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第32話 宿敵を殲滅せよ 5月3日【裏】

5月3日(月)【裏】朝


 マッチョのタイゾウとアオイが合流してから三日が経った。

ようやく環境に慣れたのか寝ぼけ眼で歯を磨くアオイを見て笑う。


 どの部屋から見つけて来たのか重そうなテーブルを担いでスクワットしているタイゾウは笑わない。

暑苦しいから。


 ふっと息を一つ吐き、双眼鏡を手に屋上へ上る。

眼下の光景を目に焼き付けてから目を閉じて頭の中の計画と照らし合わせる。


 完璧ではない。

まだできることはある。


 それでも俺とマッチョのタイゾウ、力仕事でなければカオリの3人が実質2日で準備したと考えれば及第点を通り越して合格点ラインと言える。


 マンション近くの空き地に整然と並べた車、その空き地正面に続く傾斜した二車線道路、道路真ん中に積まれたゴミの山、そして夜ごとにチマチマと作った手の中のコレ。


「コレの名前決めてないな。オリジナルは縁起悪いし……役に立ったら決めよう」


 ともかく大事なところは全部押さえた。

俺の体力も戻りつつある。

時間をかければもっと良くなるだろうが、完璧を求めているうちに機会を逃すことこそ恐ろしい。


「それに表のGW残りを心置きなく過ごしたい」


 自分で自分に冗談を言って笑ってみる。

この作戦に気を取られて『表』でも今一つ楽しめていないのは確かだ。


「やるか」


 双眼鏡を降ろして全員を屋上に集める。

目つきが鋭くなっていくのがわかる。


「タイゾウとカオリは俺と一緒に実行役だ。計画は説明した通りで変更なし」


 二人が頷く。


「ソフィアは屋上から見張っててくれ。下に降りている時に死角から奴らが来たら知らせてくれ」


 赤いペンキで染めたシーツを渡す。

声だと届かない可能性がある上にマンションに引き寄せてしまうからな。


「シズリは――」


 俺が目を逸らすとシズリがムスッとなった。

シズリは追い詰められたらパニック起こすから大事なことさせるのは怖い。

 

