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第105話 真 巨大獣撃破

「かふ……」


 ミドリの腹から血塗れの触手が突き出ていた。

彼女は俺に恐怖と絶望で歪んだ顔を向け、そのまま口を開こうとする。


 俺は何も答えず、ただミドリを奴らがいないであろう部屋に投げ込んだ。

彼女の腹から血まみれの触手が抜け落ちる。


 傷は内臓を抉ったか、重要な血管を傷つけたか、あの新怪物に傷を負わされてもゾンビになってしまうのか。問うべきことは山ほどあるが後回し、このまま殺されてしまってはなにもかもお終いだ。


 俺は全ての思考を追い出して呼吸を整える。


 そして息を吐くと同時に体を半回転させて顔面を狙った新怪物の触手を避ける。


 触手は凄まじい勢いで壁を抉って空振り、俺は潜り込むように本体に向かって駆ける。


 新怪物は小さな頭に似合わない巨大な顎を開いて俺の頭をかみ砕こうとしたが、俺が小さく横に動くと、なにもない空間をかみ砕いた。


 俺は空気をかみ砕いた怪物の顎に横から思い切り頭突きを叩き込む。

湿った音と共に新怪物の歯が折れ、黒ずんだ血液と共に床に転がり落ちる。

 

『死ね怪物が』


 そう言うつもりだったが声帯がその音を出すよりも早く、俺は新怪物の腕を掴み、最近授業でやった柔道のように腰に乗せて窓から放り投げていた。


 そして俺はヒカルと松野に向き直る。


「ここに来る前に言った通りだ。奴らは動きこそ速いが動く目標を捉えるのが苦手だ。動いていれば触手も噛みつきも当たらない」


 これが新怪物に致命的な弱点だ。

攻撃動作に入ったところで少し横に動くだけで綺麗に空振りしてしまう。

恐らくだが動体視力が人間よりもはるかに低いのだろう。


 窓の外では未だに象が暴れ狂い、そこら中に新怪物を飛ばしている。

上階でも窓が割れる音と悲鳴が聞こえてくる。


 ただ幸いなのはアイツは狙って怪物を投げているのではなく、ただもだえ苦しんでいるということだ。

少なくともしばらく俺達を狙って攻撃してくることは無さそうだ。


「とにかくこの階をなんとかする」


 ようやくヒカルと松野も動き出す。


「マジかよ……あんな速さを避けられる訳が……ひいっ!」

 

 ヒカルはビビりながらも俺の言った通り、不規則に動きながら新怪物に迫る。

すると高速で射出された触手は空を切り、見当違いの方向に飛んでいった。


「お、おらぁ!!」


 そしてヒカルの金属棒が新怪物の頭部を捉える。

ゾンビと同じで痛みを感じているようには見えないが三脚のような巨体でもない。

標準体格の男であるヒカルが連続で殴打すると手足が折れ曲がり、床に倒れて動けなくなった。


「方法さえわかっちまえば……」


 松野が触手をしゃがんで避け、大型のナタで新怪物の膝を叩き折る。


「大したことねぇな!!」


 そして倒れ込んだところで後頭部に刃を食いこませ、その上から更に踏みつけて頭を完全に割った。


 もちろん俺も拍手をしながら見ていたわけではない。

 

 息を吐きながら触手を躱す。

接近しようとすると二体目、この触手も躱す。

三体目……躱せないのでバールで弾き、痺れた右手から左手に持ち換えて頭部を一撃、更にもう一体の膝を前蹴りで折り、三体目の噛みつきを躱しつつ、後ろに回り込んで窓から突き落とす。


