第31話 協力者 4月30日【裏】
4月30日(金)【裏】
「大丈夫そうです~」
屋上からソフィアが合図し、俺とカオリが梯子を降りる。
今回は調達は無し。
可能な限り戦闘せず即逃げると決めているので荷物は最小、病み上がりの俺でも軽快に動ける。
ソフィアが確認してくれたが一応息を止めて周囲を見回す。
ゾンビは無し、三脚の足音も無し。
前のシズリ達みたいな奴らがやらかしたのだろうか、今日は近隣のゾンビが目に見えて少ない。
この機会を逃す手はない。
「行くぞ」
俺達は体を低くして駆ける。
「迷いなく走ってるけど生存者がどこにいるとか知ってるの?」
「いや知らない。ここ3か月ぐらいずっと交流なんてしてなかったから」
なんだそれと足を止めるカオリの尻を叩いて進むよう促す。
「知らなくても地図と道路を見れば大体の場所は見当つく。あとは……」
尻を触られて怒るカオリに代償として俺の尻も触らせながら言う。
一軒の民家の庭に排泄物と空になった缶詰が捨てられているのを見つけた。
「拠点の真ん前にゴミを捨てるような奴は生き残ってないだろうから……」
周辺を見回す。
「玄関が開いてる家は除外して……あの家のベランダにある洗面器は雨水を集める用だな。玄関は当然塞いでいるとして……」
外に出る動線を想像しながら指で辿る。
屋根かな。
屋根まで登ってみると瓦が外され屋根板が四角に切られていた。
やはりここから出入りしているようだ。
俺は板を軽くノックしてみる。
「なんだ?」
即座に板がせり上がり男が顔を出す。
年齢は30後半ぐらいで体格は標準、髪は綺麗に七三分けに整えられており、細かいことにいちゃもんをつけてきそうな顔をしている。
係長としておこう。
一度のノックで出て来たのでびっくりしたが、窓から見ていたんだろうな。
俺と女の子の二人だから入り口をあけても即座に脅威にはならないと判断した。
ならば中には大人の男が最低2人以上、家の規模から考えて全部で2~4人といったところか。
「物資の交換か? こっちは水はあるがガスと食料がないから……」
生存者同士で物資の交換は良くあることではある。
もちろん違うので俺は首を振る。
「少し力を借りたいと思いまして」
『裏』では誰にでもタメ口を利いてしまいそうになる。
初対面の相手だと気にする奴もいるから気をつけないと、こいつも係長っぽいし。
「はぁ? なんで今初めて会ったような奴にそんな――」
係長は正しい。
これで「わかった助けよう」なんて言われたら逆に危ない。
「最近ここらに出ている厄介な怪物がいるでしょう? あいつを叩き潰すために手が必要なのです」
「ま、待て! 急に話されても困る! そんな危ないことを決めるのは私一人では――」
奥の扉が小さく開く。
「なにかトラブルかね? 物資交換ではないのかね?」
臆から顔を出したのは係長よりも年上で体格はやや小さく、こちらも整えられた七三分けで頭頂部はやや禿げており酔って絡んできそうだ。
課長だな。
「実はですね」
俺は係長にしたのと同じ話を課長にする。
二度手間だがこちらはお願いする立場だから仕方ない。
課長は腕を組んで何度か頷いた。
「話は分かった。だが私の一存で決められることではないなぁ」
さらに奥の扉が開く。
「どうしたのかね? 若い子二人が来ているとの話だったが」
課長より更に年上で問題が起きても責任をとってくれなさそうな見た目……つまり部長だ。
「……説明します」
「うむ」
そして三度目の説明を終える。
「なるほど一理ある。だが最終的な決定には――」
更に奥の扉が開く。
「来客だと聞いたが」
初老の男が現れ、他三人がさっと頭を下げる。
……社長だな。
「一体何の話なのか説明してくれたまえ」
――30分後。
「無駄に時間を取られた」
『表』なら空き缶でも蹴飛ばしたい気分だがゾンビを呼び寄せても仕方ないので自重する。
「結局駄目だったね」
社長に4度目の説明をした後『そんな大事なことをすぐには決められない。皆で何度か会議をしてから決定するので明日か明後日にまた来て欲しい』と言われた。
もちろんもう行かない。
悪人ではないし暴言を吐かれた訳でもないのに、どうしてこんなにイライラするのか。
あれが普通と言うなら俺に会社勤めは無理そうだ。
「別にあの人達、課長でも部長でもないと思うけど」
「まあイライラするのは置いても意思決定が遅すぎる。不測のことが起きたら多分邪魔になる」