「アオイをしっかり見ていてくれ。あと帰ったら多分俺は野獣になってるから」


 抱き締めてキスすると納得してくれたようだ。


「ではオペレーション――なにがいい?」


 いきなりソフィアに振ってやる。


「うえっ!? と、トライデント!?」


 次はカオリに振ってみる。


「ぶ、ブレイカー!?」


 最後に客人としてマッチョのタイゾウに振ってみる。


「マッスル、でどうだ?」


 俺は頷く。


「ではオペレーション、トライデントブレイカーを開始する」




「まず一手」


 俺達は道路が見渡せ、かつ即座に下にも降りられる一室に移る。


 カオリが梯子を下り、坂道となった二車線道路に向けて走る。

ゾンビは少数点在しているものの、そこは慣れたもので余裕をもって回避している。

坂を駆け下りながら途中に複数置かれたゴミ……紙や木片などに次々と火をつけていく。


 火はたちまち燃え上がり、赤い炎と煙がはっきりと目視できるようになった。


 更に連続した破裂音が響く。

残った爆竹も入れておいたのだ。

ゾンビ引き付け用に集めたものの、引き付けすぎるので使えなかった爆竹も今回で使い切りだ。


 近場のゾンビが反応してカオリを追うが、彼女は自慢の足でゆうゆう振り切って帰ってくる。


「屋外での焚火に花火か……アレ以来見たことがなかったよ。以前は仲間と良くキャンプしたものだが」


 タイゾウが思い出すように目を閉じる。


「そりゃそうだ。たちまちああなる」


 火と立ち上る煙、爆竹が弾ける音にも反応して次々とゾンビが集まって来る。


 マンション周辺には多くいないと思っていたのに、これだけ出てくるのを見ると嫌になる。

大量にとれたゴキブリホイホイを見ている気分だ。


 隣のアパートのベランダからも数体落ちて火に向かって行ったぞ。

いつからあそこにいたんだよ……怖くなってきた。


「はぁはぁ……」

「お疲れ。良くやった」


 戻ってきたカオリを一言でねぎらう。

火は坂の中腹、最上部から約100m程度の所に設置している。

そこからゾンビに追われながらの坂道ダッシュは色々きつかっただろう。

本当は撫で回して褒め、どさくさでキスもしたいが今は状況から目を離せない。


 数体のゾンビがカオリを追ってきていたものの、勢いをあげて燃え上がる火と大量に集まったゾンビ共の立てる音により強く反応して引き返していく。


 予想通りでありがたい。

マンションの方にゾンビが一体でも寄ってきたら面倒だったのだ。


 あえてカオリを一人で行かせたのも、俺達が三人まとめて行くとより多くのゾンビを引き付けてしまうからと思ったからだ。


 身を隠した俺達に対して炎は延々と燃え続け、ゾンビが集まり続ける。


「他の生存者サバイバーも見ているようだぞ」


 タイゾウの言う通り、離れた屋根や道路からサラリーマンズの4人や、その他顔も知らない奴らが覗いている。


「見たいなら見せてやればいい。それより本命を見逃さないように――来た」


 道路の下側から三脚が登って来る。


「やはり熱に反応したか」


 タイゾウが言う。


 もちろんその為に火を焚いた。

しかしどうもそれだけではなさそうなんだよな。


 三脚は火に向かいつつ、同じく火に引き寄せられたゾンビに近づき殴り潰す。

前も見た光景だが、三脚とゾンビは殺し合うのだ。


 痛みがないので躊躇なく火に入り、焦げて燃え上がったゾンビが三脚に掴みかかる。

だが三脚の分厚い体に歯は通らず、殴られて千切れ、踏まれて潰れ、体のパーツを撒き散らし、体液を噴出させ、腐り焦げた破片が飛び散る。

火の粉が舞い、腐った肉が焼ける臭いがここまで漂ってくる。

 

「……まるで地獄だ」


 タイゾウが呟く。

そもそもゾンビが普通に歩いてる時点でほぼ地獄なんだよな。


 ドスンと聞き覚えのある足音と共にもう一体がマンションの裏側から歩いてくる。


 三脚は僅かに顔をあげてこちらを見たが、そのまま火に向かって歩いて行く。

寒い思いをしながら濡れ毛布に包まっていた甲斐があった。


 これで二体。

ここまで準備したのだからなんとか全部まとめて一掃したい。


 どうしようかと考えていると悲鳴が聞こえる。

見れば様子を覗き見ていた生存者の更に後ろからもう一体が現れたのだ。


 意表をつかれた若い男性が拳を受けて『く』の字に折れ曲がり、腰が抜けて倒れ込む女性は踏みつけられて体の中身を全て道路にぶちまけ、残った中年男が悲鳴をあげながら逃げる。

三脚は当然中年男を追いかける。


「クソ……」


 俺が悪態を吐くとタイゾウも悔しげに頷く。

あのおっさんが変な方向に逃げると、三脚が道路と別方向に行ってしまう。


「ここからではとても助けられない……」


 タイゾウと顔を見合わせる。

こじれるのも嫌なのでなにも言わないでおこう。


 そこで思わぬことが起きた。

逃げる中年男はパニックになったのか状況判断を誤り、なんとゾンビと三脚入り混じる二車線道路に飛び込んだのだ。


「ひっ! うわぁぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇ!」


 おっさんは助けを求めて叫びながらゾンビに掴まれて生きたまま解体されていく。

もちろん追いかけていた三脚もそのまま二車線道路に入っていく。


「なんてことだ悲しいなぁ!」


 言いながら、心の中でガッツポーズする。

良くやったぞおっさん勲章ものだ。



「これで次の手に入れる」


 言うと同時に俺は梯子を駆け下りタイゾウとカオリも続く。

屋上にいるソフィアを見ると周辺は大丈夫だと頷いた。


 全員で向かうのはマンション前の空き地だ。


 地獄と化した二車線道路を見下ろせるその場所にはずらりと車が並んでいる。

数は20台――ゾンビと三脚の目を盗み近場からパンクしてない物だけ集めてきたのだ。

  

