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第12話 結末 4月15日【裏】

「やめろ、戻れ!」


 俺は怒鳴るもヒロシは脱出成功でテンションが上がっているせいか聞き入れない。


 不穏な怪物へと振り下ろされた鉄パイプは見事にその側頭部を捉えた。


 ゾンビは鉄パイプの一撃ではまず殺せない。

それでも余程体格の良い奴で無ければよろめくし、小柄な奴ならば転倒もするだろう。


 ヒロシはそこを追撃、あるいは俺達も加えてボコボコにしてしまう魂胆だったのだろう。


「え……?」


 だがそうはならなかった。


 側頭部に叩きつけた鉄パイプは頭の形にひしゃげていた。

眼前の怪物は揺らぎすらしていなかった。


 怪物がヒロシに手を伸ばす。 


「た、助けてくれ!」


 もちろん俺もスグルも助けに動く。

掴まれた手を引き離すか、それとも足をへし折って転がすか、あるいは口に何かねじ込んで噛みつきを妨害する方が……。


 だがなにをする間もなく怪物の手が振るわれる。

 

「ぎゅっ」


 まるでスイカでも割れるように小さな破裂音をたててヒロシの頭は――上半分が弾け飛んだ。


 ヒロシはその場で二度震え、背伸びの姿勢で硬直したまま横倒しになる。 


「う、うわぁぁぁぁぁ!!」

「いやぁぁぁぁ! ヒロシぃぃ!!」


 確かめる必要がないぐらいの即死だ。

助けに向かっていたスグルはその場で尻餅をつき、俺は反射的に後ろに飛び退く。

シズリの絶叫は恐らくゾンビを呼び寄せるだろうが、今はそれどころではない。


 半秒かけて冷静さを取り戻すも眼前の光景が理解できない。


 不用意な攻撃が失敗してゾンビに掴まれ食い殺される。

これなら理解できる。

腐るほど見てきた光景だ。


 だが今のはなんだ。

ヒロシの頭はどうして弾けた。


 ゾンビは人間であった頃より力が強い。

ラジオが生きていた頃に脳内リミッターがうんぬんと言っていたが理由はどうでもいい。


 事実として同年代の女子ゾンビに力で押し負けたこともあるし、掴みかかられると男二人でもなかなか引き離せない。


 だがその程度の強さのはずだ。

体を食い千切られて殺された者や集団に捕まってバラバラに引き裂かれた者はいくらでも見たが、頭が弾けとんだ者など見たことが無い。


「こいつはゾンビじゃない。別の何かだ」


 そう結論付け、俺は泣き喚くシズリを掴みあげる。


「水路から出ろ! 外がどうなっているかわからないがこいつよりマシだ」


 今の場所のコンクリート側壁の高さは垂直壁で2mだ。

登るのはきついが奴の相手はできない。

 

 俺はシズリの下着を穿いていない尻を掴み、膝を擦り剝かせながら無理やり上へと押し上げた。


 なんとか彼女を上に登らせて振り返る。


「スグルなにやってるんだ!」


 スグルは尻餅をついた姿勢のままで奴の前から動いていないのだ。


 そして俺の方に顔だけを向けて言う。


「こ、腰が抜けて……」

「なんでだよ!!」


 何かないかと傍を探すも間に合わない。


 怪物はガタガタ震えるスグルの前に立つと口を広げる。



「――なんだよ、それ」


 人間の口は案外狭い。

拳が入れば一発芸になるレベルだ。

ゾンビも元が人である以上大きな違いはない。


 だが眼前の怪物はブチブチと頬の肉を破りながらどこまでも口を開いていく。


「ヒ、ヒィィ……」


 そして悲鳴をあげてバタつくスグルの前頭部に上あごを乗せ、ヒゲの生えた顎下まで下あごで挟む。


 湿った音と共にスグル頭は前半分が無くなった。

 

