第30話 復活 4月29日【裏】
4月29日(木)【裏】
俺は目が覚めるなりソフィアに大量の食事を作ってもらう。
「サバの雑炊できました。お肉とチーズのパスタも茹で上がります~」
貴重な鯖缶を使った雑炊をかきこみながら、パスタにも手を伸ばす。
「ね、ねえ大丈夫? 昨日までおかゆしか食べられなかったのにそんながっついたら……」
「一応茹で時間を長くして軟らかくは作ってはいますけど、どうしても肉と魚をいっぱい入れて欲しいと言われたのでお腹に優しくはないかもしれないです……」
シズリとソフィアが心配そうに見守る。
「体調もだけど一人で4人分ぐらい食べてる……三脚のせいで物資の調達もやりにくいのに」
カオリが咎めるような顔で見てくるのも当然だ。
俺だって同居人が貴重な食料をドカ食いしだしたらぶっ飛ばす。
「うぐ……」
胃がこれ以上は無理だと動きを止めてしまう。
だがまだ足りない。もっと食わないといけない。
食料が常に不足している『裏』でこんな大量食いは愚の骨頂だ。
今の俺は普段の3倍食っているが、吸収できている栄養は1.5倍にもなっていないだろう。
だがそれでも、貴重な食料を無駄に消費してでも回復を早めないといけない。
「ごちそうさま。終わったら断食して帳尻合わせるから勘弁してくれ」
みんなに謝ってから膨らんだ腹を擦る。
万全とはいえない胃や腸に大量の食い物をぶちこんだせいで吐き気がすごい。
まさか吐くわけにはいかないので、水とサプリメント数錠を流し込んで胃を安定させて横になる。
あとはひたすら寝るだけだ。
体は完全に脱力させ、頭の中だけを回転させる。
必要なものは揃えられるか……肝心の武器はマンションの駐車場とあとは道に放置されている物……道路の位置から考えれば、あそこの道と隣のアパートのあるもので足りるかな。
万が一の為に構造は表で把握しておこう。
そして予備にもう一つの武器も作らねばならない。
こちらは室内作業になるので夜にできるだろう。
「ただ俺一人で手が足りるかどうか」
準備がそれなりの力仕事になる。
カオリはともかくソフィアと、特にシズリはなるべく外には出したくない。
力仕事を手伝ってくれるやつが欲しいが、俺はここ三か月ほど周囲と交流せず完全に一人で居たから信頼できる知り合いなんていない。
まして弱っている状態で見ず知らずのやつと接触するなんて三脚とどっちが危険かわからない。
「やはり一人でコツコツやるしかないかな。だがそれだと準備の時間が……」
一人でぶつぶつ言っていると部屋を片付けていたソフィアが足を滑らせる。
「きゃあ!」
ソフィアは短い悲鳴をあげながら俺の上に倒れてくる。
そして腹だとやばいと身構えた俺の顔へ尻餅をついてしまった。
仰向けに寝ていた俺の顔面にものの見事にソフィアの尻が乗っかる。
「きゃあ! ちょっと誉君大丈夫――!」
「ごめんなさい! 私お尻が大きくてバランスが――!」
悲鳴をあげたシズリと慌てて起き上がろうとするソフィアをカオリが止める。
「動かないで……今近くにいるから」
ゴトリゴトリと音がする。
陶器が割れるような音は三脚が中庭のタイルを踏み割る音……相当近い。
俺達は完全に動きを止める。
音を出さないのはもちろんだが三脚は熱を探知できるから、ここまで近づかれたら室内の様子まで見えている可能性がある。とにかく動かないことが一番だ。
三脚はこちらの熱に気付いたのか、それとも単に障害物を避けたのか、ほんの僅かな時間だけ停止した後、再びゴトゴトと足音を響かせながら遠ざかっていく。
タイルを踏み割る音から土を踏みしめる音へ、そしてアスファルトを叩く音に変わる。
完全に敷地内から出て行ったようだ。
「ふう」
俺は大きく安堵の息を吐いた。
危機が去ったのは皆も分かっているだろうに何故か全員動かない。
顔に乗っかったソフィアも含めて全員が俺の布団を見ている。
「え、うそ、こんなになるの……?」
「す、すごい。ひゃあぁぁ……」
「うっわ、えぐ。あたしもここまでは……怪我してたせいなのかな」
全員の視線を追って納得した。
確かにこれはすごい、我ながらここまでになるとは。
寝るのをやめて立ち上がる。
若干の痛みと立ち眩みで足がふらつく……が踏みとどまる。
やはり大丈夫だ。
俺はもう立てる、そそり立てる。
「そんな無茶だって! 一昨日まで血も吐いてたのに!」
心配してくれるシズリの肩を抱いて微笑む。
「もう大丈夫だよ。もう復活した」
そしてカオリとソフィアにも目をやる。
2人は驚いた様子で俺の目――を見てないなこれ。
視線が下すぎる。
「三脚を潰す目途も立った」
シズリを含めた3人が一斉に俺の顔を見る。
そしてまた視線を落とす――顔を見ていてほしい。
「あとは人材募集かな。もう何人か協力してくれる奴がいればスムーズにいく」
「え……でも……」
ソフィアが気まずそうに顔を逸らし、カオリが補足する。
