第106話 5つの空振り 7月3日
「んあー?」
俺はベッドに倒されてアホ面を晒している紬の頬に手を添えて顔を近づけていく。
そして小学生の女の子が着るような色気のないキャミソールを強引にめくり上げ――。
「朝からわがまま言う姉はこうだ」
「わっひゃー!」
小さなヘソに口をつけて息を吹き込み、ブーと間抜けな音を鳴らした。
いかに下半身が荒れ狂っていようと紬に性は感じない。
「こ、こいつめやったな! お姉ちゃんのおなかにブーする弟はこうだ!」
紬の小さい手足が俺の体に絡みついて締め上げる。
「紬スペシャルを食らえ!」
この変なプロレス技どこで覚えて来たのか。
とはいえちっこい紬に締め上げられたところで……。
「いや痛い。関節極まって割と痛いぞこれ!」
「わはははは! 新をマジ泣きさせた新技の威力を思いしれい!」
ドタバタと騒いでいると階下から『いい加減にしなさい!』と母親の怒声が聞こえる。
俺達は顔を見合わせ、お互いにシーとジェスチャーして笑う。
いつもの紬、いつもの大騒ぎに暖かい気持ちになった時、唐突に記憶がフラッシュバックする。
壊れた玄関に血塗れの廊下、血泡を噴きながら痙攣する新を抱えて叫ぶ俺に近寄ってくる紬の目は白く濁って――。
俺は紬を再びベッドに押し倒した。
小さな紬を包むように抱き、ほとんどない胸に顔を埋める。
「およ? どしたのホマ君」
戸惑うような声を出しながらも、紬は俺の頭を撫でてくれた。
「急に甘えたになっちゃったねぇ」
また扉が開いた。
「ドスンバタンと……いい加減隣に寝てる奴がいるってことを……うわっ」
新の声だ。
姉弟でいやらしいことをしていると思われるといけないと顔をあげる。
「別にスケベなことはしてないぞ。姉さんに甘えているだけだ」
「いや朝からシスコン爆発とかエロいことしてるのと同じぐらい困るんだけど……」
俺はそのまま二度寝しようとする紬の尻を軽く叩いて立ち上がる。
ちょうど母親も朝食が出来たと呼んでいる。
新の視線が俺の顔から下にずれた。
「でけえよ……おんなじ親でなんでこんな違うんだよ。俺だってせめてもう少し……くそぅ」
「どうした新? 早くご飯食べにいくぞー」
さて毎度の朝ドタバタも済んで当然登校するのだが問題があった。
「ムラムラするなぁ」
寝起きだったせいとも思ったが学校に来ても一向に収まらない。
ブーストモード後はやはり『表』でもこうなるらしい。
「性欲解消のためなんて悪いと思いつつも送ってしまう」
俺は秋那さんに部屋に行って良いかとメッセージを送るが返してくれない。
ログを見ると昨日の深夜に意味不明な下ネタだらけのラブメールが来ていたので、大量に飲んで寝ているのだろう。
ビール缶に囲まれて全裸で寝ている秋那さんが簡単に想像できて笑ってしまう。
以前に「酔ってたり寝てたら勝手に部屋入ってヤってもいいよ~」なんて言われたが。
「さすがにできるわけないよな」
俺は秋那さんの家の合鍵を眺める。
眺めているだけだ迷ってはいないぞ。うん。
「えーマジで? それ丸出しじゃん」
「ぱないっしょ。マジ丸出し」
まったく知性を感じない会話に振り返るとアホーズ――キョウコとユウカが大声でバカ話しながら登校しているのが見えた。
「相手して貰おうか。あいつ等なら良心もあんまり痛まない」
だが声をかけようとしたところで二人の会話が聞こえる。
「で、それは置いといてさ。ここの並び替え全然わかんなくね? 記号ばっかで意味不明だし」
