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第10話 ダブルデート? 4月15日

4月15日(木)『表』


 午前6時半。

目が覚めた俺は顔を洗う間もなく部屋を出る。


 『ノック必酢』と下手くそな字で書かれたプレートを無視して侵入し、ヘソを出して寝ている紬の肩を抱いて揺する。


「姉さん。起きて姉さん」

「んあー?」


 紬が寝ぼけ眼のまま体を起こす。

口から大量の溢れたよだれをタオルで拭いて続ける。 


「姉さんはサークル入ってるし新歓コンパも行ったよな!?」

「んー? うんー」


 まだ目の覚め切っていない紬を抱き締める。


「サークルメンバーと複数で……新歓コンパのトイレ……講義中に屈みこんで……そんなまさか……」


 腕の中で紬が徐々に覚醒していくのがわかった。





教室


「お前なんでビンタされてんの?」


 陽助が真っ赤な跡をつけた俺の頬を見ながら聞いてくる。


「姉を心配し過ぎたんだ。むしろお前の方がなんでだよ」


 陽助の頬にも同じような跡があった。


「昨日のお姉さんに『どうして私なんかに声かけてくれたの』って聞かれてさ。『超熟女好きなんで』って返したらぶったたかれた」


 お互いにしょうもないな。



 そんなしょうもない会話が大きめの尻に遮られる。


「おはよ双見」

 

 見上げると俺の席に尻を乗せた高野が手をあげている。

今まではほぼ会話なんて無かったのだが、昨日の一件のおかげだろう。


「おう、おはよう」


 女の子に挨拶されるのは嬉しいので笑って返す。


「――それで」


 高野が何か言い始めようとしたところで、高野の伸ばした足の前で二人の女子が足を止める。

昨日喧嘩した相手と仲の良い子達だ。


「邪魔だし」

「短い足伸ばすなっての。うっざ」

 

 俺は高野が反応するより早く立ち上がり、二人の前に立ちはだかる。


「そんなこと言ってやるなって。すべすべで綺麗な脚じゃないか」


 高野の足を取って邪魔にならないように畳ませる。

その過程で膝裏とふくらはぎを撫でてしまったのは不可抗力だ。


「……うざ」

「手つきキモいし」


 二人は俺を一睨みして去っていく。

女の子に罵倒されると悲しいと同時にほんの少しだけ快感もある。


「ふーん。かばってくれるんだ」

「お前の味方するって言ったからな」


 俺はそれだけ言って窓の外に目を移す。


 考えるのはもちろん『裏』の今日の事だ。

本当は出来る限り『表』に持ち込みたくないのだが今回は下手を打つと、いや上手くやらなければ普通に死ぬだろうから仕方ない。


 あの中学校まで下見に行くとして授業中は無理だな。 

不審者として摘まみ出されたらどうしようもなくなる。


「――それでさ〇〇がマジうざくてね」


 いつの間にか高野が陽助の席に座っていた。

背もたれを抱えるように逆向きに座り、誰かの文句を言っているようだが特に興味も無いので頷くだけに留めて『裏』での作戦を考え続ける。


「今、新都のモールであたしの好きなブランドがセールやっててさー」

「へえ」


 普通に出ても囲まれて終わりだ。

目くらまし的なものが必須になる。


「グループのみんなで行こうと思ってたんだけどさー」

「ほうほう」


 火でもつけて煙で――。

いや視界を妨害できても音がどうにもならない。

あいつらが静粛迅速に動けるとは思えない。


「誰かさんのせいの空気悪いしー今もなんか向こうで悪口言ってるみたいだしー」

「なるほどなぁ」


 やはり現地を探って突破口を見つけるしかない。

あとは周辺地形も完璧把握しておかないと。


「――でね」


 体を戻した拍子にスカートがひっかかり黒い下着が見えた。

瞬時に思考が中断してしまう。

実用重視のスポーティな物ではなくセクシーさ重視で俺好みだ。


「そういうことだからさ。双見ついてきてよ」

「ふんふん……え、なんだって?」


 下着に夢中で生返事してしまった。


「放課後着替えてから現地で合流ねー。ハイ決まりー」


「待て待て今日はまずい」


 放課後は下見にいかなければいけない。

黒パンツに見惚れてたせいで死にましたなんて洒落にならない。


 高野は声量を落として耳元で囁く。


「すっごいミニのやつ穿いて行ったげるからさ」

「行くよ」


 高野は笑いながら俺に肩パンして席に戻っていく。


「行くともさ」

「なんだよ気持ち悪い」


 勢い余って陽助にも主張してしまった。

忘れてくれ。


 まあ一旦帰るのであれば下見にはいける。

どの道、中学校に長々と居座ることもできないしな。

 



