第24話 悔いの無い一日 4月26日
4月26日(月)『表』
「これはやばい」
もう一度言って頭を抱える。
向こうで寝た覚えはない。
三脚に吹っ飛ばされてそのまま目が覚めたら『表』だった。
俺は一日を終えると世界を移動する。
何度か確かめてわかっているのは『一日を終える』と『寝る』が必要だということだ。
だから授業中に昼寝しても移動しないし、午前0時になった瞬間に移動する訳でもない。
逆に眠りたくないと『表』で頑張り、昼前に寝落ちしてそのまま移動、『裏』でなんとか一日を終えて戻ると表では30分寝ていただけだったこともある。
更には風邪で寝込み、昼過ぎに寝付いたと思ったらそのまま移動したこともある。
これは昼に寝付いたまま一日が終わるまでずっと眠っていたからだろう。
つまり俺は三脚に吹っ飛ばされて意識を失い、そのまま一日が終わったことになる。
10時過ぎに出発して徒歩で20分……意識を失ったのは遅くとも11時ぐらいだ。
殴られて12時間以上昏倒するのは尋常ではない。
「というか死んだんじゃないか……?」
俺は布団の上であぐらをかいて必死に考える。
とりあえず今日は4月26日だから一日は進んだことになる。
そう考えるとなんとか生き残ったとも考えられるが……。
「目が覚めたらボロボロで死亡……なんてこともあり得るよな」
そうなると――。
片方の世界で死んだらどうなるのか、確かめようがないのでわからない。
『裏』が無くなってハッピーエンドかもしれないし、連動して表でも死んでバッドエンド、あるいは俺の存在や意識ごと消えてなくなるのか。
俺は首を振って思考を止める。
手掛かりもなく、わからないことを考え続けても意味がない。
ただ一つだけ覚悟しておくべきことがある。
「今日が最後の一日になるかもしれない。悔いのないように過ごそう」
俺は頬を叩いて立ち上がる。
「兄ちゃん、朝飯作り直すからもう少しかかりそうだよ。バカ紬が卵焼きにタバスコ入れやがって――」
俺は唇を真っ赤に腫らした新の頭を撫でる。
「いきなりなんだよ! ちょっやめろって!」
そこに紬が階段をあがってくる。
「誰がバカだー! 卵焼きに砂糖しか入れない新がお子様舌なだけで――わきゃっ!」
俺は紬を正面から抱きしめた。
「なっなにっ!? ホマ君寝ぼけてるの!? やめっ! やめろぉぉ!」
暴れる紬だが、もしかすると最後かもしれないので離さない。
「ぎゅっとするなぁ! もう力強いー! くっ、このっ、あぁぁぁ……あっ!」
紬は押し退けようと抵抗し、無理とわかると俺の頭をポカポカ殴る、それでもダメならと服を引っ張り……最後は脱力して大人しくなる。
「あ、姉ちゃんが堕ちた」
「堕ちてないわい!」
母親にもさり気なく触れて来よう。
学校 屋上
昼休み
快晴の日差しの下、俺達は校舎屋上で弁当を食ベようと集まる。
『俺達』とは俺と陽助、晴香と奈津美に風里の五人だ。
「学校ではどうだった?」
主語を全部省いて言うが奈津美には通じる。
「トークと一緒で……みんな同情してくれてるというか……大丈夫です」
ならこの話は完全に終了としよう。
その上で奈津美に些細な問題が発生していないでもない。
「隣の席の――さんから放課後ファミレスに誘われたんです」
奈津美が続ける
「いいじゃないか」
クラスに友達を作るのは良いことだ。
俺達の中で奈津美一人だけB組だからな。
「行った方がいいですか? 行っても大丈夫ですか?」
ずいと奈津美が近づいてくる。
どう考えても俺に聞くことじゃない。
「なのに念を押されたら心配になるぞ……」
もしかすると顔面までタトゥーを入れて教室でナイフを弄んでいるような女子の可能性もある。
「そんなやつウチに居る訳ないでしょう。――さんはちょっとおしゃべりな普通の子よ」
風里が溜息混じりに言う。
「ならいいんじゃないか」
俺がそう言うと奈津美はホッとした顔で頷く。
「なら行きます。それから明日英語の小テストがあるらしいんですけど……」
