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第28話 マッスル 4月28日 放課後

「ここかよ」


 俺は思わず声を出す。

ダイエットというからサウナとかそういう場所だと思っていたのに。


「マッスルメンジム……ですか。ジム……?」


 奈津美が看板を読み上げる。


「サウナとかは汗が出てるだけで別に体重落ちないからね。贅肉を落とすにはやっぱり運動しないと」


「はぁ……」


 奈津美は複雑な顔をしている。

普通の女子高校生はジムうんぬん知らないだろう。


 晴香が俺と奈津美の背中を押す。


 確か俺は半年無料にするとか言われていたな。

一回でも行くと無理やり加入させられそうで避けていたんだが。


「というか……平気なのか?」


 このジムは晴香と会った日、逃げた彼女が飛び込んだ場所……つまり現場に近いのだ。


 晴香は心配する俺の顔を見てニコっと笑う。


「誉が隣に居れば全然平気だよ。いこっ!」


 そんな笑顔で言われたらやっぱり行かないなんて言えないじゃないか。


 俺は仕方ないなと入口の扉を開いた。



 途端、麗らかな春には不釣り合いな高湿度の熱風が吹き抜ける。


「ヌオォォォォォ!!」

「アングゥゥゥ!」

「ふんっふんっふんっ!!」


 ムキムキのマッチョ達が呻きか叫びがわからない声をあげながら、持ち上げたり引いたり押し出したりしている。全身から汗……なのか良くわからない汁を垂れ流しながらだ。


「帰る」

「わ、私も……」


 くるりとUターンする俺と奈津美に晴香が追いすがろうとした時、俺の肩にポンと……いやボスンと手が置かれた。


「あの時の男の子じゃないか! もう来ないかと思っていたから嬉しいよ。ようこそ我がジムへ!」


 振り返るとそこには巌のような超マッチョ――チーフマッチョとか言う謎の肩書をもつもり盛蔵もりぞう、この名前と図体を忘れるのは無理がある。


 改めて見ると身長は優に2m超えている。 

手のひらが俺の肩幅ぐらいあるんだが。


「はは……今日は晴香の誘いで少しだけ見学を……」


 助けてくれた恩人なので失礼な態度は取れない。

しかし本音を言うと横にいるだけでも暑苦しいから離れたい。


「どうもー前に言ってた通り友達連れて入会にきました!」


 俺とは対照的に晴香は森へ気さくに挨拶をする。

見事に誘導されたわけだ。


「うぅぅ……」


 奈津美は完全に脅えて俺の背中に隠れてしまった。


 無理もない。

小柄な奈津美にとって2m超えのマッチョなんて近くにいるだけで怖いだろう。


 というか俺から見ても割と怖い。

腕とか足とか三脚より太いぞこれ。

良い人なのは分かっているんだけどな。


 しかしさすがにここで帰るのは森さんに失礼だし、晴香の顔も潰してしまう。


「じゃあ少し見学――」


「すぐに入会の手続きをしようじゃないか! 約束通り半年無料だとも。お友達もサービスだ!」


 森は笑顔で俺と奈津美を小脇に抱えて受付に向かっていく。

 


 その後はあれやこれやと手続きが進み、俺達は半年無料ながら入会させられてしまった。


 以前の縁もあってか森さんが直接――チーフマッチョというのがどれぐらいの役職なのか見当もつかないが――書類を書いてくれたのだが、ボールペンをまるでつま楊枝のように摘まんでいた。

それでいて字がとても綺麗なのがどうにも納得いかない。


「心配しなくても大丈夫だよ。うちのジムは本格ビルダー向けの設備も豊富だけど、ダイエット目的の人も多いし、そんな人達に最適なマシンもちゃんと揃えているから」


 俺と奈津美の不安を見て取ったのか森が笑って言う。

やっぱり良い人ではあるんだよなぁ。 


「じゃあ着替えて身体のデータを計ろうか。それを元にどんなタイプのマッチョになるか決めないとね」


 いやマッチョにはなりたくないんだが。



「女の子は私に計られたくないだろうから……【北枝きたえだ】君。頼めるかな?」

 

