第26話 好みのタイプ 4月27日
4月27日(火)『表』
午前中 教室 休み時間
「さっきからなんか斉藤のグループ揉めてんなー。元村が水谷と喧嘩して……お、なんか元村が放り出されたぞ。仲瀬は興味無し、斉藤フォローしてるけど水谷ガン無視だなー」
「そんなことよりちょっとした妄想話なんだが」
俺は陽助のどうでもいい話を遮って強引に話題を変える。
「街中に突然クマ……いやサイが出たとしてさ。お前一人で倒さないといけないならどうする? 警察も消防も他の人間も誰もいないとする」
「元村ってそんな突拍子もない話以下かよ……餌で釣って落とし穴に落とすかな」
ぶっ飛んだ仮定に即座に答えられるのは陽助が馬鹿で無いことの証明だ。
そして答えもまったく正論でそれ以上の答えはないだろう。
三脚の重量と動きを見て落とし穴を考えない奴はいない。
知能らしきものも見えないから囮になって誘導することもまあできる。
一方であの幅の広い図体を落とすにはそれなりの大きさと逃げられない深さが必要になる。
そんなサイズの穴を掘るのにどれだけの時間がかかるか、掘る音がどれだけのゾンビを呼び寄せるか……先にゾンビが落ちまくってただの肉沼になるかもしれない。
「他には?」
「んー車があるなら轢くとか?」
それも効果的な手だ。
上手くやれば奴を撃破することはできるだろう。
本腰を入れて探せば動く車も見つかる。
実際複数人のグループが物資調達に使っているのも見たことがある。
問題は運転手の生還が望めないことだ。
何度か見た三脚の重さはサイに例えて誇張はない。
クマ程度の重量ではあんな歩行音はしない。
しかも奴のタフさを考えれば全速力で突っ込まないと撃破できないだろう。
そんなことをしたら車同士の事故と同じで運転手はただでは済まない。
おまけに車を動かす=音で周囲のゾンビを全部集めるに等しい。
死ななくても車から出られなくなったり動けなくなったりすればそのままお陀仏だ。
ちなみに調達に車を使うグループが二週間もってるのを見たことが無い。
道に電柱一本倒れてるだけで進めなくなり、後ろから音に反応したゾンビの群れ……は何度か見たな。
「他には?」
「なんなんだよ……変則の禅問答か?」
陽助は呆れたように飴を放ってくる。
俺の好きなイチゴ味じゃないか、もっとよこせ。
「街にサイとだけ言われてもわからねえよ。詳しい状況を説明してくれるならもう少し答えるけど?」
俺が黙ってしまうと陽助はやれやれと首を振る。
「ねぇねぇ」
話が止まったところを狙ったクラスの女子が俺達に話かけてきた。
視線を追うと俺ではなく陽助を見ている。
ここは一歩引いて陽助と女の子の会話に適当な相槌を打つ係になろう。
「いつも行ってるアクセの店がTVに出て、女優の――が来ててさぁ」
「すげえな。女優並のセンスってことじゃん」
陽助は顔が良いから中学の時から女の子がどんどん寄って来る。
「家の近くにカフェが出来てね。そこのマスターがスキンヘッドでいかついのに声が甲高くて――」
「なんだそれ! 一度見に行ってみようぜ、なぁ誉」
「そうだな」
しかもどんな話題にも笑顔で楽しそうに……いや本当に楽しんで乗ってくれるから、寄って来た女子に「これいけるんじゃない?」と思わせてしまうのだ。
「……ところでさ。江崎君って彼女っていたりする?」
ほら来た。
「ん? いないよ」
女子がヨシと呟き、教室の反対側からこちらを見ていた一団が盛り上がる。
ブサイクだからモテない、性格が悪いからモテない、これは普通のことだから気にしなくていい。
反対に顔も性格も良いのにまったくモテない奴は特大の地雷を抱えていると察しなければならないのだ。
「で、でさ。江崎君って好きな女の子のタイプとか……あったりする?」
「うん、年上かな?」
キラリと陽助の目が光る。
そら早速踏んだ。踏み抜いた。
