第20話 二人の少女 4月24日【裏】
4月24日(土)【裏】
自室
目が覚めた俺は10秒ほど微睡みながら聴覚で異常がないか確認する。
それが終わってから隣で寝続けるシズリの首筋にキスマークをつけてから日課をこなす。
確認を終えて戻るとシズリがコンロで雑炊を作っていた。
鶏肉、貝、野菜の缶詰が入った『裏』では結構なご馳走だ。
自分以外の人に食事を作ってもらう幸せを感じつつ席につく。
「ほいできたよー」
シズリは出来上がった食事のほとんどを俺の器に入れてしまう。
「半分ずつでいいよ」
「今日も外に出るんでしょ。ならしっかり食べとかないと。私はゴロゴロしてるだけだし」
俺はならばと全て食べた後、シズリと唇を合わせて口移しで流し込む。
「興奮してきた」
「俺も」
2人揃って布団に視線が行くが、今日は朝から始める訳にはいかない。
「予想以上に物資の減りが早い。特にガスがやばいな」
水や缶詰などは個人レベルの災害備蓄などで蓄えられていることも多く、入手難度は高くない。
一方で両河はそれなりに発展していた都市であり、山の手の一部を除いてほぼ都市ガスが行き渡っていた。反比例してカセットボンベやプロパンガスの需要は小さく、普通の家からは中々見つからない。
「……雑炊まずかった?」
「ははは、大丈夫だ」
別にシズリが悪いわけではない。
2人で料理をする以上、時間の問題だった感はある。
缶詰は冷たくてもなんとかなるが、ガスが無ければパスタや米などまともに食べられないものが増え、結果的に食料の入手難度も上がるのだ。
「今回はガスがメイン、あとバール系がないのも地味に不便だからなんとかしたいな……それから何より服が要る」
俺はちらっとシズリを見る。
彼女が着ているのは俺のワイシャツだけ、もちろん谷間や下は見え放題だ。
「別にいいけどなぁ。これからもっとあったかくなるし、誉君も興奮するでしょ?」
興奮はするが、し過ぎるから問題なのだ。
今日も調達に行かないといけないのに、その気になりかけている。
「奴隷じゃあるまいし、ちゃんと女物を持って来るよ」
俺は地図を広げて場所を再確認する。
「ガスボンベだったらホームセンターとか? あとは大きなスーパーにもあるよね」
シズリが後ろから覗き込む。
ほら前屈みになると色々見えて押し倒したくなる。
やっぱりちゃんとした服は必要だ。
「ホームセンターと大型スーパーに行ったらちょっと生きては戻れないなぁ」
シズリは堅牢な高層ビルに籠る居住者だったので調達などの経験はほとんどない。
『表』の人間、もしくは『アレ』の直後に逃げ回っていた人たちと同じ感性をしている。
だから彼女が考え付くことは混乱の初期に大多数の者が考えたことと同じだ。
食料、水、ガス、工具……諸々全部が大量に揃うホームセンターとスーパーにはこれでもかと人が殺到した。それを追ってゾンビ共も殺到し、それはもう地獄の一丁目どころか四丁目ぐらいの様相を呈していたのだ。
「昔見た映画だと良く籠城してたのにねぇ」
「ガラス製のでっかい入口に籠城は悪夢だなぁ」
その入り口が複数ある上に裏口やら搬入口、非常口から店舗の窓まで解放部が多すぎてフリーパス状態、内部は広すぎてゾンビが入り込んでいないかチェックするのも容易ではない。
100人ぐらいの団体様が豊富な築城資材をもって改築すればあるいは……というレベルだ。
今の生存者でそんなところに行く奴はいないが怪物だけは沢山残っている。
余程戦闘力に自信が無ければ近づくべきではない。
「じゃあどこに行くの?」
シズリは俺の視線に気付いてシャツのボタンを外しながら言う。
流れるように誘惑するのは勘弁してほしい。
「ここかな」
俺は地図の一点を叩く。
「株式会社〇〇商会両河支店……会社の事務所じゃん。なんでこんなとこに?」
首を傾げるシズリに先程の雑炊で空になったガスボンベを見せる。
「あぁこの会社だったの? でもここビルの中にあるしオフィスだよね? ボンベは工場で作るんじゃ?」
「ここは店舗向けの営業所も兼ねてるからサンプルとして数十本ぐらいはあるはずだ。1万本欲しいなら工場だけどな」
確かこの会社の工場も浜の手の方があったはずだからヘリコプターか大型トラックが手に入ったら狙ってみるのもいい、なんてな。
服の方は小規模な個人店ならどこでもいい。
誰も取らないから丸々残っているだろう。
「それじゃあ行ってくる。毎回言ってるけどもし帰って来なかったら」
「飢え死にするまでここで待ってるよ」