昼休み 食堂


「誉ー。今日新都まで買い物に付き合ってくれない? パソコンモニターが壊れちゃってさ。あとよく行く焼肉屋さんが今日割引デーだからついでにご飯も行こうよ」


 天丼とコロッケ定食越しに、飛びぬけて端正な顔がにこやかに言う。


「おぉう」


 隣では陽助が腹の立つ顔で「あーあ」とばかりに笑っている。


 しかも高野も食堂に来ており、少し離れた場所からわざとらしく咳払いで主張してくる。


「……今日はちょっと先約があるんだ。また次の機会に」

 

 那瀬川は少ししょんぼりするも仕方ないねと天丼をもちあげる。

 

 陽助は何も言わないがクイクイ眉毛だけを動かす仕草がなんとも腹立たしい。

まあ、このまま流して後日埋め合わせをすれば丸く収まるだろう。


「双見ー待ち合わせ場所はウルトラモール前ね」


 高野が俺の背中に声をかけて去っていく。


 天丼をかきこんでいた晴香の箸が止まる。


「……」


 ジトっとした目で見てくるので、視線を右に左にとわかりやすく泳がせていると唐揚げを奪われてしまう。



「八方美人の自業自得……って誉、お前も今日はなんか量多くないか?」


 俺の昼食は、唐揚げ定食とキツネうどん、豆腐サラダ、デザートのアイスクリーム……多いな。しかもコーラのペットボトルも用意してある。


「食える時に目一杯食っておこうと思って」


「わかる。午後って異様にお腹減るよね」


 晴香の同意は全く的外れだったが否定はしないでおこう。

俺は下品なぐらいガツガツと飯をかきこむ。


『表』でいくら食べても『裏』の空腹と渇きは変わらないが精神的には満たされる。

『今日』は生きるか死ぬかの正念場になるだろう。

まあ外に出る日は毎日そうなのだが。


「さて戻るか」


 これ以上追及される前に戻ろう。

そもそも付き合っていないから浮気でもないのだけれど。


「……キスしたくせに」


 ポソリと呟くのは心に来るから勘弁して欲しい。




「ごめん待ったぁー?」


 待ち合わせデートの挨拶といえばこれが定番だろう。


「……ガチで待ったんだけど。しかも双見制服のままだし何してたんだっての」


 高野は不機嫌そうに睨みつけて来る。

まあ男の方が言うのはおかしいかもな。


 思った以上に下見が長引いたせいなので許して欲しい。


 俺はお詫びのグミを差し出しながら高野の服装を観察する。

ファッションセンスに自信のない俺から見ても彼女がお洒落だとわかる。

上着、腕や胸元のアクセ、持っているカバン、全て最新流行のモノなのだろう。

髪型も学校の時とは違っていた。


 だが何より注目すべきはスカートだ。

宣言通りのすごいミニ、丈が太ももの真ん中より上までしかない。


「行こうか。ウルトラモールって本当に広いよな」

「……ん」


 俺達は連れ立って歩き出す。


 自動ドアを通り抜ける時に風が吹く。


 小物に興味をひかれた高野が前屈みになる。

 