「数学より英語のがヤバいって。長文とかマジ外国語じゃんか。でも赤点だけは回避しないとさー」
馬鹿話が終わり、もうすぐある期末テストの話をし始めたようだ。
「また双見になんとかして貰わね? ウチらだけじゃ無理だって」
「最後はそうでもやれるとこまではやっとこうぜ。その方がアイツも喜んでくれそうだし」
この流れに「うぇーい今から一発ヤらせてくれよ」と乱入できるほど最低野郎じゃない。
「おのれ……アホーズに負けた気がするぞ」
俺はムラムラしながら校門で陽助と合流して教室に向かい、ムラムラしながら授業を受け、ムラムラしながら午前最後の授業である体育もこなす。
「なあ誉、正直口に出すのも嫌なんだがお前朝からずっと……」
陽助が何か言いたげにしていたがムラムラしてそれどころではないので、当番にされていた用具の片付けに体育倉庫へ向かう。
「お、誉じゃん。そっちも片付け?」
倉庫には陽花里がいた。
男女の体育は別だが倉庫はもちろん共有だからまあ普通のことだ。
「てかさーこのあっつい時に外で体育とかふざけてない? 汗で化粧全部やり直しだしー」
肩までめくり上げた体操着はじっとりと汗をかいた陽花里のスレンダーな体に張り付き、暑いと服をめくって扇ぐ度、ダイエットで絞られたお腹とヘソが覗く。
「……」
汗が流れ落ちる脚から視線をあげていくと、体型通り細身の足に対して短パンに包まれた尻はとても大きくムッチリと存在感を示している。
更に大量の汗のせいで体操着が濡れ透けて、赤い下着の色がはっきり分かる上に、濃い目につけている香水の匂いと健康的な汗の匂いが混じり合って――。
俺が胸から顔に視線をあげると陽花里とがっつり目があう。
「鑑賞終わった?」
「なんのこと?」
俺が誤魔化すと陽花里はニヤニヤ笑いながらマットに腰かけて足を組む。
「ガン見しといて誤魔化せるかっての。本当に誉はエロだよねー」
陽花里は悪戯な表情で体操服の襟を大きく開いて扇ぎ、俺が思わず身を乗り出すと嬉しそうに笑う。
「もう片付け終わったし」
「終わったな」
陽花里はゆっくり立ち上がり、薄暗い倉庫内を移動する。
俺はなにも言わず彼女について歩く。
入り口は閉まっている。
窓は薄く開いているが外から見えるほどではない。
もちろん他に人はいないし、もうすぐ昼休みだから誰かが来ることもない。
「ある?」
「あるよ」
俺達の体から汗以外の匂いが噴き出しているのがわかる。
陽花里が足を止めて倉庫の壁に手をつき、俺は後ろから彼女を抱き締めて首筋にキスをする。
「うわー絶対汗だくなるし」
俺が陽花里の服に手を伸ばしたその時だった。
「陽花里ーどこにいんだよ。片付け手伝うぞー」
俺は疾風のように飛び退いて、用具の間へと滑り込む。
陽花里も着衣を一瞬で戻し、ばね仕掛けのように直立した。
直後に用具室の扉が開く。
「た、タカ君どうしたの? そっちは体育ないっしょ」
「陽花里が片づけしてるって聞いたから手伝いに。俺ヤバいぐらい気利いてね?」
陽花里の彼氏のタカ君だ。
正に間一髪、もし見られていたら修羅場確定だった。
「ち、余計な……コホン、今終わったとこだし。もう戻るって」
「マジかよー俺無駄足じゃん。ならさ」
くぐもった声が聞こえる。
彼氏が陽花里にキスをしたらしい。
「バッカ! こんなとこで盛るなっての!」
「いいだろ。昼休みだし誰もこないって」
二人のキスは徐々に深くなり、衣擦れの音までし始める。
「……」
マットに押し倒された陽花里と目が合う。
ごめんねとジェスチャーしてきたので、情けない表情を向けると笑いながら唇だけで『あした』と呟く。