 窓ガラスを工具で切って全ブレーキを解除、エンジンをかけないまま動かして並べる作業にタイゾウの筋肉は実に役に立った。


 空き地は微妙に道路に向けて傾斜しており、全てのブレーキを解除した車を支えるのは車止め代わりに置かれた石だけだ。


「いい具合に消えて来た」


 俺達は空き地の前……つまり二車線道路の始まり、坂道の最上部に立って眼前の地獄を見下ろす。


 ゾンビと三脚の乱闘で激しく踏み荒らされ、腐敗した体液が飛び散ったせいで火はどんどん小さくなっていく。


 そして強烈な臭いと煙だけを残して火が消え去ると同時にゾンビと三脚の視線が一斉に俺達へ向く。


「ひっ!」


 何百の怪物に睨まれてカオリがふらつく。

俺も多少は気圧されるが、怯んでいる暇はない。


 地響きのような呻き声と共にゾンビが一斉に動き出す。 

怪物に迂回や待ち伏せをする知能はない。

獲物への最短距離、つまり一直線の坂道を俺達に向けて駆け上がってくる。

 

「まだ」


 先走って車止めに手をかけたタイゾウを声で止める。


 三脚3体がゾンビを跳ね飛ばしながら確実に登ってきていることを確認。


 そして怪物の先頭が予定の場所まで――きた。


「よし。ストライクを狙うぞ」


 まず先頭に置いた2台、大型SUVの車止めを外して押し出す。


 全てのブレーキを解除された車は傾斜した地面を無音のままスルスルと動き始める。

ゆっくりと空き地から道路に進み出し『急勾配注意』の標識通り、見る見る加速していく。


 苦労してハンドル調整しただけあって道路から外れることもなく、2台のSUVは綺麗に並んだままグングン加速、そのままゾンビの集団へと突っ込んだ。


「うおっ」


 タイゾウが思わず声をあげる。


 『表』で聞いたら肩を竦めるような衝突音と共に数体のゾンビが上下左右に弾き飛ばされ、更に数体がタイヤに引かれて潰れる。


 だがその程度の衝撃で2トンを優に超えるSUVの勢いは止まらない。

逆に速度をあげながらゾンビの群れを吹き飛ばし、本命の三脚に衝突した。


 さすがに三脚はゾンビとは重さが段違いなのか、激突と同時にSUVのボンネットが吹き飛び、進路も変わってガードレールを擦りながら坂の下へと消えていく。


 だが三脚の方も無事では済まなかった。

地面に叩きつけられて転がり、異形の腕がこれまた異常な形に潰れる。


「倒れた……」


 カオリが呟く。


 遠目に見ている生存者達の方向からも声が上がった気がするが、あまり目立つとそっちに行くのでやめてくれよ。


「次!」


 続いてワゴン車を3台連続して滑走させる。


 ワゴン車はゾンビの集団をひき肉に変えながら進み、なんとか起き上がった三脚に正面から命中、運転席が大破したが三脚はもんどりうって地面に倒れた。

そこに時間差で突っ込んだ別のワゴン車が頭を完全に踏み潰す。


「一体撃破。次!」


 雑多な車を次々と投入する。

 

 人体を跳ね飛ばす音が絶え間なく聞こえ、倒れた頭をタイヤが引き潰す音、ガードレールが擦れる音、そして坂の一番下、突き当りのビルへ次々と車が激突する音が響き渡る。


 ゾンビの中身や体液、バラバラになった手足がそこら中に飛び散り、その上を車が走り抜けて絵の具のように広げていった。


「さっきとどっちが地獄だと思う?」


 冗談めかしてタイゾウに聞いてみるが返事がない。

カオリも青くなって唇を噛みしめているだけなので視線を正面に戻す。


 ワンボックスカーに弾き飛ばされて壁に激突した三脚へ間髪いれずミニバンが突っ込む。

壁に挟まれた三脚の両手足は折れ曲がり、上下左右から大量の体液が噴き出す。


「あと一体!」


 カオリが叫ぶ。

あれだけ群がっていたゾンビのほとんども潰れるか倒れ込んでまともに動いていない。

残りの車は6台……なんとかなってくれよ。

 