 階段をレディファースト。


 エスカレーターでは俺が一段低く……。


「全然見えない」

「バーカ、簡単にパンツ見せるわけないっしょ」


 お洒落な高野はミニスカートも穿きなれているのか守りは鉄壁だった。



 俺はエロだのスケベだのと言われながら名前だけは聞いたことはあるブランドショップに連行される。


「ほらエロってないで服選び手伝ってよ」


 着せ替えを手伝っての意味だったら嬉しいが男目線で感想を言えってことだろうな。


 試着室に入る高野……30秒ぐらい待ってから全開にしたらどうなるのだろうと想像してしまう。

警察署から『裏』に行くのは嫌なのでやらないが。


 サッと試着室が開く。


「これどうよ」


 まずは大人しめな色合いの七分袖にダボついたパンツ。


「うーん、流行はわからないけど俺は好みじゃないな」

「ふーん。そっか」


 高野が気を悪くするかと心配したが、そんなこともなくさっさと次の服に移る。



「ちょっと派手だけどこれは?」


 肩を出した派手な上着にカラフルな色のショートパンツ。


「いいんじゃないか。似合ってるぞ」


 高野はふむと頷いて再び着替える。



「こういうのはキャラじゃないかな」


 ひらひらのついたロングスカートのワンピース。


「うーん、イマイチだと思う」




「まだ夏物は早いけど」


 胸元と背中が大きくひらき、裾が膝までのワンピース。


「いいな。うん、すごくいい」


 高野が何故か俺を睨んで沈黙する。



「……これは?」


 ヘソだしノースリーブにアメリカンギャルのような超ショートパンツ。

ファッションとしては滅茶苦茶な気もするが。


「それだ、それがいい!」

「双見、露出度だけで選んでるだろ! 露骨過ぎて逆に清々しいし!」


 アメリカンギャル姿の高野に叱られる。

俺はギャル的な女の子も好きなのでたまらない。


「女の子の肌に勝る服なんてない――って冗談はおいて。マジで言うならちょっと露出多めでギャルっぽい方が高野には似合ってる気がする。少なくとも俺は好きだ」 


 最後の服はちょっとやり過ぎだけど、と付け加えて笑う。


 高野は小さく「ん」とだけ呟いた。


「次は――」

「下着売り場か?」


 足を踏まれる。


「買うなら赤で透けてる感じのがいいと思うんだ」

「彼氏でもない男に下着選ばせねえっての!」 


 残念だ。


「ま、適当に喫茶店でも入ろっか。時間は気にしないんでしょ?」

「ああ」


『表』で出来ることはやり終えた。

あとは『裏』で上手くやるのみだ。



 俺と高野は適当な喫茶店で駄弁る。

彼女の前には小さなケーキと紅茶、俺の前にはクッキーとコーヒー。


 会話内容は主に喧嘩した相手への愚痴だ。

高野は一方的に相手が悪いと言うものの、話を総合するとまあどっちもどっちだな。


 高野のグループは彼女とNo2の子についていく子とで見事に真っ二つとなり、お互いに嫌がらせや悪評のバラ撒きなどネチネチとした冷戦を続けているようだ。


 俺は苦笑しながら相槌をうち続ける。

こういう時はこちらの意見を言うのではなくただ同調していれば良いと聞いたことがある。


「ぶっちゃけさ……双見もあいつの方が正しいと思ってるんじゃないの?」


 あれやこれやと相手の不満をぶつけていた高野のテンションがふと落ち、自信なさげに聞いてくる。


「正直わからないかな。でもお前の味方をするよ」


 高野は頬を膨らませて続ける。


「なにそれ、意味わかんない。あたしの方が間違ってたらどうすんのよ」

  

「味方すると決めたら正しさなんか関係ないだろ」


 高野が呆気にとられたような顔をしている。


 そういえばこれを忘れてた。

思い出したついでに渡しておこう。


 俺はテーブルの上に軽く装飾された箱を置く。


「ちょっといいキャラメル。髪引っ張ったお詫びにさ」


 箱をあけて中身を取り出す。

店内だがキャラメル一個ぐらい許されるだろう。


「どうせならもっと凝ったアクセとかが良かったかなー。ってこれうまっ!」


 紬が美味い美味い騒いでいた店だから間違いない。


「綺麗な髪なのにごめんな」


 そう言った途端に高野の動きが止まる。  

視線をテーブルに落とし、そのまま右へ左へ彷徨わせた後、チラリと俺の顔を見た。


「そ、そろそろ夜だしここまでにしよっか」

「おう」



 高野を新都の駅まで送る。

彼女は市外から通学しているのでさすがに家の前までは送れない。


 改札口へ向かうエスカレーターに隣り合って乗る。

すると高野がこちらを見てニヤッと笑った。


「今日は楽しかったし。……ご褒美あげとく」


 そう言って高野はタタンとエスカレーターを数段登る。

彼女は相当なミニスカート、かつ手でもカバンでも一切防御しなかった。

十秒程かけてエスカレーターが昇りきる。


 上階についた高野は真っ赤になってこちらを見た。


 俺はあえて感想を言わずに肩を抱く。

これも抵抗しない。


 ならばいけると唇を近づけていくと回避されてしまった。


「彼氏いるのか?」

「……今はいないけど」

 