どうしてムラムラ限界の状態で他の奴の行為だけ見せつけられなきゃならないんだ。
出て行こうにもここで動くとさすがに全てを察されて修羅場になるから見ているしかない。
しかしタカ君は本当に俺の半分もないんだな。
放課後
「寸止めされたせいで一層きつくなった。でも新しい境地に至った気もする」
陽助でも見つけてさっさと帰ろうと思っていると、C組からでっかい胸が飛び出していた。
「もうちょっとで届くんだけどなぁ……うりゃっ! このっ!」
掃除当番らしい晴香が雑巾で窓上部の汚れを拭こうとしているらしい。
背伸びしながら仰け反っているせいで、胸がシャツを破るんじゃないかと思うほど突き出している。
前の廊下を通る男子生徒の視線はもう釘付け状態、男教師ですら気にしていないふりをしながらしっかり見ている。
晴香のスタイルははっきり言ってモンスターだ。
他の女の子とはスタイルの振り分けポイントが違うのかと思うぐらい理不尽で完璧なスタイルだから見るなと言うのは無理だ。
「あと少し届かない……あっ誉、ちょうど良かった。ちょっと持ち上げてくれない?」
周囲がざわつく。
「持ち上げるって抱き上げるってことかよ」
「あの体に触れるのか……」
「やっぱ那瀬川と双見って」
嫌な注目が向けられる。
しかしその程度のことで晴香の体に触る機会を逃すのはありえない。
「おっけー。んじゃ抱き上げるぞ」
俺は抱きやすいように両手を広げた晴香の前に立ち、正面から抱き締めて持ち上げた。
「ありがとー。これで届く……よし綺麗になった!」
晴香の満足げな声で上手くいったと分かる。
視界は0だ。なにせ晴香の巨乳に顔全体が埋まっているからな。
「嘘だろ双見の奴、正面からいったぞ!」
「いやいやどう考えても後ろからだろ普通……」
「胸にがっつり顔埋めてる。教室で何やってんだよアイツら」
外野の声に晴香も状況に気付いたようだ。
持ち上げた体がビクリと震え、一気に体温があがっていく。
「え、エロ誉……やってくれたな!」
俺は応えず、朝に紬へやったように胸に顔を埋めたまま大きく息を吐いてみる。
「はぅん!」
晴香は色っぽい声を漏らした後、体をよじって俺の腕から抜け出し俺の脛を蹴り、悶える俺の腕を引いて教室を飛び出した。
「「「ちょっとトイレ行くわ」」」
あまり人の来ない廊下の端まで俺を引っ張った晴香は指をビシッとつきつけてくる。
「今日の誉は朝からおかしい! ずっとドスケベ誉じゃん!」
晴香はその美顔を真っ赤にして俺を一喝する。
「さっきのは晴香にも非があると思うぞ」
正直半分ネタではあった。
指摘されなかったからそのまま顔を埋めたけれど。
「自然な流れで来たから気付けなかったの! それに誉ドスケベの証拠はほらそこっ!」
俺は晴香の指を追って視線を下に落とす。
そうなっていた。
「恥ずかしいから言わなかったけど朝も昼休みも今もずっとだよ」
「嘘だろ」
俺は盛り上げながら一日中過ごしてたのかよ。
「他の子も絶対気付いてたからね。誉の隣の席の子とか友達とずっとヒソヒソしてたし」
妙に視線を向けられるとは思っていたんだ。
特に英語リスニングの女教師には、やたら当てられて起立させられていた気もする。
「誉はとにかくスケベすぎるよ!」
「いやいや晴香も大概だろ。鏡で自分を見たことあるか?」
晴香が分からないと首を傾げる。
「そもそも制服って体のライン出にくいようになってるはずだろ?」
晴香に許可を貰って胸元を撫でる。
飛び出してるじゃないか。これバスト三桁あるだろ。