 怪物の咀嚼音に戸惑うように、頭部が断面図のようになったスグルは辺りを見回し、小さく首を傾げて前のめりに倒れ込む。


「もういやぁぁ――!!」


「待て、闇雲に走っても――」


 限界を迎えたシズリが叫びながら走り去ってしまう。

下にいる俺からはどちらに走ったのかさえわからない。


 追いかけたいが2mの垂直壁を補助無しで登るには時間がかかる。


 既に怪物は俺に狙いを付けて迫っている。 


「一旦距離を……」


 振り返ると後方から来るゾンビが距離を詰めてきていた

後ろに下がってヨタヨタ登っていたら奴らの餌食になるだけだ。


 作戦は上手くいったはずなのに、なにもかも滅茶苦茶だ。

男二人は死に、シズリはパニックになって行方不明、俺自身も絶体絶命の状況にいる。


 コツンと足に何かがあたる。

拾い上げると不法投棄されたであろう金属製の物干し竿だった。


 怪物はこの武器では倒せない。

わかっているが、戦う以外に生き残る手段がない。


 大きく息を吸いこみ、ゆっくりと吐き出す。

戦闘以外の思考を全て中断する。


「殴りまくって隙を作る。少しでも奴がひるめば脇を駆け抜けて前へ逃げる」


 少なくとも怪物の腕より物干し竿の方が長い。

リーチ外から攻撃してあとは幸運が必要だ。


 タイムリミットは後方のゾンビに追い付かれるまで。

 

 短く息を吐き、体を屈めながら怪物の膝を薙ぎ払う。

ゾンビを相手にする時のお決まりのやり方だが……ダメだ揺らぎもしない。

繰り返しても意味はなさそうだ。


 俺は一旦後ろに下がって今度は顔面を突いてみる。

皮膚にはめり込むのに頭そのものは微動だにしない。


 怪物が左腕を振り上げたので慌てて後ろに下がる。


 怪物の腕は豪快に空振りして水路の壁面を叩き……拳の形にコンクリが割れた。

こんなもの喰らったら防御も受け身もあったものじゃない。


「だが……」


 俺は物干し竿を大きく振り上げて怪物の脳天に一撃、間髪入れずに右半身を叩きまくる。

怪物が再び左腕を振り上げたので軌道を見極めて避ける。

そして出来た隙に怪物の額を思いきり突く。


 更に右側から足首、膝、脇腹から側頭部まで滅多打ちにする。

怪物の反撃……なるほどな。


「動きは読めてきた」


 怪物の速度はゾンビとほぼ同じ、特異な攻撃である殴りつけは超高威力ながら速度は遅く、警戒していれば十分避けられる。


 そして理由はわからないものの怪物が殴りに使う腕は左だけだ。

右手を動かしたくなる位置取りで戦っても無理やり体をひねって左腕を使ってきた。


 なにより重要なのは奴の重心だ。

左右に崩そうとしても巨石のように揺らがないが前後には若干の揺らぎを見せた。

ここに奴自身の腕振りの力を重ねれば……。


 背後をうかがう。

ゾンビの集団が俺に追い付くまであと20~30秒程だろう。

これがラストチャンスだ。


 正面から怪物に向かって突っ込む。

顔面へ突きを中心にした連撃、その一発が上手く眼球に食い込んだ。

怪物の重心が僅かに後ろにずれる。


 苦しんでいるのか怒っているのかわからない呻き声の後、左腕が振りかぶられる。

俺は今までと違って後ろには下がらず、ヘドロに顔が埋まるほど姿勢を低くしながら懐に飛び込む。


 遠くの相手に拳を振るうと態勢は前のめり……つまり重心は前にいく。

一方で近くて低い相手を殴るには腰を引いてすくいあげるような振り方……重心は後ろにいく。

さらにこれを躱せば……。


 首筋を嫌な風が吹き抜ける。

よし空振った。


 怪物の左腕は空へとつきあがり、仰け反るような態勢で片足が浮いている。

  

「――ここだ」


 俺は自分でも驚きの速度で体を起こし、渾身の力で怪物の顎を真下から突き上げる。


 怪物の重さはやはり尋常でなかった。

物干し竿はひん曲がり、腕の筋肉が嫌な音を立てる。

そこまでしても怪物のもう片足は宙に浮かず真っ白な目が俺を捉え――。


 ズルリと音がした。

俺の突きあげに耐えていた怪物の足がヘドロで滑ったのだ。


 怪物は半回転して仰向けにひっくり返る。

地響きのような音でこいつが見た目からは想像もつかない重量を持っているとわかる。


 俺は「よし」の一声もあげず、倒れた怪物を飛び越える。

このまま水路を安全圏まで走り抜けて……。


 体が前に進まなくなり、壊れた機械のように振り返ると怪物の右手が俺のベルトを掴んでいた。

  