 ならばと二回目の挑戦をするもまた避けられる。


「好きな人が?」

「そっちもいないけど……初デートでキス迫るとかありえないし」


 俺は一旦諦めるふりをしてから――。


「髪、綺麗だ」


 動きの止まった高野は三度目のキスを避けられなかった。


 リップの香りのする唇の温かさを数秒味わってから静かに口を離す。

場所がターミナル駅の改札前だしな。


「……されたし」

「してやったぜ」


 ドンと肩を叩かれ、高野は改札に入っていく。


「じゃあねエロ双見~また学校で」

「ああ、また――」


 学校で会いたい。


 俺は踵を返してエスカレーターに戻る。


「み、見てしまった! ホマ君が! ホマが――!!」


 俺はマナー違反の三段飛ばしでエスカレーターを駆けおりた。



 駅から飛び出し、追いかけてきていないことを確認する。


「や」


 肩を叩かれてまさかと振り返るも違う。

居たのは僅かに息を切らせた晴香だった。


「おう奇遇だな。晴香も新都に用事か? そういえばモニターが壊れたとか言ってたか」


「あ、うん。そう! アハハ!」


 晴香は一通りワタワタとした後、俺の手を掴む。 


「ね、ご飯食べて行かない?」


「飯?」


 確かに高野とは喫茶店で食事したがクッキー程度で男子高校生の腹は満たされない。


「そう焼肉食べ放題のお店この近くなんだ。一人じゃ入りづらくて、奢るからさ」


 時計を見る。

確かに夜だが食べて帰っても非常識な時間にはならないだろう。

高野との約束があったので家には元々晩飯はいらないと連絡してある。


「奢られないけど行こうか」


 晴香が大げさにガッツポーズする。


「よっし! あのまま帰らせてたまるもんか」


 何やら呟いていたが聞き取れなかった。



 俺達は焼肉食べ放題で暴れる。


「ロース6人前とカルビ6人前、あっハラミも4人前でお願いします!」

「それとレバー3人前、ご飯は特大盛りを二つ」


 網の上は所狭しと肉で埋め尽くされ、焼き上がった肉が回収されるなり次が乗る。


 焼き上がった肉を豪快にタレにつけ、ご飯と一緒に口の中に放り込む。


「あはは、誉も今日はすごいね」


 ガツガツと音が出そうな勢いで食べる俺を見て晴香は笑い、空になった取り皿に追加の肉を入れてくれた。


 俺の体はもう十分だと伝えてくる。

だが心は米一粒、油一滴でも多くと訴えるのだ。


「それだけ食べてくれると誘った私も嬉しいよ。男子は喫茶店じゃ足りないよね」


 晩飯がクッキー数枚はさすがにな。 

あれ? まあ指摘しなくてもいいか。


「満足そうに言ってるけど、晴香も食ってる量変わらないからな?」


 ある意味ブースト状態にある俺と同じ速度で晴香も肉を減らしている。


「そ、そんなことないって! ほら誉側の肉の方が減りが少し早い――」

「ビビンバとスープお待たせしましたー」


 肉以外をそれだけ食いながらほぼ互角なのだから俺の敵う相手ではなさそうだ。


「一緒に思い切り食おうぜ。その方がお互い楽しいだろ」


 花が咲いたように晴香は笑う。

一瞬、店員と周りの客の会話が止まった気がした。

いや本当に止まったな。

  

 周囲の視線に気づかず晴香はにこやかに肉を……思い切り食うのはいいが三枚重ねはどうなんだ。


「あっ」


 ふと晴香と同じ肉を掴んでしまう。


 もちろん食べ放題なので肉を奪い合う意味はない。

それでも俺はやや強引に肉を奪い取った。

 

 大げさに拗ねる晴香に笑いながら肉をタレにつけて晴香に差し出す。


「え?」


 取り皿を差し出す晴香を見ながら首を振り口元へ肉を持っていく。 


 意図を察した晴香は戸惑いながら口を開く。

その口内へ肉を置き、軽く舌を撫でながら箸を引き戻す。


 真っ赤になった晴香を見て笑っていると、仕返しとばかりにソーセージを差し出された。

しかも切るのが前提のでかいやつを丸ごと一本だ。


「いや逆だろ。俺がソーセージ咥えるとか、どこに需要があるんだよ」


 店員と周りの客も思わず頷く。


「あるぞ!」


 今、叫んだの誰だよ。

OLグループの方から聞こえたが。




「はー食べた食べた」


「俺も限界だ。走ったら出そう」


 焼肉を食べ終えた俺達は腹ごなしも兼ねて電車は使わず歩く。

時間は深夜に差し掛かるのでもちろん晴香は家まで送る。


 取り留めのない話や下らない話をしながら夜道を歩くうちに話はどんどん盛り上がり、声も大きくなってしまう。


「うるせえな! こっちは20連勤で疲れて――」


 とうとうサラリーマン風の男に怒られてしまった。

しかし晴香が手を合わせて謝ると、たちまち顔が緩んで口ごもる。

美女は無敵だな。



 俺達は家まで数分の距離のコンビニに寄ってコーヒーを啜る。

肉を詰め込んだ腹を慣らすためにと提案したが、本当はもう少し一緒に居たかったのだ。

 