「ぎ、ギリギリないはず……先月までは……お、大きすぎる?」
「いや最高」
次に晴香に許可を貰ってシャツの下から手を差し込む。
「腹綺麗にくびれすぎ。ここから尻が一気に膨らむとかグラビアアイドルでもこんなスタイル居ねえよ」
「あ、ありがと……なんかくすぐったいなぁ」
次に許可を貰って尻から足を撫でさせてもらう。
「これスカート詰めても巻いてもいないんだろ? 足長すぎてミニみたいになってるじゃねえか。太ももしっかり太いのに足のライン完璧だろ。綺麗すぎる」
まったくと溜息をついて太ももに軽くキスをする。
「ひゃあ……」
俺は一つ頷いて結論づける。
「というわけで晴香もスケベだ。わかったか?」
「わ、わかりました」
完全にしおらしくなった晴香がスルスルと近づいてきたのでハグして軽くキスする。
「今からウチこない?」
「いく」
即答すると晴香は顔を赤らめながら、俺の手を取って指同士を絡めた。
「そこまでよ変態2人。学校で何をしているの」
ポコンと軽快な音が鳴った。
いつの間にか居た風里が後ろから晴香の頭を叩いたのだ。
「痛っ苺子? 変態ってなに?」
「貴女は今日、私と試験勉強でしょう? 股間膨張男の為に反故にするつもりかしら?」
晴香はあっと気付いて頭を掻く。
俺は肩を落としながら絡ませていた手を放した。
「……先約優先で」
やりたいから友達との約束を破ってくれなんて言えるはずがない。
あと股間膨張男ってなんだよ。
「膨張男にしては最低限の良識はあるみたいね」
「そんな目立ってた?」
風里は俺の股間を指でピンと弾く。
地味に痛い。
「見た瞬間に「頭おかしいんじゃないのコイツ」と思ったわ。口に出すのも嫌なので放置したけれど」
「教えてくれよ」
また股間を指で弾かれた。
痛いしゾクゾクするからやめてほしい。
「だいたい今の口説き文句も要は、胸と腰と足が好みだからセックスしようぜ、でしょうに。晴香も流されているんじゃないわよ」
風里が連続でバシバシ指で弾いてくる。
こんな場所で出たら大惨事だからやめてくれ。
「帰るわよ晴香。帰りに本屋によって参考書を買っていきましょう」
「はぁい。じゃあまたね誉。――ところで苺子、さっきから誉の股間触り過ぎじゃない?」
「気のせいよ。ほら行くわよ」
こうして晴香と風里は去っていく。
晴香とできると思ったのにこれもまた直前でなくなってしまった。
いい加減暴発するぞと思っていた俺の前をポテポテ走る奈津美が通り過ぎていく。
「あぅぅ~急がないとぉ」
追いかけてみよう。
奈津美は一応走っているが、とても遅い上に無駄な動きも多いので早足程度でも見失わない。
奈津美はそのまま駅までポテポテ走っていく。
そして駅前で予定調和のごとくチャラ男につかまった。
見るからに小柄で弱気そうな奈津美が大きな胸を揺らして走っているものだから、ナンパ野郎が撒き餌されたみたいによってくるのだ。
「ねえ君ヒマ? 良かったらお茶でも奢るけど」
「あうぅ~ヒマじゃないです」
一応は断る奈津美。
「そう言わずにちょっと付き合ってよ。そこの喫茶店でケーキフェアやっててさ。2人で入ると割引な上に特別メニューがね~」
「こ、困ります……そのえっと、そういうのはちょっと」
奈津美はまたワタワタするが男は奈津美の進路を塞ぐ。
「困らない困らない。じゃあ行こうか。変なことしないからさー」
「えとえと……うう~やだぁ」
チャラ男は奈津美の腰に軽く手を回しつつ、背の低い彼女の胸を上から眺めてニヤつく。
