第22話 三藤奈津美と 4月25日
4月25日(日)
「「ありがとうございました」」
俺と奈津美は並んで退院の挨拶する。
たった二泊の検査入院なのでわざわざ家族を呼ぶほどでもない。
医者看護師に簡単な挨拶だけして出て行くつもりだったのだが、何故か奈津美が朝一で来て手伝ってくれたのだ。
ヒソヒソとスタッフの声が聞こえる。
「あの可愛い子彼女さんなのかな?」
「え? でも双見さん別の子と購買前で……そのキス」
「ええ? 私も屋上でどちらでもない子と……」
良からぬ話が盛り上がる前に去ろう。
「介助した時に見たけどサイズがね」
「ええっそんなに!? それは浮気も仕方ないわね」
「女の子の方もあんなの見せられたらイチコロよ」
早く去ろう。
挨拶を終えると奈津美がボソボソと呟く。
「あ、あの……この後ね。ホテルでね……」
「すぐ行こうか!」
俺ともう一人の俺はすっくと立ちあがり奈津美の手を引く。
「う、うん。新都のホテルにあるレストランでランチ……予約とってあるから……」
「そっちか……」
俺達は少しショボンとなるも病院食以外が嬉しくて腹が鳴った。
晴香の持って来てくれた牛丼は美味かったんだが看護師に怒られたからなぁ。
ふと奈津美が俺の腕をポンと叩く。
手を引かれるのが嫌だったのかなと慌てて離すと、指同士を絡ませるように繋ぎ直して赤くなる。
手を握ったり開いたりしてみるとその度にふにふにした声を出して慌てる。
小動物的で可愛い。
奈津美を困らせて楽しんでいるうちにホテルに到着した。
ホテルの案内板を見てレストランを確認する。
「レストランは……60階ってすごいな」
【両河スカイビル】案内板には高さ330mとある。
今年の2月に完成したばかりの超高層ビルは高層ビルの多い新都の中でも頭一つ突き抜け、市内のどこからでも見えるランドマークだ。
「まあ見て高校生かしら。ウブで可愛いわ」
「本当、ここのレストラン結構お高いのに……うふふ彼女さんのために奮発したのかしら」
二人のドレスを着た女性が微笑ましいものを見る目で俺達を見て微笑む。
パーティでもあるのだろうか胸元の開いた大胆なドレス姿で、どちらもかなりの巨乳だ。
巨乳マダムなんて言葉で聞くだけで興奮してしまう存在に出会えるとは。
「あら……」
俺が見ていることに気付いたのかマダムの一人が胸を揺らしながらこちらにやってきて……鼻をピンと弾かれた。
「見てくれるのは嬉しいけどダメよボクちゃん。可愛い彼女が怒ってるわ」
見れば奈津美が頬をプクッと膨らませ、俺より20cmは低い身長をカバーするように精一杯背伸びしている。
「ごめんごめん。あまりにお姉さんが色っぽかったからさ。ほら行こうぜ」
ちょうどエレベーターが到着した。
同じく上に行くはずのマダム二人はあえて乗らずに俺に向けて投げキッスをし、俺が返そうとすると奈津美がほとんど体当たりで俺をエレベーターに押し込む。
それを見たマダム達はクスクスと上品に笑っていた。
「うぅ、私だって……胸けっこうあるのに」
60階まで向かうエレベーター内で上着のボタンを一つあける奈津美。
「身長の割に大きいよな。B組では一番だろ?」
A組でも一番だろうな。
C組は……晴香のスタイルは反則に近いので気にするな。
奈津美は頷いてボタンをもう一つあける。
しかし不良組が草食系で助かった。
俺がもし悪党なら、こんな巨乳の女の子は初日で食べてる。
「というか三つ目あけるな。ブラジャーが丸見えに……ってそういえば奈津美、病院にブラ忘れて帰ったろ」
捨てるわけにもいかないので被るかどうか悩んだ結果、枕の下に隠したら睡眠中に奈津美の体臭を感じ悶々として大変だったんだ。
さて到着した63階の展望レストランは正に別世界だった。
高級感あふれる内装、俺は高いぞとばかりに輝く食器、綺麗に盛り付けられた量の少ない料理。
そして市内どころか近隣都市や山の中にあるキャンプ場、冲を航行するタンカーまで一望の絶景
ネオミラノとは格が違う。
同時に正直、場違い感も半端ない。
奈津美は家も金持ちだし馴染むはずなのだが、オドオドワタワタするせいでやはり場違い感がある。
「ところで金大丈夫なのか? ある程度は覚悟してるが数万とか言われたら足りないぞ」
声をひそめて言いながら脱出経路を確認する。
330mじゃロープで逃げるのは無理そうだが。
「わ、私が出すから大丈夫だよ」
奈津美が封筒を確かめる。
万札が十枚以上入っているのが見えた。
「お父さんとお母さんに『これで助けてくれた子にお礼してきなさい』って」
なら逃走は考えず遠慮なく頂くとしよう。