「はーい」


 森さんに呼ばれて現れたのは女マッチョ……ではなく綺麗に鍛えられた女性だった。

身長は165cmほどで髪は黒髪短髪、体にぴったりとしたフィットネスウェアを着こみ、覗いたお腹は見事なシックスパックだ。

流れる汗を拭きとりながら微笑むその姿には健康的な色香が……。


「じゃあ双見君も計ろうか」

「……はい」


 超マッチョの森さんに接近されると桃色の感情が霧散してしまう。

とにかく存在感がすごい。肉の圧力に押し潰されそうになる。



 色々なデータを測定してから森さんは頷く。


「うん普通だ。平均的な運動部の高校生だね。やや筋肉量が多いぐらいかな」


 そりゃそうだ。

俺は普通の高校生なのだから。


「大丈夫! ここから半年ガッチリ鍛えればマッチョになれるよ!」


 いやマッチョにはならないから。

仕切りを隔てた向こう側で測定している奈津美からもか細く「だめです~」と声が聞こえる。


 仕切りの向こうからは更に色々聞こえてくる。


「三藤さん体重はちょうどいいんだけど、ちょっと筋肉量が少なくて脂肪が多いかな。ダイエットじゃなくてトレーニングで搾るともっとバランスの良い体になれるよ」


 奈津美は体重の割にふにふにしているからな。


「じゃあ那瀬川さんは――え? なにこれすっごい……ええと水泳とかの選手だったりする?」


「? いえ部活やっていませんけど」


 晴香の身体は本当にびっくりするよな。

俺も測定はしていないが頻繁に触って揉んで一部入ったりもしているのでわかる。


「晴香さんの体脂肪率……え? 2――!? う、ウエストも私とこんだけしか違わないの……身長20cmも違うのに……グスン」


 奈津美も改めてショックを受けているようだ。


 晴香は大きな胸やお尻の軟らかさの奥にしっかり筋肉がついているので、抱きしめ合うと心地良く、反らせると美しい。


 おっと変な気分になりかけたので森さんを見て中和しよう。


「ちなみにバーベルとかやったことあります?」


「市営のところで少しだけ。60ぐらいまではいけたと思います」


「女マッチョ……誉さんを引き込むつもりだったんだ……いふぁい! 頬っぺた引っ張るのだめですー」


 あっちも結構楽しそうだ。



 身体測定が終わり、奈津美と晴香は実際に器具を試し始める。


 奈津美は一番軽い重量でも上がらず、逆に晴香は男性向けの重量をパカパカ上げる。

対照的過ぎて見ていて面白い。


 トレーニングウェアもあれはあれでセクシーだし、汗に濡れ始めると一層いい。

こちらに向いた北枝さんの引き締まったお尻が揺れるのもたまらない。


「双見君」


「はい?」


 森さんに呼ばれて即座に萎えた。


「君は軽めにエアバイクでも漕ぎつつジムの雰囲気を見ておいて欲しいかな」


 筋トレの機器を試すのじゃなかったか。


「君、胸のあたりを痛めているよね。そんな状態で負荷をかけたら悪化するかもしれない」


 はて肋骨をやった話は痛みも消えて来たし大丈夫だろうと思って言わなかったのだが、晴香辺りが事前に伝えたのだろうか。  


 森は小さく首を振って俺の胸に手を添える。


「君の大胸筋がまだ本調子でないと言っている。うんうんなるほど……完全に治るまであと二週間らしいから治ったら思う存分鍛えて欲しいそうだよ」


 未知の方法で全治まで当てられて純粋に気持ち悪い。

暑苦しいだけで良い人だと思っていたのに……いや良い人の評価はそのままだが気持ち悪い。


 俺と森さんがオカルト会話している間に奈津美は2kgのダンベルを渾身の力で持ち上げてから死にそうな顔で二度腹筋をし、あとは両手を広げたポーズのままランニングマシーンをポテポテ走る。


 そして晴香は60kgのバーベルをひょいと持ち上げ、懸垂は楽々、ランニングマシーンでは全力疾走かと思うような速度で10分以上走り続ける。


 またも対照的で見ていて楽しい。

こうなると俺もちょっとやってみたくなるものだが。


 軽く何か触ってみようとすると森さんが巨体に似合わない速度でシュンと前にやってくる。


「無茶をしてはいけないよ。それでなくても君の身体は無理し慣れているようだから」


 晴香を助けた時のことだろうか? と問うてみると森さんは首を振る。


「私もサブマッチョとしてそれなりに経験を積んだからね。本当は肋骨なんて体幹に関わる場所の不調すぐわかるはずなんだ。でも君のはわからない……筋肉に教えて貰わなければ、今でも君が怪我をしているようには見えないんだよ」