「年上かぁ。やっぱり大人っぽい女性が好きなの? 3年の先輩とか」
女子は少しばかり残念そうに言う。
やめろ踏み抜いた地雷をグリグリするんじゃない。
「そんなことより貝の話しようぜ。こないだ弟が加熱用の牡蠣を生で食ってさ――」
「双見君、いきなり変なこと言わないでよ」
女の子が嫌そうな目を向けてくる。
傷付かないよう話題を変えようとしたのに。
陽助は今まで以上の、満面の笑みをその女子に向ける。
女の子も少女漫画みたいな顔になっている。
「高校3年生は子どもだなぁ。俺の中で8歳から22歳までは同じ子どもカテゴリーに属してるんだ」
「へ? うん?」
もう止められない。
「俺が今、気になってアタックしているのは……」
陽助は一冊のノートを取り出す。
「古文の宿題……?」
「ああ、完璧にやった上で全部忘れたと宣言して怒られた。前の授業も同じことをしたので放課後に呼び出されてる」
ちなみに古文教師は40代半ばの未婚女性だ。
「は……え……?」
「二人きりで叱って貰える。この機会、逃さないぜ」
絶句する女子とにこやかな陽助の対比が酷い。
「やってることは小学生レベルのかまってちゃんなのにアダルトな気持ち悪さがあるよな……」
「「「……気持ち悪」」」
声に反応して振り返ると晴香、奈津美、風里が並んでいる。
今の話を完全に聞いていたようで全員が引いた目を陽助に向けていた。
「……江崎君と双見君ってちょっと特殊なんだね」
女子がトボトボと去っていく。
「いや待て、俺はノーマルだからこんな変態と一緒にするなって!」
女子を呼び止めようと伸ばした手を晴香に阻まれ、そのまま席まで戻される。
「ところでさ」
「話題変えるの下手くそだな」
「突然、貝の話を始めるよりはマシじゃないかしら。弟さんは大丈夫だった?」
風里が晴香の前に立って俺を口撃、再び後ろに下がって晴香と入れ替わる。
二体セットのボス戦みたいだ。
「見事に当たって三日ほど地獄を見てたよ。親と姉にポンポンさすってーなんて泣いて、今は黒歴史になってる――そんな前から聞いてたのかよ」
そして奈津美がいつの間にか俺の隣にいる。
こっちはマスコットキャラみたいだ。
「誉の好きな女の子のタイプって……どんな感じ?」
晴香がモジモジしながら聞いてくる。
「今更じゃないか?」
こういうのは告白する前とかに発生するイベントではないだろうか。
既に抜いたり差したりする関係の女の子から聞かされるのは――。
「いいから答える!」
はいはいと苦笑しながら答える。
「俺は女の子全般好きだから、あまりにぶっ飛んでなければどんなタイプでも気にしないぞ」
「そういうのが一番困るなぁ……」
「夕食はなんでもいいと答えておいて、いざ出た料理に文句をつける男ね」
晴香と風里の入れ替わり攻撃はやめてくれ。
「あ、あの、じゃあ陽気な人と陰気……いえ大人しい女の子だったら……どっちでしょう」
奈津美がそういうと晴香も真剣な顔になる。
「陽気な子と遊んでいると楽しいし……大人しい子と静かに過ごすのも落ち着くしな……」
どっちでも良いのではなく、どっちも好きだ。
決められない。
「じゃあ真面目なタイプとやんちゃなタイプだったらどうかしら?」
風里が言う。
晴香は首を傾げたが「まさかね」と呟いて首を振る。
ついでに席で駄弁っていた陽花里もピクリと反応した。
「お互いに助け合える真面目で筋の通った子は大好きだな。ヤンチャで自由な子も魅力的だ。下品だけどそういう子は大抵露出も多いから男として嬉しい。あとは真面目だけどヤンチャだけど実は~なんてギャップがあると、一層いいな」
完璧に答え切ったと思って顔をあげると全員が呆れた顔をしている。
なんでだよ。
「……じゃあ性に奔放なお姉さんタイプとかは?」
陽助の問いにシズリが思い浮かぶ。
「最高だろ。エロいお姉さんが嫌いな男なんているかよ」