俺はシズリとキスをしてマンションを出る。
大容量のザックを背負い、ロープと小さなナタを持った俺はまず洋装店に向かう。
複数個所を回るなら、まず重量の軽いものを調達するのがセオリーだ。
旧市街の主要道路からも少し外れた洋装店『表』でも人の少ない感じだったので危険も少ないはずだ。
「通りに敵影……無しと」
一体のゾンビも見えない。
付近の家には潜んでいるだろうが、静かにコトを済ませれば戦闘は回避できそうだ。
俺は足音を忍ばせながら店に向かう。
そして中を覗き込み、即座に後ろへ飛び退いた。
「……店番してるじゃないか」
解放型の店内に男女二体のゾンビが突っ立っていたのだ。
どちらも血塗れながらやたらお洒落な恰好をしていたので店長夫婦なのだろうか。
見つかりはしなかったものの、店内から道路を向いて立っているので忍び込むのは無理だ。
他の店の候補もあるが周辺環境が平和なのでなんとかここで済ませたい。
俺はポケットからゴミ、飲み終えた栄養剤の瓶を取り出す。
狙いはあの辺りだな……そら。
ビンは狙い通りに飛び、洋装店の隣にあるラーメン屋の看板に当たって砕けた。
ガラスの割れる音は店内の2体にははっきりと聞こえ、かつ周囲に響き渡るほどの音量ではない。
以前に爆竹でこれをやって大惨事になったから反省したのだ。
思惑通り、2体のお洒落ゾンビはふらふらと店から出てラーメン屋の前をうろつき始める。
30秒ほど様子を見てみるが、他の場所から出てくる個体はいない。
「よし」
俺は足音を忍ばせながら小走りで洋装店に駆け込む。
もちろん油断したところでの3体目に備えて用心は怠らない。
シズリは何度も抱いているし隅から隅まで鑑賞しているので体のサイズは完璧に把握している。
温かそうなものとこれからの季節に備えた夏物、下着もそれなりの数。
「……ダサいと言われても嫌だな」
こっそり顔を出しておしゃれゾンビを観察する。
男も女も良いセンスをしている。
腐ったマネキンになってしまったのが残念だ。
店に戻ってシズリ用の服を上下5着と下着も揃え、自分用の服も少しだけザックに詰める。
ゾンビと戦って血や汁が付着したり、洗濯用の水が確保できない時には服をそのまま捨てなければなれない。
機会があるなら取っておいて損はない。
ふと店の隅にちょっと変わった棚があった。
俺は少しだけ葛藤した後、その棚の商品もザックに詰める。
「豪快な万引きだよな」
奈津美の件の後だけに笑ってしまう。
『表』では警察に学校に大騒ぎだがこちらでは誰も気にしない。
どっちももう無いんだけれど。
俺は長く警察の世話になるだろうミツルを思い出そうとしたがもう顔が出てこない。
まあどうでもいいか。
ザックを整理し、さて次はガスだと気合いを入れ直したところで短い悲鳴が聞こえる。
声色から女性、それも複数だ。
「カオリ見つかった!」
「ソフィア下がって!」
緊迫しながらもシズリ達のような絶叫ではなく周囲のゾンビを意識して声をセーブしている。
俺は足元をさっと見て、リーチのありそうな棒を掴む。
シャッターを……なんかシャッターを閉めるやつだ、名前はわからない。
店から飛び出すと2人の女性がお洒落ゾンビに襲われていた。
音でおびき出したお洒落ゾンビ達がラーメン屋の中に入り込み、前を通った少女達は直前まで気づけなかったようだ。
2人の女性……いや少女か。
片方は高校生もう片方は中学生ぐらいに見えたが詳細に観察している猶予はない。
「こいつめっ!」
高校生が棒で男ゾンビを何度も叩く。
モップの柄だろうか、あんなものでゾンビは怯みもしない……いや違う、ゾンビに迫られている中学生から自分の方に引き付けようとしているのか。
「恰好いいじゃないか」
俺は店から駆け出し、高校生に狙いを変えた男ゾンビの背中を蹴り飛ばす。
男ゾンビは頭から地面に倒れ込んだが、今度は女ゾンビの方が迫ってくる。
「店内にはいない」
俺は服飾店を差して言う。
それだけで理解した高校生は声を出さずに中学生の手を引っ張り、店に駆け込んでいく。
今も生き残っているならこれぐらいの反応が普通なのだ。
俺は雑念を消しながら女ゾンビの掴みかかりをバックステップで避ける。
一旦、距離を置いてから勢いをつけて突進、女ゾンビの眼球をシャッターをなんかする棒で貫き、そのまま壁まで押し込んでから脛をナタで叩き割る。
片足が千切れた女ゾンビはそのまま前のめりに倒れ込む。
尚も這いずって俺を追おうとしているが脅威としてはほぼ消滅だ。