「すご……」


 感嘆の声を出すスミレを睨みつける。

残念ながら誇っている余裕はないのだ。


「痛……うぅ……ぐぅぅ……」


 腹を押さえて悶え続けるミドリも一刻を争うだろう。



 俺達は次々と侵入してくる新怪物を迎え撃ち善戦した。


 俺が5体、松野が3体、ヒカルとスミレがそれぞれ1体ずつを屠った。


 それでも上階にもこいつらが侵入したせいで増援が来ない。

対処法がわかったとはいえ、常に動き続けながら戦うこちらの体力と精神の消耗は大きく――。


「ぐわっ!」


 一瞬足を止めた隙に松野が肩を貫かれ、ナタを取り落として転がる。


「ぎゃあああ!」


 ヒカルが避けた触手に跳ね飛ばされ、壁に頭を打ち付けて悶絶する。


「ひっ!」


 そしてスミレも太ももを触手に深く抉られ、倒れ込んで出血し動けなくなった。


 そのタイミングでさらに三体が窓を突き破って飛び込む。


 ここで動けない4人を守って戦うのは無理だ。

見捨てる……こともできないし、そもそも退路がない。


 迫る死の予感に鼓動と呼吸がドンドン早くなり、限界を迎えたと思った瞬間、まるでスローモーションのように遅くなる。体の中に熱い火が灯るような感覚が沸き上がる。


「絶対生き残ってやる」


 視認するのが難しいほど速いはずの触手もはっきりと見える。

余裕をもって回避しつつ、頭部をバールで一撃して引き倒し……いや必要無かった。

バールは新怪物の頭部を完全に砕いて潰れたミカンのようにしてしまった。


 背後から来る触手をバールで受ける。

手は痺れず、逆に触手の方が体液を飛ばして折れ曲がった。

更に噛みつきにかかる新怪物の両手を受け止め、力比べの末に床に叩きつけて頭を踏み砕く。


 我ながら異常な力が出ている。

動く度に全身の骨や関節が軋んでいることを無視すればタイゾウにでもなった気分だ。


 だがそれでも……どうしようもない。


 更に新手二体が飛び込んでくる。

協力できる仲間はいない。援軍も来ない。


 いよいよここまでかと歯を食いしばった瞬間だった。


『動くな』


 無線機越しの無機質な声と同時に、俺に襲いかかろうとしていた新怪物の頭が弾け飛んだ。

文字通り首から上がなくなったのだ。


 ほんの一瞬遅れて重い銃声が聞こえる。


 新怪物が側面と後方から襲いかかる

避けようと足に力を入れる。


『動くなと言った』


 側面の二体が胴体に大穴をあけて吹き飛び、耳元をブンと何かが通り過ぎ後ろの一体の頭も弾けた。 

最後の一体が倒れ込んだところで脳がようやく風里姉が銃で撃ったのだと理解する。


『雑魚は始末してやる。だが私にはデカブツを屠る兵装がない お前がなんとかしろ』


「そんな無茶な」


 口に出した時にはやり方を考えて準備を整える。


 こんな無謀なやり方はあり得ない。

絶対やりたくないしできる自信もない。

しかしもう選択肢がないのだ。


 俺は松野のナタと割れていない火炎瓶を掴み、ついでに奴が吸っていた火のついたタバコを口に咥える。


 懐の拳銃を確かめて窓に向かって走る。

途中、隣の部屋から現れた一体と窓を這い上った一体の頭部が弾けて倒れ込む。

まさに百発百中だ。


 俺は邪魔されることなく助走をつけ、割れた窓から悶える象に向けて跳躍した。


 象と窓の高低差は下に2mほど。

のたうつ象に避けられれば俺は地面に落ちて無意味に潰れる訳だがそこはもう運だ。


 幸いにして象は俺の予想通りの、のたうち方をしてくれた。


「まず第一クリア」


 俺は狙い通り象の背中に着地する。

しかし奴の背中は名前の通り象のように傾いてデコボコ、しかも激しく動いているのだから綺麗に乗るなんて出来る訳がなく当然滑り落ちる。


「そして第二」


 俺は転がり落ちる寸前、奴の体へ松野のナタを突き立てた。

象の皮膚がナタを通さないほどに硬かったらここでアウトだった。


 いや本当は通さないぐらい硬かったのだろうが火傷で爛れていた部分に刺さったのかなんとか俺の体重を支えられるぐらいまで突き立った。


 火傷に刃物をねじ込まれたせいか象の顔面……と言って良いのか、逆さについた奇怪なパーツが悲鳴をあげて俺を睨む。上に乗っているとこの顔がちょうど正面に見えて最高に気持ち悪い。