このまま放置すればお茶どころか人気のないところに引っ張り込まれるのは間違いないだろう。
俺は溜息を吐き、近くの鏡で股間が膨らんでいないか確認してから奈津美とチャラ男の前に出る。
「あー」
そして奈津美の肩に手を回して抱き寄せた。
「この子、俺の女ですので」
「はう」
大人しく諦めてくれればいいのだが。
「んだてめぇ。横から邪魔してんじゃ――」
面倒くさい方になったかとポケットに入れていたボールペンを握ったところで、奈津美が俺の背中に強く抱きついた。体格に不釣り合いな巨乳が『当たっている』どころではなくへばりつく。
「お前またブラつけてないだろ」
「あう……5時間目に伸びしたら壊れちゃったんです」
巨大さと軟らかさに温かさまでが夏服越しに伝わって来る。
しかも緊張のせいか谷間の汗がじっとりしみ込んでくる。
こんな状態で電車なんか乗せたら今度は痴漢を引き寄せていただろう。
本当に奈津美は危なっかしい。
「つまんねぇコントしてんなよ。俺の話は終わって」
「あぁごめんなさい。それでお話なんですが――っと」
俺は話しながらいきなりチャラ男の眼球ギリギリにボールペンを突きつける。
「ひっ!?」
「これ落ちてましたよ。貴方のじゃないですか? お返ししときますね」
尻餅をついたチャラ男のポケットに50円で買ったボールペンを入れ、奈津美の腕を取る。
さすがに少し目立ってしまったので周囲がざわめいているが、暴力を振るった訳でもない。
ただボールペンをあげただけなので問題ないはずだ。
「えっマジあれ? 見ろってマジ意味わかんね」
「なに喧嘩~? うっそでっか……あれ詰め物じゃなくて? うわぁ」
いかにも遊んでそうな女子高生2人がこちらを見ながら……なんかざわめき方おかしくないか?
「あら……あらあら……あら♪」
不倫してそうなOLが何故かペロリと唇を舐めて近づいてくる。
そして俺の胸ポケットに名刺を入れていく。どういうことだよ。
「誉さん……その……それ」
奈津美の恥ずかしそうな指摘を確かめる暇もなく、見るからに風俗通ってそうな禿げたおっさんがむき身の3万円を奈津美に差し出す。
「どうだいこれから?」
「……彼氏の目の前で舐めてるのか?」
「か、彼氏……えへ」
俺が睨むとおっさんは違う違うと笑って否定する。
「君の方に、だよ」
俺は奈津美の手をとりダッシュで逃げた。
「あー大恥かいた」
俺達は人目の無い路地まで逃げて一息つく。
駅前の大通りだぞ。知り合いに見られていないことを祈ろう。
「ご、ごめんなさい。私が断れなかったから」
「違うだろ。悪くないのに謝ってどうする」
そう言うと奈津美はいつもの下を向いていた視線をあげて微笑む。
「助けてくれてありがとう……ございます」
「おう。次からはああいうのは無視して逃げろよ。掴まれたら悲鳴をあげりゃいい」
そう言って奈津美の頭を撫でてやる。
そして2回ほどジャンプさせる。
おぉ揺れる揺れる。
奈津美は身長が低いのに胸がとても大きいので体のバランス的には晴香よりも巨乳に見える。
それがノーブラで歩いたらもう大変だ。
「今のジャンプなにか意味ありました?」
「それは置いといてとりあえずタオルでも巻いとくか。近くに――」
俺と奈津美の視線は見覚えのあるホテルに重なった。
「さすがに制服のままじゃな」
服屋の更衣室でも借りようと思っていると俺の袖を奈津美を掴む。
「ち、チャレンジしてみません? 追い出されたら……仕方ないので……」
俺は袖を掴む奈津美の手を振りほどき、そのまま指を絡める。