勉強教えてくれとかそんな話だろうか。
「何時間ぐらい勉強したらいいでしょうか?」
陽助が同じことを言ったら知るかと蹴り飛ばすところだ。
「小テストなら単語の暗記だけでいいから1時間、覚えているか確認して出来てなかったらもう1時間で完璧じゃないか?」
「わかりました。じゃあクラスの人と遊ぶのは19時ぐらいまでにした方がいいですよね?」
奈津美は22時には寝るんだったか。
「そんなもんだな」
「うん……ありがとうございます誉さん」
奈津美はほっと安心した様子で小さな可愛い弁当箱を取り出す。
他3人の視線が突き刺さる。
「いくらなんでも誉に頼り過ぎじゃない?」
晴香が困った目で奈津美を見る。
「指示された途端に安心した顔になったな……」
陽助が俺を見る。
その眉毛をクイッと動かす仕草は本当に腹が立つからやめろ。
「抜け出せないぐらい依存させて三藤さんをどうするつもりなのかしら」
風里のは言いがかりだ。
ただ命令調で色々させるのは結構燃えた。
「俺もそう思うんだけどな」
自分で考えろと言うと奈津美は泣きそうな顔になってしまう。
更に彼女はちょっとしたことでパニクって悪手をうつから危なっかしくて見ていられず、つい指示を出してしまうのだ。
一緒に居られる卒業までの期間でなんとかしようと思っていたのだがどうなることやら。
俺の左隣に座る奈津美と目が合うと首を傾げてニコりと笑う。
頼ってくるところも含めて小動物っぽくて可愛い。
俺と奈津美のホワホワした雰囲気を妨害すべく、晴香がドスンと右隣りに座る。
「ドッスンなんて音でないから!」
晴香は怒りながら弁当を差し出す。
「ありがとうな」
今日は晴香が俺の弁当を作ってきてくれた。
だからこそ食堂ではなく屋上で食べようと提案したのだ。
晴香とお揃いかつ相当な大きさの弁当箱を開く。
さてメニューは……ナポリタンに白米どっさり、餃子6個、唐揚げ8個、ハンバーグ2個、卵焼き1本。
「本当に美味そうだ。俺の為に手間をかけて作ってくれてありがとう。その上で少しだけ文句を言うぞ」
晴香はわかっているとばかりに顔を隠す。
陽助と風里も呆れた顔で見ている。
「スゲエ量だ……でっかい弁当箱がギチギチじゃねえか」
「炭水化物とタンパク質の塊だわ。栄養バランスグラフはアイスピックね」
「そ、そんなことないって苺子! 野菜の煮物とかほらこっちに……」
晴香が別の弁当箱を隣に置く。
このボリュームで二本立てかよ。
ちなみに風里は毎日作っているらしい自作の弁当、陽助はコンビニで買って来た唐揚げ弁当だ。
「誉に食べて欲しいものを考えてたらどんどん種類が増えちゃってこんなになっちゃった……。無理だったら残していいよ。一口ずつでも食べてくれると嬉しいかな」
俺はずっしりと重い弁当箱を持って笑う。
「全部貰うよ」
美女の作ってくれた料理を残すなんてあり得ない。
もう一つ言えば晴香自身も同じ量を食っているのに俺がギブアップするのはなんとも恰好が悪い。
「誉……」
晴香は満面の笑みで顔を近づけ、俺達の唇はちょんと触れた。
「お前らなぁ」
「学校の屋上よ。アホなんじゃないの?」
照れる晴香と笑いながら弁当を食べ始める俺。
すると俺の手を奈津美がちょいと引いた。
なんだと振り返った途端に顔を近づけてくるが……。
「うっ」
キスの直前で奈津美が引いた。
「……ニンニク臭い」
餃子のパンチがやたら効いてると思ったが大量のニンニクが入っていたらしい。
「ふっふっふ餃子12個の具にニンニク1玉使ったからね。これで今日は女の子に近寄れまい!」
「まだ授業あるのに考えてあげなさいよ。ところで12個?」
勝利の笑みを浮かべ綺麗な口をいっぱいに開いて餃子を食べる晴香。
「晴香、自分の分にもニンニク入れたの?」
晴香の箸が止まる。
彼女の弁当も俺と同じ6個の餃子が入っていたはずだが既に5個と半分まで消費されていた。
「分けるの忘れてた。どうしよう……」
風里は返事せず鼻を摘まんで顔を逸らす。
今度は涙目でこちらを見る晴香。
