第34話 フェロモン状態 5月4日
5月4日(火)『表』祝日 朝
「いい目覚めだ」
起きるなり独語してみる。
『裏』での作戦は成功して三脚は撃滅、最後の怪物もなんとか仕留めることができた。
大量のゾンビもまとめて殲滅できたのでマンション周りの物資調達も当分はスムーズにいくはずだ。
しばらく心配すべきことはない。
「GW残り二日、楽しもう」
ベッドを出て一階に降りると洗面所で紬が顔を洗っていた。
外行きの服を着ているところを見ると大学の友人と遊びにでも行くのだろう。
「ふむ」
普段は一方的にちょっかい出されている紬に今日はこっちから悪戯してみよう。
なんだか変なテンションになっているがたまにはこんな日があってもいいだろう。
俺はタオルで顔を拭く紬に後ろから抱きつく。
「どっひゃ!?」
もっと可愛らしい反応はできないのか……まあいいか。
「姉さんおはよー」
ハイテンションのまま耳元で囁いてみる。
「ホマ君!? どうして抱きつくの! というかいつもと雰囲気違わない?」
「んーなんでだろうなー」
俺は後ろから抱きしめた紬を撫で回して笑う。
……お腹ぽっこりし過ぎだろ。
なんで外出前に限界まで食うかな。
「は、離せー! なんか変な感じになるからー!」
「なんだそりゃ。ははは」
あんまり暴れるとせっかく整えた髪も乱れるだろうし、この辺にしておこう。
俺は紬の首筋に軽くキスをして解放する。
「あうっ!」
紬は腰が抜けたのかその場に座り込み、赤くなった顔で俺を見上げた。
「ホマ君もしかして本気なの? 本気だったら困るけど……その……ちょっとだけならね」
いやいや、まさか姉に本気で嫌がらせしようなんて思ってない。
「軽い冗談だって」
「は?」
凄まじい勢いで歯ブラシやコップが飛んでくる。
「普段悪戯ばっかりするくせにこっちがやったら怒るんだよなぁ」
「あわわわ……」
何故か洗面所前で動揺している新は置いておこう。
今日も部活とか言っていたしな。
陽助でも誘ってみようか。
予期していたようにスマホが鳴る。
陽助からのトークだ。
画像までついている。
『マリモ可愛い。食っちまいたい』
食うなよ、天然記念物だぞ。
「いらっしゃい誉ー突然だったからびっくりしたよー」
玄関が開き、ショートパンツとTシャツ姿の晴香が明るく迎えてくれる。
紬に追いかけ回された末に家を出た俺はそのまま晴香の家に来た。
「いきなり悪い。用事あったか?」
晴香は少し考える仕草を見せてから首を振る。
本当はあったのに俺のためにあけてくれたのだろう。
「ありがとう晴香」
察して言うと晴香は照れたように笑い、部屋に行こうと俺の手を取る。
そして突然動きを止め、ポカンと俺の顔を見た。
「誉……ほまれぇ……あれ? あれれ?」
晴香は俺の手を掴んだまま困惑し、視線を泳がせたかと思うと突然キスをしてくる。
不意のぶつかるようなキスに思わず一歩下がってしまった。
「おいおい、いきなりどうし――」
口を放して聞いてみるも、再び晴香は唇を押し付けてくる。
ぐいぐいと唇どころか全身を押し付け、舌を思いきり捻じり込んでくる。
俺は少々面食らったものの、晴香にキスされて嫌なはずもないので肩と腰に手を回して受け止める。
晴香も全身を押し付けたまま首に両腕を回してきた。
2人の舌が湿っぽい音を立てながら絡み合い、お互いの荒い息が断続的に漏れる。
俺はキスを続けながら晴香の腰に回していた手をゆっくりと下へ……尻から太ももへと動かしていく。
それにしても晴香の足は長い。
穿いているデニムのショートパンツは外出もできる普通の丈のはずなのに、足が見えすぎてエロ衣装のようにすら見えてしまう。
俺の手が太ももを軽く撫でると晴香がビクリと震えて首に回していた手を解く。
嫌だったかと手を止めたが、彼女は体を離すどころか俺の手を取り、そのまま太ももを撫でさせてくる。
