第15話 恋愛トラブル+a 4月19日
4月19日(月)『表』
「ホマ~」
「おはよう姉さん。いい朝だな」
またもノック無しに飛び込んできた紬に爽やかな笑みを返す。
「う、うん。おはホマ」
何故かしおらしくなった紬をハグして頭を撫でてみる。
これで叫びまくって調子が戻るはずだ。
「あうっ! ホマ君駄目だよ! 私、お姉ちゃんだよぉ」
予想していた反応と違うので解放すると意味不明な動きをしながら階段を駆け下りていく。
ほんとに珍生物だ。
「お母さーんホマが突然エロい!!」
だから母親にいくのやめろ。
「……今日はなんだよ」
新の部屋の扉が開く。
この流れが毎日定番になりつつある。
「兄ちゃんから男として成長したオーラみたいなのが……」
なんだそりゃ。
俺は学校までの最短経路から少し外れたコンビニに向かう。
理由は簡単だ。
「おはよー!」
コンビニでは晴香が車止めに腰かけて手を振っている。
その横には何故か空になったコーヒーを啜り続けるサラリーマンがおり、駐車場には何故か車内で何個もカップラーメンを食っている作業員、店内には手にとった雑誌をまったく見ていない立ち読み客、ついでに延々と店の前を掃除し続けるアルバイトと、とても賑やかになっている。
晴香が俺の方に走って来ると賑やかな視線も追いかけて来る。
そして晴香が俺に抱きつくと一気に敵意に変わった。
「相変わらず、すごいな」
「相変わらず朝からスケベだぁ」
おっぱいのことじゃない。
そっちもすごいけどな。
これでも服で押さえていて脱いだらもっとすごいんだよな。
俺達に初体験をすませたカップルにありがちな気まずさや照れはあまりなかった。
週末挟んだこともあるが、なにより晴香とは愛、恋、性以外の話題が豊富で会話に詰まることがない。
「エビカツカレーを作ってみたんだけど臭み取り忘れちゃってねー」
「風味の範囲内だろ。うちの姉が作ったエビカツなんてワタ付きでカラ剝いて無かったぞ」
少し照れて気まずくても話していれば雰囲気が友人同士に変わっていく。
「新作のゲーム買いに新都に行ったらズラーと並んでてさ。嫌だなぁと思ってたら何故か先に買った人が譲ってくれたんだ。もちろんお金は払ったけどね」
「美人は得だな。とはいえナンパとか夜道の危なさ考えたらちょっとぐらいの恩恵はありか」
友達としての晴香も本当に楽しい女子なのだ。
「で、その新作ゲームがね。ゾンビだらけの世界で生き抜くオープンワールド系なんだけど、食料とか水とかの概念もあるから本筋以外に物資探索とかもしないといけなくて……誉もちょっとやってみる?」
「やらない」
仲の良い女友達かつ肉体関係も有りなんて最強ではなかろうかと考えていると陽助に遭遇する。
そして開口一番――。
「お前らヤったろ。いや答えは要らない、ヤったと確信した!」
「月曜の朝からなにを言いだす」
俺は陽助の足にローキックを入れる。
まったく同じタイミングで晴香も反対方向に入れたので陽助はバッタリその場に倒れ込む。
「同時攻撃やめろ……てか本当に気付いてないのか? 今の那瀬川オーラというかフェロモンやばいぞ」
ふと周囲を伺うと全ての男子生徒と目が合った。
眠そうな顔で通り過ぎる男ですら那瀬川の横を通った途端、驚いたように振り返る。
晴香がつられて周りを見ると男子の顔が緩む。
クラスメイトの男子を見つけたのか笑顔で軽く挨拶すると、相手はたちまちロボットみたいな動きになってしまった。
「こんなのもう『私は女になりました』って名乗りながら歩いてるようなもんだろう」
確かに声も外見も変わらないのに大人びて見える……気がする。
「この感覚だと……金曜だな?」
「あたりだ。やるな」
「ちょっ!? 日付まで公開するなぁ!」
晴香は俺をポコポコと猫パンチで殴り、陽助にはハイキックを見舞う。