「じゃあ年下の家庭的な子とか」
ソフィアが思い浮かぶ。
「素晴らしいよな。守ってやりたくなる」
「体育会系の活発な子」
カオリが浮かぶ。
「もちろん好きだ。いざという時頼りになるし、こっちまで元気をもらえそうだ」
数秒の沈黙。
「「「ただの女好きだ!!」」」
声を揃えて言うなっての。
「逆に聞くけどお前らのタイプはどんな感じなんだ?」
まずは晴香に聞いてみる。
さっきまで騒いでいたのに途端にしおらしく上目使いになるのが可愛い。
「頼りになる人かな。危ない時に駆けつけたり守ってくれたり。あとは女の子に、適度な! レベルで慣れてて上手く扱ってくれる人」
俺はふむふむとわざとらしく迫る。
「わかってるくせに言わせるなぁ!」
怒って来たので奈津美に聞こう。
「わ、私も頼りになって守ってくれる人……かな」
うんうんと晴香が頷く。
「あとはリードして欲しいです。ちょっと……ううん、かなり強引でもいいからなにもかも教えてくれて、引っ張ってくれて……もっと言うなら……女としても人間としても……支配して欲しいです」
どうすんのこれと晴香が俺を睨む。
まだ三年あるから大丈夫、卒業までになんとかできるはずだ。
「じゃあ外見の好みはどうなんだ? 俺は――」
「全裸だろ」
取っ組み合う俺と陽助を尻目に晴香が答える。
「うーん不潔だったりすごく太ってたりするのは嫌なぐらいで拘りはないなぁ。ただ身長と体重は私を超えてて欲しいかな。女の子的に」
俺と晴香は向かい合う。
入学直後に身体測定があったのでデータは正確だ。
「171!」
「170!」
俺が勝って晴香がガッツポーズする。
やっぱり170あったか、俺との身長差なんてほぼ誤差だからな。
次は体重勝負だ。
「64!」
「6――もがっ!」
晴香の口を風里が後ろから塞ぐ。
「女の子に教室でなにを言わせるつもりかしら。晴香も乗せられてどうするのよ」
さすが風里は勢いで誤魔化せなかった。
だが晴香の反応を見るに結果はわかってしまう。
「64? いやいやそんな……男の子で身長1cm上なのにそんな……」
「超えてるんだ……」
奈津美が容赦なく追撃する。
「すごいな」
俺が言うと晴香が風里に泣きつく。
「いや逆の意味だって。俺より体重あるのに腹が出るどころか腰とかくびれまくって体型ほぼモデルだろ。どんな神ボディだよってな」
何度も体を重ねた仲なので間違いない。
「……ダイエットしなくていい?」
「絶対やめろ。このスタイルをダイエットで崩すとかあり得ない」
晴香がむくむくと復活する。
「だよね! むしろ64kgしかない誉が痩せ型なんだよ。もっと鍛えてマッチョになろう。ムキムキで70kgとかになったら私も安心だ!」
なんでマッチョにと口に出す前に奈津美が飛び出した。
「だ、駄目! マッチョはダメです!」
奈津美はムキムキは好きでないらしい。
「なんでー逞しい男の子って恰好よくない?」
「脱いだら実は……ぐらいなら素敵だと思いますけどっ! 服の上からわかるようなムキムキは汗臭そうで嫌です~!」
奈津美にしては強硬な主張だ。
そういえばショッピングの時もタンクトップとか嫌がってたな。
「ふふふ、いずれ誉を顔まで血管の浮いたガチガチマッチョに仕立ててやる」
「ぜ、絶対阻止します! 誉さんは細マッチョぐらいが一番いいんです!」
仲良さそうで嬉しいのに話題が酷い。
少し鍛えるぐらいなら良さそうだからジムでも探してみるか。
「ところで俺からも好みの外見とか言っていいか?」
二人の言い争いがパタリと止む。
こんな美女が俺に惚れてくれているとは嬉しい限りだ。
「まず晴香なんだけどスカートの丈をもう少し短く……ダメか?」
「ダメじゃないけど、これぐらい?」
晴香はスカートの裾を少し引き上げる。
「もう一声、これぐらいどうだ?」