「あと『また悪い子に捕まらないようにその子に捕まえといて貰いなさい』……ってこれは違う!」
うむ、そっちは俺に言うべきことじゃないな。
もう聞いてしまったから遅いが。
「家の方はなんとかなったんだな」
俺はソースのかかったアスパラガスを食べながら言う。
半分に切ったアスパラで一皿使うとか高級な店は半端ない。
「うん。怒られてお尻叩かれたけどそれで終わり」
そりゃよかった。
「クラスの方はどうだ? 本番は月曜だろうけど」
フィレステーキは実に美味い。
これで50gでなく200gぐらいあればなぁ。
「み、みんなから大丈夫かってトークがいっぱい来たよ。悪く言われてることは……そのないみたい」
ちなみにA組のクラストークではユウカとキョウコがボロクソだった。
2人は元々クラスでもヤンキーっぽい振る舞いが多くて嫌われていたのでここぞとばかりにぼっこぼこだ。
仕掛けた俺がちょっとぐらいはフォローしてやりたくなるほどだ。
見た目も別に好みじゃないが改心しているなら停学あけになんとかしてやろうか。
その後は取り留めのない話をしながら食事が終わる。
食事が終わりさてどうしようかと思っていると、奈津美が何か言いたげな顔だ。
「えっと……服、服を買いにいきませんか?」
奈津美は今思いついたような感じで指差す。
「構わないが、このモールはやめといた方がいいなぁ」
奈津美は指差したのが何度も万引きしていた場所だとわかって小さくなってしまう。
「ちょっと新都の外れにはなるけど行こうか」
奈津美の腕を掴むと安心したようについてくる。
俺達はそれほど人のいない店で細やかなファッションショーを開催して遊ぶ。
奈津美に教育ママのような眼鏡をかけさせてあまりの似合わなさに笑う。
俺が微生物のような柄のヤンキーシャツを着てウェイと呟き、怖いと言われてまた笑う。
奈津美にギャル服を試着させ、一発芸レベルの似合わなさに噴き出して拗ねさせる。
更にタンクトップを着てみると奈津美の顔が本気で引きつったのでやめておく。
「ふざけてばっかだと店員さんにも悪いしな。最後は真面目に選んでみるか」
スタイリッシュなジャケットとやや派手めなネクタイを合わせてみる。
「――!?」
奈津美が固まった。
そんなに駄目かと脱ごうとするとギュッと袖を掴まれた。
「それ、買いませんか?」
「うーん……」
値札を見るとちと厳しい。
「出しますから」
奈津美が財布を取り出す。
「いや飯の上に服まではさすがに――」
奈津美がもう片方の袖も掴む。
「出しますから!」
「おう」
勢いに押されて出させてしまった。
さすがにこのままでは恰好がつかないので奈津美にも似合いそうな服を選んで試着させる。
「あのこれ……」
モジモジしながら試着室のカーテンをあける奈津美。
言いたいことはわかっている。
スカートは短め、体のラインもそれなりに出るし、色もやや派手なのだ。
「私こんな服着たことなくて……」
「でも似合ってるぞ」
鏡を一緒に見て笑う。
とても冒険したファッションかつ、奈津美の限界を越えないであろうギリギリのラインだ。
そして俺の持ち合わせで買えるギリギリラインの服でもある。
「買っていいか? というか買わせてくれ、最初から最後まで奢られたら恰好がつかない」
奈津美は恥ずかしそうに鏡を見た後、俺の顔を何度も見上げ、コクリと頷いた。
俺は奈津美の買ってくれた服を着て店を出る。
奈津美はいきなりは恥ずかしいのかそのままの服だ。
「ほわ……」
店を出てから奈津美は俺を見上げてぼうっとし続けている。
「大丈夫か? 餃子食うか? ニンニク二倍にできるぞ」
「はい大丈夫……食べます」
大丈夫じゃなさそうだな。
ふらふらと歩くうち、ラブホテル街を通りかかってしまう。
ちょっと悪戯して正気に戻させよう。
「本当に大丈夫か? ここで休んでいこう」
腕を引いて連れ込もうとしてみる。
「ほわ……はい、休みま――ひわっ!?」
そのままついて来ようとした奈津美だがピンクの看板を見て素っ頓狂な声をあげ飛び退いた。
俺はほっぺたでも引っ張りながら盛大に笑ってやろうとしたのだが。
飛び退いた奈津美が深呼吸して戻り、俺の腕に組み付いた。
「……はい。休んでいきます」
空気が音を立てて変わっていく。
「行こうか」
俺は組まれた腕を奈津美の腰に回し、そのままホテルへと入っていく……。
二時間後。
入る時よりも強く俺の腕に抱きつく奈津美と共にホテルを出る。
俯くを通り越して真下しか見ていない彼女をしっかりと支えて駅へと――。
「ほ、誉……どうして」
背後からカラリと結婚指輪が落ちる音――ではなくもっと湿った音だ。
