨てるように呟いてからこちらを見た。
「あー俺達が言うのもおかしいと思うけど、さすがにアレはやめておいた方が……」
頭のてっぺんから足の先までクズ男だ。
あれなら元村と付き合う方がまだ害が無くていい。
女性は小さく笑うと俺に顔を近づけてくる。
まさか俺への乗り換え希望だろうか。
ちょっとすれたエッチなお姉さんタイプも大好きだから大歓迎――。
「余計なお世話。ガキにはわかんないことだから、さっさと家に帰りな」
「しょぼん」
バッサリ切られてつい口に出してしまう。
女性は少しだけ笑うと俺のポケットに万札を1枚差し込んだ。
「ま、商売道具これ以上殴られたら休業だったからそのお礼。AVでも買ってすっきりしなー」
ひらひらと手を振りながら女性は毒々しいネオンの店へと入っていった。
「なんかすごい世界だったな」
陽助に同意したところで元村が店から出てくる。
中の透けないビニール袋を持ち、制服の上着を脱いでいるところを見ると店内で大立ち回りがあったようだが特に興味はない。
「いやぁルーナちゃんの最新作が出ててさー。店員に気付かれないかヒヤヒヤでさ」
しょうもないことを言いながら腹の立つ顔でチラ見させてくる元村……。
「ふむ」
そのうちの一本をビニール袋から取り出す。
「ちょ!? 待てって、こんなところで取り出すなって!」
そしてケースを凝視する。
化粧が全然違うが顔立ちは同じ、体格も同じで腕と右胸のホクロも同じ。
「手広くやってるんだなぁ」
俺はどう反応して良いか困りながら女性が入っていった店を眺めながら帰路につく。
まあ余計なお世話と言われてしまってはどうにもならない。
奈津美のように同じ学校の生徒ならともかくあの女性とまた会うとも思えない。
「なーんて考えていると」
陽助が変なことを言う。
「ないっての。どんな偶然だよ」
ないだろうな、うん。
きっとない。
『表』
主人公 双見誉 市立両河高校一年生
人間関係
家族 父母 紬「姉」新「弟」
友人 那瀬川 晴香#16「女友達」三藤 奈津美「女友達」風里 苺子「女友達」高野 陽花里「彼氏持ち」江崎陽助「友人」
中立 元村ヨシオ「AV」謎の女性「フラグ」
敵対 仲瀬ヒロシ「クラスメイト」キョウコ ユウカ「停学」
経験値39
次回は裏の話になります。