 俺はナタを突き刺したまま、懐から拳銃を取り出して引き金を引く。

予想していたよりも強い反動と片手撃ちのせいで狙いがぶれ、最初の2発は巨大すぎる目標を外した。

一応ネットで調べはしたがもちろん銃なんか撃ったことはないから仕方ない。


 動揺している余裕なんてないので反動を計算に入れて再び引き金を絞り、3発目がやっと鼻のような部位に命中した。同じ調子で4発目5発目が頬と顎のような部分を捉える。

どす黒い血が飛び切り、苦悶に歪む顔と明らかに調子の変わった鳴き声で効いているとわかった。


 更に6、7、8と連続で当たり、9発目が右の眼球を吹き飛ばしたところで側頭部に衝撃が走った。

象が鼻腕で俺を打ち据えたのだ。


 凄まじい衝撃で視界が歪む……がどうやら死ぬほどの衝撃でもない。


「鼻腕は自分の方には曲げにくいのか」


 呟きながら残る銃弾を叩き込む。

視界が揺らぐせいでほとんど直感だったが、それでも続けざまに3発命中したのがわかった。

そして最後の一発を撃とうとした瞬間、俺の背中を鼻腕が強烈に捉えた。


「がっ」


 俺は銃を取り落とし、血反吐を吐いて意識を失う。

象はそんな俺を鼻腕で掴みあげ、腹いせか、それとも怪我を回復させるために食料が必要なのか、大きく開いた口の中へ放り込もうと――。


 そこでカッと目を見開く。

意識を失ったふり……というよりも普通に失いかけたところで舌を噛みしめて耐えただけだが。


「第三……達成」


 腹に隠していた火炎瓶の導火線に血反吐を吐いても落とさなかったタバコで着火し、そのまま象の大口に放り込む。


 象は慌てて口を閉めたがもう遅い。

血管まで浮いた異様な歯の内側へ特製火炎瓶は吸い込まれ、その化学反応を解放した。


 ボンと案外に小さな音と同時に象の口内から火柱があがった。

体内での着火は体表への攻撃とは比べ物にならないダメージらしく、奴の眼球はグルグルとあり得ない動きをする。


 俺を捕まえていた鼻腕も制御不能となったのか、グルグルと振り回されてから地面に放り捨てられた。


「――!!」


 精一杯受け身は取りながらも痛みと衝撃に悶絶する俺の隣で、象は先ほどまでとも比べられないほどの大暴れを見せた。


 まるで前転でもするように道路上を転げ回り、雑居ビルに突っ込んで倒立するように立ち上がり、やがて鼻をメチャクチャに振り回した後、横倒しとなった。


 鼻腕が力無く地面に落ち、目は完全に白目となって動かない。

口と肛門らしき穴から水道管でも破れたような体液が垂れ流れる。

外皮からは新怪物が次々と落下するも、立ち上がることなくドロリと溶けて息絶えていく。


「みたかバケモノが!」


 俺は地面に倒れながら拳でアスファルトを叩いて吠える。

意識せずに咥え続けていたタバコを吐き出して握り潰し、怪物に投げつける。


 象は死んだ。誰がどう見ても死んだだろう。

これで生きていたらもう悪魔とかそういう類だ。


「それでもってクリア後の第四は」


 暴れて叫んで銃撃って、とどめに巨体がひっくり返った轟音は新都全体に響いた。

つまり新都全部からゾンビがやってくる。


 しかし俺は鼻腕の一撃と地面への転落の衝撃で頭は揺れるし足もまともに立たないのだ。


「でかいの倒して雑魚にやられるのは嫌だよな」


 物語ならここで仲間が俺を称賛しながら迎えに来るのだろうが、あいにく今の状況で外に出てきてくれる者などいるはずがない。


 歯を食いしばり、血と胃液の混じった汚い汁を吐き出しながら地面に手をつき立ち上がる。


 揺れてぼやける視界でタワー入口の地下駐車場を見るも象の体当たりのせいで天井のコンクリート部分が崩落して通れそうにない。


 屋外非常階段には緊急用の縄梯子があるが、タワー内もパニックで降ろしてくれる人がいない。


 こうなったら一時近くのビルでやり過ごすかと振り返ると、もう壁かと思うぐらいにゾンビが押し寄せてきていた。


「……詰んでんじゃねーか」


 俺は先ほど落とした拳銃を見つけて拾いあげる。

残弾は確か一発だった。


 コンマ数秒考えた後、俺は拳銃をゾンビの群れに向けた。


「お兄ちゃん!!」


 叫び声と窓の割れる音に続き、捻じったカーテンや毛布にビニール紐などゴチャゴチャの素材で出来たロープらしきものが落ちてくる。


