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第18話 美少女救助作戦③ オールクリア 4月23日

4月23日(金) 

学校 昼休み


 俺は自分と陽助、晴香に風里、そして奈津美の5人を校舎裏に集めた。


「いよいよ始める――5Pじゃないぞ」


「余計なことを言わないでくれるかしら。気が散るわ」

「バカじゃないの」

「は、はい――じゃなくて……ええと……うぅぅ」


 緊張しているかもしれないから解そうと思ったのに総スカンは悲しい。

 

「俺もパス。年齢的に3人足せば守備範囲なんだが」


 軽蔑の視線が陽助に移ったところで本当に始めよう。


「奈津美、今日あいつらに呼ばれているよな?」


「ひゃいっ!」


 奈津美はワタワタとスマホを操作して画面を見せてくる。

 

「今日もまた新都のモールに行く予定だけどその前にスーパーに寄るんだな?」


「う、うん。毎週金曜は……スーパーでお酒とお菓子とって……飲んでたから……」


 奈津美は咎められるのを怖がるように皆の顔色を伺い、最後は俺の後ろに隠れる。   

晴香は不満げな顔をするも話を逸らす場面ではないと自重してくれたようだ。


「これを待ってたんだ」


「一応どういうことか説明してくれ」


 陽助と風里は既に分かっていそうだが確認の意味も込めて口に出す。


「新都では実行役が奈津美だけだった。けれどスーパーはショップより警戒も緩いし、なにより4人分の酒と菓子なんて奈津美1人では無理だ。つまりスーパーでの万引きでは奴ら全員が直接手を出す」


 奈津美が頷く。

 

「それで奈津美には今日の万引きツアーを欠席……いや連絡せずに行くな」


 奈津美はさっと青くなる。


「そ、そんなことしたら本気で怒られる……私……どうなるか……」


 俺はビビりまくる奈津美の肩を抱いて笑う。


「心配ないよ。奴らはそれどころじゃなくなるから」


 言ってから俺はお菓子とマンガとジュースを大量に取り出す。


「……校則違反ね」


 風里が呟く。

もちろん知ってる。


「陽助と奈津美には今からここで宴を開いて貰う。ゴミはそこらへんに投げ捨てとけ。そして風里が昼休み終了間際にそれを生徒指導の……ゴリラっぽい教師に通報する」


「そこは私で決まりなのね」


 キャラ的に似合いそうだから。


「怒られるんだが」


 陽助が両手を広げて笑う。


「怒られるな。二人揃って放課後呼び出されてお説教だ」


 だがそれだけだ。

うちの学校は色々緩いので酒でもタバコでもなくお菓子を食ってゴミ捨てた程度なら、停学だ親の呼び出しだ、とはならない。


「しょうもないことで放課後に生徒指導を受けていた……アリバイとしては最高だし、仮にお仲間が気付いても乗り込んで連れ出す訳にもいかない」


 まあちょっとした保護シェルターみたいなもんだ。

陽助と奈津美なら見た目的に主犯は陽助で確定するから怖がらなくても大丈夫だ。


「あと奈津美、お前のスマホを貸しといてくれ」

「は、はい」


 さっとスマホを差し出す奈津美。


「……普通に貸しちゃうんだ」

「三藤さんは性格の方もなんとかしないといけないわね」


 俺も晴香と風里に同感だが、今は作戦に集中しよう。


 おっと暗証番号は……手の動き的にこんな感じか。

よし合ってたな。


 これで仕込みは全部済んだ。





 放課後。


 予定通り生徒指導ゴリラに連れられて行く陽助を敬礼で見送り、奈津美のスマホを眺めながら同クラスに居る万引きグループの女子二人を伺う。


 二人は俺と陽助の性癖談義並みに無意味な会話をしながらチョコ菓子を食べていた。


「そろそろ行こうぜー。つーかゴリ先が江崎連れてったけどなによ」

 

「知らね。教室の隅で双見とだけつるんでる陰キャとか興味ないわー。奈津美も呼び出しとくー」

 