 残り6台を一気に滑走させる。

最後の三脚は馬鹿正直に道路の真ん中を進んでくる。


 1台目は空振り、2台目は僅かに掠め、3台目が右腕をもぎ取る。

悲鳴のような声をあげた三脚の左腕を4台目が引き千切り、回転して横向きに倒れた下半身を5台目が踏み潰す。


 そして最後――昨日の日没作業終了間際に無いよりはマシだろうと用意した軽トラックが頭に命中、頭部が丸ごと千切れ飛んだ。

 

「よしっ!」


 招いていない生存者ギャラリー達からも歓声に近いどよめきが起きる。


 念のため前に出て確認する。


 2体の三脚は頭が潰れるか千切れている。

もう一体は壁とミニバンに挟まれて潰れ、手足が垂れ下がり大量の体液が坂の下へと流れ落ちている。


 山のように居たゾンビもバラバラになるか車に引きずられて坂下まで落ちていった。

少数生き残っている奴も見えるが体が半分になったり足が無かったりで脅威にはならないだろう。



「作戦成功、みんなお疲れ」


「本当に……一掃しちゃった」


 カオリが呟くので振り返る。

その為に2日も外作業の危険を犯したんだ。

やり損ねたら散々じゃないか。


「ふ、双見君。君は一体……」


 ただの高校生だと言いたかったが、こっちでは高校生でもないのでなんなんだろうな。


「早く戻ろう。映画だとこうやって油断したところを不意打ちゾンビに食われるから」


 冗談を飛ばしてやるとカオリが苦笑し「冗談じゃない」と俺のお尻を叩いた。

タイゾウが同じようにしようとするのを止める。お前にやられたら痔になる。


 ソフィアとシズリも屋上から手を振っている。



 三人で笑い合った瞬間、背後で爆発――いや衝撃音が起きた。

具体的にはミニバンをひっくり返すような音だ。


「やめてくれよ……」


 悪態を吐きながら振り返ると予想通り、壁とミニバンに挟まれていた三脚が動いていた。

メチャクチャに腕を振り回してミニバンを横転させ、周辺の壁や家を破壊しまくりながら暴れている。

三脚のうち2本が折れ、残る一本と振り回す腕でのたうつように移動しているのだ。


「瀕死……なのか?」


 タイゾウが呟く。

 

 当然と言えば当然だ。

ミニバンに直撃されて無傷なはずがない。

かろうじて生き残っただけの死に損ないに決まっている。


「まだ予備の手段はある」


 俺は手に持った金属棒とライターを確かめる。

そしてタイゾウとカオリに距離を保つように言い、ソフィア達に身を隠せと言いながら下がる。

 

 三脚はこちらに来ることなく無秩序に道路をのたうち、やがて突っ伏して動きを止めてしまった。


「死ん……だ?」


 カオリが呟く。

改めてギャラリーから歓声が起こる。

 