「あ……」
小さな声に反応すると高野が校門に寄りかかっていた。
「おはよう高野」
普通に挨拶をすると高野は気まずそうに返してから切り出す。
「き、金曜はさ。怖いとか言って、その……」
高野の言葉が止まる。
俺とほとんど密着するような位置取りで立っている晴香がセミロングの髪をかきあげたのだ。
今まであまり気づけなかった俺でさえ、フェロモンがまきあがったように感じる。
「もう大丈夫だよね。ほまれー」
晴香は俺の耳元で甘く囁き、高野にも微笑みかける。
「ああ、俺の方こそ乱暴な真似して悪かった。上級生の方はもう俺なんかに会いたくないだろうから、彼女の方に謝っとくか……」
俺は高野にジェスチャーで教室行こうと示すが反応はなく重々しい溜息が聞こえる。
晴香はガッツポーズするな。
二限目の休み時間、高野がフッと教室から出ていく。
「なあ」
「気付いてる」
陽助の指摘に一言答えて立ち上がる。
一限目の休み時間も同じだった。
念の為に確認したが高野の冷戦相手とその一派は教室にいる。
何故か朝一で謝った冷戦相手の女子が手を振って来るが今は置いておこう。
「教室から右に出たならトイレかなんかだろうけど」
「左に出ると非常階段しかないんだよなぁ」
俺達は1-Aなので俺達より左側に教室はないのだ。
まさかとは思うが勘違いならそれでいい。
こっそりと高野の後をつけると案の定、高野は非常階段へと出た。
彼女は屋外の非常階段で手すりを握りしめて息を吸いこむ。
俺は足の具合を確かめ、いつでも飛び出せるように準備しておく。
そして――。
「クッソォ! 那瀬川にとられたし! あーもーサイアク! 見せつけてきやがって……悔しいぃ!!」
高野はガンガン手すりを蹴りまくって吠える。
とても元気で安心した。
「あいつ週末まで絶対処女だったじゃん! 経験あるくせにビビって引いてなにやってんのよあたし!」
高野は最後に軽く手すりを叩いて肩を落とす。
「……守ってくれたのに何が怖いだよあたしのバカ。なにもせずに見てたらそりゃとられるっての」
手すりに顔を埋めてシクシク泣き出す。
恐れていた感じにはならなさそうだがどうしようか。
普通に考えれば静かに去るべきだろう。
高野が今一番顔を合わせたくないのは俺のはずだ。
だが行こう。余計なことであっても積極的に突っ込む。
それでこそシズリも助かったのだ。
俺は躊躇なく非常階段の扉を開け放つ。
「高野」
「ひゃあ! 双見……!? まさか見て――ぐむっ!」
そして飛び込むなり高野を抱き抱えて唇を押し当てる。
反射的に抵抗した高野だが、現状を把握するとすぐに手の力が抜けた。
「覗いてたのかよ……てかなんのつもり?」
高野は唇を拭きながら言う。
「泣いてたから慰めようとして思わず」
「本人が突っ込んできて慰めになるわけねえだろ! 余計傷ついたっての!」
だよな、俺もそう思う。
「づあーもう!」
高野は涙を拭き、わざと俺の足を踏みながら抱きついてくる。
「……那瀬川抱いたの?」
「抱いた」
足に体重をかけられると痛いのだが。
「すごいやった?」
「かなりやった」
足に乗ってジャンプするな。
痛いけど体重軽いな。
「くっそー……双見よりイケメンの彼氏作ってドヤ顔してやる」
「彼氏作るなら顔より頼りになるやつにしろよ。冷戦相手の彼氏みたいなしょっぱいのはダメだぞ」
だからジャンプやめろっての。
「……双見より頼りになるやつとかまずいないし」
俺は褒めてくれたお礼がわりに高野の乱れた髪を手櫛ですく。
「頼りにならない奴だったら俺がしゃしゃり出る羽目になるしな」
高野が顔をあげる。
「え、味方する発言まだ継続してんの?」
「当たり前だろ。普通に考えれば彼氏できればお役御免だろうけどな」