 俺と陽助は陰キャっぽく見えるのだろうか。


 などと考えていると俺のポケットで奈津美のスマホが震える。


『今すぐ来い』


 主語も何もない酷い文だが、履歴を見る限りいつもこんな感じで呼び出されていたみたいだな。


 さて返信しないとな。


『トイレ中』


 教室の二人が椅子を蹴って怒り出し、すぐに通話が来た。

つい同じような文体で送ってしまったが奈津美っぽくなかったかな。


『今トイレにいます。物凄い量の大便が出続けて止まりません』


 俺と陽助の会話なら『クソが止まらねぇ』とでも送るところだが奈津美はそんなこと言わないだろうから、丁寧で臆病な感じに仕上げてみた。


「きったねえな! あいつ何考えてんだよ!」

「あんなん置いてこー。スーパーで追い付かせればいいじゃん」

 

 二人は食いかけのチョコ菓子を近くの女子に押し付けて教室を出て行く。


『――スーパーに来い。待たせたらマジ切れるから』


『私もお尻がキレそうです』


 俺は返信しつつ立ち上がり二人を追う。



 二人がトイレに行っている間に私服に着替えた俺は指定されたスーパーに入る。


 その間にもちょくちょくと催促が来る。



『今どこにいんの?』

    

『学校出ました。チーズ唐揚げ美味しいですね』


『なにコンビニ寄ってんだよ! ダッシュでこいや、殺すぞ!』


『走ったらお腹が痛くなったのでパチンコ屋のトイレにいます。最新トイレだと気持ち良くでます』


『きたねえ報告いらねえんだよ! どんだけ出すんだよ!』


『ごめんなさい。ところで今の時期でもおでんって売ってるんですね」


『知るか! うちらもう着いたんだけど。本気で急げや!』


『走るとおつゆが零れるので……』


『おでん買ってんじゃねえよ! いい加減にしろよ!』



「あいつふざけてんな! 来たらマジ殴るわ」


「奈津美ってこんな図太い奴だっけ……?」

 

 さすがに付き合いだけは長いようで俺の完璧な偽装も見抜かれ始めている。


「よーっす」

「あれ~ナツミちゃんは?」


 そこに男二人が合流した。


 四人揃ったところでトークが来る。



『ミツルさん達も来たし。5分で来い』


『怖そうな人におでん汁ぶっかけました。土下座中です』



 相手がスマホを振り上げるのを見て思わず笑ってしまいそうになるが咳払いで堪える。 


『遊んでないで真面目にやりなさい』


 店の外で待機している風里からトークが来る。

もちろんふざけて目的を見失うつもりはない。


「まあナツミちゃんの役目は新都だからね。んじゃ適当に今日のやつ集めようぜー」


「すんません……最悪引っ張って来るんで」


 ミツルの合図で4人が店内に散らばっている。

店員の位置を確認しているので間違いないだろう。


 俺は目立たないよう静かに店を出て、奈津美のものとは別のスマホを取り出す。


「――スーパーさんですか? 今不良っぽい外見の若者が店内で万引きするとか話していてですね……」


 要件を言い終えると、風里にスマホを渡して両河高校に電話をかけさせる。


「今、お宅の生徒さんが万引きをやって店員さんと揉めているんですけれど! それはもうひどい態度と口の聞き方でねっ! 一体どういう教育をされているんですかっ!?」


 イメージ通りの声をありがとう。


 俺は再度スマホを受け取り、次は勇気の要る番号にかける。


「スーパー前で男女が喧嘩しているんです。怪我とかはしていないんですけれど、すごい剣幕で今にもナイフとか出そうで……すぐ来て貰えますか?」


 通話を終えて俺達は頷き合う。


「秋葉原で買ったスマホにプリペイドSIM、しかも少しいじってるわね。いよいよアウトロー感が強くなってきたわ……」


「自分の携帯でやったら自作自演バレかねないからなぁ」


 俺と風里は一緒に店内に戻り、店内をうろつく四人を改めて監視する。

もう通報したんだから早くしてくれよ……よし入れた。


 四人はそれぞれのカバンに酒、お菓子、ついでに避妊具や化粧品まで次々と入れていく。


「江崎君から連絡よ。生徒指導のゴリ……五里山先生がすごい勢いで出て行ったって」 

  