「いや……これは悪いぞ」


 耳の奥から強烈な耳鳴りが始まった。

悪い予感、それも最大級のモノだ。


 俺は大きく息を吸い込み、カオリの声も含めて全ての騒音を除外して耳を澄ませる。


 死にぞこないのゾンビがのたうつ音……これはいい。

坂の下から爆発音……滑走させた車のガソリンに火でも付いたのだろう、どうでもいい。


 残った音……なんだこれは。

肉が裂け、筋が切れ、骨が砕けるような異様な音。

完全に動きを止めていた怪物が良く見なければわからないほど小さく震え始める。


 頭の中のデータベースと聴覚情報が一致する。


「逃げろ!」


 俺は硬直するカオリの襟を掴んで梯子へ走る。


「お前もだ!」


 ついでにタイゾウの尻も蹴飛ばしておく。


「何が起――」

「説明は後」


 俺達がマンションに向けて走り出すのと三脚が絶叫するのは同時だった。

断末魔のような凄まじい叫び声と共に怪物の足が再生――いや違う、折れた足が内側から弾け、より太い別の足が飛び出したのだ。


 更に人間でいえばヘソの辺りからも足が飛び出す。

位置的に手か足かは怪しいところだが形が足なので足なのだろう。


 今までは腕と足以外は人間サイズだった身体も2mを超える程に膨張していく。

文字通りの怪物、人間やゾンビとも違う異種の化け物だ。


「なにあれ!?」

「知らん! がやばい!」


 絶叫した三脚――いやもう三脚ですらない怪物はあらゆる動物に例えられない動きで進み始めた。



 今までの三脚はゾンビよりも遅かった。

直線ならば早足で逃げれば事足りた。


 だがこいつは全く違う。


「うわぁぁぁ!!」


 俺達が事前に後退したことで怪物の狙いはギャラリーに移った。

道路に降りていた青年が自分が狙われてると知り、叫びながら走って逃げだす。


 距離は十分にあり障害物も無い。

ただ走って逃げるだけの状況なのに距離が詰まっていく。


「速い」


 全力疾走していた青年は後ろから追い付かれ、ヘソに生えた足でスタンプのように潰された。


「屋根の上に逃げろ!」


 慌てて屋根に駆け上る者達。


「嘘……」


 カオリが絶句する。


 無理もない。

怪物は両腕とヘソの手を屋根にかけて登ってしまったのだ。


 屋根に逃げて一安心していた者達が次々と潰され食われていく。


 若い男が頭部を食い千切られ、泣き叫ぶ若い女性が掴まれ引き千切られる。

老人が蹴飛ばされて10m程宙を舞い、腰から下を食い千切られた中年女性が内臓を引きずりながら這って逃げるも頭を踏み潰される。


 俺は梯子にかけた手を止める。

あの機動力ならマンションに逃げても普通に壁から入って来てしまう。


「三脚にしてやられたのは何回目かな」


 一度目はシズリ一行を助け損ねた時か。

二度目はパンチ貰って瀕死にされた時だな。

悔しいのでマッチョに助けられた回は含まないでおこう。


 改めて思い出すと全て同じ奴の気がしてきた。

いやそう思おう。


「3度やられたらアホだよな」


 俺はマンションの駐車場に向かう。


「カオリは安全な場所に隠れろ。タイゾウは守ってやってくれ」