ここまでされては俺も男として黙っていられない。
晴香の太ももを掴み、そのまま壁に押し付けて――。
「「うわっ!」」
声に気付いて振り返ると体操服姿の男子中学生二人と目が合った。
そりゃ玄関あけっぱなしだったから家の前を通るやつからは丸見えだよな。
中学生達は足早に、かつ最後まで血走った目で俺達を見ながら通り過ぎていく。
「すっげえ美人がキスしてたな!」
「映画みたいなディープキスだったよな! やべえたってきた」
詳細に観察されてしまったようだ。
「どっひゃあ!!」
我に返ったのか、晴香は紬と似たような声を出して勢いよく玄関扉を締める。
玄関をロックを二重にかけ、チェーンまで下ろして扉にもたれかかる。
「誉のせいだ!」
「なんでだ!」
飛びついてきたのは晴香の方だぞ。
「今日の誉はなんかおかしい! 無駄に色っぽいというか変な匂いがするというか……近づくとクラクラすると言うか……とにかくおかしい!」
理不尽に罵倒してくる晴香の視線は今も不安定に揺れ続けている。
試しに距離を詰めてみると晴香は押されるように後ずさる。
だがここは玄関、たちまち壁にあたって逃げ場はなくなった。
「せ、迫ってくるなぁ……」
晴香はこれ以上来るなとばかりに腕をつき出す。
だが俺の好みに合わせて染めてくれた髪を一撫ですると、抵抗する腕は逆に迎え入れる体勢をとってしまう。
更に耳元に口を寄せて息を吹きかけると晴香の体全体が震えてもたれ掛かってきた。
自ら飛びこんできたその腰を抱き、首筋に唇を押し付けて強めに吸う。
ビクリと震える体を押さえつけ、更にもう一段吸う。
晴香は鼻から抜ける色っぽい喘ぎ声を漏らしてクニャクニャになってしまった。
完全に出来上がった。
普段なら相当盛り上がらないとこうはならないのに。
「さてと」
体を離すと晴香は腰からストンと床に落ちる。
「なにしてあそぶ?」
ニヤニヤ笑いながら聞いてやる。
「わかってるくせに!」
晴香は悔しそうに睨む。
もちろんわかってる。
わかった上で言わせたい。
「お、おのれフェロモン誉め……なんでそんな色っぽいの?」
俺にも良くわからないが、もしかすると『裏』で大立ち回りを成功させたことが原因かもしれない。
今の俺は自信の塊と化している。
『表』の誰にも負ける気がしない。
どんな強そうな奴でも三脚程ではないし、どんなヤバい状況も120kmでビルに突っ込む程ではない。
溢れる自信が溢れるフェロモンに変換されているのかもしれない。
俺は晴香に耳を寄せてたっぷりと希望を聞き取った後、抱き上げて部屋に運ぶ。
晴香の体重は俺より――俺とほぼ同じらしいが『裏』での立ち回りを考えれば抱き上げるぐらいなんのこともない。
「しかし階段を上るのはちょっとキツかったりする」
「冷めるようなこと言わないでよぉ!」
俺達はギャアギャアと笑い合いながら部屋に向かう。
「ちなみにそのデニムのパンツは履いたままでいて欲しいな」
「これ好きなんだ。ふふ、フェロモン誉も変わらずスケベだね」
5月4日(火)【裏】
こちらでも目覚めは快適だ。
起きるなり感じる温かい感触は裸のソフィアだ。
俺にしがみ付いてスヤスヤ寝息を立てている。
全身汗まみれ、綺麗な金髪も乱れて散らばり、元アイドルの可愛い顔に涙の跡がはしっている。
これだけ見るとまるで俺が乱暴したみたいだ。
肩から腰まで軽く撫でるとソフィアはきゅーと珍妙な声を出す。
疲れきっているのか目は覚めないようだ。
初体験なのに上に乗ってあんなに動いたらそりゃ疲れるよな。
正直シズリよりも激し――。
「そ、ソフィア!!」
大声をあげて飛び込んでくるのはカオリだ。
昨夜はあわよくばカオリもと思っていたのだが、ソフィアが想像の何倍もタフだったのでそのまま寝てしまった。