 ちらりと頭上を伺うと普段とは違う角度に動いた防犯カメラが四人組の行動をバッチリと映している。


 素晴らしい。

全てが思い通りに動いている。


 俺は風里に手を差し出す。

彼女は心底嫌そうな顔で俺の手を取って肩に頭を乗せ……胸ポケットのスマホを四人組の方向に向け続ける。



「酒も菓子もこんなもんでいいか。てかユージなにゴムとってんだよ」


「えーだっていきなり妊娠とか可哀そうじゃないっすかー」


「意外に紳士でウケるし」


 好き放題のものを万引きした四人組が店から出ようとする。


「すみません。ちょっと宜しいですか?」


 そして俺の通報で事務所からカメラを操作して一部始終見ていたであろう警備員に呼び止められる。


 だが奴らも簡単にごめんなさいとはならない。


「いいから事務所まで――!」 

「だからたまたま入っただけって言って――!」 

「そんな酒ばっかり――!」


 そこに俺の通報で駆け付けた赤色灯がご到着だ。


「店で男女が喧嘩していると通報をうけたのですが」 


 すかさず俺と風里が前に出る。


「私達がちょっと揉めていたのですけれど、口喧嘩ぐらいでそんな大げさなものでは……」

「それよりそっちの人達が万引きらしくて大変ですよ」


 警察官は四人組と警備員に向かっていく。


 更に息を切らせながら自転車こいできた生徒指導の教師がようやくゴール。

怒鳴り声をあげながら既にカオス化している中に飛び込んでいく。


「はい、お終い。ラーメンでも食べて帰ろう」


 そう宣言すると警察の手前カップルのふりをしていた風里が俺の腕を振り解く。


「二人では行かないわ。晴香も呼ぶけどいいわよね」


 もちろんだ。

奈津美だけは今日のところは大人しく家に帰った方が良いかな。

陽助には迷惑料がわりにチャーシュー大盛を奢ってやろう。

生徒指導教師はそこで喚いているし解放されているはずだ。

 

「おっと、このスマホのバッテリー抜いとかないと」


「……双見君、本当にマフィアとかじゃないわよね? 躊躇が無いと言うか、ここまでしておいてよくニコニコしていられると言うか」


 人聞き悪いことを言わないでくれ。

ただ命もかからないこんな程度のことでビビってたら『裏』では息もできなくなるから図太くなってるだけだ。




翌週

4月26日(月)

学校


「聞いた? あの休んでるキョウコとユウカのこと……」


「スーパーで男と一緒に集団万引きだって。大騒ぎになってたらしいわよ」


「ホームルーム無いのって職員会議してるからだよね。まあ停学だろ……」

 