 さすがにアホにはなりたくなかったので今回は不測の事態への準備がある。 


 マンションの駐車場、いい感じの車だったのにあえて使わず温存していた物が一台。

理由は一つ、車体と燃料の状態が良い上に鍵が刺さったまま、しかも頑丈なことで有名な外車……つまり弾丸以外に使えそうだったからだ。


「表で乗れたら嬉しかったのに」


 優に1千万円を超えるであろう車両に乗り込みエンジンをかける。

普段ならこの時点でゾンビ警報発令だが、作戦のおかげで一時的に周辺からいなくなっている。


 アクセルを踏み込みハンドルを切る。


 ガリリと側面を壁で擦った。

慌ててバックして別の車にぶつけてしまう。


「……仕方ないだろ、高校生なんだぞ。ゾンビのせいで練習できるわけないし」


 自分に言い訳してから開き直り、ふらつき擦りまくりながら駐車場を飛び出す。


 マンションを一周する道路上で加速をつける。

シートベルトを忘れかけていた。

つけないと確実に死ぬだろうな。



 目に飛び込んできたのは必死に逃げるカオリとその前で大きな石を振り上げているタイゾウ。

そして口に半分になった見覚えのある老人……社長を咥えながら二人に飛び掛かろうとする怪物。


「もう一勝負。これが最後だ」


 手元が狂わないように小さく呟きながらアクセルを踏み込む。


 怪物の姿が一気に大きくなる。


 そして奴がタイゾウに向けて腕を振り上げた瞬間、

スピードメーターが70まであがったところでその横腹に突っ込んだ。


 大きな衝撃音と破壊音、怪物の苦悶の声。

フロントガラスが蜘蛛の巣のようにひび割れてエアバックが開く。

あんぐりと口をあけているカオリに笑ってしまう。


 相当な衝撃だったが、もちろんこの程度でこいつを殺せるとは思っていない。


「まだまだ!」


 俺は萎むエアバックを押し退けて思い切りアクセルを踏み込む。

回転数が一気に赤表示まで跳ね上がり、速度も怪物を押しながら再び70まであがった。 


 その勢いのまま地獄と化している傾斜道路に突っ込む。


 重力を味方につけた速度表示は120まであがり怪物の鳴き声が悲痛なものに変わる。

バックミラーに映る血飛沫は、現在進行形ですりおろされている怪物の体だ。


 二車線道路は一番上から下まで確か400m程。

今の速度なら10秒ちょいで到達する。


 突き当りには滑走させた車が折り重なって衝突し炎上していたが、もちろんブレーキなど踏まない。

俺と怪物は時速120kmで燃え上がる車の群れに突っ込む。


 怪物にぶつかった時に数倍する衝撃と轟音そして頭が揺られる感覚。


 俺の乗る外車は怪物を押しながら目の前の車を弾き飛ばして突きあたりのビルに激突した。

激突の衝撃と怪物の咆哮で全身がしびれる。


 フロントガラス全面がひび割れ、更に怪物の血がぶちまけられて何も見えなくなる。

ハンドルが千切れ飛び、ダッシュボートが潰れる。

蒸気なのか煙なのかわからないものがボンネットから噴き出す。


 それでも車体構造は壊れていないし俺も生きている。

さすが有名外車、芸能人やスポーツ選手がこぞって乗るのも無理はない。


 さすがに死んだか?と心の中で問うと咆哮が帰って来た。

タフなやつだ。

 