ちょっと態度が悪くてもフットワークの軽いグループの方がいいな。
次の生存者を探そう。
「へーめっちゃ若い子じゃん」
「……はは」
次の拠点では二十歳そこそこの男が二人だった。
世界が壊れて派手な服もアクセも髪染めだってまともにできないはずなのに一発でDQNだとわかってしまう。
DQN二人は俺を無視してカオリばかり見てニヤニヤしている。
サラリーマン拠点の時は仕舞っていたナタを腰につけていなければどうなっていたか。
「あー作戦はそんな感じなのね。それでそっちの拠点って他に女の子いるの?」
「ええ、俺以外は十人全員女の子なんですよ。だから手が足りなくて」
男二人は顔を見合わせてニヤリと笑った。
「やるやる。なんなら今からすぐ合流でもいいぜ」
「外は危ないからカオリちゃんはしばらくここにいなよ」
俺も同じように笑う。
笑いながら見回した視線の先に女物の服が数着置かれている。
どう見ても男二人しかいないのにな。
「まだやることがあるので明日また迎えに来ますね」
俺はカオリを先に拠点から出し、隙を見せないよう自分も出る。
もちろん明日どころか二度と来ない。
次は中年の男女二人の拠点。
最初から最後までニコニコとても愛想良く話を聞いてくれたが途中で帰る。
2人ともやけに血色が良く、目がらんらんと輝いて血と脂肪の匂いが凄まじかったからだ。
その次は中年男が一人で暮らす拠点。
カオリを見るなり下を脱いで襲い掛かって来たので指数本をナタで切り落として逃げた。
その次は女性3人の拠点。
顔を合わせるなり叩き出された。
前が酷かったので警戒して血のついたナタ持ってたしな。
次に会うことがあったらお詫びをしよう。
「ひどいのばっかりだ」
「最後のは誉が悪いでしょ」
カオリは怖かったと怒る。
正直ここまでとは思わなかった。
危険だからと断られることは覚悟していたし、その上で数撃てば協力する者もいると踏んでいた。
だが実際はそれ以前の問題で、身の危険を感じるレベルの奴が多すぎる。
「ほんの半年ぐらい前はまともな奴も多かったんだけどな」
俺があのマンションに来た頃、まだ仲間と一緒に居た頃だ。
「……半年は長いよ」
世界が潰れて1年と少し、その中での半年はあまりに長い。
まともな奴が死んでいくのか、生き抜くためにまともじゃなくなっていくのか。
「仕方ない。次でダメだったら一人でなんとかするよ」
時間はかかるし危険も増すだろうが。
次はこの小さなリサイクルショップだ。
太い鋼線が何重にも張られている……これは人がいるだろう。
「あっここ……」
カオリの表情が幾分か綻ぶ。
「うん、三月初めぐらいだけど交換で一度会ってる。夫婦と小学生のお子さんの一家三人だった。旦那さんは線が細い感じだけどとても良い人で奥さんも優しくて綺麗な人」
なるほどカオリがそう言うなら今までみたいな凶悪犯もどきの相手をしなくても良さそうだ。
出入口らしき場所をノックすると小さな覗き穴が開く。
当然だ、ノックされたからハーイと扉を開くなんて裏ではあり得ない。
「三脚について話があります。入れてくれませんか?」
丁寧な口調で隣にカオリも並ばせる。
『武器は置いて欲しい。子どもがいるから』
これも当然の要求ではある。
子どもがいるというのも情報通りだ。
「わかりました」
俺はナタをその場に置き、後ろポケットのサバイバルナイフを確認する。
というかやけに旦那の声が野太いな。
周辺にゾンビがいないか確認した後、扉が開かれる。
「入りなさい」
声に導かれて室内に入る――。
「嘘つき! マッチョじゃないか!!」
扉を潜るなり、目の前に身長190cmを優に超えるタンクトップ姿の大マッチョが棍棒を構えて現れたのだ。
俺は咄嗟に背中からナイフを取り出してカオリを庇うように位置取る。
あんな棍棒振り下ろされたらナイフじゃどうにもならないぞ。
「え、う、うそ……村見さんの拠点だったのに!」
乗っ取られたのだろう。
線が細い旦那と言っていたから、こんな大男がきたらどうしようもない。
珍しくもない話か。
「村見さんの知り合いかね?」
大男は棍棒を振り上げたまま言う。
「前にこの子があってる。お前こそなんだ?」
言いながら背後を探る。
ドアからカオリを蹴り出したところで棍棒の一撃がくる。
それを避けられれば足をナイフで切る。
俺は覚悟を決めて構えを取る。
そこで大男の背中から小学生ぐらいの子どもが顔を出した。
「君は村見さんのお子さん……たしかアオイ君だった?」