 俺は珍しく教室で弁当を食いながら伸びをする。

あの二人はそんな名前だったんだな。


「さて大騒ぎだ」


「張本人がなにを抜かす」


 俺はフフフと悪役チックに笑いながら陽介にチーズ唐揚げを差し出す。

金曜食ってから意外と美味くて気に入っている。 


「あの二人、処分が出るまで在宅待機だそうね」


 風里が言う。


 高校生で初犯では当然ながら逮捕なんてされない。これも完全に想定内だ。


「私ラーメン食べた以外何もしてない気がするんだけど」


 晴香が肩を落としながら弁当を広げる。

ドカベンと菓子パンのコンボはやめろよ……。


「そして奈津美は無事完全回避」


 一応トークも見られたらしいが奈津美の皮を被った俺は便所に行きまくってコンビニ飯食っていただけで一言もスーパーに行くとは言っていない。

まあ奈津美があの場に居なかったのは説教していた当の生徒指導の教師が証明できる。


「あの人たちが停学になるのは自業自得で仕方ないだろうけどさ。三藤さんだけ何もないってなったら、きっと逆恨みして……さ」


 晴香が心配そうな顔をすると同時に、真っ青な顔をした奈津美が現れる。


「あの子も確か」

「今さっきの動画で……」

「普通にアウトでしょ。笑ってんじゃん」


 彼女はクラスの視線を受けて泣きそうになりながら、俺を見つけて走って来る。


「あの……これ……これ……」


 奈津美が差し出したSNSには4人からの罵詈雑言、これは覚悟していたから適当に流し見る。

注目すべきは最後の一文。


『お前の動画も晒すから』


 俺は学校の裏サイトとして使われているSNSを開く。


 そこには奈津美がブランドショップで万引きを働き、オドオドと品物を持ち帰って引きつった顔で笑う様子がアップされていた。

最新機種で撮られただけあって顔も店もはっきりと見てとれる画質だ。


「クラスの人もみんな見てて……先生がもう一度話を聞かせろって……私……もう……」


「ふむ」


 俺達は人気のない場所へと向かう。

焦りは微塵もない。むしろこれを待っていたのだから。


「大丈夫、俺を信じろ」


「でも……」


 鼻水まで出し始めた奈津美の肩を抱き寄せる。


「……」

「ほら落としにかかった」


 晴香が圧をかけてくるが今は仕方ないじゃないか。

風里も煽るなよ。

 

 顔をあげる奈津美に余裕満点の笑みを見せてやる。

そして一言。


「俺を信じろ。全部上手くやってやる」


「あ……」


 奈津美の瞳と表情が僅かに変わった気がした。




 俺はグレー携帯を起動して投稿された動画にコメントを入れる。


『三藤も絶対グルだぜー。他にも動画あるからな』


 そして俺達が火曜日にとった動画を添付する。


「なにクズってんだよ。早く行ってこいや」


「やり損ねたらボコすっから、わかってんよな~ナツミちゃん」


 奈津美の背中が押され、尻が蹴飛ばされる。

転んで半泣きになった彼女が鼻水を啜りながら店にはいっていく。



『なにこれひどすぎ』


『えっぐ! こんなん無理やりやらされてるに決まってるじゃん』


『ビビりの三藤が万引きとか最初からおかしいと思ってたんだよ』

  