「三脚と戦うって言って協力する人なんていないでしょ」
「わからないぞ。勇気のある奴ってのはいるものだから」
嘘だ。
俺は生存者に勇者の心なんて期待していない。
ただ俺がボコボコにされて逃げ帰ってから既に四日経つ。
あれ以来、三脚は俺のマンション前だけではなく近隣をうろつき回っている。
このマンションは相当安全だ。
まず地上と二階以上の接続が存在しない。
唯一接続していた階段部分はバリケードで塞がずに構造そのものを破壊して登れなくしている。
だからこそ三脚が近くにいると調達が難しくて困る――程度で済んでいるのだ。
一方で扉を家具で塞いだだけの家に住んでる生存者はどうだろう。
熱探知のできる三脚がうろつき回っている現状はまさに命の危機だし危機どころか既に昇天した奴もいるかもしれない。
追い詰められる中、三脚を潰せるならばと協力する者が何人かいる可能性は高い。
連れ帰ったのは俺なのでマッチポンプな感じもするが、わざとじゃないし誰にも見られてないだろうからセーフだろう。
もちろんちょっと汚い思惑なので3人には言わないが。
「もし協力してくれてもその……信用が……」
ソフィアが呟く。
「ま、相手によるさ……今日はなまった体を回復させて明日から始める」
「そんな甘いものじゃないからね……私もちゃんと見とくけど」
カオリが俺を責めるように言う。
口には出さないが分かっているとも。
場合によっては作戦の前に勝ち目の薄い前哨戦をするだけの話だ。
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4月30日(金)『表』
「お前なんて本読んでるんだよ……」
陽助に言われて本のカバーを外し題名を確かめる。
『図解 自動車の構造』『火薬と爆発』『恐怖の自動車テロ 事例集』
「やばいか?」
「やばいよ。1分ぐらい声かけようかどうか悩んだぞ。お前が変なことしてテレビとか来たら『とにかくスケベで下半身でもの考える男でした』って証言してやろう」
陽助がしょうも無いことを言いながら巻き込むなあっちいけの仕草をするので逆に抱き締めてやる。
「朝から何をしているのよ。気持ち悪い」
心の底から呆れた顔でやってきたのは風里だった。
晴香や奈津美ではなく彼女だけで来るのは珍しい。
「……昨日の設定をもう少し考えて来たのだけれど」
風里はこういう系の妄想が大好きなようだ。
俺は受け取って目を通す。
概ねの方針はもう決めているが、どんなことでも新しい情報を知っておいて損はない。
「また妙なことをしてるのかよ。まあ風里さんがいるならそこまでバカなことでも……おっ」
陽助の台詞が急に止まったので視線を追ってみると、渡り廊下を歩いている女教師……陽助がビンタかまされた40代の古典教師がいる。
陽助が笑いかけると教師は顔をしかめてやめなさいとばかりに手を振る。
だが表情と態度には怒りも嫌悪もなく、むしろ『学校ではやめなさい』とばかりに照れているように見える。
顔を赤くして早足で走り去っていく教師のカバンに光る何かがついていた。
見覚えがあるぞ。
俺は陽助のカバンを見る。
『両河温泉』と書かれた平凡なキーホルダーがついている。
これじゃないか。
「ええ……」
溜息みたいな変な声が出てしまった。
「二人で温泉行ったの?」
「うん」
「泊りがけで?」
「うん」
「シたの?」
「それは秘密」
なんかもうやる気が出なくなった。
新しい情報でもこんなのは知りたくない。
とはいえやらないと生きていけないので頑張るけどな。
「ふむふむ、ここを外してこうすればシフトロックが外れるっと……最悪ここのブレードを折るか解体してしまえば……」
後はやはり人だけだな。
ただ言う通りに動く男手が居ればもっと大規模にいける。
「あの、風里さんとどんな話を……」
机の下から奈津美が顔を出したので軽く唇にキスをして本の続きを読む。
奈津美は呆けた顔になってふらふら教室に戻っていった。
「こいつらは本当に……」
風里は俺と陽助を交互に睨み、それぞれの脛に蹴りを入れてから教室に戻っていった。
『表』
主人公 双見誉 市立両河高校一年生(肋骨完治まで8日)
人間関係
家族 父母 紬「姉」新「弟」
友人 那瀬川 晴香#13「女友達」三藤 奈津美「ホワホワ」風里 苺子「妄想ノリ」高野 陽花里「彼氏?」江崎陽助「温泉」
中立 元村ヨシオ「孤独」
敵対 仲瀬ヒロシ「クラスメイト」キョウコ ユウカ「長期停学」
経験値29
【裏】
主人公 双見誉 生存者
拠点
要塞化4F建てマンション丸ごと 居住4人 周囲に三脚
人間関係
シズリ「悦」#15 カオリ「凝視」ソフィア「凝視」
備蓄
食料19日 水9日 電池バッテリー6週間 ガス2か月分
経験値26+X
少し書ききれませんでした。
次回とセットの感覚です。
次回更新は明日18時予定です。