 熱いコーヒーを吹きながら飲んでいた晴香がふと呟く。


「誉さ。今日なにか変だよね。知り合って一週間も経たない私が言うのはおかしいかもだけど」 


 俺は答えない。

気付かれた驚きが半分、気付いてくれた嬉しさが半分。


「もし私に何かできることがあったらね」


 俺はやはり答えずに晴香の腰に手を伸ばす。


 何故か目を閉じて体を預けてきた晴香の腹を撫でで一言。


「すげえパンパンだ。さすがに吸収してる訳じゃなさそうだな」

「ちょっとぉ!」


 唇まで突き出していた晴香が叫ぶ。

そして自分でも腹を撫でて肩を落とす。


 俺は笑いながら腹を撫で回し、晴香は抵抗して暴れる。

話はきっちり逸れた。

『裏』を誰にも話すつもりはない。


「おっと悪い。変なところ触った」


 騒ぐ中で手が滑り、晴香のヘソ下を撫でてしまったのだ。

途端、晴香から短い叫びが漏れたかと思うと体が目に見えて震える。


「なんだ今の」


 以前からたまにぶるっとしていた気もするが今のは特大だ。


「な、なんでもない! なんでもない! 悪いことじゃないから心配しないで!!」


 今までで一番の抵抗と声だった。

トラウマとかそういうのでなければ無理に聞き出すこともないか。



 俺は飲み終わった自分と晴香のコーヒーをゴミ箱に捨てる。

帰ろうの合図だ。


「時間も時間だしね……あっ忘れてた!」


 なにを忘れたのだと振り返った途端、晴香の唇が俺の唇へと重ねられる。


 俺は動きを止めたまま晴香の肩に手を置く。

荒い鼻息はムード的にはどうかと思うが、勇気を出してキスしてきたと思うと嬉しい。


 十秒ほど唇を合わせたところで晴香の手を握り、親指でトントンと二度ノックしてみる。


 晴香の手が応えるように強く握り返してきた瞬間、俺は舌を口内に差し込んだ。


「――んむっ」


 予告が伝わっていたのか今回は逃げることなく舌同士が即座に絡み合う。

互いに少しでも密着する面積をあげようとこれでもかと舌を突き出し合う。


 俺の手は晴香の手から彼女の腰に回り、彼女の両手もまた俺の背中を抱き締める。


 俺達の舌は絡まり合いながら晴香の口内から俺の口内へと移り、一瞬の空中戦を経てまた晴香の口内へと戻る。


 時間にして三分程だろうか。

俺達はどちらともなく口を離す。


「帰ろっか」

「おう」


 俺達は並んで歩き出す。


「スケベ誉……またすごいことになってるよ」

 

 晴香が恥ずかしそうに下を指差す。

モロにあたってただろうし気付くよな。


「陽助のケツ箸動画を見て静めよう」

「余韻をあれで消されるのも嫌だなぁ!」


 ピンク色になっていた雰囲気が楽しい友達同士のものへと戻っていく。 


「ところでコンビニで中学生の男の子がすごい顔してこっち見てたよ」

 

「中学生には刺激が強かったかもな。教育に悪いことを――」


 振り返って俺がすごい顔になる。

コンビニ袋をもって立ち尽くしている中学生に見覚えあり過ぎるからだ。

今更どうしようもないので考えないことにしよう。


 晴香の家の前で彼女と別れる。


「それじゃまた学校でね」


「おう」


 絶対にまた会いたいな。


 俺は頬を二度叩き気合いを入れ直す。

生きるか死ぬか真の修羅場が始まる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タンパクなモヤシ主人公は不自然極まるので、 この主人公には好感がもてます。 ハードレッド卿ほどではありませんが、 アレは病気とか、もはやそういう次元じゃないので。 [気になる点] 自分はゾ…
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