『あーあーそういう、A組のあいつらが真のカスってことね。理解したわ』



 流れが一瞬で変わった。



『これ偽物だろ。どうみてもおかしい』


 本人かららしきコメントがつく。

その通り偽物だよ。


 だが一度変わった流れを止めるのは容易ではない。


『同じ店で同じ子がやらされてるのに偽物とかありえないわ』


『どっちの動画もメガ高精細ズームで撮られてるんだが。あれミカンの最新機種にしかついてないだろ』


『そういえばA組のユウカさんが先週自慢されてましたねぇwww不思議ですねぇwww』


 その後も二人と思しきやつが別の動画を投稿したりもしたが既に趨勢は決まっている。


『無理やりやらせてるのわかったのに何個あげても一緒だろ』


『自分で脅迫の証拠積み上げてて草』


『てかお前キョウコだろ? 停学なるまで大人しく寝てろ』



 そもそもノリで漫然と撮った奴らの動画と、奈津美が徹底的に可哀そうに見えるよう計算して撮った俺の動画ではインパクトが違いすぎる。


 今のご時勢一度撮られた動画は隠せない。

だが意味を変えてしまうことはできる。


 奈津美は脅されて無理やり万引きをやらされていた可哀そうな女の子。

その被害者ルートさえ確定させてしまえば、連中がいくら動画を公開しようがどうってことはない。

そもそも本当に無理やりやらされてたんだしな。


 あとはこのグレースマホを川の中にでも投げ込んでしまえばそれで終わり。


「これで一件落着だ」


 俺はさっきからほわっとした目で見つめてくる奈津美の頭を撫でて解散を宣言する。








「実はもう一波乱あるんだよなぁ」


 職員会議の結果キョウコとユウカの二人は長期停学、ユージ……だったか他校の高校生も特定されて大変なことになっているそうだ。


 そして奈津美は完全に無罪放免、教師から変なことをさせられそうになったら学校に相談しなさいとだけ言われてお終いだ。


 全員でハッピーエンドを祝う打ち上げをした後、俺は別の用事があるからと一人で人気のない駐車場に向かう。


 そして待つこと三十分ほど――。


「おい奈津美……ってお前誰だよ」


 ドスを聞かせた声を出しながら現れたのは奴らのリーダー、ミツルだ。


 奈津美のスマホを使ってお前を呼び出した者だ、と答えたいが止めておこう。


「釈放されていて良かった。留置場だったらどうしようかと思った」


「ああん!? なんだよてめぇ!」


 体格は俺よりも少しばかり良いが、痩せ型でそれほど力は無さそうだ。

防御だけ考えれば大怪我する相手ではない。


「貴方を呼び出したのはお願いをしたかったからなんですよ」


 尚も何事か言おうとするミツルの機先を制して語り掛ける。

あくまで静かな調子で表情も変えずに。


「奈津美と縁を切って欲しいんですよ。顔も見たこと無いって感じで一つ」


「あ?」


さてここが分水嶺なのだが。


「ふざけんな! お前あいつの彼氏かなんかか? ならすぐここに連れてこいや。俺達がパクられてんのに一人だけ逃げやがって……このまま済むと思うなよ」


 こちらの予想通りの性格で安心した。

もし改心でもしていたら心苦しかったからな。


 俺は微妙に後ずさりしながら角度を調整する。

これぐらいが一番いい感じかな。


 さて会話を続けよう。


「呼ぶ訳ないでしょう? お前みたいなカスと話なんてしたら奈津美の価値が落ちるじゃないですか?」


 あくまで淡々と静かに。


「は……お?」


 言葉がでないミツル。


「二十歳にもなって高校生集めて万引きだ、なんだとイキってるとか知能中学生以下かよってね。もう知り合いにいるってだけで恥って感じで……ハハハ」


 怒りのあまり震えながら近づいてくるミツル。

手とポケットを確認する……よし刃物が無ければなんとでもなる。


「今回のこと以外にも結構悪いことしてますよね? 全部撮ってるんで言うこと聞いてくれないと公開しちゃいますけど」


 俺は手帳型のカバーに入れたスマホをチラリと見せつける。


 もうどっちが悪役かわからない口調で話しながら、俺は体を強張らせてじりじり後退する。


 それに気づいたミツルが鼻を鳴らした。


「ハッ! イキってるのはどっちだよ。喧嘩なんかしたことねえんだろ、足震えてんぞ」


 俺は竦み上がったように体を強張らせ、じりじり後退しながら舌を出す。

角度的に俺の顔は映らないので大丈夫だ。


「んなわけねえだろカス。なら得意の喧嘩でもするか下等生物が」

 