「チャレンジは重要だな」
俺と奈津美は手を繋ぎ、肩を寄せ合い、見つめ合いながら、息を荒くしてホテルに――。
そこで奈津美のスマホが鳴った。
「ひゃうっ!?」
振動で奈津美が飛びあがり、そのまま後ろにこけそうになる。
画面には『家』と出ている。
友達なら一戦終わるまで待ってもらいたいところだが家から電話となるとそうもいかない。
「わ、忘れてましたぁ!」
奈津美が悲鳴をあげながら電話に出る。
「う、うんちょっと遅れて……あうぅ、もうみんな揃ってるの? す、すぐに帰りますぅ」
俺は長い長い溜息をついてタクシーを呼び止めておく。
「ご、ごめんなさい。今日は親戚が集まって食事会なんです。明日、明日ならなんでもしますから~!」
情けない声を出しながらポテポテ走る奈津美をタクシーに乗せて気にするなと笑顔で見送るのだった。
「さてもう爆発する」
有名歌手のダンスのように前屈みのまま歩いていると道中の小さなスーパーから鼻歌歌いながらアヤメが出て来た。抱えたエコバックからネギが覗いているのを見ると晩飯の準備だろうか。
アヤメは色々あって母親から引き離し、親類の老女スエの家に居候させてもらっている少女だ。
家主のスエ婆さんは既に引退して旅行三昧で家に居る時間は少ないらしいが、親類とはいえ面識がない上に癖の強いあの婆さんと四六時中一緒ではアヤメも参ってしまうだろうから、週に1~2日一緒にいるぐらいがちょうど良いのだろう。
表情も明るいし心配はいらなさそうだ。
「あっ誉先輩――こんなところで一人寂しく何してるんですか~なんか視線がエッチっすね」
アヤメは俺を見つけてパッと笑顔になるも、すぐに生意気な表情と口調を作って走り寄って来る。
「あーもしかして、アヤがこのスーパー良く来るって知ってて待ち伏せです? こんなちっこいアヤにえっちな悪戯したいとか思っちゃってますか~?」
嬉しそうに俺の周りを回りながら言うアヤメ。
ニヤニヤしながら言うアヤメの額を軽く指で弾いてから細い腰に手を添えて一気に抱き上げた。
「わっきゃ! 突然なにすんですか! ここメッチャ人通りあるんすよ! 恥ずかしいですって!!」
「はははは」
腕の中でギャアギャア騒ぐアヤメだが、小さな体で出来る抵抗なんて知れている。
その抵抗も形だけで全く力がこもっていなかった。
「暴れるなって。絶対落としはしないけど服が脱げるぞ」
「なにバカなこと言ってるんすか! てか同じ学校の子いましたって! うぎゃー!!」
スエとアヤメは適度な距離を保ってボチボチ上手くやっている。
だが彼女はまだ中2、こうやって騒いで暴れてふざけたい時もあるだろう。
本当は友達とこういう悪ふざけをできれば理想なんだけれどな。
俺とアヤメは道行く人が眉を顰めるぐらい喧しく騒ぎながら彼女の家、つまりスエの家に到着した。
「あー疲れた。顔面蹴られるわ、ネギで殴られるわ大変だった」
「自業自得ですから! あんまり先輩が離さないからアヤ途中でさかさまになっちゃったんですけど!」
男子小学生がびっくりしつつ丸出しのパンツ見てたな。
布地の少ない黒なんて見て小学生の性癖が歪まないことを祈ろう。
「あーもうアヤ疲れました! 汗だくですし! 散々ですよ」
アヤメは俺からエコバックを受け取ると、わざとらしく足を踏もうとする。
俺はそれをひらりと避け、意地になった追撃も軽く避けてから唇にちょんとキスをする。
するとアヤメはピタリと動きを止め、俯いたまま俺の袖を掴む。
「お婆ちゃん今日も帰らないんですよ」