 俺としては筋肉に教えてもらうとかいう異能の方が気になる。


「失礼な言い方かもしれないけれど、怪我を悟らせない動きはまるで野生動物のようだと思ってしまったよ。弱みを見せられない生き方をしているんじゃないか……ってね」


 俺は軽く笑って流す。


 体は別々だが、それを動かす意識は共有しているからだろう。

『裏』の習慣が『表』にまで染み出してきている……愉快なことではない。


「だからこそマッチョになろう双見君! 鋼のような鬼マッチョになれば全てが好転する」


「結局そこにいきつくんですか」


 溜息を吐きながらも妄想してみる。



 俺は2m超え筋骨隆々の男となって『裏』の世界を練り歩く。

襲い来るゾンビを素手で薙ぎ払い100kg以上の物資を肩に担ぐ。

 

『ほう。足を一本増やしたぐらいで俺を倒せると思ったのか?』


 更に襲いくる三脚の殴打――だが俺は揺らぎもしない。

この程度の力で俺を倒すことはなどできるはずがない。


『ぬるい、ぬるいなぁ!』


 再度振るわれた拳を受け止め、まさかと目を見開く三脚の顎に一撃――バールの殴打にすらビクともしなかった奴の顎が割れてよろめく。


『ふははは! 細い、軽い、脆い!!』


 岩のように立つ三脚を鋼のような俺の拳が打ち砕く。

最後はあえて一番効き目が薄いであろうボディに渾身に拳を叩き込んで倒し、高らかに咆哮する。


 そして威風堂々とマンションに戻る。

ハシゴは重量オーバーで登れないが足までマッチョなら2mぐらいの垂直跳びはできるはずだ。


 そんな凄まじい男が帰ってきたらシズリやソフィア、カオリはどうなるか。

もう女の本能が火を噴いて服など着れず、布団の上に裸で重なり俺のモノにされるのを待つのみだ。


『これはこれは、戦士を迎える花束が用意されているとは嬉しいものだ。では全て頂くとしよう』




「……なんだよこれ」


 バカな妄想をしてしまった。

気付けば奈津美が俺の腕に組み付いてヤダヤダをしている。


 晴香もひと汗かいたと満足げだし今日はここまでにしておこう。


「それじゃあしっかり鍛えたし焼肉でも食べて帰ろう!」



 そして俺達三人はガッツリ焼き肉を食べて帰った。


 奈津美が首をひねっていたがあえて突っ込みはしない。

計算するまでもなくがっつり黒字だよ。


 そして電車で帰る奈津美を見送り、晴香と二人になったところで袖を掴まれる。


「筋トレした日ってさ……ムラムラすると言うか、その……だからね」


 俺は全て言わせずに晴香の腰を抱き、彼女の家に向けて歩く。

晴香は俺の肩に寄りかかる。


「そういえばXLまだあったか?」


「う、うん3つ残ってたはず」


 俺は何も言わずに薬局に入り二箱追加で買って戻る。


 晴香はぶるっと背筋を震わせ、俺に腕を絡めながら自宅へと向かうのだった。

主人公 双見誉 市立両河高校一年生(肋骨完治まで10日)

人間関係

家族 父母 紬「姉」新「弟」

友人 那瀬川 晴香#13「ハッスル」三藤 奈津美「カロリー黒字」風里 苺子「調査」高野 陽花里「彼氏?」江崎陽助「決戦」


中立 元村ヨシオ「孤独」

敵対 仲瀬ヒロシ「クラスメイト」キョウコ ユウカ「長期停学」

経験値29



ジムの話だけになってしまいました。

次回は日付も含めて展開進むと思います。

明日18時頃に更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここア○スじゃん⁉︎ 先生、筋肉好きですね
[良い点] 表らしいほのぼの回でしたね。 裏に比べれば。 筋肉が教えてくれるってのはちょっと意味がわからない・・・ [気になる点] てっきり森さんをヒントに三脚撃破の算段を思いつくかと思いきや、 まさ…
[良い点] ちーふまっちょ(笑)
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