「お互い午後の授業は口開かないようにしような」
晴香が綺麗な声で悲鳴をあげる。
「くさい……」
奈津美もここぞとばかりに反撃しないでやってくれ。
あぁ楽しいな。願わくばいつまでも続いて欲しい。
バカな話を終えた後、俺は晴香と奈津美を呼びそれぞれと抱擁を交わした。
もしかするとこれで最後になるかもしれないからだ。
風里も二人から見えない場所できつく抱き締める。
「なんのつもり?」
「いや別に」
どさくさで唇も近づけてみたが人差し指で阻止された。
やはり晴香の承諾がないとダメらしい。
陽花里も見つけたので追いかけてみたが……別の男に肩を抱かれ何やらデートの話をしていた。
そういえばクラスで彼氏ができたとか聞いたな、若干の悔しさはあるものの、恋人でもないのに文句をつけるのは筋違いなので、遠目に後は彼氏に任せると呟いてその場を去る。
陽助にはいつも飴を貰っている礼に饅頭をプレゼントする。
一個だけだが飴と饅頭には格の差があるから貸し借りなしだ。
いつものように家に帰り、いつものように飯を食べ、いつものようにベッドに入る。
「これで終わりかもしれないのか」
俺はしばらくゴロゴロと転がってから起き上がって部屋を出る。
するとちょうど階段を登って来た紬と出くわした。
「おっホマ君もトイレ? メチャクチャ臭いけど私じゃなくてその前に入ったお父さんだからね」
いつも通りの紬に笑ってしまう。
そして言い様もなく寂しくなる。
「なあ姉さん。一緒に寝ていいか?」
つい口から出てしまった。
紬は首を傾げ、なるほどと手を叩き、一気に真っ赤になる。
「バ、バカ! ホマのエッチ! いいわけないでしょ姉弟なんだよ! こどもできたらどうするの!?」
「そうじゃない。ただ一緒に寝たいだけだって」
こどもみたいな思考回路なのに頭の中は結構ピンクだな。
紬はまた何か叫ぼうとしたが、俺の顔を見てトーンを落とす。
「ホマ君なにかあったの?」
「いいやなにも。姉さんに甘えたくなっただけ」
紬は不思議そうな顔をした後『仕方ないなぁ』と呟き、小さい頃やってくれたように俺の手を引いてくれた。
「ほら誉はおっきくなっちゃったんだから詰めて詰めて。あとエッチなことしちゃダメだからね」
「おう」
もちろんそんなつもりはない。
ただ紬に抱きついて胸に顔を埋めて寝る。
「おっぱいに顔埋めるってエッチなことだ!」
「でもおっぱい無いぞ」
布団の上からボコボコ殴られ、蹴飛ばされ、最後は笑って抱きしめ合いながら意識が落ちていく。
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目が覚めた。
まず感じたのは温かさだった。
火や暖房の熱ではなくしっとりとした人肌、それもきめ細かい女体の温かさだ。
仰向けに寝たまま左右を見ると一糸まとわぬ女体が三つ。
「なるほどわかった」
俺はやはり死んでしまったのだ。
そして終末世界からハーレム異世界へ転生したに違いない。
それはそれで有りと思ったのだが、意識が覚醒するにつれて体中、特に三脚に殴られた辺りから激痛が伝わってくるのでどうやら違うようだ。
軽く体を捻ると体のあらゆる場所が痛む。
だが死を感じるほどではない。
「うぅ……誉……君? ほ、誉君!? 目が覚めたんだね! 良かった……良かったぁ……」
全裸のシズリが俺を抱き締め、顔にキスの雨を降らせる。
声に反応して起き上がった女体はカオリとソフィアだ。
「おはよう……良く寝た」
とりあえず俺は生き残ったらしい。
主人公 双見誉 市立両河高校一年生
人間関係
家族 父母 紬「同衾」新「!!」
友人 那瀬川 晴香#8「激臭」三藤 奈津美「指示待ち」風里 苺子「友人」高野 陽花里「彼氏持ち」江崎陽助「友人」
中立
敵対 仲瀬ヒロシ「クラスメイト」キョウコ ユウカ「長期停学」
経験値23
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