自分の彼女を他の男に守らせるような腑抜けなんてありえない。
不意に高野が下を向く。
「そっか……頼りない奴と付き合っといて……隙を見て……ふむ」
何やらブツブツ言っているが涙も止まり、彼氏作ると息巻いているからもう大丈夫だろう。
正直少し悔しくもあるが、恋人でもないのにまさか彼氏を作るなとも言えない。
そういえば今の今まで聞けなかったことがある。
「高野の名前ってなんだっけ?」
「……陽花里」
一気に不機嫌になってしまった。
「これから名前の方で呼んでもいいか?」
頷く陽花里を名前で呼ぶと今度は一気に機嫌が治ったのでよしとしよう。
さて一緒に教室に帰るかと思った時、俺達より更に上、恐らく最上階と屋上の間の非常階段から何やら声が聞こえ始めた。
それもただ雑談していると言うより責めるようなキツイ口調だ。
「あんたさーあたしが三ツ木君好きなの知ってんじゃん。なんでそういうことするわけ?」
「実はヨッシー嫌いで嫌がらせとか? うっわ性格悪」
「で、でも相手から告白してきただけで……ちゃんと断ったし……」
「あーなるほどねぇ」
一往復の会話で陽花里も俺も概ねのことは察する。
「あんたに振られた男と付き合うとか屈辱じゃん。出来る訳ないっしょ」
「ベタベタするから三ツ木も勘違いしたんだろ。んでその気はなかったとかどんなビッチよ」
「で、でもそれは当番が同じで、わからなかったから三ツ木君に色々聞いただけで……」
Aの好きな男がCに告白した、故にAとその友人Bが並んでCを責め立てる。
高校生恋愛トラブルの何割かを満たす構図だろうな。
陽花里はつまんないとばかりに教室に帰りかける。
そこで声のトーンが一気に上がった。
「ボソボソ聞き取りにくいっての。恥ずかしがり屋系キャラ作ってんの? さっきから、でもでもってうぜえんだよ!」
「あーあー可愛らしいアクセつけちゃってさ。三ツ木もそんなところが好きだったんだろうねー」
「違うよ……やめて……引っ張らないで……」
これはもう止めるべきだろう。
だが変に介入しても弱気そうな方が後で倍返しされるだけか。
とりあえずこの場を納めよう。
恋愛うんぬんなら、一旦間をおけば頭が冷えるかもしれない。
俺は非常階段の扉をわざと大げさな音を立てて開く。
声が止まった。
「おー良い景色だな。見ろよ両河スカイタワーがくっきりだぜ」
「そうだねーあんたがチューしてきた駅もみえるねー」
俺はバカみたいなでっかい声を出す。
陽花里に毒があるのはスルーしよう。
「……教室戻るわ」
「……だね」
上からややイラついた調子の声が二つと安堵の溜息が一つ。
さてブレイク成功と思ったのだが――。
「ヨッシー慰めるのに今日やるから。モール集合で」
ガシャリと音がする。
誰かが動揺でよろめいた音だろうか。
さて不穏な感じになってきた。
「あ……で、でも……」
「犯人が欠席とか無いから。もし来なかったら――」
声が潜められて聞き取れない。
「んじゃそういうことで。ヨッシー何欲しいよ」
「やっぱバックかなー。今月金欠だからさー」
二人は品の無さそうな声を出しながら去り、責められていた女子が一人取り残される。
俺はこっそりと顔を出して覗いてみる。
「あれは……」
見覚えのある子だ。
確か1-Bの巨乳女子で前も同じようなシーンに遭遇した。
あの時は目で拒絶されたので行かなかったが今回はどうするか。
下を向いてブルブル震えているところを見るに前よりずっと深刻そうなんだよな。
動揺のせいか、あまり隠れる気のない俺と陽花里にも気づけていない。
その女子をまずじっくりと観察してみる。
気弱で大人しい性格なのはさっきのやり取りでわかっている。
身長は平均的な陽花里より10cmほど小さく、かなり小柄だ。
太ってはいないのに全体的にふよふよして軟らかそうだ。