「次は……」
起き上がろうとしていた男ゾンビの口にシャッターをどうにかする棒を突っ込んで地面に固定、バタつく脳天にナタを振り下ろした。
終わると同時に全方位を確認する。
声を出さずに戦ったので周り中から……とは言わないまでも、やはり少女達の声と戦闘音に反応してゾンビ数体が向かってきている。
長居は無用だろう。
俺は完全に動きを止めた男ゾンビからナタを引き抜く。
「強盗傷害どころか強盗殺人だよなこれ」
まあ人を食い殺すような奴は人じゃないのでセーフとしておこう。
店に戻ると少女達が懸命にリュックに物を詰めていた。
服に下着そして……。
「水と缶詰あったんだな」
見たところ店舗兼住宅のようだしあっても不思議ではない。
服が第一目的だったし、お洒落ゾンビが近くにいたので住居部分の捜索まではしていなかった。
「自分が先に見つけたとか言うつもり!? 渡さないわよ!」
高校生が棒を俺に向けて構え、中学生に水と食料を口に押し込めと促す。
俺が戦闘している間に抜け目なく物資を捜索、威嚇しながら所有権を主張しつつ、どうせ奪われると覚悟して少しでも腹に詰め込もうとしている。
どこまでも典型的な生存者の行動だ。
俺は安心させるように笑った。
「とらないよ。それより今の音を聞きつけて数体こっちに来てる。30秒で詰め直して出発だ」
高校生は俺の言うことを信じていないのか自分で確認しようと店から顔を出す。
「本当に来てる! ソフィア急いで!」
「う、うん!」
嘘は言ってなかったろ。
俺達は一緒に店から出た。
同行する気はなかったがゾンビと反対に逃げつつ、安全そうな道を選ぶとなると必然的に同じ方向へ進むことになる。
だが二人は同じ方向に進みつつ俺からたっぷり距離を取っていた。
歩きながらもちびちびと水や食料を腹に入れている。
「警戒しなくても取らないって。歩きながら食うとこぼすぞ」
声をかけると高校生が中学生を庇うように立って睨んでくる。
一応助けてやったつもりなのに、どうしてこんな敵意剥き出しなんだろうか。
強盗殺人犯だからしかたないのか、凶悪犯だもんな。
俺は不意に止まって振り返り、口に手を当てながら足音を忍ばせながら歩く。
「……が……やめ……たすけ……ゴボ……」
道の端で三十代ぐらいの男がゾンビ数体に引き倒されていたのだ。
一瞬だけ確認するも片腕を引き千切られ、喉と腹を食い破られて内臓が見えている。
助かる見込みはない。
「「……」」
高校生は厳しい顔で無言、中学生は目を閉じ口も塞いで無言で歩く。
危ないから目は開けた方がいいぞ。
俺は男が貪られている場所を通り抜けると、二人へ視線を送ってから駆け足となり2人も慌てて続く。
ゾンビ達は足音に気付いてこちらを見たが、もがく男を食うことを優先したのか内臓を引きずり出す作業に戻った。
「距離があると伝えにくい。同じ方向に行くなら傍に来てくれ」
「……危険を感じたら叫ぶから」
高校生はそう威嚇しながらも隣に来る。
『裏』での「叫ぶぞ」は『表』とは違って自爆テロみたいな脅迫方法となる。
「カオリ、この人はきっと大丈夫だよ。助けてくれたもん」
「バカソフィア。男共になにされそうになったか忘れたの? どうせこいつもスケベに決まってる」
心外な評価を受けている気がする。
「お前達はこれからどうするんだ?」
「ほらきた。あんたの住処になんか行かないわ」
高校生が中学生を庇う。
「そうじゃない。俺はもう一件回るから、このままついてきたら大通り沿いまで行ってしまうぞ」
新都ほどではないが安全な地域ではなく拠点にしている生存者は少ない。
彼女達が調達を完了したのなら別れて帰らせるべきだ。
「……なにを調達するの?」
この質問に生存者はまず答えない。
有望な物資の調達場所は仲間以外には絶対の秘密だ。
「ガスボンベ」
だが俺はすらっと答えた。
理由は簡単だ。
「……ガス!?」
快活で責任感の強そうな高校生の少女カオリ。
「カオリちゃんボンベがあったらあったかいパスタが食べられるよ!」
やや鈍いものの素直そうな金髪の中学生ソフィア。
二人ともかなりの美少女なのだから。
主人公 双見誉 生存者
拠点
要塞化4F建てマンション丸ごと 居住2人
人間関係
シズリ「ワイシャツのみ」#15 カオリ「活発高校生?」ソフィア「金髪中学生?」
備蓄
食料10日 水10日 電池バッテリー6週間 ガス一週間分
裏でも新キャラと新展開になります。
次回更新は火曜日18時頃予定です。