俺は丈に手を伸ばし、もう少しだけ引き上げる。
「……まあこれぐらいなら」
晴香はジトーっとした目で俺を見ながらも承諾してくれた。
「あとは、もう十分暖かい季節だしソックスも短いのとかどうだろう」
「ソックス? なんで?」
晴香が首を傾げる。
「少しでも生足の範囲を広くしたいから」
言った瞬間、晴香がまたジトーっとした目になった。
「本当に誉はもうスケベなんだからー」
罵りつつも満更でもない顔をしている。
これは明日からやってくれそうだ。
「最後に……」
これは人には聞かせられないので耳元で囁く。
「!? それは水着とかの感じに整え――違う、全部? ドスケベめ……」
次は奈津美だ。
「奈津美、学校では胸を潰して隠してるよな?」
「う、うん。無駄に大きいし……見られるの嫌だから……」
俺は奈津美の肩を掴む。
「明日から全部無しだ。全開放で揺らしてやれ。男の目が気になったら俺の後ろに隠れていいから」
「は、ひゃい!」
風里が犯罪者を見る目で見ているが気にしない。
「あとは」
奈津美にも人前で言えないことがあるので耳を寄せる。
「!? 全部……わかりました。あとはその日の下着を……毎朝トークで? はい、嬉しいです」
これで完璧だ。
俺は一仕事やり遂げた感で伸びをする。
風里と陽助が冷たい目をむけてくるも気にしない。
ふと近くの女子に目がいった。
大人しめな子で今までは黒髪おさげだったはずだが、フワフワの茶髪になっている。
「えーイメチェン?」
「うん。校則の縛りもないしちょっと高校デビューみたいな感じで……変かな?」
「いや似合ってる。すごくかわいい」
友達同士の会話に思わず入ってしまった。
「わっ! びっくりしたぁ……でもありがとう。嬉しい」
女の子は笑って自分の髪を撫でる。
「暗めの茶髪……か」
「ふわふわヘアー」
晴香と奈津美がなにやら頷いた。
「こうして悪い男に女は改造されていくのね」
やだやだと溜息をつく風里。
そういえば彼女の好みを聞いていなかった。
「興味がないから忘れていたのでしょう?」
「そんなわけない。聞きたいよ」
風里は周囲を伺い、俺達以外のクラスメイトが聞いていないことを確認してから話し始める。
「理想ね……外見なんて見苦しくなければなんでもいいわ。なにより女性としての私を尊重してお互いに高め合える、賢くて誠実な男性がいいわね。もちろん浮気しないことは大前提」
「模範解答だなぁ」
「苺子らしいね」
風里の印象通りで突っ込みどころもないのでこれで話は終わりそうだ。
そう思った時、風里が一つ咳払いをする。
「今のは理想の男性。理想のオスは……」
風里の指が俺を差す。
「オス? えっ?」
晴香が素っ頓狂な声を出して顔をあげる。
そこでちょうどチャイムがなった。
「授業が始まるわ。戻りましょう」
「待って苺子、今の何!?」
何事もなかったかのように去ろうとする風里とバタバタと慌てる晴香。
ふと風里が足を止めた。
「ちなみに私の外見には何かある?」
「黒縁眼鏡、わざと野暮ったいのつけてるなら、もっとお洒落な奴の方が似合って良いと思うぞ」
風里は「そう」と呟いて教室を出て行く。
「おーい苺子さん!? 男嫌いの苺子さーん!!」
有意義な時間を過ごせたが三脚への手掛かりは得られなかった。
さてどうするかと頭の上で手を組む俺の視界に水谷によって完全にグループを追い出されてしまった元村と、陽花里を呼び出す他クラス男子が映るのだった。
主人公 双見誉 市立両河高校一年生
人間関係
家族 父母 紬「姉」新「放心状態」
友人 那瀬川 晴香#8「美容院」三藤 奈津美「美容院」風里 苺子「友人」高野 陽花里「彼氏持ち」江崎陽助「友人」
中立 元村ヨシオ「グループ追放」
敵対 仲瀬ヒロシ「クラスメイト」キョウコ ユウカ「長期停学」
経験値24
次回更新は水曜日18時予定です。