 高すぎて見えないがアオイの声だ。

どうやら居住区の窓を割って投げてくれたらしい。


「助かった」


 俺は決めていた覚悟を霧散させ、ロープをガッチリと体に巻き付けるように抱え込む。

もし切れたらそこまでだ。


「いいぞ。引きあげてくれ!」


 しかし反応はない。 

ゾンビが迫って来るから急いでほしいのだが。


「ここにはボクしかいなくてお兄ちゃんを持ち上げられないの! ちゃんとくくってあるから――」


『自分で登ってきて』の部分が脳内で反響する。


「アオイの居る場所って20階だったよな」


 高さにしてざっと60m。

ぼやける視界と、立つのがやっとのボロボロの手足で60mのロープ登りかよ。


「できるわけないだろ! でもやらないと食われるんだよなぁ!!」


 ロープを掴み、怪物のように吠えまくりながら登る。


 俺が20階まで登りきるのと、失神して倒れ込むのは同時だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

7月3日 『表』土曜日 早朝


 目が覚める。


 7階あたりから記憶が定かではないが、確かに登り切ってから意識を失ったはずだ。

つまりはなんとか生き延びたということ。


「ふー」


 表に戻ったことでようやく生き残った実感が沸く。


 深呼吸してベッドから出ようとした時、体の奥がドクンと脈打った。


「……これはやばい」


 特に下半身がやばい。

以前にブースト状態になった時も表に戻ってこうなった。

今回は暴れ方も危険も前よりずっと凄かったから更にまずいはずだ。


 体を勝手に動かすほどの性欲は早急に解消しないと色々とまずいからここは男子高校生らしく朝から不健全な運動でもしよう――。



「おはホマ!」


 扉がドカンと開く。

騒々しい足音に続いて体の上に割と軽いものが乗って来る。


「ホマ君起きてる? 寝てたら起きてー。冷蔵庫にアイス一つもなくってさ。コンビニ行きたいんだけれど暑いから自転車乗せてってよー」


 横暴極まりない主張だがそんなことはどうでもいい。

問題なのは紬が俺の上に乗っかかり、俺を起こそうとしているのか薄いタオルケット越しに腰を揺らしていることだ。


「ホマ君起きてってばー。あれ、なんか布団の中に硬いの入ってる? ――――え?」


 脳内で『さすがに紬はないだろ』派と『もう紬でもいい』派が戦いはじめる。


 決着は一瞬でついてしまった。


 俺は紬の腕を捕まえてベッドに押し倒したのだった。


『表』

主人公 双見誉 市立両河高校一年生 発情モード

人間関係

家族 父母 紬「危機」新「弟」

友人 那瀬川 晴香#51「女友達」高野 陽花里#9「同級生」三藤 奈津美#17「女友達」上月 秋那#47「Hなお姉さん」雨野アヤメ#6「後輩」

風里 苺子「友人」江崎陽助「友人」


中立 ヨシオ「同級生」ヒナ「弟彼女」スエ「放浪婆」風里姉「特殊部隊」キョウコ#2 ユウカ#2「同級生アホ

経験値247


【裏】

主人公 双見誉 怪我+極度疲労

拠点 両河ニューアラモレジデンス『アラモタワー』 調達班 

環境 破損個所多数 出入口崩壊 怪物侵入


人間関係

仲間

アオイ「救助」タイコ「--」ミドリ#26「重傷」ヒデキ「軽傷」スミレ#19「重傷」

中立

松野「負傷」横須「--」木船「--」


敵対

久岡「逃走」風里姉「援護」黒羽「不明」


所持

拳銃+弾x1発 小型無線機


備蓄

食料-- 水-- 電池バッテリー--

経験値 198+X



あまりにも間が空いてしまいました……

次話は表となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ノクターン編もめっちゃ期待しますよ٩( 'ω' )و
[良い点] めっちゃ面白い 知らなかったのを後悔 [一言] 王国と同様にノクターン行きになりそうな気配が…w
[一言] まさか紬と、、ないだろうなw正直紬とやって欲しいけど 久しぶりのフェロモン誉爆誕かw
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