カオリが名前を呼び、子どもが反応する。
すると大男は棍棒を降ろした。
あぁ棍棒に見えたのは最近流行りのタワーファンだったのか。
リサイクルショップだもんな。
俺もナイフを降ろして息を吐く。
病み上がりでこんなのと戦うなんて悪夢だったから助かった。
「話をしようか」
大男は野太い声で奥へ入るように促す。
俺は子どもの顔色を確かめる。
恐怖……但しそれは俺に向けたもので大男に頼ろうとしている。
大丈夫そうだな。
奥に通されて話が始まる。
「村見さんと奥さんは亡くなってしまった。アレがここを襲ったのだ。近くにいた私が駆け付けた時にはもう……この子を助けるので精一杯だった。それ以来一緒に暮らしている」
大男は子どもを庇うように撫でながら言う。
「あーそうだったのか」
俺はやや気まずそうにカオリは口に手を当てて震えている。
三脚連れ帰ってきたの俺達だからなぁ。
大男は子どもを別の部屋に行かせる。
「両親を殺された場所にいつまでも居るなんてどれだけつらいだろう。だがここよりまともな拠点が見つからないんだ」
それは正しい。
ここは今日回った中でもかなり良質の拠点だ。
心理的には一度破られ両親を殺された場所なんて最悪だが、放浪者になって彷徨うよりはずっとマシだ。
「もう三週間になる……日々の調達が大変で拠点探しまで手が回らなくてね」
「三週間だと? 襲撃が三週間前か?」
だとすると俺達が連れ帰った三脚ではないぞ。
スグルとヒロシを殺した三脚でもない。
村見夫婦を死なせた罪悪感からは逃れられたが決して良いニュースじゃない。
敬語がすっ飛んだがそれどころじゃない。
「ここらに三体いる可能性がある……」
大男の顔が歪んだ。
「それで……協力して欲しいとのことだが」
「ああ。奴らを排除しないと調達どころか安心して寝ることもできないだろう?」
俺は大男を正面から見据える。
そして大男は静かに首を振った。
「嘘を言っている目じゃない、理屈も通っている、だから90%信じよう。一人なら協力しただろう。だが今の私はあの子を守らないといけない。倒れるわけにはいかない。少しでも疑いがあれば……わかってくれ」
大男が指差すのは俺の服についた返り血だ。
変態からの正当防衛と説明してもダメだろうな。
「分かった。せめて帰るまで襲い掛かって来ないで下さいよ」
俺は冗談めかして言いながら立ち上がる。
「すまない。本当にすまない」
実に良いマッチョだ。
こういうのと協力したかったが、俺の方が怪しいのだから仕方ない。
「また機会があったら交流しよう」
これは本心からの言葉だ。
「ああ、お互いに生き残ろうとも」
俺はリサイクルセンターを出る。
「残念だったね」
「ああ、今のは本当に残念だった」
俺は忌々しげに変態の血を拭う。
「それにしても――」
背筋に少し寒いものが通った
「ゾンビ居なさすぎないか」
この辺りの住宅街には比較的少ないとはいえ一体とも遭遇していない。
こんなことがあるのか?
「あっそんな話するから!?」
脇道からゾンビがふらりと出て俺達と目が合った。
もちろん呻きながらこちらへ歩いてくる。
戦闘は回避と決めているので別の道を探そうとした時、人間の胴体ほどもある腕がゾンビの頭を掴む。
掴んだのか潰したのか区別がつかないほどの一瞬でゾンビの頭は砕け、そのままずるずると脇道に引き込まれていった。
「もっとゾンビの話しようぜ……」
「もう手遅れ!」
バリバリと肉が砕ける音、そして……ゴトンゴトンと最近ずっと聞いている気がする重い足音。
「逃げるぞ!」
脇道から三脚が出てくる前に俺達は踵を返す。
振り返った先にゾンビが――違う。
あれはカオリを狙っていたDQNの二人だ。
「ちっ気付かれたぜ。拠点突き留めたかったのによ」
「しゃーない一人で我慢だわ。男の方はボコっとけ――って後ろのアレ!?」
俺達をつけていたのか。
女10人とか言うんじゃなかったかな。
だが今はどうでもいい。
DQN2人はバールとナイフを取り出したが、後ろの三脚はそれどころの脅威じゃない。
俺はカオリにナイフを渡してナタを構え、迷いなくDQNの方に突っ込む。
「「どきゅっ」」
突然DQN二人が奇声をあげてピンと背伸びをする。
そしてそのままガクガクと震え出し、ゆっくりと前のめりに倒れていった。
後頭部から背中まで綺麗な断面図……上半身の後ろ半分がなくなり、色々なものが零れだしていく。
DQNの更に後ろに人間ではあり得ない大きさまで顎を開いた三脚――。