言葉と同時にアヤメの全身から女の雰囲気が溢れ出す。
「……寄ってきませんか?」
「どうしようかな」
わざとからかうとアヤメは頬を膨らませで怒ってから俺の胸に顔を埋める。
「寄って行ってくれませんか? アヤなんでもしますから」
これ以上茶化したら可哀そうだな。
俺が頷くとアヤメは真っ赤になりつつ、俺の腕を両手で掴んで部屋へと案内してくれる。
もちろん意味するところは俺もアヤメも分かりすぎるぐらいわかっている。
俺達は玄関に入るなり互いの体に乗っている邪魔なものを全て取り払いながら、アヤメの部屋となっている和室に入り、乱暴な動きで布団を敷き、そして――。
「アヤメ!」
「先輩!!」
俺達が互いの体を求めあって叫んだ瞬間、襖がドカンと開く。
「……」
「お、お婆ちゃん。明日まで北海道にいるんじゃ」
「お邪魔してますスエさん」
俺達は抱き合ったまま挨拶し、スエの怒声が響いた。
「そら次が来たよ!」
「……机じゃねえか。素人が運ぶもんじゃないぞこれ」
俺はスエさんによって家具屋、家電屋へ連行され、彼女が買った諸々を運ばされていた。
家の前までは家具屋なりがトラックで運んでくれたのだが、平屋でそれなりに面積のあるこの家に運び込むのはそれだけでかなりの重労働なのだ。
「うえぇ埃だらけ……なんでアヤがこんなことぉ……」
ちなみにアヤメは家中の掃除をさせられている。
「無駄口叩いてないでさっさと掃除しな! アンタの方ももっと腰を入れな。進駐軍みたいなモノぶら下げといて情けない」
酷い扱いだが、機嫌を損ねてアヤメを追い出されでもしたら困るので仕方ない。
しかしソファに机と椅子からクーラーや新型の洗濯機などよくもこれだけ買ったものだ。
「後は家具の組み立てとクーラーの設置だね。ちっ! どこの業者もいっぱいかい」
スエは最新のタブレットをトントン叩いて舌打ちする。
地味にハイテク対応してるんだよな。この婆さん。
「俺、工具あればクーラーもできますよ。部品も買ってきましたし壁に穴開けてもいいですよね」
『裏』では必要に迫られてあり合わせの物でバリケードを作ったり、部屋を改造したりと色々やっていたからな。説明書もネットも使える『表』なら大概のものはどうにでもなるだろう。
そして今更ながら気付いた。
スエが買った家具も家電も全てアヤメ用だ。
「なに笑ってんだい気持ち悪いね」
スエはそっぽを向きつつ照れくさそうに続ける。
「あたしゃまともに家に帰らないから茶を飲む場所と寝る場所がありゃそれでよかったのさ。でも年頃の女がいるならそうもいかんだろうさ。……まだ笑ってると張り倒すよ」
スエさんは本気でアヤメのことを考えてくれている。
放り出されるかもなんて考えるのは失礼だったな。
「やりたい盛りの若造共がどこでも発情するぐらい分かってるよ。そんなことで追い出すわけないだろ」
但しとスエは俺達を睨みつける。
「やるなら人目を忍んでコソコソやんな! 人がお茶飲んでるところに服脱ぎながら転がり込んできよってからに……何事かと思ったわ! 次に見つけたら裸で外に放り出すからね!」
俺とアヤメは顔を見合わせて苦笑する。
お互い興奮しすぎて周りが見えていなかった。
そこで玄関のチャイムが鳴り、まだ追加でなにか来るのかと身構える。
「流行りのうーぱーだよ。半額クーポンが今日で終わりだからさ。さっさと食いな」
俺とアヤメが受け取りに行くと結構な量だ。
「こちら特上うな重3人前と……」
俺達が思わずスエの方を見るとフンと顔を逸らす。
なんてツンデレ婆さんなんだ。