 壁に怪物を挟み込んだまま更にアクセルを踏み込む。

粉砕された回転数メーターがグルグルと回り、エンジンから蒸気が噴き出す。

絶叫のような音を立ててタイヤが空転し、煙が噴きあがる。


 車体が僅かに前に進み、その僅かだけ怪物の体が潰れる。

フロントガラスへ更に大量の血か内臓なのかわからないドロドロしたものが噴きかかる。


 そこで怪物の腕が振り抜かれ、屋根の一部とフロントガラスが無くなった。

続いての二発目を体を捻ってギリギリ避けてシフトレバーが無くなった。

それでもアクセルを断続的に踏み込んで三発目を中断させる。


 ふと怪物と目があう。


「やっぱお前、最初に会ったやつだろ」


 言いながら車備え付けのシガーソケットを抜き、座席下に落ちていた金属棒を掴む。

本当は投げて使うつもりだったのだが仕方ない。


 怪物が俺を丸呑みできそうな程大きく口を開く。

同時に肩口や胸板部分からも多数の手や足が突き出てくるのが見える。

このまま放置すれば更におぞましい姿に変わるのだろう。


「くたばれ化け物が」


 金属の棒は風里の言う刺突爆雷――っぽいものだ。

なにせそのまま作ったら俺が死ぬ。

爆竹から火薬を抜くのに苦労したが、役に立って良かったのか悪かったのか。


 導火線にシガーソケットで火をつけて怪物の口内へ突っ込む。

もちろんアクセルは限界まで踏み込んだまま。


 秒数を数える……5、4、3、怪物の腕が振り上がった。

あれが先に落ちてきたら俺も潰されて相打ちだ。


「2、1、俺の――」


「勝ちだ」と呟きながら身を屈める。

爆発音と同時に怪物の頭が消し飛び、車体が1mと少し……怪物の体の厚み分だけ前進する。


 同時に大量の蒸気があがってエンジンが壊れた。


 俺はゆっくりと車のドアを開け――いやドアは外れてもう無くなっている。

ドアのあった所から転がり出る。


 怪物は頭が吹き飛び、胴体は完全に潰れてぺしゃんこだ。

死んでいる。完全に。


「……」


 俺は無言で転がる臓器……恐らく心臓と思われるそれを踏み潰す。


 こいつには何度も泣かされた。


 助けたはずのシズリ一行を滅茶苦茶にされた。

シズリももうダメかと思った。


 腹に一発食らって死にかけた。

何日も血を吐いて悶えた。


 だが最後に立っているのは俺だ。

こいつは汚らしく潰れ、俺はそれを見下ろしている。


 俺の勝ちだ。俺は勝った。


 周囲を見渡す。

動いているゾンビはいない、遠くに見えるがすぐには来ない。


「――――!!!」


 思い切り咆哮する。


 理性がやめろと叫ぶが、本能から出る声が止まらない。

何度も何度も叫び、息切れしたところでタイゾウに持ち上げられてマンションまで運ばれる。

バカを見る目をされると思ったが、タイゾウの顔に浮かぶのは驚きと尊敬、僅かな恐怖だった。

 


 アオイはタイゾウにシズリは俺に抱きついて迎えてくれる。

一方でソフィアとカオリは何故か立ち尽くしている。


「誉さんを見たらなんかお腹が……」


「ソフィアも? 私もおヘソの下あたりがキュンキュンって痛くて」 


 2人は自分の下腹部を擦る。


「何かが熱く開いているというか……」


「下に降りてきてるというか……」


 俺は2人を抱き締める。

カオリは小さくブルブルと、ソフィアは跳ね上がるように大きく一度震える。


 今夜は楽しくなりそうだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

同時刻 新都 某地点


 新都のとあるビル屋上に5名の人影が並ぶ。


 色落ちした服と使い古されたスニーカーに大きなザックを背負った恰好は一般的生存者サバイバーのそれだった。


 5人のうちの2人がとても街の商店では手に入りそうもない重厚な双眼鏡から目を離す。


「見たかね? 倒してしまった」


「はっ驚きであります」


 問うた男は三十代後半に見え、大げさな演技で驚きを示すも目に感情の動きは無かった。

 

 応えた女性は二十代後半に見え、こちらは背筋を伸ばしたまま氷のような表情を動かさない。


「驚いた。いや本当に驚いた。我々でも変異体とかち合えば人的損害を覚悟せねばならん。それを小銃も装甲車両も地雷も無しに片付けた。人的損害は0――少なくとも彼の仲間という意味では」


 男はもう一度双眼鏡を覗き込む。

超望遠レンズが自動ズームして腕を振り上げて叫ぶ少年を捉える。


「まだ高校生にしか見えないというのに素晴らしい能力だ……興味深い。顔を覚えておこう」


 男は目を見開き、双眼鏡の向こうの少年を数秒凝視する。


「……撤退時間が迫っております」


 2人とは別の青年が耳打ちする。 


「ふむ。予想外のことについ見入ってしまった」


 両手に女を抱えて死角へ消えていく少年を見送ってから、男は双眼鏡を降ろす。


「では撤収としよう。迎えは来ておるな【風里2尉】?」


「はっ来ております【黒羽くろばね3佐】」


 5人は彼ら以外の誰に気付かれることもなく屋上から姿を消した。


主人公 双見誉 生存者

拠点 

要塞化4F建てマンション丸ごと 居住6人 周辺からゾンビ激減

人間関係

同居

シズリ「発情」#16 カオリ「発情」ソフィア「発情」タイゾウ「畏怖」アオイ「気絶」

中立 生存者

サラリーマンズ「社長引退」

敵対

女性三人「不審者」変態中年「負傷」


備蓄

食料9日 水3日 電池バッテリー5週間 ガス2か月分

経験値27+X



次回更新は明日19時頃予定になります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ムッハ~面白かった 俺も下腹部がキュンキュンしてる ってこれは昨日の牛乳か 夜の殲滅戦も楽しみにしてますp(^-^)q
[良い点] あんな雄見せられたら、 降りてきちゃいますよ。 [気になる点] 苺子の親類? [一言] タイゾウ生き残った!
[良い点] まさか突然パワーアップした怪物を倒すとは・・・ マンション登られたら拠点壊滅も必至で 全てご破算になるから倒せてよかった。 [気になる点] 意図せず他の生存者の注目を浴びてしまったから、…
感想一覧
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