「ひ、ひどい……こんなボロボロのヌチョヌチョにされて! 午前三時半までするなんてあんまりよ!」
最後まで聞いてたんだな。
「うにゅう」
カオリの声でソフィアが目を覚ます。
「うっさいわねぇ」
シズリもうるさそうに起きてくる。
「大丈夫なのソフィア!」
ソフィアは目を軽く擦ってからニッコリ笑う。
「大丈夫だよカオリちゃん。痛かったし苦しかったけど……すごく気持ち良かったから……ね、誉様?」
ソフィアは俺の胸に頭を乗せる。
「痛いのは仕方ないわよね。誉様は大きすぎだからさ」
シズリは笑いながら隣に座る。
「大丈夫じゃない! 2人とも様付けになってる!」
ソフィアとシズリは顔を見合わせる。
「想像してたよりすごく気持ち良くて、信じられないぐらい大きかったからつい敬語に……」
「私もまさか年下にトバされるなんて思ってなくて、口が勝手に服従して……」
俺はもう知らないとそっぽを向いたカオリを宥める。
緩い空気が流れるも日課の備蓄確認をしながら僅かに顔を引き締める。
俺の負傷から三脚が近くに居たこともあって調達が全くできていなかった。
しかも人数が増えたせいで物資の消費は一気に増え、特に水がほぼ残っていない。
「まあ最悪溜めた水を煮沸すればいいんだが……それをやったらガスが一気に減るしな」
「溜めた水」とは屋上に置いているタンクに雨水を溜めたもので、体や服を洗うのに使っている。
汚水ではないが飲用するには火を通すべきだ。
「交換か調達か。明日までに決めよう」
単なる後回しではない。
調達に行くなら『表』での下調べをしておきたいからだ。
「水の話か? なら私が力に――おっとすまない」
マッチョのタイゾウとアオイが部屋に入ってきた。
「わっわっ! ソフィアもシズリさんも隠して隠して!」
カオリが慌てて毛布を投げる。
普通に会話していたが2人はまだ下着姿だった。
「――真剣な話題になったと思ってね。ただ私は鍛えすぎて性欲がほとんどなくなっているから変な気は起こさないから、そこは安心して欲しい」
鍛えるのほどほどにしよう。
「ソフィアも早く隠しなさいって」
「ふぇ? あっそうか、そうだね。下着じゃだめだよね」
ポカンとしていたソフィアが慌てて服を着てから俺にウインクした。
「俺も着替えるよ」
俺の方は全裸だが別に見られて恥ずかしいものはないので、堂々と毛布をめくると昨日の一戦でかいた汗など諸々の湿気がむわっと音を立てた。
途端、カオリとアオイの動きが止まり――。
「あぅ!」
「わっ!」
二人同時に鼻血を出す。
「カオリちゃんのスケベー」
「ち、違う! これはちょっとのぼせただけだから! 誉の体臭に反応した訳じゃないから!」
「おヘソの下押さえて説得力ないなぁ」
フェロモン的な何かは一日経っても健在なようだ。
しかしカオリはともかくどうしてアオイまで鼻血を出すのか。
まあタイゾウが出すよりマシか。
また空気が緩くなってしまった。
まあ三脚もいないしゾンビも激減、大ポカさえしなけりゃしばらくは安全だし大丈夫かな。
『表』
主人公 双見誉 市立両河高校一年生(フェロモン状態)
人間関係
家族 父母 紬「姉」新「弟」
友人 那瀬川 晴香#16「女友達」三藤 奈津美「庇護対象」風里 苺子「女友達」高野 陽花里「クラスメイト」江崎陽助「マリモ」
中立 元村ヨシオ「孤立」
敵対 仲瀬ヒロシ「クラスメイト」キョウコ ユウカ「停学」
経験値32
【裏】
主人公 双見誉 生存者(フェロモン状態)
拠点
要塞化4F建てマンション丸ごと 居住6人
環境
周辺ゾンビ激減
人間関係
同居
シズリ#19「同居人」カオリ「鼻血」ソフィア#5「元アイドル」タイゾウ「無性欲」アオイ「鼻血」
中立 生存者
サラリーマンズ「――」女性三人「――」
敵対
変態中年「――」
備蓄
食料6日 水1日 電池バッテリー5週間 ガス2か月分
経験値42+X