「……大盛すっぽん鍋が3人前になります」
またスエの方を見るとゲラゲラ笑っている。
なんて悪ババアだ。
御馳走を頂いた俺はスエにしっかりとお礼を言いつつ頭を下げ、上目遣いで睨みつける。
「生殺しになっているのわかってるくせに……」
「くくく、帰り道で暴走して痴漢するんじゃないよ。あの子が泣くからね」
俺は明らかに不自然な角度で前屈みになりつつ家を出る。
ちょうどそこでスマホが鳴った。
さて、家には夕飯は外で食べると連絡したはずだけど。
『ぎゃー今起きた! ごめんね誉ちゃんー! エッチしたいなら今からでも来てー!』
秋那さんからだった。
もう行きたくて行きたくて仕方ないが、さすがに時間が遅すぎる。
これ以上遅くなったら母さん達を心配させてしまうだろう。
『残念ながら時間切れです 無念』
とメッセを送り大変なことになっている部分の画像を送る。
『わーもったいない! じゃあせめて私も動画を送るねー』
はてと開いた瞬間、とんでもない映像が出た。
これは外で開いてはいけないやつだ。
「帰って一人で頑張るか」
俺は高校一年生だ。
一人で鬼のように頑張っても何もおかしくない歳なのだ。
うちに帰って風呂に入り、自室に戻って準備万端整える。
「タオルではバーストする危険があるからバスタオルも用意したし完璧だ」
さてと秋那さんの動画を開くと、5度目の邪魔が入る。
俺は地響きのような溜息をついて動画をとめて乱入してきた紬と新たに向き直る。
もう苛立ちはしない。悟りを開いた気分だ。
「新が悪いの!」
「姉ちゃんのせいだ!」
まとめると2人はレンタルDVD屋で鉢合わせた。
2人とも散財し過ぎて金がないので半分ずつ出して借りることにした。
紬の推す恋愛映画と新の推すアクション映画は互いに受けが悪く、妥協案としてホラー映画を借りた。
予想以上に怖くて2人とも眠れなくなり俺の部屋に来た。
以上。
「どう突っ込めばいいんだ。俺は全然突っ込めなかったのに」
男のくせにと新に突っ込めばいいのか、大学生のくせにと紬に突っ込めばいいのか。
「ともかく今日はお姉ちゃんここで寝るから!」
紬が俺のベッドに潜り込む。
「お、俺は兄ちゃん達が禁断の道に進まないか見張るから」
新も俺のベッドに潜り込む。
さすがにこの状況で隠れて致すことなどできるわけがないので寝るしかない。
「あれーなんかタオルケットがテントみたいになってるけど、なにこれ」
「兄ちゃんさあ……まさか朝から? 飢えすぎだろ」
「もう寝るぞ」
俺は電気を消す。
股間は大変なことになっているが心は落ち着く。
こうして姉弟3人で一緒に寝るのがどれだけ幸せなことか。
「ところで兄ちゃんさっきの動画ってルーナだよね? いや友達、友達がすごく良いって話ししててさ」
「くかー」
幸せな気持ちを味わいながら俺は覚悟を決めて目を閉じる。
向こうでもムラムラするぞと騒ぎたいものだ。
でもきっと性欲なんて感じている暇はないのだろうな。
『表』
主人公 双見誉 市立両河高校一年生 臨界点
人間関係
家族 父母 紬「川の字」新「川の字」
友人 那瀬川 晴香#51「寸止め2」高野 陽花里#9「寸止め1」三藤 奈津美#17「寸止め3」上月 秋那#47「泥酔」雨野アヤメ#6「寸止め4」
風里 苺子「友人」江崎陽助「ドン引き」
中立 ヒナ「弟彼女」スエ「悪ババア」風里姉「特殊部隊」キョウコ#2 ユウカ#2「同級生」
経験値247
またまたまた間が空きました。
次回は来週水曜日に更新予定です。