「……右手、動くんだな」   


 これは死んだなと覚悟した時、俺の体は回転しながら宙を舞っていた。


 優に5m以上の高さ、何が起きたのか考えながらも体は勝手に動き受け身を取る。


「げほっ!」


 衝撃で肺から強制的に息が漏れる。

高さの割に衝撃が少なかったと辺りを見回すと雑草だらけの地面に立ち並ぶ街路樹……俺はあの怪物に水路の外まで投げ飛ばされたらしい。

予想外の幸運というしかない。


 よたつく体で立ち上がると、怪物が俺に向けて手を振り上げコンクリートの壁面を殴り続けているのが見えた。どうやら登ることはできないようだ。



 途端、怪物は動きを止めた。

肉が裂け、筋が切れ、骨が砕けるような異様な音がする。


 怪物はブルブルと震え、頭を押さえて絶叫したかと思うと――腰から血塗れのナニかが突き出す。


「尻尾? いや足……?」


 まるで尻尾のように見えるそれは後ろ向きについた足そのものだった。

太さは左右の足の倍はあり、皮膚はなく筋肉そのものの外見だ。


 異様だ、異様極まる。

だが今の俺にとってはどうでもいいことだ。

あの怪物がなんなのか興味なんてない、見届ける意味もない。


 最後に目をやったのは完全に絶命したままゾンビに貪られているスグルとヒロシ。


 彼らも残念ながら、もうどうでもいい。

死んでしまった人間にできることはなにもない。


「シズリを探さないと」


 幸いにして俺が放り投げられたのはシズリが逃げたのと同じ側だった。


「どこにいるんだ」


 走って逃げたのはわかっている。

だがそれだけしかわからない。

水路の中からではシズリがどちらに逃げたのか見えなかったのだ。


「どこを探せばいいんだよ」


 俺は足を止める。

どこに向かえばいいか方向すらわからない。

走ったところでなんにもならない。


 息を吸いこみ大声をあげようとしてやめる。

周辺の住宅からちらほらとゾンビ共が出てきている。

水路の外から迫ってきていた集団も見える。

これ以上ここにいれば囲まれてしまうだろう。


「もう、だめだ……」


 もうシズリを探せない。

そして彼女が一人で生き残れるとは思えなかった。




 そこからどうやって戻ったのか良く覚えていない。


 三日ぶりに戻った拠点の安全を確かめ、ヘドロにまみれた体を念入りに洗い、食べ物を胃に詰め込む。

全ての行動を何も考えることなく淡々と続ける。

まるで何者かに操縦にされているようだと笑ってしまったが笑いは出なかった。


 そして全ての行動を終えたあと――俺は壁を殴りつける。


「またこうなった。最低の結果だ!」

 

 手近な椅子を蹴り飛ばしテーブルをひっくり返す。


「何の意味もなかった。余計なことなんてしなければ良かった!」


 あの場で見捨てていたら凹むだけで済んだのに。

こんな最悪の気分にならなくて済んだのに。


「学校に行ったのが失敗だった! 無理にでもマンションに戻れば良かった!」


 そうすればあるいは助かったかもしれない。


「倉庫であと三日待てば良かった! ド派手な脱出なんて調子に乗っていた!」


 全員飢えと渇きでフラフラになりながらでも安全に戻れたかもしれない。 


「あんな場所に一体なんて見るからに怪しいだろ! なんで即座に逃げなかった!」


 もし怪物を見た瞬間に水路から出ろと叫んでいれば無事逃げられた。

見えてもいない脅威を警戒して目の前の脅威を見誤った。


 反省材料はいくらでもある。

俺は何もかも間違った。

だから全員死んだのだ。


 LEDライトを投げようと掴みあげ、代えの効かない物だと思い直して静かに置きなおす。



 部屋の隅にひっそりと置かれた小さな棚から布の切れ端と千切れたミサンガを取り出し、握りしめて二度深呼吸する。


「……今回のことは失敗だった。それで終わり、今後のことを考えよう」


 籠城で落ちた体力を戻すため明日、明後日は多めに食べて一日中寝続けるのが良いだろう。

食べなかった三日分の食料が余っているから余裕はある。


 バール、ジャンパー、水筒も失ったし、ヘドロにまみれた服や靴も衛生上捨てるしかない。

次の物資調達では食料水以外に服や雑貨の補充も考えないといけないな。


「さて寝よう」


 毛布に潜り込む。

もう俺は大丈夫だ。

完全な裏雰囲気の話でした。

次回は表の話になり雰囲気も一変すると思われます。

更新予定は明日の19時です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっと最新まで追い付きました 面白い! 最初は、お?純愛路線?っと思ったけど、思ったけど・・・安定のハーレム展開でした(笑) 倉庫脱出からは凄いスピード感で一気に読んじゃいました。 待ち続…
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