「指輪じゃなくて肉まんかよ」
実際には晴香が落とした肉まんだった。
しかも拾い上げてなんとか食べられる部分だけを切り取っている。
「ハハハ不倫ドラマかよって感じでびっくりしたぞ」
「ほんとうだね、アハハ」
それじゃあと俺達は別方向に歩き出す。
もちろん肩を掴まれる。
「アハハで終わらない。びっくり継続中!」
晴香が俺達とラブホテルを交互に差しながら言う。
「今日退院だって聞いてご飯でも食べようと思って行ったらもういないし……」
晴香がワナワナと肩を震わせる。
「行き違いか、ごめんな連絡すれば良かった」
「ううん私が勝手にしたことで……って和やかにはならない!」
晴香がガーと威嚇するので奈津美が俺の後ろに隠れてしまう。
「落ち着け晴香。俺達はスカイビルでランチして服選んでここに来ただけだって」
俺はにこやかに笑って言う。
「うぅ、ランチからのショッピングデートいいな……その服すごく大人っぽくて格好いい。似合ってるよ誉」
「ありがとう晴香。お前もそのスカート似合ってるぞ」
晴香を褒めると奈津美が少し拗ねたので「お前も可愛い」と囁き機嫌を取る。
「じゃあ駅まで一緒に――」
「行かない! ランチしてショッピングしてホテルってデートの終着駅ついてるから!」
上手いこと言うじゃないか。
晴香は頭の回転早いよな。
晴香はついにビシッと俺を指差す。
「ナツミ! 誉とシたんでしょ!」
やはり素直に言わないと、どうにもならなさそうだ。
俺は奈津美に目で許可を取ってから切り出す。
「俺はそのつもりで連れ込んだんだけど結局できなかったんだ。ちょっと怖がらせちゃってな」
奈津美の目は少し赤くなっており涙の跡も少しある。
「……ナツミ、アキレス腱伸ばしてみて」
奈津美は?マークを浮かべながらも晴香に言われるまま準備運動のような動きを取る。
それを鋭い目で見届けた晴香はフーと安堵の息をつく。
「本当みたいだね。誉と初体験して足なんか動かせる訳ないもん。私だって次の日おばあさんみたいな動きになったし」
なんだそりゃ。
ともかく誤解は解けた。
「肉まんちょっと食べ損ねたし三人でなにか食べに行かない?」
晴香の提案に奈津美はごめんなさいと頭を下げる。
「親から今日は早く帰れって言われてて……それに顎も疲れちゃったので」
「そっか、なら仕方ないね……ん?」
晴香が気づく前に奈津美を駅まで送ろう。
「今日はありがとうございました」
改札の前で奈津美が丁寧に頭を下げる。
「いやいや、奈津美に頭を下げられると奢りまくられた俺は土下座するしかなくなるからやめてくれ」
俺が頭をあげさせると隙ありとばかりにキスされる。
「じゃ、じゃあこれで……」
奈津美が改札を通ろうとした途端、隣にいた晴香が俺にキスをしてからにこやかに手を振る。
「……」
トテトテと可愛い擬音が聞こえるような走り方で奈津美が戻ってきてまた俺にキスをする。
だが改札に向かうと晴香がまた俺の顔を掴んでキスをする。
それを見た奈津美が――。
「これじゃ終わらないだろ」
俺は二人を両腕に抱えて引き寄せ、三人で唇を重ねた。
「わあ!?」
「ひうっ!?」
「あぁ!?」
晴香と奈津美は唇を押さえて飛び退き、お互いの顔を見て赤面する。
2人の唇もひっついたからな。
「か、かえりまひゅ!」
「ま、また学校でねぇ」
ぎこちない挨拶を交わしてから奈津美は改札の奥に消えて行った。
「それじゃあ俺達も行くか」
「うん」
俺は腕を絡めてくる晴香と駅から出る。
そのまま帰路に着こうとした俺の手を晴香は奈津美の比ではない握力で掴む。
身体能力の差は歴然だ。
「今から私の家に来て。いっぱいエッチするから」
晴香の目の奥に炎が見える。
「キスでいい感じに収まったのでは?」
「表面上だけだよ。お腹の奥が嫉妬で焼けそうなんだから!」
妬いてくれてありがとうと撫でる。
「そういうとこだよ……絶対に、誰にだって取られてたまるもんか」
晴香が俺の腕に抱きつき、大きな胸をこれでもかと押し当てる。
「ところでさっき三人でキスしてた時なんだが」
「……仲瀬君に見られたね」
俺達は気にしないことにして家路を急いだ。
主人公 双見誉 市立両河高校一年生
人間関係
家族 父母 紬「姉」新「弟」
友人
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中立
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経験値23
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