「……お前らの方がつけられてたじゃないか」
三脚は遅い。
不意をつかれなければ屋外で遭遇してもさしたる脅威ではない。
ただ逃げればいいだけなのだから。
挟まれさえしなければ。
壁際によって左右を交互に見る。
運悪くどちらの壁も高くて簡単には登れそうにない。
俺は一瞬だけ考えてカオリに呼びかける。
「左の三脚はどうやら怪我をしている。1、2の3で突破する。俺は右からカオリは左、いいな?」
「う、うん……!」
俺とカオリは身を屈める。
「1、2の――」
3を言う前に俺は三脚の正面に向けて駆けだす。
カオリも慌てて走り出すが、三脚の視線は完全に俺を向き、拳が振り上げられる。
「――3!」
野太い声と共に影が落ちた。
一瞬新しいクリーチャーかと思ったそれは、テレビを担いだ大男だった。
屋根から跳んだ大男は落下の勢いそのままに、古いブラウン管のテレビを三脚の頭頂部に叩きつける。
凄まじい轟音と共にプラスチックと金属、ガラスの破片が全身に当たる。
頬を掠めて飛んでいった破片に36インチと読み取れる。
高所から、それも旧世代の重いブラウン管テレビに大マッチョの体重まで乗った一撃だ。
三脚の頭部が揺らぎ、フックが止まる。
脳震盪でも起こしたように三本の足がたたらを踏む。
「逃げるぞ! アオイを――」
「もう確保した!」
マッチョはふらつきながら立ち上がり、俺は外に出て来ていた子どもを抱え上げて走る。
三脚は踏ん張り直して腕を振り回すが間一髪、うなじに風を感じながら走り抜けた。
そのまま、俺達は無事にマンションに帰りつく。
熱探知を誤魔化す為に水を撒き、無駄に周辺をうろうろしてからハシゴを登る。
「どうして来てくれた?」
大マッチョは俺から子どもを受け取って笑う。
「見殺しはもうできなかった……それに君は彼女を助けるためにわざとタイミングをずらしたね。悪人はそんなことをしない。君を100%信じられると確信した」
カオリは何も言わずに顔を伏せる。
「それにしても俺はマッチョにばかり助けられる」
「ははは、私以外にもまだマッチョがいるのか」
大男は豪快に笑った。
「マッスルメンジムのモリモリって今考えてもネーミングが――ぐぇっ!」
突然大男に掴みかかられ声があげてしまう。
シズリが慌てて引き離そうとするも全く動かない。
「き、君はマッスルメンジムを! 盛蔵さんを知っているのか!?」
こいつもマッスルメンジムだったのかよ。
とはいえ『表』のことを話しても仕方ない。
こっちの世界では1年も前になくなっているはずのものだ。
「世界がこうなる前の話だ。はは、チーフマッチョってなんだよってな」
大男は少し残念そうに手を放す。
「そうか……だが君が信頼のおける人間だという確信は深まったよ。盛蔵さんが悪人を助けるはずはないからね」
モリモリの人物像がわからなくなってきた。
まさか重要人物とかじゃないよな。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかった」
「ああ、済まない。こちらは【村見葵】(むらみあおい)君。私は――【北枝泰三】だ。よろしく頼むよ双見君」
人手が二、三人必要かと思ったが彼が居れば足りるだろう。
「こうなったら君の作戦に協力するよ。ただ私は細かい作業ができない。拠点でも色々修理しようと思って全部潰してしまった」
「いや、やって欲しいのは力仕事――車を動かして欲しいんだ」
マッチョは首を傾げる。
「並べてバリケードに? 残念だけど三脚はその程度なら」
「違うさ。やって欲しいのはな――」
ちょうど重い足音が聞こえ始める。
三脚二体が俺達の熱を追ってマンション近くまでやってきたのだ。
水と偽装のせいで見当違いの方向に向かう三脚を見ながら俺は口角を吊り上げる。
「あと数日、あと数日で終いだ」
子どもがぶるっと身震いしてマッチョの影に隠れる。
カオリとソフィアも子どもとは違う感じに身震いしていた。
主人公 双見誉 生存者
拠点
要塞化4F建てマンション丸ごと 居住6人 周囲に三脚x2
人間関係
同居
シズリ「同居人」#16 カオリ「同居人」ソフィア「同居人」タイゾウ「協力者」アオイ「保護」
中立 生存者
サラリーマンズ「知り合い」
敵対
女性三人「不審者」変態中年「負傷」
備蓄
食料12日 水6日 電池バッテリー6週間 ガス2か月分
経験値27+X
次回は文量が多く分割したくない話なので火曜~水曜更新となります。