 完全に切れたミツルが飛び掛かって来る。


「上等だ! 調子乗りやがって!!」


 こうしてタイマン――というか喧嘩になったわけだが、俺はコインだけ入れて放置された格闘ゲームキャラのように棒立ちのまま一方的に殴られ続ける。


「ビビってなんもできねえのか! おらどうした! なんとか言えや!」


 頬を殴られ、脇腹を蹴られ、鳩尾に拳が入ってうずくまる。


 腹を押さえながら顔をあげて一言。


「効いてねえんだよ見かけ倒しが」


 頭に向かって踏み下ろされる足を転がって避ける。

パンチキックと違ってこれは本当に危ないからな。


 その後も怒鳴りながら一方的に俺を殴るミツルと受け続ける俺の構図は続き、とうとう俺はスマホを取り落として倒れ込んでしまう。


「なにがタイマンだよ根性無しが――へっ三万か。慰謝料の代わりだな。おらパス教えろ、まだ殴られたいか?」


 現金を抜き取ったミツルが動画を消そうとスマホをいじり始めた時、野太い声が響いた。


「何をしている!?」


 既視感を感じた瞬間、岩のようなマッチョが暗闇から飛び出す。

放り投げられたスーパーの袋からは大量のササミとノンオイルのツナ缶、低脂肪乳が転がり出た。


「てめぇ何者――うわぁぁぁぁ!」


 一瞬にしてミツルは拘束され、まるで米袋のように担ぎ上げられてしまった。


「あー……これはどうなんだ……」


 俺はひょいと立ち上がる。

本当は隣のマンションの住人に通報してもらう予定だったのだが。


 だが今更言っても仕方ない。

締めに入るとしよう。


 俺は手足頭と特段のダメージがないのを確認した後、気合いを入れて覚悟を決める。


「ぐぅ……意識が……あーれー……」


 殴られすぎてふらついた……ということにしてそのまま車止めに向かって倒れ込む。

角度はこんなもの、肋骨に体重がかかるように、かつ勢いがつきすぎて重大な怪我はしないように――。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

数時間後 両河警察署内 取調室


「だーかーらー! あのクソガキが散々罵ってきやがって、タイマン張れとか言い出したから喧嘩したんだよ! なんで俺だけ捕まってんのか意味わかんねえよ!」


 ミツルが凄まじい声で怒鳴るも正面に座った男――刑事は微動だにせず言った。


「事件のあった駐車場にはカメラがあってね。もちろん確認したんだが……どう見ても君が一方的に殴る蹴るばかりで喧嘩には見えなかったがね。もちろん声は映らないが……」


 さらに刑事は手帳型のカバーに入ったスマホを取り出す。


「君は倒れた彼からこれを奪ったわけだね。最新型のスマートフォンと……現金3万円」


 刑事の目が鷹のように鋭くなる。


「か、金が入ってたなんて知らなかったんだよ!」


「しかし映像を見る限り、笑いながら現金を抜いているなぁ」


 刑事が迫るとミツルはドンと机を叩いた。


「あーはいそうですねーやりすぎましたごめんなさいー! 謝りますから許して下さいー!」


 必要以上の大声にも刑事はまったく反応せず続ける。


「相手の高校生はね。肋骨を折って全治三週間だそうだ」


「へっ、ざまあみろってんだ」


 刑事は小さく二度頷く。


「君は先月に喧嘩で捕まっているね。その前には万引きもか……いずれも示談が成立して起訴猶予になっているが……」


「昔のことなんてどうでもいいだろ! それよりさっさと取り調べてここから出せよ!」


 ミツルが怒鳴りながら机を蹴った途端、刑事は突然机をたたき、今までにない厳しい目でミツルを睨みつけた。


「ひっ」


 その迫力にミツルは思わず後ろの椅子へと倒れ込む。


「勘違いしているのかもしれないけれどねミツル君。君の容疑は万引き……窃盗でも無ければ喧嘩……暴行でもない。無抵抗な高校生を執拗に殴って怪我を負わせ金品を奪った――強盗致傷なんだよ。証拠もそれはもう鮮明に完璧に残っている」


 椅子から立ち上がった刑事がミツルに近づいていく。


「本当はこんなこと言っちゃいけないのかもしれないがね。長年刑事をやってきた私が思うに今の君が考えるべきことは、いつ釈放されるかでもなければ、起訴されるかでもない。一体何年刑務所に入ることになるか、だと思うんだがね」


「刑……務所?」


 ミツルは呆然と刑事を見る。


「言い忘れていたが君は最近二十歳になっているんだね。成人おめでとうミツル君」


主人公 双見誉 市立両河高校一年生

人間関係

家族 父母 紬「姉」新「弟」

友人 那瀬川 晴香#6「泣」高野 陽花里「交際開始」三藤 奈津美「救助完了」風里 苺子「友達の友達」江崎陽助「友人」

中立 

敵対 仲瀬ヒロシ「クラスメイト」ミツル「逮捕」ユージ「停学」キョウコ ユウカ「長期停学」



更新時間が不安定になっていました。

次回から概ね18時~19時に戻します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 気持ちいい終わり方でスッキリします! 主人公頼りになりますね
2020/11/28 16:00 トリスタン
[良い点] メッセの掛け合い面白すぎます(笑) [気になる点] メッセの内容って、トイレの下り以降は誉の現在進行形の実体験だった? 高野が交際開始になってる~!
[一言] 今回も面白かったです(((o(*゜▽゜*)o)))
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