運動はかなり苦手そうだな。
僅かに肩に届かない長さの黒髪は飾り気こそ少ないものの綺麗に手入れされている。
髪もそうだが全体的に飾り気がなく目立つのが嫌いな性格だとわかる。
泣きそうになっている顔は整っていて十分美少女と言えるものの、晴香とは対照的にほとんどのステータスを美人方向ではなく可愛い方向に振っているイメージだ。
なにより特徴的なのは大きな胸。
大きさ自体は晴香より小さいのだろうが、なにしろ身長が20cm近く違うから体に占めるおっぱいの比率では勝っているかもしれない。
オドオドした猫背であの大きさに見えるのだから、胸を張ればもっと大きかったという可能性もある。
体を揺らす度にパツンパツンの制服とシャツが悲鳴をあげ――。
「エロ妄想してるところ悪いんだけどさ」
陽花里が俺の脇腹を抓る。
「さっきの奴らと一緒だとあの子、割とヤバいかもよ。あたしらのグループでも噂になってたし――」
俺は陽花里から『奴ら』の話を聞き、伸びた鼻の下を手動で戻す。
昼休み
学食で定食をつつきながら陽助が呟く。
「俺、居ない方がいいだろ?」
俺と晴香は顔を見合わせて首を傾げる。
ちなみに四人席の正面が陽助、隣が晴香だ。
「那瀬川さん。俺の名前呼んでみてくれよ」
「名字なら呼び捨てでいいよ。陽助……くん?」
陽助は頷いて俺を指差す。
「次にこいつ」
「ほまれ♡」
陽助が仰け反る。
「絶対語尾になんかついてるって! 俺の異物感がすごくて居づらいわ!」
「学校でイチャついたりしないから大丈夫だっての」
「だよね。イチャつくのは家帰ってから……だよね。ふふ」
無言で席を立つ陽助を二人で止める。
ふと俺の後ろを陽花里が通った。
自分のグループと一緒だったので特にこちらを見ることもなかったが――。
「誉ー後ろ通るよ」
「ん」
特に狭くもない通路だったが何故か声をかけてきた。
「名前……?」
エビチリを頬張っていた晴香の手が止まる。
こちらを見たまま顔を異常接近させて圧をかけてくる。
「なんだカツが欲しいのか?」
カツカレーのカツを一切れ差し出すと一口で食べたが圧は止まない。
「お前ら揃って三限目に遅刻してたけど、おいおい」
さらに圧が増す。
もう密着しそう……近くで見ると本当に綺麗だな。
思わず俺からも顔を寄せ、互いの唇がちょんと触れる。
学食のエビチリ結構辛いな。
「でてくわ」
立ち上がろうとする陽助を二人で押さえる。
「休み時間は陽花里のこと以外にも色々あったんだよ」
「陽花里……」
再び圧をかけようとする晴香の肩を押して止めた。
「それ関係で今日は新都までいくから、明日また遊ぼうぜ」
新作ゲームとやらは絶対にしないけどな。
「おっと、水なくなったから入れてくる」
カレーを水なしで食べるのは苦しいからな。
俺が席を立つと陽助が肩を竦めながら何事か言い始める。
「警戒しとけよ。高野のあの顔、絶対諦めてないぞ」
「同じ女だもんわかってるよ。誉はドスケベだから誘惑されたらあっという間だろうし、今日新都に行くって言うのも……増援を要請しとこっと」
ボソボソと仲良さげで嫉妬してしまいそうだ。
そして放課後。
着替えに戻る時間はないので、せめて目立たないように制服をカバンの中に仕舞い、陽助から奪ったベストを着る。
そして校門近くでスマホをいじりながらじっと待つ。
「じゃあ私服に着替えて――ストア集合で。ナツミも来なかったらわかってるよな?」
俺は引きつった笑顔で何度も頷き、足取り重く歩き出した【ナツミ】の後をつけていく。
主人公 双見誉 市立両河高校一年生
人間関係
家族 父母 紬「姉」新「弟」
友人 那瀬川 晴香#6「女友達」高野 陽花里「味方」江崎陽助「友人」
中立 ナツミ「?」
敵対 仲瀬ヒロシ「クラスメイト」